勇者は魔法使いの手を掴む

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 地に膝を突き、勇者が言う。
「魔法使い様、貴方様のことをお慕いしております」
 逸らされることのない眼差しは、世の姫君達が望んでいるであろうものだった。


  ◆  ◆


「魔王討伐の偉業を成し遂げた勇者一行に!」

 祝いの場も終盤に差し掛かっていたが、ワッと衰えることのない熱気と共に祝杯があげられた。一方、会場の片隅ではひそひそと、彼方此方で囁き声が交わされている。
 会話をしている集団こそまばらに点在していたが、向けられる視線と会話の内容は同じものを指していた。

「あれが例の浮浪児上がりの魔法使いか」
「下賤な者が魔法使いを名乗るなど嘆かわしい」
「しかし浮遊魔法を生み出したのは事実だ」
「本当に奴が生み出したのか?」
「どちらにせよ、魔王討伐も含めて運が良かっただけに違いない」
「見ろ。今日もああやって魔法を誇示して威張り散らしている」

 そう言って向けられた視線の先にいたのは、魔法使い──新たな魔法を生み出した魔術師だけが名乗れる称号で呼ばれた──一人の美しい男だった。
 ツンと上を向いた小綺麗な鼻筋に、一文字に結ばれた薄い唇。噂話と共に不躾な視線を向けられていることに気が付いているだろうに、そちらを一瞥すらしない目線はつまらなさそうに手元のワイングラスへと注がれている。

 会場の片隅とはいえぽっかりと、そんな彼の周りにだけ人のいない空間が生まれているのだが、彼が身に纏う冷たい空気だけが原因ではなかった。
 ふわりと、多くの人がひしめく会場でその魔法使いただ一人だけ宙に浮いているのだ。無造作にまとめられた黒髪や、身に纏う白色のローブは重力を感じさせず、足先は地から数十センチ離れたところに当たり前にある。
 これは魔法使いにとって類まれなる才能と努力の証であり、忌々しい負の象徴でもあった。

 ──浮遊魔法。

 魔法使いが幼い頃に魔族によって掛けられた『地に足を付けて動けぬ呪い』の解呪方法を探る最中で生み出した魔法だった。
 飛ぶ鳥を羨んでいただけの人類で初めて空を飛ぶに至った魔法。
 副産物のようなものだったとしても、新しい魔法を生み出したことに変わりない。この魔法を世に発表した時に彼は魔法使いとなった。

 そしてこの浮遊魔法は、地につけた足を一歩でも踏み出そうものならば耐えがたい苦痛に苛まれることになる呪いの対抗手段として、非常に適したものだった。

 当然、厄介な呪いを抱えた魔法使いが日常生活を送るため、この魔法を使うことは何らおかしなことではなかった。
 あえて問題点をあげるならば、この浮遊魔法は新たに魔法として確立されたが、扱いづらい上に膨大な魔力を必要とした事だろう。
 魔法塔に属する魔術師達でさえ困難を極め、いまだ片手で数えられる人数しか実現に至っていない程に高難易度の魔法であるそれを、豊潤な魔力でもって魔法使いは常に使っている。

 これが力を誇示していると捉えられ、やっかみを受ける原因となっていることを魔法使いは知っていた。知っていたが、魔法塔に属する貴族出身の魔術師ら曰く、たった一人紛れ込んだ汚らわしい孤児である以上、浮遊魔法を使っていなくとも目の敵にされたであろうことは想像に難くない。
 それに日々どうやって他人を蹴落とすかと頭を悩ませているだけの者達に弱みを見せるくらいならば、高慢な人間だと思われている方が遥かにマシだった。

 そんな考えあって、知識を求めて魔法塔に属した時から、魔王討伐の命に従って勇者一行と旅をしていた間さえも細心の注意を払って、この人生の汚点の一つとも言える秘密を魔法使いは隠し続けている。
 結果、魔法使いがその身に抱えた呪いの対抗手段として浮遊魔法を使い続けていることは必要最低限の者だけが知るにとどまり、それを知らぬ者達は今日も好き勝手に噂話に花を咲かせているのだ。

