勇者は魔法使いの手を掴む

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 一夜経てば気の迷いもなくなったらしい。
 魔王討伐の褒美を受け取る為に呼び出された部屋の前で魔法使いが勇者と顔を合わせた時、昨夜の件について触れられることはなかった。

 面倒事を避けられたのだ。喜んで良い筈が、しかしなぜか胸騒ぎを覚えてしまう。
 僅かに眉を寄せ、そう感じた理由へと魔法使いは考えを巡らせてみたが思い当たることはなかった。自分が面倒事を引き寄せてしまう体質だからと、深く考え過ぎているだけかもしれない。
 先に部屋へと足を踏み入れた勇者に続いて、一つ頭を振ってから魔法使いは室内へと立ち入った。





 華美でなく、品の良い調度品でまとめられている部屋もあるらしい。親しい間柄の者だけが通されるのだという、私的な応接室の一室に勇者一行の一員として彼らと共に魔法使いは招かれていた。
 どこかリラックスした様子でソファに座る第一王子の後ろには、どこかの勇者とは違って一足早く専属護衛としての任に就いたらしい聖騎士が控えている。

「さて、ここは私的な場だ。僕たちはほとんど知り合いと言っても良いのだから、気負うことなく望みを言ってほしい」

 笑みを浮かべていった第一王子の言葉の通り、何度か話をする機会があっただけの魔法使いと旅の半ばからパーティへと加わった盗賊を除いた他の三人は、平時から顔を合わせる機会のある者達だった。

 特に勇者は第一王子と乳母兄弟であり、聖騎士と合わせた三人は幼馴染の間柄だった。
 今はなぜか第一王子の向かいに腰掛ける聖女と盗賊に続くことなく宙に浮く魔法使いから数歩離れた後ろに立っているが、勇者も今後国王となる第一王子の専属護衛に就くとの噂を耳にするのだから、一番近しいところにいると言っても過言ではないだろう。

「采配に関しては国王から一任されているしね。ほんとに、遠慮なく言ってくれて良いんだよ。なにせ君たちは魔王を討伐した国の英雄でもある」

 そう第一王子が付け足せば「なら遠慮なく」と最初に口を開いたのは聖女だった。
 動きやすさを重視しているのだろう。亜麻色の髪は一つ高い位置で纏められ、スリットの入った純白のドレスに、同じく丁寧な刺繍が施されたケープを羽織っている。座っていてもなおピンと伸びた背が彼女の性格を表していた。

「孤児達が教育の機会を得られるように手伝ってほしいの」

 いかにも聖女が考えることらしい綺麗事だ。と魔法使いは内心思ったが、面倒事に巻き込まれたくないこともあって表情にはおくびも出さなかった。
 教会でも上の立場に属しているからか、それとも彼女の誰に対しても飾らない物言いが出ているだけなのか。いっそ清々しいくらいにハッキリとした言葉であったが、第一王子に気分を害した様子はなく、普段からこのようなやり取りをしていることを察せさせた。

「孤児はもちろん魔族の被害にあった者達への支援は十分にしていたつもりだけれど、足りなかったかな」
「生存、という点では足りているでしょうね。ただ教育という点ではまだ足りないの。教会の力だけでは力不足なところも否めないし、優秀な人材を早期確保できるかもしれないメリットがあるわ。悪い話ではないでしょう?」
「ふむ……」

 口元に手を当てた第一王子は暫し考える素振りを見せた後、一言「メリットね」と呟きながらどこか意味ありげに目線を動かした。
 その目を向けられた魔法使いは更に視線の先を追って、勇者がいたことに一人納得した。

 勇者の家系は代々騎士を輩出していたが、何の突然変異か彼は文武だけでなく魔法にも優れた者だった。
 あそこまでの質の者は早々見つからないだろうが、市井の中にも何かしらの才能を持ったものが見つかる可能性はあるだろう。確かにメリットを感じさせる話だった。

