上 下
4 / 12

しおりを挟む
 あれは昨夜のことでした。

「女のくせに領主の仕事に口を挟むな!女のお前なんぞに分かる話はない!」

 また水害だ。今年は運が悪い。
 夕食時にそう嘆く父に、わたくしが聞いたのは一言だけ。

 領地で何度も発生している水害の恒久的な対策は検討しないのですか。

 すると父は顔を真っ赤にしてこの通り怒鳴り始めたのです。

「お前は嫁ぎ先のことだけ考えていればいいのだ!侯爵家によく取り入ることだけが女として生まれたお前の使命。我が家の領地のことなど余計なことは一切考えるな!分かったな!」

 父の怒りはなお止まらず。

「だいたい女のくせに。学園なんぞに通いおって。女が学を付けてもろくなことならんというのに」

 父からは同じ言葉を繰り返し聞いてきましたが、その言い分は大分おかしいことです。

 貴族の子どもは、貴族家に生まれたからというだけでは貴族にはなれません。
 王立学園を卒業して、はじめて貴族を名乗ることが許されるのです。

 そこに性別は関係なく。

 新たに爵位を賜る際にすでに結婚していた新興貴族を除いて、貴族は貴族としか結婚出来ない決まりがあります。
 その新興貴族とて、夫妻で学園の専用課程を履修して試験に合格し、卒業証書を手にしなければ、正式には貴族として認められないのです。

 ですから父の望む通りに、侯爵夫人を目指すのならば。
 わたくしが学園を卒業するのは必ず成し遂げなければならない義務となります。

 しかしそこで父がおかしいなどと指摘をすれば、烈火の如く怒り出してしまいますから。
 わたくしもいつもは黙って父の怒りが収まるときを待っていました。

 えぇ、いつもならそうしていたのですけれど。

 同じ話を何度も聞いて、同じように心の中で問い続けてきたからなのでしょうね。
 わたくしはずっと、このままでいいのだろうか?という疑問を抱えてきたのです。

 このままの未来、わたくしが伯爵領のことは考えず、あの婚約者さまと結婚し、ゆくゆくは侯爵夫人となる未来は、はたして正しいのだろうか、と。

 学園で学ぶほどにわたくしは悩んでいきました。

 そしてもう、悩むのはやめにしたいと考え始めていたのです。
 わたくしがこうして王都で悩んでいたところで、領民は誰も救われませんからね。
 対策を行うならば、一刻も早く動いた方がいい。

 ですから昨夜は、父と長く水害の話が出来るように。
 わたくしもいつもとは違って必死になっておりました。

「お言葉ですが。お父さまは、わたくしは侯爵家に嫁ぐ必要はないというお考えをお持ちだということでしょうか?」

 とにかく会話を続けようと、わたくしは父に言葉を返します。

「誰がそんなことを言った!これだから女は!少し学を与えるとこうして勘違いをする!」

 予想通りに父はさらに声を大きくし、饒舌になっていきました。
 元より父は家ではよく喋る人なのです。ただわたくしたちの反応は求めておらず、好き勝手に自分だけが話したい人ですから。

 こうして予想外に言葉が返ってくると、父の口は止まらなくなります。

「女を学園に通わせるから余計なことになるんだ。何故誰も進言しない?どの当主も女に学など必要ないことは重々分かっておられるだろうに──」






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】婚約を解消したいんじゃないの?!

as
恋愛
伯爵令嬢アーシアは公爵子息カルゼの婚約者。 しかし学園の食堂でカルゼが「アーシアのような性格悪い女とは結婚したくない。」と言っているのを聞き、その場に乗り込んで婚約を解消したつもりだったけどーーー

これは一周目です。二周目はありません。

基本二度寝
恋愛
壇上から王太子と側近子息達、伯爵令嬢がこちらを見下した。 もう必要ないのにイベントは達成したいようだった。 そこまでストーリーに沿わなくてももう結果は出ているのに。

新妻よりも幼馴染の居候を優先するって、嘗めてます?

章槻雅希
恋愛
よくある幼馴染の居候令嬢とそれに甘い夫、それに悩む新妻のオムニバス。 何事にも幼馴染を優先する夫にブチ切れた妻は反撃する。 パターンA:そもそも婚約が成り立たなくなる パターンB:幼馴染居候ざまぁ、旦那は改心して一応ハッピーエンド パターンC:旦那ざまぁ、幼馴染居候改心で女性陣ハッピーエンド なお、反撃前の幼馴染エピソードはこれまでに読んだ複数の他作者様方の作品に影響を受けたテンプレ的展開となっています。※パターンBは他作者様の作品にあまりに似ているため修正しました。 数々の幼馴染居候の話を読んで、イラついて書いてしまった。2時間クオリティ。 面白いんですけどね! 面白いから幼馴染や夫にイライラしてしまうわけだし! ざまぁが待ちきれないので書いてしまいました(;^_^A 『小説家になろう』『アルファポリス』『pixiv』に重複投稿。

【完結】婚約者なのに脇役の私

夢見 歩
恋愛
貴方が運命的な恋に落ちる横で 私は貴方に恋をしていました。 だから私は自分の想いに蓋をして 貴方の背中を少しだけ押します。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

【完結】旦那は私を愛しているらしいですが、使用人として雇った幼馴染を優先するのは何故ですか?

よどら文鳥
恋愛
「住込で使用人を雇いたいのだが」 旦那の言葉は私のことを思いやっての言葉だと思った。 家事も好きでやってきたことで使用人はいらないと思っていたのだが、受け入れることにした。 「ところで誰を雇いましょうか? 私の実家の使用人を抜粋しますか?」 「いや、実はもう決まっている」 すでに私に相談する前からこの話は決まっていたのだ。 旦那の幼馴染を使用人として雇うことになってしまった。 しかも、旦那の気遣いかと思ったのに、報酬の支払いは全て私。 さらに使用人は家事など全くできないので一から丁寧に教えなければならない。 とんでもない幼馴染が家に住込で働くことになってしまい私のストレスと身体はピンチを迎えていた。 たまらず私は実家に逃げることになったのだが、この行動が私の人生を大きく変えていくのだった。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

ある愚かな婚約破棄の結末

オレンジ方解石
恋愛
 セドリック王子から婚約破棄を宣言されたアデライド。  王子の愚かさに頭を抱えるが、周囲は一斉に「アデライドが悪い」と王子の味方をして…………。 ※一応ジャンルを『恋愛』に設定してありますが、甘さ控えめです。

処理中です...