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徹夜明け
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「今回も助かったよ、本当にありがとな」
松山さんはそう言いながら、コン、と私のデスクの上に温かい缶コーヒーを置いた。
「とんでもないです。ありがとうございます、いただきます」
私は、徹夜明けの回らない頭でヨレヨレとしながらもお礼を言い、覚束ない指で缶コーヒーに手を伸ばした。
朝の陽射しがブラインド越しに射し込んでいる。もう6月、午前7時ともなれば十分空は明るい。
長時間涼しいエアコンの下で作業していたから温かいものを胃に入れたいのに、パソコン作業で疲れ切った私の指がなかなか言うことを聞かない。
「今飲むよな?ちょっと貸してみな」
缶のタブを開けられない私の代わりに、松山さんが私の缶コーヒーを再び手に取った。
松山さんは仕事に集中するため、いつものようにYシャツの長袖をたくし上げていた。現場たたき上げの体格の良さがYシャツを着ていてもよく分かる。その力強い大きい手がプシュッと良い音を立てて缶コーヒーを開けるのを、私は半ばぼうっと眺めていた。
「ありがとうございます」
私は再びお礼を言った。
「お礼を言うのはこっちだよ、また金目に徹夜させちまったな」
「松山さんも徹夜でしょう、すみませんお付き合いいただいて」
「いや、俺の方も仕事があったから。」
松山さんは欠伸をしながら腕を反らし、思いっきり伸びをした。
早朝のオフィスには松山さんと私しかいない。
何かが始まりそうな響き、ではあるが、松山さんも私も連日連夜の残業で疲労困憊しており、全くそんな雰囲気ではない。
私たちの会社は、大手企業から個人の案件まで幅広い顧客からの店舗デザイン依頼を受け、設計・施工監理までを手掛ける従業員30人程度の小規模デザイン設計会社だ。私は設計補助としてこの会社に在職している。デザイナーのスケッチだけでは難しい、専門的な図面作成のフォローアップに徹し、膨大な量の仕事と日々格闘している。表舞台に立つ華やかなデザイナーとは違い、影で現場を支えるこの仕事は我ながら性に合っている。
今仕上げていた設計の仕事は松山さんが工事の施工監理をしている店舗で、依頼主が締め切りを急遽早めたために残業を飛び越して二人で徹夜をする羽目になった。
ベンチャー企業で上場を目指しているためか、今年は例年より更に忙しい。
「何年になる?ここに来て」
不意に松山さんが訪ねた。
「3年目です」
「そうか、そんなになるか。早いもんだなあ」
松山さんには私の入社当初からお世話になっている。施工監理としての現場経験が長い松山さんからは、紙の上だけでは分からない、現場の立ち位置だからこそ見える注意点をいつも教わってきた。
私の直属の上司ではないとはいえ、デスクワーク中心の上長よりもはるかに身になるアドバイスが多い。解決方法が難しい設計で悩んでいる時でも、松山さんと話をすると自分の頭の中が整理されて、突破口が見えてきたりする。
「このところ度々、お前に徹夜させちまうのも悪いんだよなぁ」
「設計の仕事は体力勝負ですから、まだこれくらいなら大丈夫ですよ」
一見話し方がぶっきらぼうだが、女性としての私を気遣ってくれているのが言葉の端から伝わってくる。時折その物言いに照れてしまいそうになるのを、できるだけ平静を装って答える。
そうだ、前にも、松山さんが真っ先に助けてくださった時があった。今でも忘れられない。会社の皆よりも少し特別な、憧れにも尊敬にも似た気持ちを松山さんに持つようになった『あの時』、、、
「もう図面は終わったんだろ?あとは俺がチェックしておくから、金目はもう帰っていいぞ」
「でも」
「ここまで頑張ってくれたんだ、お前の図面ならきっと大丈夫だよ」
「、、、分かりました、じゃあお先に失礼します。松山さんもお疲れ様です。」
