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3.魔嬢
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それから三ヶ月が経ち、その間ルルナは、ノドロの元で魔術を真摯に学び続けた。
ルルナの成長速度は恐るべきもので、彼女は凄まじいまでの勢いで、ノドロの持つ知識を吸収していった。
魔王ファノマは定期的にその様子を見にやって来ては、満足げな表情を浮かべ、また忙しなく、どこかへと飛び去っていくのだった……
そんな日々が暫く続き、ある日のこと。
ノドロは神妙な面持ちで、ルルナを呼び出した。
「ルルナよ」
「はい、なんですか、師匠」
「もうお前に教えること、無いかもしれん」
特に言葉もなく、え、という表情のまま固まるルルナ。
実のところ、彼女の魔力はその強力さのあまり、下級の魔術を行使するのには向いていなかったのだ。それ故、これ程の才能がありながらもBランク冒険者止まりだったというわけである。
ノドロはその点に気づき、上級から、最上級クラスの魔法ばかりを教えたところ、彼女は三ヶ月でその殆どをマスターしてしまった。
しかも、彼女自身はそうだと知らぬままに。
「どうしたルルナ、それから、くそジジイ。そんな固まっテ、故障でもしたのカ?」
「あ、ミロさん、お帰りなさい」
「こら、くそはやめんかい。口が悪いぞ」
入り口のドアを開け、二人の前に現れたのは、ノドロが作った魔道人形、ミロ。現在言語機能に僅かな不具合があり、少しばかり言葉の発音がおかしい以外は、ほぼ完璧に人間の少女と見分けがつかない。
彼女はもっぱら魔導具の買い出しを任されており、部屋中に散らかり放題のがらくた達は、どれもミロが購入してきた魔導具の無惨な残骸である。
「ほラ、買ってきてやっタぞ」
「おお、すまんの」
ミロは無愛想に、主へ複数の魔導具を手渡す。
ルルナにとってはもはや見慣れた光景だった。
彼女の修行に使用した幾つかの魔導具も全てミロが調達してきた物であり、実は、以前ファノマが使用した転移石も、ミロがローレント王国の魔導具店で購入してきた市販品が元となっている。数回使うと効力を失う安物の市販品を、ノドロが独自に改造して無限に使えるようにし、ファノマに与えたのである。
余談ではあるが、転移石の改造自体はそれほど困難な技術ではなく、ある程度実力がある魔術師はみんなやっていることだ。
さらに、ノドロの手元にはもっと性能の良い転移石もあるのだが、ファノマに渡すのが勿体無いので、こっそりと隠し持っている。
「どうせまたゴミになっちゃウんだロ?」
「まぁ、そう言うでない。これで、お前さんのパワーアップもしてやるからの」
「市販品なンかで、オレの美ボディを汚すんじゃネーよ」
ミロは嫌そうな顔をしながら、持っていた道具を雑に床へばらまく。かと思えば、今度は突然思い出したようにルルナを見て言った。
「そうそウ、ルルナ、おめぇにイい報せがあるんダ」
「私に?」
うんうん、と頷くと、ミロは懐から紙切れを取り出した。
そこには、レイシュバルト家当主、フレオラ・フォン・レイシュバルトが、魔法使いを募集していると記されている。どうやら、貴族による募集告知のようだ。
「んーっと、我こそはという優秀な魔法使い求む……簡単なお仕事です。内容は古い魔造家具の修理……報酬は……金貨50枚!?」
余りにも馬鹿げた報酬に、ルルナは思わず飛び上がった。
確かに、レイシュバルト家といえば、世界有数の大貴族である。つい最近先代の当主が事故死し、娘のフレオラが新当主になったばかりだが、たかが魔造家具の修理で金貨50枚など、世間知らずのお嬢様が無茶なことをやっていると取られても、無理はないだろう。
「お小遣い稼ぎにいいンじゃなイか? くそジジイはケチだし」
「お小遣いっていうレベルじゃないですよ!? 魔造家具の修理だけで金貨50枚なんて……」
(わしが行こうかな……)
その名の通り、魔術によって作られた魔造家具の修理は、魔術の心得がある者でなければ出来ない。しかし、ある程度の都市には大抵魔導具の修理店があり、物にもよるがそれほど料金をかけずに修理してもらうことができる。
にも拘らず、金貨50枚という莫大な報酬が提示されていることに、ルルナはなにか怪しさを感じずにはいられなかった。
「んーむ、だがまぁ、ルルナよ、行ってみてはどうじゃ? 腕試しには丁度いいじゃろ」
「えっ……うーん」
「金稼いできテ欲しいダけだろ」
図星を付かれ、ノドロの表情が少し曇るが、実際、全く心にもない出任せというわけではない。弟子に自信を持たせるには良いチャンスだと思っての提案だった。
「じゃあ、行ってみようかな……」
「じゃあ、ではなく、お前さんの意思で決めて良いのじゃぞ?」
「あっ……」
ルルナはその言葉を受けしばし沈黙するが、ふと顔を上げると、一言、師に自らの意思を伝えた。
「……行きます!」
「うむ」
ノドロは深いしわが刻まれた顔をさらにくしゃくしゃにして、朗らかに笑った。ミロは少しばかり不愉快そうに、じとーっとした目でその様子を見つめている。
「偉そうだナ、すっかリ師匠気取りじゃねーか」
「うるさいのう。悪いか!」
久々の外出に、ルルナは心が躍った。
勿論、師の元での修行の日々は楽しく、多くの学びがあったが、だからこそ、それらの経験を持って外の世界に繰り出して見たかったのだ。
ルルナは急いで身支度を整え、そして、二人の前に向き直る。
「それじゃあ、行ってきます」
「おいおい、せっかちじゃのう。ちょい待て、これを渡しておくぞ」
「これは……?」
ノドロは、足元に無造作に転がっていた木製の杖を手に取り、ルルナの前に差し出した。
「ゴミじゃネーか」
「これ! 失敬な奴じゃな。よいかルルナ、これは竜木の杖と言ってな、その名の通り、竜の力が宿っておるのじゃ。やはり、魔術師には杖じゃろ?」
杖の先端には翠色の水晶がついており、単なる飾りというよりは、捻れた木の枝が水晶を欲し、複雑に絡み付いているかのようだ。
惹き付けられるようなその輝きの内には、間違いなく、強力な魔力が宿っているであろう。
今のルルナには、それがすぐに解った。
「すごい……こんなすごい物、お借りして良いんですか?」
「いや、お前さんにやる」
「ええっ!?」
「よいかルルナ。まだ魔法という言葉が存在せぬ頃から、魔力の源、原初の魔術とは、竜の力であると言われておる。その杖には、魔力の源である、竜の力が宿っておるのじゃよ」
杖を受けとると、瞳を輝かせ、ルルナは水晶をじっと見つめる。
それは、今まで見てきた何よりも美しく、心を奪われた。だが水晶だけではない。この杖の材木も、なにかとてつもない、途方もない何かの化身であるような気がし、ルルナは杖を高く掲げ、仰ぎ見る。
(ファノマさん……?)
