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【たぶんクソゲーに呪われている】

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 話は俺とハルが“一度目の死”を経験した直後へと遡る。

 日本で死んだはずの俺は、気がつくといた。無限に続く真っ黒な穴の中を、どこへ向かってか落下していた。
 俺は一人ではなくて、何故かセフレのーーハルの手を強く握っていた。まっ暗なのに、自分の身体とハルの身体だけは何故かはっきりと見えていた。
「ああ俺死んだんだな」という自覚だけは不思議と持っていたが、死因は分からない、というか思い出せずにいた。ハルが一緒である理由もさっぱり分からなかった。ともかく死んで、気がついたらそこに居たのだ。

 穴の中で声を聞いた気がした。性別も分からない不思議な声だ。ただしその声はひどく遠く、切れ切れで曖昧だった。
 その上俺の意識は頭から飛びだして暗闇の中に散乱していて、集中して音の連なりの中から言葉を拾い上げることも難しかった。
 かろうじて理解出来たのは、自分がこれから“別世界”へ送られるということだけ。謎の声の主の正体は分からないが、例えば神だとか、人智を超越した存在であることは確かに思えた。
 それ以外の情報はほとんど音としてしか処理出来ず。何も考えられず、ただぼんやりと「煙草が吸いたいなあ」などと思っている内に、声は通り過ぎていった。


 次に目が覚めた時には、俺はもう浮いておらず地面に転がっていた。辺りはまっ暗ではなく、青い空が広がっていた。
 神、のようなものの言葉を信じるなら、ここは異世界ということになるのだろうか。
 おそるおそる身体を起こし、両手を持ちあげる。特に違和感のない自分の手に見える。
 服装はいつも部屋着にしていたジャージだった。鏡がないので顔は確かめられないものの、摘まんでみた髪の毛の黒さや、肩にかかるほどの長さも元のままだ。
 一度死んだはずが、元の身体で蘇り異世界に転移させられた、そういうことだろうか?
 考えながら煙草を口にくわえる。
 ポケットに煙草一箱とライターが入っていることに気づいてしまえば、火を点けずにはいられなかった。これは心を落ち着けるために必要な儀式だ。

 周囲は青々とした木々に囲まれており、森の入り口のようだと分かる。自分以外に誰の姿も見当たらない。
 暗い穴の中で手を握っていたはずのハルの姿も……。
 一体ここはどこなのか、森を出て確かめるのも気が重かった。好奇心は旺盛な方だけれど、この世界に“人間が居るのかどうか”さえ分からない今の段階ではさすがに不安が勝る。
 この世界にはオーク的なモンスターしか存在せず目が合った途端に襲われて食い散らかされて骨も残らないとか、恐竜がはびこっていて踏み潰されて食い散らかされて骨も残らないとか、全身銀色の宇宙人みたいな生き物しかいなくて脳をいじくられた挙げ句食い散らかされて骨も残らないとか、そういう可能性だって十分あり得るのだ。

 こわ。

 自分の想像に身震いしながら、煙草を一本灰にする。現実逃避気味に更に二本吸ってから、ようやく重い腰をあげた。森の入り口で一生を過ごすわけにはいかない。

 拾った小枝を武器代わりに握り締めて、森を出て進んでいくと、小さな街に辿り着いた。
 紛れもない人間の住む街だった。 
 第一関門をクリアした気分でほっと安堵の息を吐く。
 ただし人々は日本人的な外見ではなく、漏れなく金やら赤やら派手な色の髪をしていた。瞳も同様だ。服装はというと、女性は丈の長い質素なドレスに、男性はチュニックを着ている。
 大きくはないが賑やかで、活気に溢れる街だ。

 歩いて大通りに出てみれば、露店が軒を連ねていた。
 真っ青に澄んだ広い空も、空気の味も、人々の姿も、開放的で雑多な露店も、日本とは何もかもが違っていて、異国情緒に溢れていた。
 露店にはソーセージや果物といった食料品から、綺麗な布、陶器に装飾品まであらゆる物が所狭しと並べられている。
 昔のヨーロッパ辺りを彷彿とさせる、美しく、それでいて生活の匂いを感じさせる街並みに、段々心が浮き立ってきた。生前(?)日本から出たことがなかったのも相俟って新鮮な気分だ。
 ただしそんな街の中で、俺はこれでもかというほど浮いていた。黒髪に黒目の人間が他に見当たらないというのも理由の一つだが、一番の原因は服装にある。ダサいという意外には変哲のない部屋着のジャージが、この場においては誰よりも何よりも奇抜なのだ。葬式に参列したピエロだって俺ほどには浮かないだろうと思えるくらいに。

 ちらちらと好奇の視線を向けられながら歩いていると、一つの露店に人だかりが出来ているのが見えた。よほど珍しい物でも売っているのだろうか。何気なく近づいて人垣に入り込む。
 その店で売られているのは、装飾品のようだった。
 ネックレスやピアス、オブジェなどがあり、大きさは様々だったが、どの品にも六角柱状の水晶が使われている。湖のような青と深い紫とが複雑に入り交じったような色を湛え、陽の光をきらきらと反射する美しい水晶だ。

