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4章
赫目のローランドの物語
しおりを挟むカルマートの森を出発して七日が経ちました。
いくつかの村を抜け、町を通り過ぎました。
町ではフォノンは驚いてばかりでした。
フォノンはこんなに大勢の人を見るのは初めてです。
まるで世界中の人々が集まっているかのように思えました。
見るもの聞くもの食べるもの、どれも好奇心をそそられます。
建物だってレンガで作られ、とても立派で頑丈です。
それでも、ユニとシンは王都はもっと人が多くて、もっと食べ物の種類もあって、もっと賑やかな音楽が鳴り響いてるというのです。
むしろこの町は小さいと聞いて、フォノンは絶句しました。
北の魔女が住んでいるというモレンド山脈の麓に行くのには、王都を通るのが近道ではありましたが、ヤマ・ハーンの追っ手を警戒して東側へ迂回して行くことにしました。
東側にはフォーコ火山があり、険しい道になりますが、宮廷育ちの王女二人がまさかそんな道を通らないだろう、という考えの隙をつくためです。
また、途中にスタッフの迷宮というところがあり、ドラゴンが住んでいて比較的旅人が少ないことも理由の一つでした。
今日は小さな森の中で野営です。
フォノンは大きく伸びをしました。
「町もいいけれど、やっぱり森は落ち着くなあ」
「本当だ。俺ものびのび出来る」
とローランドも言います。
ローランドは町ではフォノン達のペットのように振る舞わなければなりません。
人目があるところではしゃべらず、四本足で歩かねばならなかったのですから窮屈で仕方なかったのです。
それでも帽子にマント、角笛に剣を佩いたうさぎは珍しがられ、子供達に大人気でした。
「俺たちにはベッドが恋しいがな」
とユニは苦笑して言いました。
硬い地面にマントを敷いて寝るのはなかなか慣れません。
そうは言っても幸運な事に今まで雨に降られたこともなく、星空を見上げながらみんなで話しをするのは楽しいひとときでした。
「さあ火をおこさなきゃ」
ユニとシンは小枝や松ぼっくりを拾います。
ローランドは腕くらいの薪を伐ってきます。
フォノンはその間に小川に水を汲みに行きました。
空を見上げると、まだ明るい空に薄い満月が見えました。
「今日は満月かー」
ん?とフォノンは首を傾げました。
満月。満月。
何か大事なことを忘れているような……
「あ!」
その時、悲鳴が聞こえました。
フォノンは鍋を放り出し走りました。
野営地に着くとユニとシンが体を寄せ合い震えています。
「どうしたんだ!」
とフォノンが聞くと二人は震える手で指差しました。
「あ、あれ」
その先には……
「そんなに怯えることないだろ」
とボヤいているローランドがいました。
人の姿をして。
町で買った日持ちする堅パンと紅茶、ハチミツをたっぷりかけたナッツに干し肉を食べると、お腹いっぱいになりました。
フォノンは言いました。
「ローランド、気をつけなきゃダメじゃないか」
「いや、俺もすっかり忘れてた」
とローランドも珍しく反省しています。
「あの……ローランドは魔物なの?」
おずおずとシンが言いました。心なしか怯えているようです。
「魔物!」
フォノンとローランドは顔を見合わせました。
「自分が魔物だなんて考えたことなかったなあ」
と顎に手をやりローランドは言いました。
「そもそもローランドが何者なのかって、僕も知らない」
とフォノンが言いました。
「お前よくそんなんで弟子が務まるな!」
とユニが呆れて言いました。
「そんなの知らなくたってローランドは良いうさぎだもの!」
ムッとしてフォノンも言い返します。
「いや、うさぎじゃなく人だろ!うさぎでもしゃべるの変だけれど!変身するうさぎってもっと変だろ!」
「変って言うな!」
「まあまあ」
とローランドは間に入ってなだめます。
「俺が魔物かどうか、俺にはわからない。どうしてこうなったか話してやるから、判断はお前達がしろ」