その時、入り口の扉が勢いよく開け放たれ、見慣れた影がルルナの視界の端に映った。
バタン!
「よーっ! ルルナ元気であるかーっ?」
実にタイミング良く、ファノマが現れた。
相変わらずドアを蹴り飛ばしながら現れた彼女に、ノドロは不満をぶつける。
ファノマはそれを軽く流すと、それほど久し振りでもないが、ルルナとの再会を喜び、会話を交わす。
「そうか、レイシュバルトのう……聞いたことないな」
「お前が世間知ラずなだけダ」
話を聞き、ファノマはレイシュバルト家まで付いて行こうとする。
だがそれでは色々と面倒になりかねないだろうということで、結局、やはりルルナ一人で行くことになった。
「では、今度こそ行ってきます! あ、師匠、杖なんですけど……本当に貰って良いんですか?」
「勿論じゃ。わしの弟子なら、遠慮など不要じゃ! ……じゃがな、ルルナよ」
急に改まって、ノドロは言葉を続けた。
「力というのは、時として人を狂わせる。なんというか、まぁ、お前さんなら大丈夫だろうが、初心を忘れるでないぞ」
「……はい!」
ルルナは出会ったときと同じように、ペコリと頭を下げ、ノドロ達の元を去っていった。
ノドロは、ほんの一時の別れだというのに、何故だか妙なもの悲しさを覚えながらも、弟子の成長を素直に喜ぶことにした。
「どーせ、あいつの事思い出してンだろ?」
「フフン、まさかのう。あの子は、奴とは違う。道を違えたりはせんよ」
「んん、誰のことだ?」
なにやら仲間外れにされている気配を感じ、そう問い掛けるファノマに、昔の話じゃよ、と、ノドロは静かに笑っていた。
「風よ……」
風の魔力を足元に纏わせ、ルルナはまさに風のように森を抜け、野を駆ける。
ルルナは改めて、今の自分で空と大地を見渡したかったので、あえて転移石は使わなかった。
今までは必死に追いかけるだけだった精霊の息吹が、大気に漂う魔力の流れが、はっきりと感じられる。
「すごい……いつもより、ずっと身体が軽い。この杖が私の魔力を高めてくれてるんだ」
三ヶ月前パーティーを追放され、ファノマと出会ったあの日。すがるように仰いだあの空、落ちてきそうな程に淀んで見えた空が、今では、暖かく輝いて見えた。
軽い足取りに任せるまま、ルルナはあっという間にローレント王国までたどり着く。
王都への道が見えてくると、そこには既に、魔法使いらしき人々の影がある。
おそらくは、彼らも大貴族の恩恵を授かりに来たのだろう。
ルルナは魔術を解くと、ゆっくりとした速度で再び歩を進める。
そして、例の報せ状に記されている地図に従い、レイシュバルトの邸宅を目指した。
ローレント王国には冒険者ギルドの本拠地があり、ルルナは以前にも何度か訪れたことはある。しかし、レイシュバルト家の邸宅は主に貴族達が暮らす都市上層部に存在するため、一般の冒険者にはあまり馴染みがなかった。
少しばかり緊張しながらも、都市上層部のきらびやかな通りを抜け、地図と、魔法使いらしき人々の流れに従って延々歩いて行くと、上層部の巨大な家々の中でも、一際の存在感を放つ建造物へとたどり着いた。
「こ、これが……」
家と言うよりは、もはや城にしか見えないそれこそが、レイシュバルトの大邸宅である。
来訪者を待ち受けるように堂々と開放されている巨大な門をくぐり抜けると、その先で案内人らしき男が待ち構えており、参加者一人一人に、優しく声をかけていた。
「どうぞ、お通りください」
「ど、どうも」
ルルナもその例に漏れず、案内人の指示に従っておそるおそる進んで行く。
そうして着いた先には、彼女にとって信じられないような空間が広がっていた。
周囲に大勢の人々が集まっているにも拘らず、それを感じさせないほど、見渡す限りに広がる庭。一面に緑が敷き詰められ、歩くたび、足元を草の柔らかい感触が包み込む。
生い茂る並木は林のように雄大であるが、手入れが行き届き、根本には葉の一枚すら落ちていない。
花壇には見たこともないような、色鮮やかで美しい花々が競うように咲き誇っている。
そして中央に鎮座し、絶え間なく水飛沫を放つ噴水のそのさらに中央では、女神ロナの像が静かに微笑みをたたえていた。
あまりの光景にルルナが圧倒されていると、噴水の奥にある邸宅の本館、その二階に位置する門のように巨大な扉がゆっくりと開き、ようやく館の主が姿を現す。
仰ぎ見て、人々はにわかにざわめいた。
噂の通り、フレオラ・フォン・レイシュバルトは少女だった。
フレオラは、その美しく流れる金髪を手で軽く撫でると、空のように青い瞳で、階下の参加者達をじっと見下ろしていた。まるで、品定めでもするかのように。
「ふーん、そうね……ケレノ」
フレオラは人々の顔を一通り見回すと、いつの間にか傍らに立っていた黒髪の小柄なメイドになにやら耳打ちをし、その返事を待つでもなく、今度は参加者達に向かって言った。
「さて! 皆さま、本日は大勢お集まりいただき、嬉しい限りですわ。早速だけど、皆さまの実力を見せていただきたいの」
彼女の声は、庭全体に響き渡っていた。
恐らくこの庭の各所に、声を反響させる何らかの装置が仕掛けられているのだろう。
それにしても、家具を直すだけなのに、実力を見るなどというのは少々大袈裟な気がする。
