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10巻

10-3

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「浜辺や海中で獲物を獲る時はどうする?」

 癇癪かんしゃくを起こしかけたモッチムッチへ、一つ提案をしてみた。

『正面から当たって狩れるならばそれも良し。無理ならば岩や砂、時には他の獲物も利用するのだぞ』

 なんてロッツァは教えとったそうじゃよ。
 思い通りの結果を得られんからって、何も全てが失敗とは思わん。初めて体験する陸地での狩りに舞い上がってしまうのも、子供なんじゃからあり得るじゃろ。だったら、落ち着かせて冷静な判断をさせてやればいい。ほんの少しだけ道を示してやれば大抵はできるはずじゃからな。
 儂の言葉で、モッチムッチはロッツァの教えを思い出してくれたようじゃ。闇雲やみくもに首や尾を振り回すのではなく、狙いを付けて追い込んでいった。まだまだ粗削あらけずりなので、完全に目論見もくろみ通りとはいっとらんが、それなりに形になっとる。
 ウルフ一頭に狙いを絞り、太めの樹木へ後退させる。他の二頭は、わざと自身の背後へ回り込ませとるわい。
 首と尾を上手に使い、好機を作り出したモッチムッチは、逃げ場を失ったウルフへ桃色頭を叩きつける。大振りなそれをかわされるのは予定通り。土埃つちぼこりを嫌がり、大きく跳んだウルフへ浅葱色あさぎいろの頭が噛みついた。残るもう一つの頭は、後ろ脚と尾を操って二頭を牽制けんせいしとる。

「上手い、上手い」

 儂の拍手にモッチムッチが気を良くしたんじゃろ。自分らへの注意がれたのを感じ取ったウルフは、噛みつかれたままの一頭を残して、やぶの中へ消えて行った。見捨てられたウルフも必死に逃げ出そうとしとるが、モッチムッチのあご頑強がんきょうじゃからな。外れることはない。

「ありゃりゃ、すまんのぅ。儂が邪魔してしもうたわい」

 深追いせずに、儂のところへ帰ってきたモッチムッチ。じたばたしていたウルフは、それが自身へのトドメになったようじゃ。だらりと力の抜けた身体に、生気は感じられん。それでもモッチムッチが顎を緩めんのは、先ほど取り逃がしたことへの反省からかもしれんな。
 獲物を受け取り【無限収納インベントリ】へ仕舞うと、モッチムッチはようやく気を抜いた。
 しっかりと褒めてやり、儂の失敗も謝罪しておく。
 昼ごはんまではもう少しあるからと、その後も二人で周辺の探索を続けた。珍しいかどうかは分からんが、初めて見る魔物っぽいものには一種類だけ出会えたよ。羊のような植物のような不思議な生き物じゃった。
 かえったばかりなのか、周囲には卵の殻が散乱しておってな。儂の腰くらいの高さまで育った花座にちょこんと座る、黄色い羊のようなモコモコ。つぶらな瞳で儂を見つめるそれからは、敵意も害意も感じられん。鳴き声も羊に似た感じで、儂の腹へ頭を擦り付ける。生えている短い角もまだ固まっていないのか、やわっこくてな。ぷにぷにじゃったよ。