松山さんは缶コーヒーを飲みながらさっきまで私が設計していた図面とにらめっこを始め、手だけをこちらに向けてひらひらさせた。
松山さんはそう言いながら、コン、と私のデスクの上に温かい缶コーヒーを置いた。
「とんでもないです。ありがとうございます、いただきます」
私は、徹夜明けの回らない頭でヨレヨレとしながらもお礼を言い、覚束ない指で缶コーヒーに手を伸ばした。
朝の陽射しがブラインド越しに射し込んでいる。もう6月、午前7時ともなれば十分空は明るい。
長時間涼しいエアコンの下で作業していたから温かいものを胃に入れたいのに、パソコン作業で疲れ切った私の指がなかなか言うことを聞かない。
「今飲むよな?ちょっと貸してみな」
缶のタブを開けられない私の代わりに、松山さんが私の缶コーヒーを再び手に取った。
松山さんは仕事に集中するため、いつものようにYシャツの長袖をたくし上げていた。現場たたき上げの体格の良さがYシャツを着ていてもよく分かる。その力強い大きい手がプシュッと良い音を立てて缶コーヒーを開けるのを、私は半ばぼうっと眺めていた。
「ありがとうございます」
私は再びお礼を言った。
「お礼を言うのはこっちだよ、また金目に徹夜させちまったな」
「松山さんも徹夜でしょう、すみませんお付き合いいただいて」
「いや、俺の方も仕事があったから。」
松山さんは欠伸をしながら腕を反らし、思いっきり伸びをした。
早朝のオフィスには松山さんと私しかいない。
何かが始まりそうな響き、ではあるが、松山さんも私も連日連夜の残業で疲労困憊しており、全くそんな雰囲気ではない。
私たちの会社は、大手企業から個人の案件まで幅広い顧客からの店舗デザイン依頼を受け、設計・施工監理までを手掛ける従業員30人程度の小規模デザイン設計会社だ。私は設計補助としてこの会社に在職している。デザイナーのスケッチだけでは難しい、専門的な図面作成のフォローアップに徹し、膨大な量の仕事と日々格闘している。表舞台に立つ華やかなデザイナーとは違い、影で現場を支えるこの仕事は我ながら性に合っている。
今仕上げていた設計の仕事は松山さんが工事の施工監理をしている店舗で、依頼主が締め切りを急遽早めたために残業を飛び越して二人で徹夜をする羽目になった。
ベンチャー企業で上場を目指しているためか、今年は例年より更に忙しい。
「何年になる?ここに来て」
不意に松山さんが訪ねた。
「3年目です」
「そうか、そんなになるか。早いもんだなあ」
松山さんには私の入社当初からお世話になっている。施工監理としての現場経験が長い松山さんからは、紙の上だけでは分からない、現場の立ち位置だからこそ見える注意点をいつも教わってきた。
私の直属の上司ではないとはいえ、デスクワーク中心の上長よりもはるかに身になるアドバイスが多い。解決方法が難しい設計で悩んでいる時でも、松山さんと話をすると自分の頭の中が整理されて、突破口が見えてきたりする。
「このところ度々、お前に徹夜させちまうのも悪いんだよなぁ」
「設計の仕事は体力勝負ですから、まだこれくらいなら大丈夫ですよ」
一見話し方がぶっきらぼうだが、女性としての私を気遣ってくれているのが言葉の端から伝わってくる。時折その物言いに照れてしまいそうになるのを、できるだけ平静を装って答える。
そうだ、前にも、松山さんが真っ先に助けてくださった時があった。今でも忘れられない。会社の皆よりも少し特別な、憧れにも尊敬にも似た気持ちを松山さんに持つようになった『あの時』、、、
「もう図面は終わったんだろ?あとは俺がチェックしておくから、金目はもう帰っていいぞ」
「でも」
「ここまで頑張ってくれたんだ、お前の図面ならきっと大丈夫だよ」
「、、、分かりました、じゃあお先に失礼します。松山さんもお疲れ様です。」
松山さんは缶コーヒーを飲みながらさっきまで私が設計していた図面とにらめっこを始め、手だけをこちらに向けてひらひらさせた。
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