ルルナも含め、数人の魔法使い達は違和感を覚えたようだ。
そんな時、フレオラの傍らにいたメイドが突然その紅い瞳を見開くと、天高く跳躍し、階下へと飛び降りた。
わっ、という悲鳴にも似た人々の声を他所に、メイドは空中で一回転した後、地に右手をつき、三点着地で華麗に参加者達の前に降り立った。
「まずは、その子があなた方を品定めするわ。選ばれた者だけ、この階段を昇っていらっしゃい」
尊大に言い放つと、フレオラはさっさと奥に引っ込んでしまった。参加者達の間からは、にわかに不満の声が挙がり始める。
が、メイドはそんなこと気にも留めず、つかつかと歩いて行くと、参加者の一人をじっと見つめた。
「……」
「な、なんだよ」
無言のまま、メイドは両手で大きくバツマークを作る。
どうやら、不合格ということらしい。
「ふ、ふざけんな! 今ので何がわかったんだよ……ってうわっ!」
参加者は勿論文句を垂れたが、どこからともなくやって来た衛兵達に連れられ、屋敷を追い出されてしまった。
その後もメイドは、無表情で一言も口にしないまま、無慈悲に参加者達にバツを与えていき、気がつけば、残っているのは全体の三文の一程度になっていた。
いまだに合格者が一人も出ない中、ついにメイドがルルナの方を向いた。
のそのそと肩を揺らして歩きながら、ルルナの顔をジッと見つめるメイド。
吸い込まれそうな紅い瞳に、ルルナは少しばかり恐怖を感じたが、じっとこらえ、判定を待った。
おもむろに、メイドが両手で頭上にマルを作ると、わっ、と周囲から歓声が挙がった。
「えっ!? 合格者ってこと!?」
「すごいな君! 得意な魔法は?」
「どこのパーティーに所属してるの? うちに来ない!?」
「その杖何!? ちょっと見せてよ!」
「ちょっと待てよ、ホントにあの子がそんなすごいのか? 見た感じ普通だけど」
「え、えっと、その……」
初の合格者として注目され、顔を赤くするルルナ。
彼女に群がってくる人々を、メイドは無表情のまま、しっしっ、というジェスチャーで払いのけ、ルルナの肩を二度、軽くたたく。
「は、はい?」
「……」クイッ
メイドはなにも言わず、ただ階段の方を指差す。進めということらしい。
確かに、このままここで注目され続けるのも恥ずかしいので、ルルナは指示通り足早に階段を登り、扉の向こうへと進む。
部屋には高級そうな絨毯が敷かれ、壁に幾つかの絵画が飾られているものの、広さのわりには妙に閑散としている。
その最奥で、フレオラは装飾の施された椅子に腰掛け、一人退屈そうにしていた。
しかし部屋に入ってきたルルナに気付くと、急に明るい表情になった。
「あら、やっぱり貴女が最初なんだ。まぁ、あの子結構厳しいから、殆ど合格者はいないだろうとは思ったけれど」
「あ、どうも……ルルナです。よろしくお願いします」
行儀良く頭を下げるルルナに、フレオラは椅子からゆっくりと立ち上がり、笑顔で手を振る。
そして、穏やかな笑みを崩さぬまま、こう言った。
「もう少しだけ待ってねっ。多分すぐだから」
「は、はい」
その言葉通り、数分後に三人の参加者を引き連れ、メイドがやって来た。
「ご苦労様。そんなに急ぐなんて、よっぽどこの子が気に入ったのね、ケレノ?」
ケレノと呼ばれたメイドは、肯定するように、ブンブンと首を縦に振る。そして素早く横に捌け、参加者達に前へ出るよう促した。
「まさか、たった四人になっちまうなんてなぁ、簡単な仕事じゃなかったのかよ」
「まぁ報酬考えたらこんなものじゃない? 私が選ばれたのは当然だけど」
「……」
フレオラは全員の顔を順に眺め、穏やかな口調で話す。
「さて、選ばれた四人のみなさん、まずはおめでとうございます。それでは、これから最終試験を行いますね」
「ええっ!? まだやるの? 勘弁してよ……」
「へへっ、まさか、殺し合いでもさせんじゃないだろうな?」
「こ、殺し合い!?」
長髪の男の言葉に、ルルナはぎょっとしたが、フレオラはクスクスと笑ってそれを否定する。
「まさかまさか。皆さまの安全は保証いたしますわ。ご安心を」
ルルナは何故か一抹の不安を残しつつも、取り敢えずは安心し、胸を撫で下ろした。
「じゃ、始め」
「えっ」と誰かが言ったのとほぼ同時に、ケレノが数十個もの小さな石を懐から取り出し、空中にばらまく。それらは、空中で不自然に向きを変えると、参加者達を目掛け、高速で飛び掛かっていった。
「あ」
その一つが、参加者の女魔法使いの肩に触れると、瞬間、彼女の姿がこの場から消え去った。
「転移石!?」
最近その石に関わることが多かったルルナは、瞬時に気付いた。
石の正体は、改造転移石。特定の相手を追いかけ続け、触れた瞬間強制的に転移するよう細工が施されているようだ。
ルルナは、既に消えた女魔法使いよりも一瞬速く身をかわし、呪言を詠唱した。
「フェン、オース、クライオ……!」
すると、ルルナの周囲を覆い囲むように半透明の壁が現れ、転移石を弾き返す。
「くそっ、なんなんだよ……!? それに、あの子の変な詠唱は!? くっ、仕方ねえ! こうなったら、俺も最大呪文を……」
長髪の男は辛うじて石をかわしながらも、戸惑いを隠しきれずにいた。
だがすぐに状況を理解し、自らの最大呪文で全てを吹き飛ばそうとする。