「良いだろう。魔族に国力を削られた一面もある以上、君の言うメリットはデメリットを上回る魅力だ。教会の上層部に話を通しておこう」

 第一王子は鷹揚に頷いた。それから、もう一つ笑みを深めてからどこか揶揄うように言葉を付け足した。

「その願いも良いけれど、本命は別にあったんじゃなかったっけ?」

 目線が注がれた先は、聖女の隣に座る盗賊だった。

「そ、れはっ、俺の願いです……!」
「そんなに緊張しなくて良いんだよ」

 突然視線を向けられるとは思っていなかったのだろう。第一王子に温かな表情を向けられ、まるで飛び上がるかのように背筋を伸ばした盗賊の脇腹を呆れたように、しかし柔らかな笑みと共に聖女が肘で小突いた。

「そうよ。敬うだけ損だわ。それにわざわざ報酬の願いとしなくても良いのに」
「でも俺は、けじめとしてしっかりしたいから」

 身を寄せ合ってぼそぼそと小声でやり取りをする二人の姿はどこか微笑ましさを感じさせたが、二人が出す雰囲気から察せられる通り惚れた腫れたの話など、魔法使いにとってはどうでも良いことだった。

 そもそも盗賊が勇者一行に加わった経緯として、盗賊が聖女に一目ぼれした。というきっかけがあった。小さな一悶着があったものの、偵察において非常に高い能力を持っていた盗賊は仲間として認められ旅路に加わった。
 それ以降にどんなやり取りあったのか魔法使いは知らないが、旅路の終わりを迎えた時には聖女と盗賊は想い合う仲になったようだった。

 それを認めていただきたいとかいう、別に聖女だからといって身を固める事が許されていない訳でもないのに褒美の枠を使って許可を取る取らないといったアレコレに魔法使いが興味を示す筈がなく、自身には関係ないと暇があれば行っている呪いの解呪方法に関して考えを巡らせていれば、無事に話は終わってくれたらしい。

「もちろん、二人の婚姻を認めよう」

 快い返事が返ってくるを知っている魔法使いからしてみれば、茶番でしかない。内心うんざりとしていたところ次に褒美の話を振られたのは、魔法使いだった。

「貴方の望みは何かな? これまでの二人は随分と慎ましいものだったけれど、何を願ってくれても良いんだよ」

 貴方、という呼び掛け方に内心──こう見えて多くの魔力を持つ魔術師は只人と比べて寿命が長く、ある程度の年齢で成長を止めるという特徴を持ち、無論、魔法使いもこれに該当する──身分という壁が帳消しにしている筈の、年長者を敬うという心持が第一王子にあったのかと驚きつつ、乾いていた唇を舌先で潤してから魔法使いは口を開いた。
 理由はわからないが、わざわざ声を掛けられた機会を逃すわけにはいくまい。

「……叶うならば、これまで以上に魔法の研究に専念したいと考えております。その為にも、国にある全ての魔導書を閲覧できる権限を頂きたいのです」
「確か専門は呪いだったか。かなりの有識者だと僕も耳にしているよ」
「そう言っていただけて光栄です」
「魔族が呪いを得意としている以上、呪いに関する研究は必要不可欠なものだ」

 魔族には、魔法以外にも『呪い』を扱えるという特徴がある。
 対象に触れなければ呪いを発動できない。という制約はあるようだったが、大半が魔族に手も足も出ない人間に対しては無いに等しい制約だった。
 魔法使いが幼い頃に掛けられた『地に足を付けて動けぬ呪い』のように効果が複雑なものから『目が見えなくなる呪い』や『体が腐っていく呪い』のような単純なものまで幅は広く、基本的には魔法を掛けてきた魔族を倒せば解呪できるのが殆どだが、時折それでも解呪できぬものがある。
 そもそも魔族という存在がそう簡単に盗伐できないことも相まって、呪いの研究は人間が頭を悩ませ続ける大きな課題の一つとなっていた。

