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7.招待状
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「あらセゼル、一人で戻ってきたのね?」
「……返す言葉もございません」
セゼルは跪き、主に己の失態を認める。
だがフレオラは特に気にする様子もなく、わざとらしい笑みを浮かべた。
「あら、勘違いしないで。別に怒ってるわけじゃないのよ。ケレノには会えたの?」
「はい」
「ルルナさんは一緒に居たかしら?」
「はい」
実に無機質な幾つかの問答を経て、フレオラはようやく核心を突く。
「で、貴方は誰にやられたの?」
「それは……」
セゼルは、自分の知る限り全ての事を伝えた。
ケレノのこと、ファノマのこと、そして、自らの敗北について。
全てを聞き終えると、フレオラはとても満足そうな表情を浮かべた。
「そう、あの子がそんなこと言ったの? フフフッ、いいわねぇ……」
セゼルは、内心穏やかではなかった。
以前ケレノも言っていた通り、フレオラは笑った時がもっとも恐ろしい。
満面の笑みを浮かべる彼女が善からぬ事を企んでいるのは、容易に想像できることである。
しかし、彼女の次の言葉は実に意外なものだった。
「そんなに仲良しなら、ルルナさんにケレノをあげてもいいかしら」
「なっ……」
「意外? 私だって人の子なのよ。愛とか友情だとかに理解はあるわ。それとも、そんな二人を引き裂いてまで、自分の欲望を優先する悪魔だと思った?」
セゼルは内心肯定しかけたが、不敬であると感じ、止めた。
「それと、大魔王ファノマ、ねぇ。聞いたことないわ」
「はい。奴に関しては全くの未知数です。しかし、私の手には余る相手でした」
セゼルは素直にそう認める。
自らの実力にそれほどの拘りがないのは、この主従の共通点の一つだ。
だが同時に、フレオラは自分が強者であることも良く理解していた。
だからこその余裕であり、その力さえ過信しないからこその余裕でもあった。
「ま、貴方がそう言うのなら、相当な実力者なのでしょう。今度会ったら、下手に刺激しては駄目よ。余計な敵を作らないのが、目的を効率良く達成する秘訣なの」
「承知いたしました」
その時、セゼルは自分に近しい気配を感じた。ヴェーガかと思ったが、違う。どうやら、ケレノが戻ってきたようだ。
「お帰りなさい。戻ってきてくれて嬉しいわ」
「……」
戻ってきた彼女は、何時ものように無口だった。
だが、その瞳には、明らかに以前には無かったものが宿っている。
「そのマント、ルルナさんに貰ったのね。貴女ったら、すっぽんぽんで飛び出して行っちゃうんだもの。ビックリしたわ」
「ごめんなさい」
素直に謝るケレノに、フレオラは驚きながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「ねぇ、セゼルから話を聞いて、私考えたの。皆が幸せになる方法。そしたらね、とってもいいこと思い付いちゃった」
「……いい、こと?」
「そう! ケレノ、ルルナさんとずっと一緒に居たいでしょう?」
ケレノは訝しんだ様子で、静かに問いかける。
「変なことする気……?」
「もう! 皆して私のこと悪者だと思ってるのね? 言ったでしょ、皆が幸せになれる方法よ……」
そう言って、フレオラは心底愉快そうに笑みを浮かべた……
──────
「師匠!」
ドアを乱暴に開け放ち、ルルナは師の家に戻ってきた。
その様子は明らかに穏やかではない。
「ルルナか? ファノマかと思ったぞい」
「あ、ごめんなさい。あの、師匠! 私どうしても話したいことがあって……」
「ほう、なんじゃ?」
ルルナは少しだけ考える。しかし、取り繕わずに、全ての事を正直に話した。
レイシュバルト邸で起きたこと、悪魔のこと、そして、友達のこと。
「ほほう、それはまた難儀な……」
流石のノドロもその話を聞いて、少しばかり驚いていた。
だが真摯に語る弟子の姿に、彼もまた応えたくなったようだ。
大昔の記憶を辿り、自分の知っている限りの知識を掘り起こしてみた。
すると幾つか、話すべき事柄が見つかった。
「お前さんの友達、ケレノと言ったな?」