「ウインド」
「!? しまっ」
突然の奇襲により、長髪の男は姿を消した。
簡素な風魔法と共に石を放ったのは、もう一人の参加者、覆面の男。
「参加者同士での潰し合いは、問題ないのだろう?」
「勿論。後悔しないよう、存分に楽しんでね。魔導師レオさん」
「レ、レオって!? まさか……」
フレオラが唐突に開始を宣言してから、まだ1分にも満たない。
この僅かな間に、既に二名が強制的に転移させられ、この場を去った。
慢心と油断があったとはいえ、脱落した二名は、ともにかなりの実力者である。
彼らの敗因を挙げるとするのなら、基礎を怠ったこと。
高い実力と才能に驕り、基本的な魔術である転移石やウインドによる奇襲に対応できなかったのである。
「実践で使えぬ魔術など、なんの意味もない。奴等にとっては、良い教訓になったろう」
「それより、あなた本物だったのね。てっきり、偽物かと思ったわ。あなたの覆面、今でもよく露店で売ってるものね?」
「……あれには、正直困っている。あまり悪目立ちしたくはないのでな」
魔導師レオ、かつて冒険者ギルドに所属していた、元Sランクの魔法使い。
白い覆面を被り、誰ともパーティーを組まずに一人黙々と依頼をこなす姿から、当時は死神と呼ばれ、恐れられていた。
ギルドを離脱して以降、その消息は不明となっていたが、実力は黒き旋風のリーダー、アレスよりも上とされている。
「でもレオさん、気を付けた方がいいわよ? その子、とっても手強いから」
「……言われるまでも無い」
(魔導師レオって、元Sランクの……でも!)
ルルナは一瞬、三ヶ月前の事が頭をよぎったが、すぐに振り払った。
「娘、遊びとは言え、少々手荒になるぞ」
「……こっちだって!」
レオは飛び交う無数の石を風の魔術で浮かび上がらせ、一つ一つ、あらゆる角度からルルナを包囲させる。そして同時に、自らもルルナを正面に捉えつつ、詠唱した。
「炎よ、壁となれ、風よ、逆巻け」
「二重詠唱!?」
二重詠唱とは、素早く二つの魔法を放ち、相乗効果を生み出す技術である。
魔力によって作り出された炎の壁が、風に巻き上げられ、転移石に包囲されたルルナの僅かな逃げ道をさらに埋めて行く。
「水流よ、力を!」
対抗するようにルルナが詠唱すると、彼女の足元から間欠泉のように、激しい水流が巻き起こる。水流によって炎の壁はかき消され、同時に、石も空中で足止めされていた。
「成程、こちらの攻撃を防ぎつつ、水で身を隠したか、次はどう来る?」
ルルナは水壁の内側に隠れたまま姿勢を低くし、詠唱と共に床を蹴った。
「……アルナ」
水壁を突き破り、風を纏ったルルナの体は矢のように真っ直ぐ、レオの方へと向かっていく。
「ルクス!」
「速いっ!? クッ、土よッ!」
杖を突き出し、ルルナが土塊を放つと、レオもまた、土の術で返した。
だがルーンの魔力は強力であり、レオの土魔術は打ち消され、貫通した土塊はなおも勢いを失わず突き進む。
「ぐぅッ!」
「逃がさない!」
レオは辛うじて土塊をかわしたものの、その周囲は既に、ルルナがコントロールを奪った転移石によって包囲されていた。
「フェン、サイフォ、ナレア……!」
「……見事だ」
ルルナの詠唱を聞ききながら、レオは自ら転移石に触れ、その姿を消した。
どうやら、降参ということらしい。
彼が消えたのと同時に、空中に浮かんでいた石も全て静止し、力なく床に転がり落ちていく。
これで、ついに参加者はルルナだけになった。
「は、はぁ、勝った……やった……!」
「おめでとうルルナさん。まぁ、わかりきってはいたのだけどね」
そう言いつつも、讃えるようにフレオラはにっこり笑い、ケレノも手をぱちぱちと叩いた。
「なあ、ここどこだよ……」
「やだー! もう帰りたい!」
一方、ここはどこかの原野。
見知らぬ土地に転移させられ、嘆く長髪の男と女魔法使いを尻目に、魔導師レオは一人呟く。
「少々予定が狂ったな……まぁ仕方あるまい」
そう言い残し、彼の姿は再び消え去った。
ルルナの成長速度は恐るべきもので、彼女は凄まじいまでの勢いで、ノドロの持つ知識を吸収していった。
魔王ファノマは定期的にその様子を見にやって来ては、満足げな表情を浮かべ、また忙しなく、どこかへと飛び去っていくのだった……
そんな日々が暫く続き、ある日のこと。
ノドロは神妙な面持ちで、ルルナを呼び出した。
「ルルナよ」
「はい、なんですか、師匠」
「もうお前に教えること、無いかもしれん」
特に言葉もなく、え、という表情のまま固まるルルナ。
実のところ、彼女の魔力はその強力さのあまり、下級の魔術を行使するのには向いていなかったのだ。それ故、これ程の才能がありながらもBランク冒険者止まりだったというわけである。
ノドロはその点に気づき、上級から、最上級クラスの魔法ばかりを教えたところ、彼女は三ヶ月でその殆どをマスターしてしまった。
しかも、彼女自身はそうだと知らぬままに。
「どうしたルルナ、それから、くそジジイ。そんな固まっテ、故障でもしたのカ?」
「あ、ミロさん、お帰りなさい」
「こら、くそはやめんかい。口が悪いぞ」
入り口のドアを開け、二人の前に現れたのは、ノドロが作った魔道人形、ミロ。現在言語機能に僅かな不具合があり、少しばかり言葉の発音がおかしい以外は、ほぼ完璧に人間の少女と見分けがつかない。