「国の魔導書は魔法塔が管理しているから、閲覧するには魔法塔の許可がいる。貴方は魔法塔に属しているけれど、禁書などの閲覧の許可はそう簡単に下りないものだ。でもそれでは貴方の研究に遅れが出てしまう。確かにこれは困った話だね」

 国の情勢を知る為に独自の情報網を持っているだろう第一王子のことだ。それらしい事のように話を続けているが、魔法使いが自身に掛けられた呪いを解く為に研究をしている事を知っているのと同じように、禁書の下りが建前に過ぎない事も既に把握しているのだろう。
 実際は身分を理由に許可が下りないという、単純かつ非常にくだらない話だった。
 しかし生まれはどうにもできない以上、魔法使いにとって難問であることに変わりない。だから魔王討伐の報酬として、願いを叶えてもらうために魔法使いは勇者一行に加わったのだ。

 まぁ、想像以上に評価されているようだったから、もしかするとこんな回りくどい事をしなくとも良かったのかもしれないが。

 何を隠そう、先程言った通り、第一王子は魔法使いが厄介な呪いを掛けられていることを知っている数少ない一人だった。でなければ、王族の前で浮遊魔法を使い続けるなんて不敬なことはできなかっただろう。
 彼は魔法使いの呪いに関して口を噤んでいてくれているだけでなく『魔法使いは浮遊魔法の宣伝塔となる為に常にこの魔法を使っている』という建前を用意して、かの呪いの存在を隠す協力者になってくれているのだ。

 既に頭が上がらないくらいに恩があるのだから、これ以上対価なしに恩を作りたくなかった。というのが魔法使いの本音だった。
 まぁ、第一王子にとっては国の役に立つかもしれない人間に唾を付けておいた。程度の認識でしかないかもしれないが、恩であることに変わりない。

 ちなみに魔法使いと第一王子が顔を合わしたのは片手で足りる程度の回数だった。
 理由もなく王族と魔術師が顔を合わす機会などある筈がなく、これは話が成立して以降重宝されるというわけでもなく、勇者一行として旅の出立の時に激励されるまで一度も顔を合わせる機会がなかったからだ。
 所詮ただの駒の一つでしかないのだろう。第一王子の中にある自分の立ち位置を魔法使いはそのように認識していた。

 そんなこともあって、魔王討伐の旅に出る前から第一王子の中での自身の評価が高いことを知っていたからこその『報酬として叶えてもらいたい願い』だった。
 魔導書を下手に扱いはしないと知っているのだから、禁書の閲覧許可は下りなくとも、最上級魔導書の閲覧許可くらいは得られるかもしれない。そんな魔法使いの期待は、良い意味で裏切られる形となった。

「なら、魔法塔長と同等の権限を与えよう」

 想像にもしていなかった高待遇に、ぱちりと魔法使いは一つ瞬きした。

 魔法塔長といえば国に属する魔術師をまとめる存在にして、魔導書の閲覧管理を行う存在でもあった。
 そして自身より才能のある魔法使いを目の敵にしている人間でもある。魔法使いが上位の魔導書に手を出すことができない最大の理由だった。そんな彼と同等の権限を与えてくれるという。

 驚きから動きを止めた魔法使いを不思議そうに見つめてから、第一王子が首を傾げた。

「ああ、研究に専念するなら人手も必要か。その時その時に見繕うより、専属の部下を付けた方が良いかもしれないね。誰か希望する人はいるかな?」

 魔法使いの無言を不満と捉えたらしい。しかし気を悪くする事なく、むしろ足りなかったかとばかりに話が進められた様子に第一王子の気が変わる前にと魔法使いは口を開いた。

「……ありがたく存じます。ならば魔王討伐に出立するまで使えさせていた者を一人、私の専属の部下として引き抜かせていただきたく」

 魔法使いという称号を無碍にすることは難しい。魔法塔の中での役職は低いものであったが、それでも一人二人の部下を持てるだけの立場に魔法使いはいた。
 これを有効活用するかと聞かれたら、魔法使い以外の魔術師が貴族出身であるため、下手な反感を買わぬように特権を振りかざした事はなかった。