り込み現象で、儂を親と勘違いしとるんじゃろな……」

 花座から儂へ飛びかかり、腹部で落ち着いた羊。


「とりあえず、連れ帰ってみるか。植物ならカブラに任せて、動物となればロッツァに頼もう。魔物だったら……一緒に暮らす為には、従魔にするしかなさそうじゃ」

 めぇめぇ鳴くそれを抱えて、儂は家へと帰るのじゃった。帰路の途中、モッチムッチにせがまれて背に乗ってみたが、ロッツァほどの乗り心地ではなかったよ。


 羊っぽい何かを連れ帰ったが、家族の誰もその種族を知らんかった。《鑑定エヴァルア》を使ってみたら、食べられないことはないって感じに書かれていた。
 肉も野菜も必要な分はあるんじゃから、無理して食べるほどでもないじゃろ。妙に懐いてしまった生き物をあやめるのは、どうにも抵抗があるしのぅ。畜産農家さんたちは、その辺りの割り切りができとるから、本当に尊敬するわい。儂には無理じゃ。
 鑑定して分かったのは、種族の名前がバロメェで、この子が特殊個体ってことじゃったな。
 昔、書物で読んだバロメッツと似たような記述があったが、魔物ではないみたいじゃ。動ける植物なるものらしいが、茎から離れてしまったもんで、えさというか養分を得られる手段が見当たらなくての。一応、儂の出す《浄水ウォータ》を浴びるように飲んでいるくらいか。
 弱った姿を見せることも、れていくなんてこともなさそうじゃから、ひとまずカブラと共に観察することにした。誰よりもカブラがこの子に興味津々しんしんじゃったから、儂と一緒にやってもらうことになったんじゃよ。
 それからほんの数日で、バロメェは家族として迎えられとった。誰にでも懐き、時には客人や学びに来た生徒さんにも可愛がられとったわい。ふわふわの羊毛に愛嬌あいきょうのある鳴き声、庇護欲ひごよくをくすぐる顔立ちに立ち振る舞いとくれば、さもありなんじゃよ。カブラと一緒にとてとて歩く姿も、見ててなごんだぞ。
 立場的に末っ子になるバロメェは、バルバルにも世話されておる。家の敷地から出て行こうとはせんが、海側に近付きすぎたり、クリムたちの工房に立ち入ろうとしたりすると連れ帰られておった。あと、ルーチェにロッツァ、ナスティが料理をする焼き場もその対象じゃな。カブラほどの悪戯小僧いたずらこぞうではないが、バロメェは生まれたばかりの子供じゃて。何にでも興味を示す頃なんじゃろう。
 下の子が出来たバルバルは、兄だか姉だかになった気分なのかもしれん。共に成長していけるならば、このまま世話を任せてみるかのぅ。
 昼ごはんがてらの雑談をしに来ていたクーハクートと、両ギルドのマスターにもバロメェのことを聞いてみたが、鑑定結果以上のことは分からんかった。
 家族と行動を共にしているうちに、バロメェはお気に入りの場所が見つかったらしい。カブラたちが世話する畑の中でも一番家に近い、茶の木の根元。そこが落ち着くみたいでな。身体を半分以上うずめて寝ておるよ。最初見かけた時は驚いたもんじゃが、小さな寝息を立てて幸せそうに寝とったからの。適度に日の光が枝葉の隙間から差し込み、風も通って気持ちいいんじゃろ、きっと。
 そういえば、バロメェが昼寝したところからは、各種ハーブがたくさん採れたよ。カブラを含めた誰も、種をいた記憶のないものばかり。しかも未だに市場で手に入れていない種類もあると来たもんじゃ。
 だもんで儂とカブラは、バロメェの持つ何かしらの能力だと予想しておる。ただ、それらしいスキルなどは見当たらんのじゃ。その為、種族による特性かもしれんと仮説を立てて、こちらも観察している最中じゃよ。


《 8 遠足 》

 バロメェが我が家に来てから一週間ほど。ようやく遠足――実戦を見せる場所が決まった。その場所は、神殿しんでんが管理する森の奥地じゃった。
 神殿側からの提案で、『多数の神官が出入りするアサオ家に協力したい』と言ってくれたらしい。そこは普段、神官さんたちが修業する場になっとるそうじゃよ。まぁ修業と言いつつ、半分以上は自分たちの食料を確保する為の土地みたいなんじゃがな。だから適度に人の手が入りつつも、生き物が豊富なんじゃと。
 昨日の晩から仕込んでいた素材を、朝一番に仕上げて、お弁当を完成させた。それらは儂の【無限収納インベントリ】に仕舞われとる。

「おとん、珍しい草木があったら、持って帰ってきてなー」

 見送りに出てきたカブラは、眠そうな目をこすりながらそんなことを言っておった。狩りを好まんカブラとバルバル、それにバロメェは留守番となった。

「森の奥では、動きにくいだろう。不埒者ふらちものが出ないとも限らん。我はこの子らと待つことにする」

 気を利かせて残ると言ってくれたロッツァに、モッチムッチも頷いてくれたわい。我慢をさせてしまったから、今度どこかで埋め合わせをしてやらんとな。
 儂のそんな考えもロッツァにはお見通しなんじゃろ。

「また海藻をたくさん採らなければいけないな」

 なんてことを口にしながら、にやりと笑っていたよ。
 家族の身支度みじたくが全て整ったので、待ち合わせの場所である王都西門へ向かう。予定時刻まではまだあるのに、儂らが最後だったようで他の者は揃っていたよ。

「「「おはようございます!」」」

 元気な挨拶あいさつで出迎えてくれたのは、王子と王女を含めた子供たち。遠足に同行はできんが、見送りくらいはと来てくれた親御さんも、それに交じって挨拶してくれた。

「おはようさん。皆、早いのぅ。昨夜はちゃんと寝られたか?」
「はい!」
「今日が楽しみで大変でしたけど、寝ないと行かせてくれないって言われたから、頑張って寝ました!」