彼女はもっぱら魔導具の買い出しを任されており、部屋中に散らかり放題のがらくた達は、どれもミロが購入してきた魔導具の無惨な残骸である。
「ほラ、買ってきてやっタぞ」
「おお、すまんの」
ミロは無愛想に、主へ複数の魔導具を手渡す。
ルルナにとってはもはや見慣れた光景だった。
彼女の修行に使用した幾つかの魔導具も全てミロが調達してきた物であり、実は、以前ファノマが使用した転移石も、ミロがローレント王国の魔導具店で購入してきた市販品が元となっている。数回使うと効力を失う安物の市販品を、ノドロが独自に改造して無限に使えるようにし、ファノマに与えたのである。
余談ではあるが、転移石の改造自体はそれほど困難な技術ではなく、ある程度実力がある魔術師はみんなやっていることだ。
さらに、ノドロの手元にはもっと性能の良い転移石もあるのだが、ファノマに渡すのが勿体無いので、こっそりと隠し持っている。
「どうせまたゴミになっちゃウんだロ?」
「まぁ、そう言うでない。これで、お前さんのパワーアップもしてやるからの」
「市販品なンかで、オレの美ボディを汚すんじゃネーよ」
ミロは嫌そうな顔をしながら、持っていた道具を雑に床へばらまく。かと思えば、今度は突然思い出したようにルルナを見て言った。
「そうそウ、ルルナ、おめぇにイい報せがあるんダ」
「私に?」
うんうん、と頷くと、ミロは懐から紙切れを取り出した。
そこには、レイシュバルト家当主、フレオラ・フォン・レイシュバルトが、魔法使いを募集していると記されている。どうやら、貴族による募集告知のようだ。
「んーっと、我こそはという優秀な魔法使い求む……簡単なお仕事です。内容は古い魔造家具の修理……報酬は……金貨50枚!?」
余りにも馬鹿げた報酬に、ルルナは思わず飛び上がった。
確かに、レイシュバルト家といえば、世界有数の大貴族である。つい最近先代の当主が事故死し、娘のフレオラが新当主になったばかりだが、たかが魔造家具の修理で金貨50枚など、世間知らずのお嬢様が無茶なことをやっていると取られても、無理はないだろう。
「お小遣い稼ぎにいいンじゃなイか? くそジジイはケチだし」
「お小遣いっていうレベルじゃないですよ!? 魔造家具の修理だけで金貨50枚なんて……」
(わしが行こうかな……)
その名の通り、魔術によって作られた魔造家具の修理は、魔術の心得がある者でなければ出来ない。しかし、ある程度の都市には大抵魔導具の修理店があり、物にもよるがそれほど料金をかけずに修理してもらうことができる。
にも拘らず、金貨50枚という莫大な報酬が提示されていることに、ルルナはなにか怪しさを感じずにはいられなかった。
「んーむ、だがまぁ、ルルナよ、行ってみてはどうじゃ? 腕試しには丁度いいじゃろ」
「えっ……うーん」
「金稼いできテ欲しいダけだろ」
図星を付かれ、ノドロの表情が少し曇るが、実際、全く心にもない出任せというわけではない。弟子に自信を持たせるには良いチャンスだと思っての提案だった。
「じゃあ、行ってみようかな……」
「じゃあ、ではなく、お前さんの意思で決めて良いのじゃぞ?」
「あっ……」
ルルナはその言葉を受けしばし沈黙するが、ふと顔を上げると、一言、師に自らの意思を伝えた。
「……行きます!」
「うむ」
ノドロは深いしわが刻まれた顔をさらにくしゃくしゃにして、朗らかに笑った。ミロは少しばかり不愉快そうに、じとーっとした目でその様子を見つめている。
「偉そうだナ、すっかリ師匠気取りじゃねーか」
「うるさいのう。悪いか!」
久々の外出に、ルルナは心が躍った。
勿論、師の元での修行の日々は楽しく、多くの学びがあったが、だからこそ、それらの経験を持って外の世界に繰り出して見たかったのだ。
ルルナは急いで身支度を整え、そして、二人の前に向き直る。
「それじゃあ、行ってきます」
「おいおい、せっかちじゃのう。ちょい待て、これを渡しておくぞ」
「これは……?」
ノドロは、足元に無造作に転がっていた木製の杖を手に取り、ルルナの前に差し出した。
「ゴミじゃネーか」
「これ! 失敬な奴じゃな。よいかルルナ、これは竜木の杖と言ってな、その名の通り、竜の力が宿っておるのじゃ。やはり、魔術師には杖じゃろ?」
杖の先端には翠色の水晶がついており、単なる飾りというよりは、捻れた木の枝が水晶を欲し、複雑に絡み付いているかのようだ。
惹き付けられるようなその輝きの内には、間違いなく、強力な魔力が宿っているであろう。
今のルルナには、それがすぐに解った。
「すごい……こんなすごい物、お借りして良いんですか?」
「いや、お前さんにやる」
「ええっ!?」
「よいかルルナ。まだ魔法という言葉が存在せぬ頃から、魔力の源、原初の魔術とは、竜の力であると言われておる。その杖には、魔力の源である、竜の力が宿っておるのじゃよ」
杖を受けとると、瞳を輝かせ、ルルナは水晶をじっと見つめる。
それは、今まで見てきた何よりも美しく、心を奪われた。だが水晶だけではない。この杖の材木も、なにかとてつもない、途方もない何かの化身であるような気がし、ルルナは杖を高く掲げ、仰ぎ見る。
(ファノマさん……?)