 ただ一人、魔王討伐の旅路に出る前、魔法塔内での立ち回りが上手いことから気が利く者として扱っていた同僚がいた。
 貴族らしくなく、野心が無いタイプであるのも良い。魔法使いと同じく面倒事を嫌う性質である為に不満を返してはくるだろうが、研究の成り行きで魔法使いが手にする魔導書を彼も読めるようになるため、魔法に対しての知的好奇心から最終的に受け入れてくれるだろう。

 僅かな時間でそこまで思考を回らせてから、魔法使いは言葉を発していた。

「一人だけでいいのか? 本当に?」
「ええ、私にはこれで十分です」

 何故ここまで気を使われるのかわからなかったが、不相応な願いは恨みを買いやすい。いくら能力を買ってくれているのだとしても、これ以上望むものは何もなかった。
 
 そんな魔法使いの返しにどこか困ったように第一王子は眉を下げていたが、魔法使いは見なかった事にした。
 いくら見つめ続けても交わらない自然から、魔法使いがこれ以上何も望まないと理解したのだろう。僅かにやりきれなさを感じさせつつも彼は口を開いた。

「そうか、なら良いんだけど……ただ魔王軍の残党がいる以上、落ち着くまでは全ての時間を研究に当てさせることはできないから、研究に専念したいという願いは叶えられない。その代わり、貴方専用の研究室を用意しよう。それで釣り合いが取れるだろうか?」
「構いません。魔王軍の残党はもとより、魔族という存在の脅威は理解しているつもりです。命令とあれば今まで通り出向きましょう」
「うん、なら数日中には手配しておくから」
「……ありがたき幸せに存じます」

 そう言って空中で頭を下げた魔法使いに続いて話を振られたのは、聖騎士だった。
 幼馴染という間柄あってか、振り返りざまに問い掛ける姿は気やすさを感じさせた。

「それで、お前は褒美に何を望むの?」
「褒美ねぇ……」

 顎に手を当てて聖騎士が天井に目をやった。そうして暫く考えて出した結論は随分と投げやりなものだった。

「んー……特に欲しいものとか無いし、とりあえず金でいいや」
「金って、望みを叶える褒美とは別に報酬として出てる筈なんだけど」
「なら上乗せって事で」
「君ねぇ……」
「仕方ないだろ? 武具は愛用しているのがあるし、何かしたいことも特に無い。その点金なら後から変えが利く」

 額に手をやり項垂れた第一王子に対して、持ち得る者特有の余裕を見せながら聖騎士はのんびりと合理的とも取れる理由を答えた。

 聖騎士の家系は代々王族の傍で武を極めることに人生を費やすという。名門の生まれであるのだから、衣食住に何か拘りがあったとしても苦労することが無いであろうことは容易に察せられた。

「本人がそれが良いって言ってるんですから、それで良いのでは?」

 幼馴染のよしみからか二人に助け舟を出したのは、壁の花となっていた勇者だった。

「まぁ、いいや。わかったよ」

 本人にこれといった願いがない以上文句も付けられず、もう一人の親しい者からの助言もあって第一王子は受け入れる事にしたようだった。
 あっさりとした様子で「後から変更は無理だからね」「わかってるよ」なんて緩いやり取りを締めに聖騎士の話は終わり、自然と視線は最後の一人へと向けられた。

「さぁ、我らが勇者は何を望むのかな?」

 そんな問い掛けを受けた勇者は、迷い無く言葉を紡ぎ始めた。



「──この先の人生を、魔法使い様に捧げたいのです」



 想像にもしていなかった言葉に「は、」と魔法使いの口から空気が零れ落ちた。








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