 馬鹿らしい。孤児だと人を見下す癖に、矜持だけ高く、その孤児よりも劣っている。口先だけで実力を伴わない無能が話す内容はいつも同じだった。

「さて、どうするか」

 持て余すに至ったワイングラスを魔法で適当なテーブルにやりつつ、魔法使いは考えを巡らせ始めた。

 魔法使いを除いた、このきらびやかな祝いの場に相応しい他の勇者一行は祝いの場の中心地で捕まっているのだろう。
 同じ勇者一行のメンバーであるにも関わらず、誰一人からも声を掛けられることなく遠巻きにされている理由が悪意のみであると考えている魔法使いにとって、この場に自身が残り続ける必要性は既に感じられなかった。
 噂話のネタを提供する気もなく、無駄な時間を過ごす気もない。

 下賤な身分の者が途中でいなくなろうと、気に留める者は一人もいないだろう。
 魔法使いが祝いの場へと背を向けた時、再びワッと場が沸いた。
 それをきっかけに魔法使いが思い出したのは、祝いの半ばに人払いした場所へと呼び出してきた勇者に告げられた一言だった。

『魔法使い様、貴方様のことをお慕いしております』

 耳を疑う言葉だったが、魔法使いも馬鹿ではない。自身へと真っすぐに向けられた眼差しが、好意が嘘でないことを物語っていた。

 しかしこうも彼に純粋な好意を向けられる心当たりが魔法使いにはなかった。

 顔を合わせたのも勇者一行としてのパーティを組んだ時が初めてであり、魔王討伐の旅路だけの間柄だった。
 人付き合いを嫌っている魔法使いには道中で愛想を振り撒いた覚えはおろか、関りを持とうと自ら積極的に動いた覚えもない。
 相手が誰であれ必要最低限の受け答えしかしていなかったのだから、嫌われこそすれ、好かれる要素は一つも思いあたらなかった。

 事実、勇者を除いた旅のメンバーに魔法使いをどう思っているかと尋ねれば、皆眉を顰めて答えてくれるだろう。

 過酷な旅の疲れか、それともこれから本来の役目である第一王子の護衛へと戻る重責からか。
 出所のわからない好意ほど気味の悪いものはなく、心労から血迷ったと言われた方がまだ信じられた。
 それ程までに、勇者から好意を向けられる心当たりがなかったのだ。

 とにかく、なぜ勇者がああも血迷ったことを言い出したのか魔法使いには見当もつかなかったが、返事はお断りの一択に決まっていた。

 自身に掛けられた呪いのこともあるが、ましてや相手があの絵に描いたような勇者が相手など、想像にすらしたくない。
 なぜならアレが、魔法使いが嫌う種の人間だったからだ。
 生まれから周囲を囲む人間、才能、運と。魔法使いが持っていないモノを、生まれた時から全て手にしている男。それが勇者であり、魔法使いが嫌う種の人間だった。

 魔王討伐の旅路で馴れ馴れしくも笑顔を向けられる度に、一体何度苛立ちを覚えさせられたか。
 特に苛立たしいのが、勇者が空気を読むことに異常に長けていたことだった。非の打ち所がないとはこの事で、いっそしつこく纏わりついてくれればハッキリと拒絶できたものを、邪険に扱えない程度に関わってくる。

 こんな事になると知っていたならば、この勇者がいるパーティを選ばなかったというのに。そんな後悔を魔法使いは一体何度したことか。

 そう、魔王討伐を成し得たから勇者が真に勇者となっただけで、魔王討伐の一行は他にも何組かいたのだ。
 他の参加者からしても本命は確かにこの勇者がいる一行であったのは確かだが、魔王という強敵に対して勇者パーティが一つしか存在しない訳がなかった。
 可能性は少しでも高い方が良い。
 そうして何組か少数精鋭のパーティが組まれた中、一番魔王討伐の可能性が高かったのがこの勇者が率いるパーティであり、唯一空白だった魔術師の枠にと魔法使いが声を掛けられたのだった。
 その時点では勇者がこんな人間であるとは知らなかったことに加え、魔王討伐の褒美として叶えてもらいたい願いがあった魔法使いには断る理由がなかった。