「はい、そうです!」
「うーむ、悪魔の、ケレノ……もしかして、黒蜥蜴のケレノか?」
どうやら、ノドロは彼女と以前に会ったことがあるらしい。
ルルナは瞳を輝かせ、その時の話を聞かせて欲しいと催促した。
「うむ、確かに一度だけ会ったことがある。確か、百年ちょい前のことじゃ」
「百年!? 師匠って何歳なんですか!?」
「それは忘れたわい。百歳から先は数えてないからのう」
「三百くらいだな」
二人の会話を聞き付け、部屋の奥からミロが出てきた。
どうやら言語機能は治ったらしい。
「ミロさん!」
「よぉルルナ。因みに、三百から先は数えてねーぞ」
「なんじゃい、お前もか」
少し脱線しかけたが、ノドロは話を元に戻す。
「奴と以前に会ったのは魔界でじゃな。かなり無愛想な奴じゃった」
「魔界!?」
ルルナは当然のように出てきたその単語に驚愕しかけたが、また話が逸れてしまうので追及するのはやめた。
ノドロの知る限り、ケレノは悪魔たちの故郷、魔界からほとんど出ないでいたという。
それがどうして今人間界にいるのか、その理由は不明だが、フレオラが関わっているのはほぼ間違いないだろうと、ノドロは推測する。
そしてもう一つ、もう一人の悪魔、セゼルについてだ。
「奴に関しては良く知っておる。有名人じゃからな。魔鎧セゼル、奴はケレノと違い、ずっと人間界におる。人の夢に現れ、その心を惑わし、自らの糧とする悪魔じゃ」
「所謂、夢魔ですか?」
「左様。魔術師の子供は夜更かしすると、セゼルに魂を取られるよ~、なんて言われて、よく脅かされるものじゃ」
「ジジイも言われてたのか?」
「わしが子供の頃は、まだセゼルはおらんかった。というか、子供の頃なんぞ遥か昔過ぎて覚えとらんがな」
ケレノとセゼル、ノドロが知る限り、この二人の悪魔に元々の共通点や繋がりは無いらしい。
事実として明らかになっているのは、共にフレオラによって使役されている悪魔であるということだ。
「フレオラ・フォン・レイシュバルトか……ふーむ、なんか聞き覚えがあるが、思い出せんな」
「使えねージジイだな」
「うるさいわ。お前はいっそ言語機能を取った方が良いかもしれんの!」
それにしても、ルルナが気になるのは、何故ケレノがフレオラの元へ戻ったかだ。
彼女は、やらなければならないことがあると言っていた。
その事についてノドロに問いかけて見ると、一つの推測が浮かび上がった。
「契約を交わしたのかもしれんな」
「契約……ですか?」
「そうじゃ。本来悪魔と人の契約は、対等ではなく、悪魔優位のものが殆どじゃ。しかし、そのフレオラという娘、明らかに只者ではない。不利な契約などは、交わさぬじゃろうな」
「じゃあケレノさんは、契約によって縛られているってことですか?」
「恐らく。推論ではあるがな」
ルルナは思案する。
確かに、それなら納得がいく。契約をなんとかしなければ、ケレノはフレオラから離れることができないのだろうか。
それを踏まえた上で、彼女をどうすれば救えるか、ルルナは考え続けた。
「あなた方の予想は正しい」
突然、この場に存在しない何者かの声が響いた。
それと同時に、この場に似合わぬ巨大な鎧姿が現れる。悪魔セゼルだ。
彼がこの場に現れた理由、それは、フレオラの提案を伝えるためだった。
「お初にお目にかかる。私はセゼル。フレオラ様の使いでございます」
「貴方が……!」
「ふむ、魔鎧セゼルよ、わしを知っておるかね?」
「無論です。ノドロ・グルムゲルゲ様」
「え! グルムゲルゲって、師匠の姓だったんですか!?」
「こんな変な名前、よく笑わねーで言えるなお前」
セゼルは、主の意思を簡潔に伝えた。
どうしても伝えたい事柄があるので、ルルナに、レイシュバルト邸まで来て欲しいとのことだ。
「ふむ、それならお嬢さんが自ら来れば良いと思うのじゃが?」
「その事は、主に代わりお詫びいたします。ですが、どうか来ていただきたい。ケレノも既に帰っておりますよ?」
「……!」
脅しとも取れる言葉で、セゼルは挑発をかける。
勿論彼自身の悪意によってではない。彼にとって、その全ては主の為であった。
「わかりました……」
「おい、マジかよルルナ! 明らかに怪しいぜ!」
「ご安心ください。決して危害は加えないと約束致します」
