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「姉上はさ、もっと淑女らしさってやつを学んだ方がいいと思うよ?周りにあんなに素敵なご令嬢たちがいるのに、どうしていつまでも変わらないのかなぁ?」
ごとごとと揺れる馬車の中。
そう言った弟がやれやれと首を振っています。
馬車を何台も出すのは見苦しいとのことで、王都の伯爵邸から学園までの移動は、行き帰りともに弟と一緒です。
伯爵さまの本音は、単に費用が勿体ないという理由でしょう。
現在の伯爵邸には二台の馬車があります。
わたくしたちが使っているこの馬車はかつては母専用だったもの。
もう一台はこれよりもずっと豪華な馬車なのですが、そちらは考えるまでもなく伯爵さまご専用。
伯爵としての品位を保つための馬車ですから、弟でさえも爵位を得るまで使用を禁じられているのです。
ならば伯爵家としてもう一台所有すればよろしいのでしょうけれど。
お金は使いたくないけれど、みすぼらしい馬車に娘と息子を乗せる父親にもなりたくない、伯爵家に相応しい見栄えのする馬と、身なりの良い御者を用意することも煩わしい。
ならば今ある馬車を二人で使えという結論に至るのが、伯爵さまらしいところで。
伯爵家以上となれば、多くの場合はご子息ご息女それぞれに馬車を用意するものなのですけれど。
婿入りだろうと、嫁入りだろうと、輿入れの際にはその馬車も持参するものです。
伯爵さまは先のことをどうお考えなのでしょうね。弟は将来伯爵さま専用の馬車を使うから個別に用意される気はないのか、あるいはわたくしは馬車なしで嫁げば良いとお考えなのか。
そんな問題も、わたくしがいなくなれば解消出来て、伯爵さまは喜ばれるでしょうか?
伯爵さまのお考えは到底分かりませんが、現状はというと。
周りの目を気にしているわりに、そういうときには都合の良い理由を用意して、王都の民に寄り添い交通の支障が出ないよう配慮する、なおかつ仲のいい姉弟に対し理解を示す良き父親というように社交界では説明しているようですね。
聞かれてもいないのにあえて説明しているとすれば、かえって言い訳をしているように受け取られそうなものですけれど。
わたくしはもう伯爵さまには何も言いません。
でもこれが、二歳下の弟には大変な不満のようで。
弟はいつも行きも帰りも不機嫌な顔をして座っていました。
それが今日はいつも以上に機嫌が悪い様子で。
珍しくわたくしに話し掛けて来ます。
わたくしから話し掛けても、いつもは返事もしない子なのです。
難しい年頃だものね、なんて姉としては捉えていたのですが。
「まずおかしいのはさぁ、いつもいつも次期当主の僕をこんなに待たせていることなんだよ。そんな風に淑女らしい気遣いが出来ないから、普段から婚約者に送っても貰えないし、今日みたいなことになるんだ」
これは予想外のことでした。
婚約者さまと話していたのはほんの少し前の出来事です。
とすると、一緒に帰る姉を待つ弟のところへと走り、わざわざ話を伝えにいってくださった親切な方がいらっしゃったようですね。
この分では、今日のうちに婚約解消の話は広まってしまうかもしれません。
不機嫌な弟が、急いで噂が広まらないように手配した、というところは今のところ見受けられませんし、伯爵家の者としては問題かもしれませんが、わたくしにとっては大変有難いこと。
「婚約解消なんて、話が出るだけでも恥ずかしいったらないよ。ちゃんと謝って、お許しを貰って来てよね。出来るだけ早く頼むよ!」
最後に弟と揉めるつもりはありませんでした。
けれどもわたくしは、もう嘘をつくことは出来ません。
「謝るつもりはないわ」
「はぁ?」
弟は身を乗り出すようにして、わたくしを凝視します。
ごとごとと揺れる馬車の中。
そう言った弟がやれやれと首を振っています。
馬車を何台も出すのは見苦しいとのことで、王都の伯爵邸から学園までの移動は、行き帰りともに弟と一緒です。
伯爵さまの本音は、単に費用が勿体ないという理由でしょう。
現在の伯爵邸には二台の馬車があります。
わたくしたちが使っているこの馬車はかつては母専用だったもの。
もう一台はこれよりもずっと豪華な馬車なのですが、そちらは考えるまでもなく伯爵さまご専用。
伯爵としての品位を保つための馬車ですから、弟でさえも爵位を得るまで使用を禁じられているのです。
ならば伯爵家としてもう一台所有すればよろしいのでしょうけれど。
お金は使いたくないけれど、みすぼらしい馬車に娘と息子を乗せる父親にもなりたくない、伯爵家に相応しい見栄えのする馬と、身なりの良い御者を用意することも煩わしい。
ならば今ある馬車を二人で使えという結論に至るのが、伯爵さまらしいところで。
伯爵家以上となれば、多くの場合はご子息ご息女それぞれに馬車を用意するものなのですけれど。
婿入りだろうと、嫁入りだろうと、輿入れの際にはその馬車も持参するものです。
伯爵さまは先のことをどうお考えなのでしょうね。弟は将来伯爵さま専用の馬車を使うから個別に用意される気はないのか、あるいはわたくしは馬車なしで嫁げば良いとお考えなのか。
そんな問題も、わたくしがいなくなれば解消出来て、伯爵さまは喜ばれるでしょうか?
伯爵さまのお考えは到底分かりませんが、現状はというと。
周りの目を気にしているわりに、そういうときには都合の良い理由を用意して、王都の民に寄り添い交通の支障が出ないよう配慮する、なおかつ仲のいい姉弟に対し理解を示す良き父親というように社交界では説明しているようですね。
聞かれてもいないのにあえて説明しているとすれば、かえって言い訳をしているように受け取られそうなものですけれど。
わたくしはもう伯爵さまには何も言いません。
でもこれが、二歳下の弟には大変な不満のようで。
弟はいつも行きも帰りも不機嫌な顔をして座っていました。
それが今日はいつも以上に機嫌が悪い様子で。
珍しくわたくしに話し掛けて来ます。
わたくしから話し掛けても、いつもは返事もしない子なのです。
難しい年頃だものね、なんて姉としては捉えていたのですが。
「まずおかしいのはさぁ、いつもいつも次期当主の僕をこんなに待たせていることなんだよ。そんな風に淑女らしい気遣いが出来ないから、普段から婚約者に送っても貰えないし、今日みたいなことになるんだ」
これは予想外のことでした。
婚約者さまと話していたのはほんの少し前の出来事です。
とすると、一緒に帰る姉を待つ弟のところへと走り、わざわざ話を伝えにいってくださった親切な方がいらっしゃったようですね。
この分では、今日のうちに婚約解消の話は広まってしまうかもしれません。
不機嫌な弟が、急いで噂が広まらないように手配した、というところは今のところ見受けられませんし、伯爵家の者としては問題かもしれませんが、わたくしにとっては大変有難いこと。
「婚約解消なんて、話が出るだけでも恥ずかしいったらないよ。ちゃんと謝って、お許しを貰って来てよね。出来るだけ早く頼むよ!」
最後に弟と揉めるつもりはありませんでした。
けれどもわたくしは、もう嘘をつくことは出来ません。
「謝るつもりはないわ」
「はぁ?」
弟は身を乗り出すようにして、わたくしを凝視します。
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