その時、入り口の扉が勢いよく開け放たれ、見慣れた影がルルナの視界の端に映った。
バタン!
「よーっ! ルルナ元気であるかーっ?」
実にタイミング良く、ファノマが現れた。
相変わらずドアを蹴り飛ばしながら現れた彼女に、ノドロは不満をぶつける。
ファノマはそれを軽く流すと、それほど久し振りでもないが、ルルナとの再会を喜び、会話を交わす。
「そうか、レイシュバルトのう……聞いたことないな」
「お前が世間知ラずなだけダ」
話を聞き、ファノマはレイシュバルト家まで付いて行こうとする。
だがそれでは色々と面倒になりかねないだろうということで、結局、やはりルルナ一人で行くことになった。
「では、今度こそ行ってきます! あ、師匠、杖なんですけど……本当に貰って良いんですか?」
「勿論じゃ。わしの弟子なら、遠慮など不要じゃ! ……じゃがな、ルルナよ」
急に改まって、ノドロは言葉を続けた。
「力というのは、時として人を狂わせる。なんというか、まぁ、お前さんなら大丈夫だろうが、初心を忘れるでないぞ」
「……はい!」
ルルナは出会ったときと同じように、ペコリと頭を下げ、ノドロ達の元を去っていった。
ノドロは、ほんの一時の別れだというのに、何故だか妙なもの悲しさを覚えながらも、弟子の成長を素直に喜ぶことにした。
「どーせ、あいつの事思い出してンだろ?」
「フフン、まさかのう。あの子は、奴とは違う。道を違えたりはせんよ」
「んん、誰のことだ?」
なにやら仲間外れにされている気配を感じ、そう問い掛けるファノマに、昔の話じゃよ、と、ノドロは静かに笑っていた。
「風よ……」
風の魔力を足元に纏わせ、ルルナはまさに風のように森を抜け、野を駆ける。
ルルナは改めて、今の自分で空と大地を見渡したかったので、あえて転移石は使わなかった。
今までは必死に追いかけるだけだった精霊の息吹が、大気に漂う魔力の流れが、はっきりと感じられる。
「すごい……いつもより、ずっと身体が軽い。この杖が私の魔力を高めてくれてるんだ」
三ヶ月前パーティーを追放され、ファノマと出会ったあの日。すがるように仰いだあの空、落ちてきそうな程に淀んで見えた空が、今では、暖かく輝いて見えた。
軽い足取りに任せるまま、ルルナはあっという間にローレント王国までたどり着く。
王都への道が見えてくると、そこには既に、魔法使いらしき人々の影がある。
おそらくは、彼らも大貴族の恩恵を授かりに来たのだろう。
ルルナは魔術を解くと、ゆっくりとした速度で再び歩を進める。
そして、例の報せ状に記されている地図に従い、レイシュバルトの邸宅を目指した。
ローレント王国には冒険者ギルドの本拠地があり、ルルナは以前にも何度か訪れたことはある。しかし、レイシュバルト家の邸宅は主に貴族達が暮らす都市上層部に存在するため、一般の冒険者にはあまり馴染みがなかった。
少しばかり緊張しながらも、都市上層部のきらびやかな通りを抜け、地図と、魔法使いらしき人々の流れに従って延々歩いて行くと、上層部の巨大な家々の中でも、一際の存在感を放つ建造物へとたどり着いた。
「こ、これが……」
家と言うよりは、もはや城にしか見えないそれこそが、レイシュバルトの大邸宅である。
来訪者を待ち受けるように堂々と開放されている巨大な門をくぐり抜けると、その先で案内人らしき男が待ち構えており、参加者一人一人に、優しく声をかけていた。
「どうぞ、お通りください」
「ど、どうも」
ルルナもその例に漏れず、案内人の指示に従っておそるおそる進んで行く。
そうして着いた先には、彼女にとって信じられないような空間が広がっていた。
周囲に大勢の人々が集まっているにも拘らず、それを感じさせないほど、見渡す限りに広がる庭。一面に緑が敷き詰められ、歩くたび、足元を草の柔らかい感触が包み込む。
生い茂る並木は林のように雄大であるが、手入れが行き届き、根本には葉の一枚すら落ちていない。
花壇には見たこともないような、色鮮やかで美しい花々が競うように咲き誇っている。
そして中央に鎮座し、絶え間なく水飛沫を放つ噴水のそのさらに中央では、女神ロナの像が静かに微笑みをたたえていた。
あまりの光景にルルナが圧倒されていると、噴水の奥にある邸宅の本館、その二階に位置する門のように巨大な扉がゆっくりと開き、ようやく館の主が姿を現す。
仰ぎ見て、人々はにわかにざわめいた。
噂の通り、フレオラ・フォン・レイシュバルトは少女だった。
フレオラは、その美しく流れる金髪を手で軽く撫でると、空のように青い瞳で、階下の参加者達をじっと見下ろしていた。まるで、品定めでもするかのように。
「ふーん、そうね……ケレノ」
フレオラは人々の顔を一通り見回すと、いつの間にか傍らに立っていた黒髪の小柄なメイドになにやら耳打ちをし、その返事を待つでもなく、今度は参加者達に向かって言った。