セゼルの言葉に偽りはない。
ノドロにはそれがわかった。しかし、弟子のことを想うと、一抹の不安は拭いきれない。
「なら、わしも連れて行け」
「師匠!?」
「なりません。それは命じられておりませんので……」
(いいわ、セゼル。お爺さんも連れていらっしゃい。正し、人形の子は駄目よ)
「……はい」
フレオラはセゼルの思考に直接呼び掛け、意思を伝えた。
ならば、彼がそれに逆らう理由は無い。ただその通りに語るのみ。
「良いでしょう。ノドロ様、貴方も主の元へお連れ致します」
「それはよかった。乗り込む手間が省けたぞい」
朗らかに笑いながら、事も無げにノドロは言う。
やはりこの男も侮ることはできない。そう思い、セゼルは警戒した。
「申し訳ありませんが、そちらの魔動人形の方は……」
「なんだって!? そりゃ差別だ! と、言いたいところだが、オレはいいよ。だるいし、ケレノって奴も知らんしな。ジジイが居ればルルナも大丈夫だろ」
「ご理解いただき感謝致します。では、お二方は、こちらへ」
セゼルの指示通り、師弟は彼の傍らに近付く。その瞬間、突然ノドロが叫んだ。
「転移!」
その言葉と共に、三人は一瞬にしてレイシュバルト邸内部、フレオラの居る部屋まで転移した。
「こ、ここは……」
「ほっほ、済まんな、お主の記憶を読み取って、わしの魔術で転移させてもらったぞ。イマイチ信用できんのでな」
「……成程、恐れ入りました」
心から、セゼルは敬意を表す。
転移に際して、特に細工をするつもりはなかった彼だが、ノドロの行動は完全に想定外だった。
その用心深さに加え、悪魔の心を読み、あまつさえ強制的に転移させるなど、最早人外の業に等しい。
そして同じく、この館の主もまた、ノドロを褒め称えるように拍手を送った。
「素晴らしいわノドロさん。やっぱり貴方を呼んで良かったと思えるわね」
「フレオラさん……」
ルルナは思わず、フレオラを睨み付ける。
だが特に怒る様子もなく、フレオラはおどけた調子で言葉を紡ぐ。
「もう、そんな顔しないで。確かに、昨日は私が悪かったわ。少し強引すぎたものね」
「ケレノさんは……どこですか?」
「フフフッ! ホントに仲良しなのね。ちょっと妬いちゃうわ。心配しなくても大丈夫よ」
そう言うと、フレオラは指をならす。
それに応えるように、彼女の横にある扉が開き、メイド服に着替えたケレノが、恐る恐る、ゆっくりと現れた。
「ルルナっ……!」
「ケレノさん!」
「フッ、ウフフフフッ!」
ケレノはルルナの姿を見て、迷わず駆けて行く。
特に咎めるでもなく、むしろ、とても愉快そうに、フレオラは笑っていた。
この再開に偽りや罠があるからではない。勿論ケレノは本人だし、ルルナを騙してもいない。
ただ単に、嬉しそうな顔でお互いを呼び合う二人の姿が、フレオラには実に面白おかしく見えたのだ。
それは、以前のケレノを知っているからでもあるが、何より、彼女の心をこれ程までに開かせたルルナに強い興味があった。
「全く、囚われのお姫様じゃないんだから……そうそうルルナさん、お姫様はまだ解放されてないのよ?」
「……どういう意味ですか?」
「契約よ。ノドロさんが教えてくれたでしょ?」
ケレノはルルナの傍らで、静かに目を伏せる。
確かに、その通りだった。決して無理強いをされて、契約を交わした訳では無い。それはケレノ自身の意思であり、当時はそのことに迷いはなかった。
しかし、良くも悪くも、彼女は変わってしまった。敵を討つよりも、もっといとおしいものが、彼女にはできてしまった。
「いいこと? あの夜誓ったわよね。あの忌々しい神霊、女神ロナを、フレオラ・フォン・レイシュバルトと共に滅ぼすこと。それが貴女の誓い」
「ロナ……! それって!」
ルルナの中で、全てが繋がった。
ケレノはロナを滅ぼす事を、フレオラに誓ったのだ。
当初それは二人の間で共通の目的であり、だからこそケレノは素直にフレオラに仕えていた。
しかし今は、それが鎖となって彼女を縛り始めている。
「だから私に、ロナ像を壊させようとしたんですね」
「その通りよ。もうこの際、全部正直に話すわ。ルルナさん、ロナをぶっ殺してくれない? それが、皆幸せになる唯一の道なの」
フレオラは張り付いていた笑みを消しさり、冷たい表情で言い放つ。