そう言ってローランドは、首の角笛を触ると話はじめました。
これは俺がフォノンに出会う七年前の話だ。
ユニも生まれる前だったかな。
俺はトライトン王の命令で、ある敵と戦っていた。
その敵はハルモニア王国どころか、メロディ帝国やリズム都市王国よりも遥か西の、影の国からやって来ていた。
影の国の戦士は皆屈強で不思議な力を持っていた。
中でも最強の戦士は影の国の王だった。
王はいつも仮面をつけていた。
王は魔法使いで、かつ優れた武芸者だった。
だが我々も負けてはいない。
俺には十一人の仲間がいた。
弟子であり、友人であり、家族だった。
月の女神の加護を受け、互角に、時には優勢に戦っていた。
俺たちは月下の十二勇将と呼ばれていた。
俺たちには一つ決まりがあった。
自分が困った時や助けに来て欲しい時、この角笛をを吹けば、どんな時でも仲間が助けに来るというものだ。
仲間はお互いに助け合い、励まし合い戦っていた。
だが、悲劇が起こった。
仲間の一人が裏切ったのだ。
一人、また一人と仲間達は斃れていった。
裏切った者も、俺の親友だった仲間と相打ちになり死んだ。
俺は最後に影の国の王と一騎討ちを挑んだ。
戦いは秘術を尽くし、三日の間昼も夜も終わる事は無かった。
だがついに決着の時が来た。
戦いの最中に俺の聖剣マーヴェリックが王の仮面を叩き割った。
王はとっさに顔を隠し、その隙に俺の剣が胸を貫いた。
王は俺を見た。
俺は一瞬息をのんだ。
王は美しい女だったのだ。
そして影の国の女王は最後の力で俺に斬りつけた。
俺は重症を負って気を失った。
気がついた時、周りには誰もいなかった。
力なく角笛を吹いたが、仲間がやって来ることは無かった。
もう死ぬのだと思った時、月の女神の声がした。
「月の勇者よ、よく戦いました」
「あなたの命を助けましょう」
「けれど、あなたは影の女王の美しさに心を奪われましたね」
「これからは月だけを見るよう、うさぎになるがいい」
「ただ満月の夜だけは元の姿になることを許しましょう」
そうして俺はこの姿になったってわけさ。
パチンと火がはぜました。
みな押し黙っていました。
やがてポツリとシンが言いました。
「その話知っているわ」
そしてローランドを見ました。
「宮廷の吟遊詩人が歌っているのを聴いたことがある。最後はローランドは死んでこの世を彷徨ってることになってるけれど」
ローランドは薄く笑いました。
「そいつはいい」
「俺は幽霊ってわけだ。そっちの方が気がきいてる」
フォノンは叫ぶように言いました。
「そんなことない!ローランドはちゃんと生きてるし、やっぱり、良いうさぎで!良い人だ!」
話が終わりユニとシンとフォノンは地面に横になりました。
フォノンはなかなか寝付けず、火の番をしているローランドに静かに話かけました。
「ローランド。質問していい?」
「なんだ」
「どうして仲間は裏切ったの?」
「理由は定かではないな。ただアイツは女は殺さないという誓いを立ててた」
「どうして影の国は攻めて来たの?」
「どちらが攻めて来たのかは今となってはわからない。だがトライトン王は死を恐れていた。影の国は死の国に繋がっていて、死を操る秘術を知ってると言うからな」
少し沈黙がありました。
「ただ、オクタビア王妃が影の国の女王に呪いをかけられたということが俺には気になってる」
ユニの体がピクリと震えたように感じました。
「どうしてローランドはカルマートの森に来たの?」
「親友の故郷だからさ。そして仲間たちの墓を毎年めぐっている。全滅したのを見たわけじゃないからな。」
「どうして」
「どうして、が多いな」
とローランドは言いました。
「最後だよ。どうして僕を弟子にしてくれたの?」
「それは……もう寝ろ!」
とローランドは答えませんでした。
「はーい」
と答えて目を閉じたフォノンを見て、ローランドは心の中でつぶやきました。
「それはお前が親友にどことなく似てたからさ」
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