「さて! 皆さま、本日は大勢お集まりいただき、嬉しい限りですわ。早速だけど、皆さまの実力を見せていただきたいの」
彼女の声は、庭全体に響き渡っていた。
恐らくこの庭の各所に、声を反響させる何らかの装置が仕掛けられているのだろう。
それにしても、家具を直すだけなのに、実力を見るなどというのは少々大袈裟な気がする。
ルルナも含め、数人の魔法使い達は違和感を覚えたようだ。
そんな時、フレオラの傍らにいたメイドが突然その紅い瞳を見開くと、天高く跳躍し、階下へと飛び降りた。
わっ、という悲鳴にも似た人々の声を他所に、メイドは空中で一回転した後、地に右手をつき、三点着地で華麗に参加者達の前に降り立った。
「まずは、その子があなた方を品定めするわ。選ばれた者だけ、この階段を昇っていらっしゃい」
尊大に言い放つと、フレオラはさっさと奥に引っ込んでしまった。参加者達の間からは、にわかに不満の声が挙がり始める。
が、メイドはそんなこと気にも留めず、つかつかと歩いて行くと、参加者の一人をじっと見つめた。
「……」
「な、なんだよ」
無言のまま、メイドは両手で大きくバツマークを作る。
どうやら、不合格ということらしい。
「ふ、ふざけんな! 今ので何がわかったんだよ……ってうわっ!」
参加者は勿論文句を垂れたが、どこからともなくやって来た衛兵達に連れられ、屋敷を追い出されてしまった。
その後もメイドは、無表情で一言も口にしないまま、無慈悲に参加者達にバツを与えていき、気がつけば、残っているのは全体の三文の一程度になっていた。
いまだに合格者が一人も出ない中、ついにメイドがルルナの方を向いた。
のそのそと肩を揺らして歩きながら、ルルナの顔をジッと見つめるメイド。
吸い込まれそうな紅い瞳に、ルルナは少しばかり恐怖を感じたが、じっとこらえ、判定を待った。
おもむろに、メイドが両手で頭上にマルを作ると、わっ、と周囲から歓声が挙がった。
「えっ!? 合格者ってこと!?」
「すごいな君! 得意な魔法は?」
「どこのパーティーに所属してるの? うちに来ない!?」
「その杖何!? ちょっと見せてよ!」
「ちょっと待てよ、ホントにあの子がそんなすごいのか? 見た感じ普通だけど」
「え、えっと、その……」
初の合格者として注目され、顔を赤くするルルナ。
彼女に群がってくる人々を、メイドは無表情のまま、しっしっ、というジェスチャーで払いのけ、ルルナの肩を二度、軽くたたく。
「は、はい?」
「……」クイッ
メイドはなにも言わず、ただ階段の方を指差す。進めということらしい。
確かに、このままここで注目され続けるのも恥ずかしいので、ルルナは指示通り足早に階段を登り、扉の向こうへと進む。
部屋には高級そうな絨毯が敷かれ、壁に幾つかの絵画が飾られているものの、広さのわりには妙に閑散としている。
その最奥で、フレオラは装飾の施された椅子に腰掛け、一人退屈そうにしていた。
しかし部屋に入ってきたルルナに気付くと、急に明るい表情になった。
「あら、やっぱり貴女が最初なんだ。まぁ、あの子結構厳しいから、殆ど合格者はいないだろうとは思ったけれど」
「あ、どうも……ルルナです。よろしくお願いします」
行儀良く頭を下げるルルナに、フレオラは椅子からゆっくりと立ち上がり、笑顔で手を振る。
そして、穏やかな笑みを崩さぬまま、こう言った。
「もう少しだけ待ってねっ。多分すぐだから」
「は、はい」
その言葉通り、数分後に三人の参加者を引き連れ、メイドがやって来た。
「ご苦労様。そんなに急ぐなんて、よっぽどこの子が気に入ったのね、ケレノ?」
ケレノと呼ばれたメイドは、肯定するように、ブンブンと首を縦に振る。そして素早く横に捌け、参加者達に前へ出るよう促した。
「まさか、たった四人になっちまうなんてなぁ、簡単な仕事じゃなかったのかよ」
「まぁ報酬考えたらこんなものじゃない? 私が選ばれたのは当然だけど」
「……」
フレオラは全員の顔を順に眺め、穏やかな口調で話す。
「さて、選ばれた四人のみなさん、まずはおめでとうございます。それでは、これから最終試験を行いますね」
「ええっ!? まだやるの? 勘弁してよ……」
「へへっ、まさか、殺し合いでもさせんじゃないだろうな?」
「こ、殺し合い!?」
長髪の男の言葉に、ルルナはぎょっとしたが、フレオラはクスクスと笑ってそれを否定する。
「まさかまさか。皆さまの安全は保証いたしますわ。ご安心を」
ルルナは何故か一抹の不安を残しつつも、取り敢えずは安心し、胸を撫で下ろした。
「じゃ、始め」
「えっ」と誰かが言ったのとほぼ同時に、ケレノが数十個もの小さな石を懐から取り出し、空中にばらまく。それらは、空中で不自然に向きを変えると、参加者達を目掛け、高速で飛び掛かっていった。
「あ」
その一つが、参加者の女魔法使いの肩に触れると、瞬間、彼女の姿がこの場から消え去った。
「転移石!?」