それは単なる甘言ではなく、確固たる意思の宿った言葉だった。
「……返す言葉もございません」
セゼルは跪き、主に己の失態を認める。
だがフレオラは特に気にする様子もなく、わざとらしい笑みを浮かべた。
「あら、勘違いしないで。別に怒ってるわけじゃないのよ。ケレノには会えたの?」
「はい」
「ルルナさんは一緒に居たかしら?」
「はい」
実に無機質な幾つかの問答を経て、フレオラはようやく核心を突く。
「で、貴方は誰にやられたの?」
「それは……」
セゼルは、自分の知る限り全ての事を伝えた。
ケレノのこと、ファノマのこと、そして、自らの敗北について。
全てを聞き終えると、フレオラはとても満足そうな表情を浮かべた。
「そう、あの子がそんなこと言ったの? フフフッ、いいわねぇ……」
セゼルは、内心穏やかではなかった。
以前ケレノも言っていた通り、フレオラは笑った時がもっとも恐ろしい。
満面の笑みを浮かべる彼女が善からぬ事を企んでいるのは、容易に想像できることである。
しかし、彼女の次の言葉は実に意外なものだった。
「そんなに仲良しなら、ルルナさんにケレノをあげてもいいかしら」
「なっ……」
「意外? 私だって人の子なのよ。愛とか友情だとかに理解はあるわ。それとも、そんな二人を引き裂いてまで、自分の欲望を優先する悪魔だと思った?」
セゼルは内心肯定しかけたが、不敬であると感じ、止めた。
「それと、大魔王ファノマ、ねぇ。聞いたことないわ」
「はい。奴に関しては全くの未知数です。しかし、私の手には余る相手でした」
セゼルは素直にそう認める。
自らの実力にそれほどの拘りがないのは、この主従の共通点の一つだ。
だが同時に、フレオラは自分が強者であることも良く理解していた。
だからこその余裕であり、その力さえ過信しないからこその余裕でもあった。
「ま、貴方がそう言うのなら、相当な実力者なのでしょう。今度会ったら、下手に刺激しては駄目よ。余計な敵を作らないのが、目的を効率良く達成する秘訣なの」
「承知いたしました」
その時、セゼルは自分に近しい気配を感じた。ヴェーガかと思ったが、違う。どうやら、ケレノが戻ってきたようだ。
「お帰りなさい。戻ってきてくれて嬉しいわ」
「……」
戻ってきた彼女は、何時ものように無口だった。
だが、その瞳には、明らかに以前には無かったものが宿っている。
「そのマント、ルルナさんに貰ったのね。貴女ったら、すっぽんぽんで飛び出して行っちゃうんだもの。ビックリしたわ」
「ごめんなさい」
素直に謝るケレノに、フレオラは驚きながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「ねぇ、セゼルから話を聞いて、私考えたの。皆が幸せになる方法。そしたらね、とってもいいこと思い付いちゃった」
「……いい、こと?」
「そう! ケレノ、ルルナさんとずっと一緒に居たいでしょう?」
ケレノは訝しんだ様子で、静かに問いかける。
「変なことする気……?」
「もう! 皆して私のこと悪者だと思ってるのね? 言ったでしょ、皆が幸せになれる方法よ……」
そう言って、フレオラは心底愉快そうに笑みを浮かべた……
──────
「師匠!」
ドアを乱暴に開け放ち、ルルナは師の家に戻ってきた。
その様子は明らかに穏やかではない。
「ルルナか? ファノマかと思ったぞい」
「あ、ごめんなさい。あの、師匠! 私どうしても話したいことがあって……」
「ほう、なんじゃ?」
ルルナは少しだけ考える。しかし、取り繕わずに、全ての事を正直に話した。
レイシュバルト邸で起きたこと、悪魔のこと、そして、友達のこと。
「ほほう、それはまた難儀な……」
流石のノドロもその話を聞いて、少しばかり驚いていた。
だが真摯に語る弟子の姿に、彼もまた応えたくなったようだ。
大昔の記憶を辿り、自分の知っている限りの知識を掘り起こしてみた。
すると幾つか、話すべき事柄が見つかった。
「お前さんの友達、ケレノと言ったな?」
「はい、そうです!」
「うーむ、悪魔の、ケレノ……もしかして、黒蜥蜴のケレノか?」
どうやら、ノドロは彼女と以前に会ったことがあるらしい。
ルルナは瞳を輝かせ、その時の話を聞かせて欲しいと催促した。
