小説家と少女

ぐり

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少女と先生

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 月明かりが声の主の真下に来て、その顔を照らす。
 
 先生だ!間違いなく先生だ!助けに来てくれたんだ!

「先生!」
「帰りが遅いから、まさかと思ったが君の両親はどうやら碌でもない人間らしい」
「な、なぜここが」
 
 手に口を当ててプルプルと震える両親。その姿はまるで蛇にでも睨まれたようだ。

「あー、君」
 
 先生が一人指を指す。

「わかりやすく丁寧に説明してくれたまえ」
「へい!わかりやした旦那!」
 
 それからのその男性は話を始める。

「旦那は帰りが遅いからその子の跡をついて行ったす。しかし、その子はおらず代わりにその子と同級生の少年がいたっす。その少年に話を聞いたっす。すると少年は近くの公園で別れたと言いました。他にヒントがないか聞いたところ、一台車が通ったと言ってたっす。その少年はどうやらナンバーを覚えていたらしく素直に教えてくれたっす。そこで先生は誘拐されたと気づいたっす」
「お、おかしいじゃない!誘拐されたなら警察に言うでしょ?!なのになぜ警察には言わずここにいるのよ!」
「それはオタクらの使っていた車がうちの車だったからっす」
「だからなによ!それでなにがわかるって言うの?そもそもなんで一般人がこんな怪しい組織を動かせるのよ!それに取引が成立しないのはなぜ?!」
「それはオタクらが売りに出すというその子は元々俺たちのグループが傘下のヤクザの商品だったからっす。本人が買ったものを再び売るならわかりますけど、売ったものを再び誘拐して別に売るというのは流石に通りません」
「け、けどなんで」
 
 動揺する両親を前に先生が語り始めた。

「一つ私の語りを聞いてくれるか?」
「今はあんたの話なんか聞いてる暇は」
「いいから聞けと言っている!」
 
 後ろに下がりながら逃げようと試みている両親を一喝する。

「私は両親を早くに亡くしていてね。それに仕事が忙しかったのか、私とは全く遊んでくれなかった」
 
 別段悲しそうでも寂しそうでもない。こういう重そうな話をするとき、そういう感情が現れそうなものだが、先生にはそれがない。

「父はとあるヤクザの鉄砲玉。だが余りの強さから鋼の鉄砲と呼ばれ、日夜暴れ回っていた。母は津々浦々の女帝と呼ばれ、キャバ嬢として全国を回っていた。そんな私の両親だが、父は乗り込んだ先で撃たれて死亡。母はナンバーワンを狙う同僚に刺されて死亡。別にあの両親が死のうと私に興味はないが生きていくのに両親の遺した伝手を巡った。鉄砲玉でも下っ端でもなんでもやった。気がつけばヘンテコなあだ名がついてしまったよ」
「あ、あんたまさか!」
「さて、話が長くなってしまったね。おい!」
「へい!なんでしょう四荒天上の旦那!」
「その呼び方はやめてくれ。今は小説家だ。呼ぶなら先生と呼んでくれ」
「わかやした。では先生。こいつらどうしましょう?」
「君らに任せるよ。二度とこの子に近づかないようにしてもらえれば私は構わない」
「了解です!おいテメェら二人とも逃すんじゃねぇぞ!」
「「「はい!!!」」」
 
 その場にいた全員が両親を押さえつける。必死にもがく彼らだが、人数の差がある。これでは逃げられまい。

「待って!待ってよ!あんた私たちの娘でしょ!娘なら親孝行だと思って助けなさいよ!その人にあなたがに一声かければ私たち助かるの!お願い!エリ、助け」
「私はもうあなたたちの娘ではありません!私の名前は」
 
 スゥッと息を吸って大きな声で堂々と

「私の名前は天上あまがみウサギです!あなたたちから貰った名などもうありません!」
「そ、そんな」
 
 抵抗するのを諦めたのか、大人しく捕まる両親の背中を少しだけ寂しそうに見つめた。恨みや憎しみがあるとは言え生みの親だ。こんな末路を送ってほしくはなかったと心のどこかで思っているのだろう。そんな私の気持ちに気がついたのか

「・・・いいのか?私の一声で彼らは救われるかもしれないぞ?」
「いいんです。私にとっての家族はもう先生ですから」
 
 頬をかきながら、私に返す

「前にも言ったように私は」
「父親にはなれないですよね」
「そうだ。君の話し相手になる事はできても家族にはなれない」
「はいわかってます」
「ならいい。では、そろそろ帰るとしよう」
「はい!」
 
 前に先生が言っていた。

「君の名前の由来?それはだな」
「それは?」
「ウサギとは天を仰ぐものだからだ。ウサギは天から落ちてきた動物。だから天に帰ろうと、必死に飛び跳ねるが届かない。しかし、私の苗字と合わさればウサギは天に昇れる。どうだ?我ながらいい名づけだと思うのだが」
 
 あのときは、なんてキラキラネームをつけたんだと思っていたが、今ではそれが私の名だ。天に昇ったウサギはきっとなんだってできる。それが天上ウサギだ。
 
 あれから数日が経った。あのあと色々と考えてみた。なぜ前の生活より今の生活の方が気に入っているのか。それは安心できるからだ。前の生活には優しさがあった。だが、優しさがあっても安心がないと人は生きていけない。家族としてやっていけない。先生との生活でそれに気がついた。

「君、ちょっとこれ読んでくれたまえ」
 
 今回の作品は一般社会人が帰り道で少女を拾い、荒んだ少女の心を癒すハートフルコメディだ。

「いいと思います。これなら老若男女問わず楽しめると思います」
「そうか!ではこの路線で書いていくことにしよう。すまないがその間にお茶を入れて来てくれないか?」
「はい!わかりました」
 
 お茶の淹れ方もなれたものだ。色々と工夫していくうちに美味しい淹れ方をだんだんわかって来た。今日こそ先生においしいと言わせてみせる。そう意気込み、先生にお茶を渡す。

「はい、お茶です」
 
 一口飲むと口を開いた

「おいしい」
 
 私は心の中でガッツポーズを決めた。
 
 これかもこの生活は続いていくのだろう。この家には優しさも温もりもないが安心感がある。先生がいてたまに友達が遊びに来て、そんな穏やかな毎日が進んでいくのだろう。

「さて、今日の晩御飯は何にしようかな!」
 
 そんなことを考えながら、晩御飯の仕込みに入るのだった。
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