 かくして参加を決めた結果がこのザマだ。

 叶えたい願いがある以上、魔王討伐を成し得るように努めなければならない。
 勇者、魔法使い、聖騎士、聖女、盗賊と、少ない人数で組まれたパーティの空気を悪くするわけにもいかず、かと言って他のパーティに可能性を見出せなかった魔法使いは耐え忍ぶしかなかったのだ。

 魔王討伐のパーティを選別される場で、目が合ってしまったのが運の尽きだったか。
 盗伐対象である魔王への印象の方がまだマシだと、そう思えるくらいに魔法使いは勇者のことを嫌っていた。
 どうせあの博愛主義者の事だ。どこかの折で魔法使いの出自でも知って、憐れみを別の感情と履違えでもしたのだろう。
 あの言葉を告げられてようやっと、これまで勇者が見せてきた態度の理由を察したと共に、湧き上がる怒りを抑えて気の迷いだと水に流した自分の冷静さを誰かに讃えられても良いと魔法使いは思った。

 あと一日。魔王討伐の褒美を承りさえすれば勇者一行としてのパーティは解散され、皆散り散りとなり一目たりとも顔を合わせる機会のない生活へと戻ることができる。
 時間が経てば勇者も気の迷いだと気が付くだろう。

 自身の後ろ姿を勇者が見つめているとは露程にも思わずに、今度こそ魔法使いは祝いの場から一人立ち去ったのだった。


  ◆  ◆



「彼は行ってしまったようだね」

 勇者へと言葉を投げかけたのは、この国の第一王子だった。
 しかし誰もが敬う高貴な存在である筈が、隣に立つ勇者から反応が返ってこない。人垣の奥、会場の外へと消えていく魔法使いの背を目で追いかけるのに彼は忙しいらしい。

「つまらなかったのかな」

 本当の理由はわかりきっていたが、あまりにつれない幼馴染の態度にそう悪びれもなく第一王子が続ければ、冷ややかな目線が向けられる。
 大衆が抱く英雄像からは想像にもできないものだった。

「貴方がここで引き止めさえしなければ、彼のお傍に行けたというのに」
「そんなことを言ってはいけないよ。今の彼に君が付きまとってしまえば、彼の方が被害を被ってしまう。それは君もわかっているだろう?」
「ええ、本当に、忌々しいくらいに」

 苦々しく答えられた通り、いまだ階級社会が強く根付いたこの国での魔法使いの扱いは酷いものだった。
 多くの魔法使いを輩出したとして魔法の国と称えられていた我が国は、今や貴族という位に胡坐をかいた者達で溢れかえっている。どれだけ優秀であったとしても、出自が貴族でないだけで蔑まれる。
 今だってそう、国王に続いて二番目に尊ばれる身分である第一王子は、いとも簡単に人垣の中心地にいた勇者を連れ出せていたが、これは他の者では成し得ないことだった。

「嘆かわしいね」

 親しい仲である勇者と第一王子が二人で話したいと空気を読んだのだろう。二人が入ったバルコニーの周りからは他の参加者達の足が遠のいていたが、注目を集める人物は常に聞き耳を立てられるものだ。
 人の多い場所でする話ではないと第一王子は話題を変えはしたが、自然とその声は小さくなっていた。

「それで? 一世一代の告白はどうだった?」
「……わかった上で聞いているのか?」
「おお怖い、素が出ているよ」

 殺気こそなかったが、今度こそ遠慮無しに睨まれた第一王子は苦笑を浮かべた。
 元が荒いというわけではないが、好きな人には良いところだけを見てもらいたい。健気ともいえるし、不純ともいえる動機から被っていた筈の仮面がずれ、勇者の口調が崩れていた。

「気の迷いでしょう。と彼には言われました」
「それはそれは……」

 想いを気の迷いとして無かったことにされたのだ。いっそバッサリと断られた方がマシなのではないか。そんな言葉が喉から出掛かったのを、第一王子は何とか飲み込んだ。
 片や勇者は隣を気にしている余裕もないらしい。続けられた言葉に、そう返された一因を第一王子は察したのだった。

「彼は、……彼は俺と初めて会ったときのことを覚えていませんでした」







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