「うむ、確かに一度だけ会ったことがある。確か、百年ちょい前のことじゃ」
「百年!? 師匠って何歳なんですか!?」
「それは忘れたわい。百歳から先は数えてないからのう」
「三百くらいだな」
二人の会話を聞き付け、部屋の奥からミロが出てきた。
どうやら言語機能は治ったらしい。
「ミロさん!」
「よぉルルナ。因みに、三百から先は数えてねーぞ」
「なんじゃい、お前もか」
少し脱線しかけたが、ノドロは話を元に戻す。
「奴と以前に会ったのは魔界でじゃな。かなり無愛想な奴じゃった」
「魔界!?」
ルルナは当然のように出てきたその単語に驚愕しかけたが、また話が逸れてしまうので追及するのはやめた。
ノドロの知る限り、ケレノは悪魔たちの故郷、魔界からほとんど出ないでいたという。
それがどうして今人間界にいるのか、その理由は不明だが、フレオラが関わっているのはほぼ間違いないだろうと、ノドロは推測する。
そしてもう一つ、もう一人の悪魔、セゼルについてだ。
「奴に関しては良く知っておる。有名人じゃからな。魔鎧セゼル、奴はケレノと違い、ずっと人間界におる。人の夢に現れ、その心を惑わし、自らの糧とする悪魔じゃ」
「所謂、夢魔ですか?」
「左様。魔術師の子供は夜更かしすると、セゼルに魂を取られるよ~、なんて言われて、よく脅かされるものじゃ」
「ジジイも言われてたのか?」
「わしが子供の頃は、まだセゼルはおらんかった。というか、子供の頃なんぞ遥か昔過ぎて覚えとらんがな」
ケレノとセゼル、ノドロが知る限り、この二人の悪魔に元々の共通点や繋がりは無いらしい。
事実として明らかになっているのは、共にフレオラによって使役されている悪魔であるということだ。
「フレオラ・フォン・レイシュバルトか……ふーむ、なんか聞き覚えがあるが、思い出せんな」
「使えねージジイだな」
「うるさいわ。お前はいっそ言語機能を取った方が良いかもしれんの!」
それにしても、ルルナが気になるのは、何故ケレノがフレオラの元へ戻ったかだ。
彼女は、やらなければならないことがあると言っていた。
その事についてノドロに問いかけて見ると、一つの推測が浮かび上がった。
「契約を交わしたのかもしれんな」
「契約……ですか?」
「そうじゃ。本来悪魔と人の契約は、対等ではなく、悪魔優位のものが殆どじゃ。しかし、そのフレオラという娘、明らかに只者ではない。不利な契約などは、交わさぬじゃろうな」
「じゃあケレノさんは、契約によって縛られているってことですか?」
「恐らく。推論ではあるがな」
ルルナは思案する。
確かに、それなら納得がいく。契約をなんとかしなければ、ケレノはフレオラから離れることができないのだろうか。
それを踏まえた上で、彼女をどうすれば救えるか、ルルナは考え続けた。
「あなた方の予想は正しい」
突然、この場に存在しない何者かの声が響いた。
それと同時に、この場に似合わぬ巨大な鎧姿が現れる。悪魔セゼルだ。
彼がこの場に現れた理由、それは、フレオラの提案を伝えるためだった。
「お初にお目にかかる。私はセゼル。フレオラ様の使いでございます」
「貴方が……!」
「ふむ、魔鎧セゼルよ、わしを知っておるかね?」
「無論です。ノドロ・グルムゲルゲ様」
「え! グルムゲルゲって、師匠の姓だったんですか!?」
「こんな変な名前、よく笑わねーで言えるなお前」
セゼルは、主の意思を簡潔に伝えた。
どうしても伝えたい事柄があるので、ルルナに、レイシュバルト邸まで来て欲しいとのことだ。
「ふむ、それならお嬢さんが自ら来れば良いと思うのじゃが?」
「その事は、主に代わりお詫びいたします。ですが、どうか来ていただきたい。ケレノも既に帰っておりますよ?」
「……!」
脅しとも取れる言葉で、セゼルは挑発をかける。
勿論彼自身の悪意によってではない。彼にとって、その全ては主の為であった。
「わかりました……」
「おい、マジかよルルナ! 明らかに怪しいぜ!」
「ご安心ください。決して危害は加えないと約束致します」
セゼルの言葉に偽りはない。
ノドロにはそれがわかった。しかし、弟子のことを想うと、一抹の不安は拭いきれない。
「なら、わしも連れて行け」
「師匠!?」
「なりません。それは命じられておりませんので……」