「まさか本物の“魔石”じゃないだろうね?」

 店に集っていた人の内の一人が、店主の男に向かって問いかけるのが聞こえた。
 日本語だ。何故日本語なのか不思議に思ったが、今はそれ以上に話の内容が気にかかった。

「まさか! もちろんレプリカですよ奥さん。よく出来てるでしょう?」

 得意げに答える店主の声を耳に拾いながら、改めて商品――魔石のレプリカとやらを見遣る。
 見とれてしまうほど、神秘的で心を惹きつける石だが、見れば見るほど嫌な予感が背筋を這い上がってきた。
 俺は明らかに、この石に見覚えがあった。魔石という言葉にも……。

「地に落ちた元・神の力――魔力を宿す不思議な石……」

 ぼそり、独り言のつもりで呟けば、聞きつけた店主が俺を見る。

「だからお兄さん、レプリカだって。宿

 店主はそう言って営業スマイルを浮かべた。

「…………なあ、この国の、名前は?」

 石を見て生まれた嫌な予感は、店主の言葉で確信に育とうとしている。速くなる呼吸を宥めるように胸を押さえながら問いかければ、

「国の名前? なんでそんなことを聞くんだい」

 店主はスキャンするように俺の頭から爪先まで視線を下ろした後で、目を細めて何故か胸元をじっと見つめてくる。それから何かに納得したように小さく頷いたかと思うと、

「ここは、エルモンド王国だよ」

 店主はそう言った。

 エルモンド王国……。

 ああ、その名前は知っている。いやというほど知っている。やっぱり――

「――やっぱりクソゲーじゃないか!」

「くそ、げー……?」

 急に大きな声を出した俺に驚いた様子で、店主は目を丸くしていた。

       ****

 俺は生前、“クソゲーマスター”と呼ばれていた。

 きっかけは四年前。当時は大学生で、時間の余裕もあったためゲーム配信を行っていた。当初はFPSだとか好きなゲームのプレイを適当に垂れ流していただけで、伸びようとか金を稼ごうとかいう野心も別になかった。

 そんなある日、小学生時分にプレイしていた懐かしのゲーム――『ラ・スペランツァ』のソフトとハードを偶然実家で発掘して、気まぐれに配信を行った。
 これは難しすぎてすぐに投げ出した小学生当時には知る由もなかった事実だが、『ラ・スペランツァ』は“平成のレトロ鬼畜クソゲー”と呼ばれる、クソゲー界隈では知る人ぞ知る逸品だった。
 そして何の気なしに始めたクソゲー配信は、想定外の大バズリをかましてしまった。どうやら俺は――自慢できることでもないけれど――クソゲーというものとすこぶる相性が良かったらしい。 
 クソゲーを続けるのに必要となるものは主に三つ。忍耐力、時間、そして金だ。

 クソゲーの中には、流通量等の関係からプレミア化し価格が高騰しているものや、古すぎて起動可能な実機を手に入れるのが困難な物などもある。つまりワゴンで百円で手に入るものもあれば、実機とソフト合わせて数万円が飛んでいくクソゲーもあるというわけだ。よって金がかかる。
 そして忍耐力と時間。これは説明する間でもなく想像がつくだろうが、世間様から「クソ」と呼ばれてしまうようなゲームをプレイし続けるのには苦痛が伴う。退屈な作業を何時間も繰り返したり、時にはひたすらAボタンを連打し続けたり、かと思えばバグでデータが飛んでそれまでの作業が全て水泡に帰したり、何故かセーブが出来ないがためにゲームオーバーの度に最初からやり直しになったり、etc、etc……。

 配信で始めてしまったクソゲーは途中で簡単には投げ出せないため、台パンなどでは解消出来ない苦痛と苦渋をクリアまで味わい続けるはめになる。場合によっては十数時間ぶっ続けで画面に齧り付きになることもある。
 かくもクソゲーとは辛いものなのに、俺は一度始めるとやめられない、異常な中毒性をクソゲーに見いだしていた。
 苦難の末ついにクリアした折にはこの上ない達成感を得られたし、視聴者も喜んでくれた。
 俺の動画をきっかけに、マニアの間でしか知られていなかった『ラ・スペランツァ』の知名度は急上昇。
 俺もクソゲー配信者として人気が出てしまったので、以後は様々なクソゲーに手を出すようになり、クソゲーマスターなんてあだ名されるはめになったわけだ。

 俺が今居るのは、この『ラ・スペランツァ』の世界に違いなかった。
 魔力を宿した石――“魔石”が存在するという世界観も、“エルモンド”という国名も、風景や施設なども、記憶の中にあるゲームのそれらと完全に合致している。
 確かに俺は生前、自らクソゲーに浸かっていた。辛いながらも、リスナーにドMとからかわれながらも、活動にやりがいと少しの楽しみを見いだしていた。
 しかしだからといってクソゲー世界に転移させられるだなんて。

 俺はクソゲーに呪われているのだろうか? それとも愛されてしまっているのだろうか? どちらも御免被りたい。
 こんな悲惨なことになってしまった以上俺はもう――俺はもう――……

 働くしかないではないか。

     *****
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