最近その石に関わることが多かったルルナは、瞬時に気付いた。
石の正体は、改造転移石。特定の相手を追いかけ続け、触れた瞬間強制的に転移するよう細工が施されているようだ。
ルルナは、既に消えた女魔法使いよりも一瞬速く身をかわし、呪言を詠唱した。
「フェン、オース、クライオ……!」
すると、ルルナの周囲を覆い囲むように半透明の壁が現れ、転移石を弾き返す。
「くそっ、なんなんだよ……!? それに、あの子の変な詠唱は!? くっ、仕方ねえ! こうなったら、俺も最大呪文を……」
長髪の男は辛うじて石をかわしながらも、戸惑いを隠しきれずにいた。
だがすぐに状況を理解し、自らの最大呪文で全てを吹き飛ばそうとする。
「ウインド」
「!? しまっ」
突然の奇襲により、長髪の男は姿を消した。
簡素な風魔法と共に石を放ったのは、もう一人の参加者、覆面の男。
「参加者同士での潰し合いは、問題ないのだろう?」
「勿論。後悔しないよう、存分に楽しんでね。魔導師レオさん」
「レ、レオって!? まさか……」
フレオラが唐突に開始を宣言してから、まだ1分にも満たない。
この僅かな間に、既に二名が強制的に転移させられ、この場を去った。
慢心と油断があったとはいえ、脱落した二名は、ともにかなりの実力者である。
彼らの敗因を挙げるとするのなら、基礎を怠ったこと。
高い実力と才能に驕り、基本的な魔術である転移石やウインドによる奇襲に対応できなかったのである。
「実践で使えぬ魔術など、なんの意味もない。奴等にとっては、良い教訓になったろう」
「それより、あなた本物だったのね。てっきり、偽物かと思ったわ。あなたの覆面、今でもよく露店で売ってるものね?」
「……あれには、正直困っている。あまり悪目立ちしたくはないのでな」
魔導師レオ、かつて冒険者ギルドに所属していた、元Sランクの魔法使い。
白い覆面を被り、誰ともパーティーを組まずに一人黙々と依頼をこなす姿から、当時は死神と呼ばれ、恐れられていた。
ギルドを離脱して以降、その消息は不明となっていたが、実力は黒き旋風のリーダー、アレスよりも上とされている。
「でもレオさん、気を付けた方がいいわよ? その子、とっても手強いから」
「……言われるまでも無い」
(魔導師レオって、元Sランクの……でも!)
ルルナは一瞬、三ヶ月前の事が頭をよぎったが、すぐに振り払った。
「娘、遊びとは言え、少々手荒になるぞ」
「……こっちだって!」
レオは飛び交う無数の石を風の魔術で浮かび上がらせ、一つ一つ、あらゆる角度からルルナを包囲させる。そして同時に、自らもルルナを正面に捉えつつ、詠唱した。
「炎よ、壁となれ、風よ、逆巻け」
「二重詠唱!?」
二重詠唱とは、素早く二つの魔法を放ち、相乗効果を生み出す技術である。
魔力によって作り出された炎の壁が、風に巻き上げられ、転移石に包囲されたルルナの僅かな逃げ道をさらに埋めて行く。
「水流よ、力を!」
対抗するようにルルナが詠唱すると、彼女の足元から間欠泉のように、激しい水流が巻き起こる。水流によって炎の壁はかき消され、同時に、石も空中で足止めされていた。
「成程、こちらの攻撃を防ぎつつ、水で身を隠したか、次はどう来る?」
ルルナは水壁の内側に隠れたまま姿勢を低くし、詠唱と共に床を蹴った。
「……アルナ」
水壁を突き破り、風を纏ったルルナの体は矢のように真っ直ぐ、レオの方へと向かっていく。
「ルクス!」
「速いっ!? クッ、土よッ!」
杖を突き出し、ルルナが土塊を放つと、レオもまた、土の術で返した。
だがルーンの魔力は強力であり、レオの土魔術は打ち消され、貫通した土塊はなおも勢いを失わず突き進む。
「ぐぅッ!」
「逃がさない!」
レオは辛うじて土塊をかわしたものの、その周囲は既に、ルルナがコントロールを奪った転移石によって包囲されていた。
「フェン、サイフォ、ナレア……!」
「……見事だ」
ルルナの詠唱を聞ききながら、レオは自ら転移石に触れ、その姿を消した。
どうやら、降参ということらしい。
彼が消えたのと同時に、空中に浮かんでいた石も全て静止し、力なく床に転がり落ちていく。
これで、ついに参加者はルルナだけになった。
「は、はぁ、勝った……やった……!」
「おめでとうルルナさん。まぁ、わかりきってはいたのだけどね」
そう言いつつも、讃えるようにフレオラはにっこり笑い、ケレノも手をぱちぱちと叩いた。
「なあ、ここどこだよ……」
「やだー! もう帰りたい!」
一方、ここはどこかの原野。
見知らぬ土地に転移させられ、嘆く長髪の男と女魔法使いを尻目に、魔導師レオは一人呟く。
「少々予定が狂ったな……まぁ仕方あるまい」
そう言い残し、彼の姿は再び消え去った。
応援ありがとうございます!
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