(いいわ、セゼル。お爺さんも連れていらっしゃい。正し、人形の子は駄目よ)
「……はい」
フレオラはセゼルの思考に直接呼び掛け、意思を伝えた。
ならば、彼がそれに逆らう理由は無い。ただその通りに語るのみ。
「良いでしょう。ノドロ様、貴方も主の元へお連れ致します」
「それはよかった。乗り込む手間が省けたぞい」
朗らかに笑いながら、事も無げにノドロは言う。
やはりこの男も侮ることはできない。そう思い、セゼルは警戒した。
「申し訳ありませんが、そちらの魔動人形の方は……」
「なんだって!? そりゃ差別だ! と、言いたいところだが、オレはいいよ。だるいし、ケレノって奴も知らんしな。ジジイが居ればルルナも大丈夫だろ」
「ご理解いただき感謝致します。では、お二方は、こちらへ」
セゼルの指示通り、師弟は彼の傍らに近付く。その瞬間、突然ノドロが叫んだ。
「転移!」
その言葉と共に、三人は一瞬にしてレイシュバルト邸内部、フレオラの居る部屋まで転移した。
「こ、ここは……」
「ほっほ、済まんな、お主の記憶を読み取って、わしの魔術で転移させてもらったぞ。イマイチ信用できんのでな」
「……成程、恐れ入りました」
心から、セゼルは敬意を表す。
転移に際して、特に細工をするつもりはなかった彼だが、ノドロの行動は完全に想定外だった。
その用心深さに加え、悪魔の心を読み、あまつさえ強制的に転移させるなど、最早人外の業に等しい。
そして同じく、この館の主もまた、ノドロを褒め称えるように拍手を送った。
「素晴らしいわノドロさん。やっぱり貴方を呼んで良かったと思えるわね」
「フレオラさん……」
ルルナは思わず、フレオラを睨み付ける。
だが特に怒る様子もなく、フレオラはおどけた調子で言葉を紡ぐ。
「もう、そんな顔しないで。確かに、昨日は私が悪かったわ。少し強引すぎたものね」
「ケレノさんは……どこですか?」
「フフフッ! ホントに仲良しなのね。ちょっと妬いちゃうわ。心配しなくても大丈夫よ」
そう言うと、フレオラは指をならす。
それに応えるように、彼女の横にある扉が開き、メイド服に着替えたケレノが、恐る恐る、ゆっくりと現れた。
「ルルナっ……!」
「ケレノさん!」
「フッ、ウフフフフッ!」
ケレノはルルナの姿を見て、迷わず駆けて行く。
特に咎めるでもなく、むしろ、とても愉快そうに、フレオラは笑っていた。
この再開に偽りや罠があるからではない。勿論ケレノは本人だし、ルルナを騙してもいない。
ただ単に、嬉しそうな顔でお互いを呼び合う二人の姿が、フレオラには実に面白おかしく見えたのだ。
それは、以前のケレノを知っているからでもあるが、何より、彼女の心をこれ程までに開かせたルルナに強い興味があった。
「全く、囚われのお姫様じゃないんだから……そうそうルルナさん、お姫様はまだ解放されてないのよ?」
「……どういう意味ですか?」
「契約よ。ノドロさんが教えてくれたでしょ?」
ケレノはルルナの傍らで、静かに目を伏せる。
確かに、その通りだった。決して無理強いをされて、契約を交わした訳では無い。それはケレノ自身の意思であり、当時はそのことに迷いはなかった。
しかし、良くも悪くも、彼女は変わってしまった。敵を討つよりも、もっといとおしいものが、彼女にはできてしまった。
「いいこと? あの夜誓ったわよね。あの忌々しい神霊、女神ロナを、フレオラ・フォン・レイシュバルトと共に滅ぼすこと。それが貴女の誓い」
「ロナ……! それって!」
ルルナの中で、全てが繋がった。
ケレノはロナを滅ぼす事を、フレオラに誓ったのだ。
当初それは二人の間で共通の目的であり、だからこそケレノは素直にフレオラに仕えていた。
しかし今は、それが鎖となって彼女を縛り始めている。
「だから私に、ロナ像を壊させようとしたんですね」
「その通りよ。もうこの際、全部正直に話すわ。ルルナさん、ロナをぶっ殺してくれない? それが、皆幸せになる唯一の道なの」
フレオラは張り付いていた笑みを消しさり、冷たい表情で言い放つ。
それは単なる甘言ではなく、確固たる意思の宿った言葉だった。
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