 王子の答えに困ったような笑みを見せたのは、王妃さんたちじゃったよ。遠足前日の寝つきが悪いのは、どこの世界の子供も共通なんじゃな……そう思う儂は、苦笑いを返しておいた。
 今回企画した遠足は、かなりの参加者がおる。儂ら家族の他に生徒である王族、近所の親子、商業ギルド連絡員のバザル、冒険者ギルドの副マスターと守護精霊、案内役の神官さんに、あとは護衛任務を受けた騎士と冒険者じゃ。全員合わせたら三十人を超えておる。
 海に棲む生徒たちは今回参加しておらん。そちらも加わったら、五十人を超えそうじゃった。海岸沿いの我が家ならまだしも、水辺から離れた森の奥が目的地じゃからのぅ。無理をさせない為に、遠慮してもらうことにしたんじゃよ。
 海の子供らは、私塾に参加するきっかけになった、二人の魔法使いとの争いを見ておるからな。それもあったので納得してくれたんじゃろ。もし次回があれば、海辺で開催するとも約束した。
 目当ての場所に着くまではのほほんとできると思っていたのに、予想外の事態は起こってしまうもんじゃな……護衛役である騎士と冒険者が、いがみ合っとるんじゃ。
 どうも以前からの知り合いらしく、何かにつけて意見が対立しとるんじゃと。最近は顔を合わせる機会が減ったので周囲も忘れていたらしい。それが久々に、同じ仕事で鉢合わせしたもんじゃから、バチバチ意識し合ってな。剣呑けんのんな空気を子供たちが鋭く察してしまったんじゃよ。
 よろしくない空気感には、誰もが辟易へきえきするところ。子供たちに見せる必要のない諍いなぞ、どこか別の場所でやってほしいもんじゃ。当人たちにそう提案したが、当然のごとく受け入れてくれん。だもんで、実力行使してみた。

「《束縛バインド》」

 咄嗟とっさのことで、何もできずに手足をからめとられていく二人。それぞれを縛り上げるのではなく、ひとまとめにしてみたが、上手いこと背中合わせになってくれたわい。おっさん二人が息のかかる距離で顔を合わせるのは、見ていて気分のいいものじゃないからな。

喧嘩けんかならそこで好きなだけやっとるといい。護衛や警護は他の者で十分じゃからのぅ」

 憤慨ふんがいした二人は、根っこの部分が似た者同士なんじゃろ。とても息が合っており、同時に儂をののしり、あざけり、せせら笑っとった。

「聞くにえんし、子供らに学んでもらうところもなさそうじゃ、《沈黙サイレス》、《結界バリア》」

 他の騎士や冒険者からも二人を助けようとする素振りが見えんから、このまま置いていこう。身の安全だけは確保してやり、王妃さんたちへ顔を向ければ、にこりと笑われた。親としても見せたくなかったんじゃろう。近所の親御さんも頷いておる。
 ボゴッと音が鳴ったのでそちらへ視線をやると、先ほど《結界バリア》で包んでやった二人がおらん。代わりにクリムとルージュがたたずみ、目を離す直前まで二人がいた場所には、直径2メートルくらいの穴が開いておる。穴を覗けば、縛られた二人がこちらを見上げておった。聞こえもせんのに、相変わらず何かわめいてるようじゃよ。

「これなら魔物に襲われる心配が減って、万々歳ばんばんざいじゃな」

 呟く儂の傍らにはクリムとルージュ。前足に付いた土埃を払い、王妃さんたちのところへ駆けて行った。わしゃわしゃと撫でてもらい上機嫌になっとる。
 残る騎士たちと冒険者組の半数は、二人を置いて先を急ぐ。護衛と周辺の警戒の役目をになっとるから、班分けでもしたんじゃろ。
 そういえば騎士や冒険者の得物えものは、剣しかなかったのぅ。気になって理由を聞いたが、答えは簡潔じゃった。森の中で立ち回る可能性を考えて長柄物ながえものを省いたんじゃと。それに使い慣れた武器でないと、万が一の時に動きにくいそうじゃ。とはいえ、中距離や遠距離の攻撃手段がないのは心配にならんもんか?
 そちらも明確な答えが返ってきて、護衛の任が最優先だかららしい。倒すのは二の次で、危険なことが起こらないように、周囲へ目配せを続けるみたいじゃ。それでも非常事態が起きてしまった時は、殺させない・連れ去らせない・怪我をさせないことを心掛けとるそうじゃよ。これは騎士と冒険者の共通認識じゃった。
 攻撃されたからといって、即座そくざに反撃するようなことではいかんのじゃな。その辺りの配慮もあって、ある程度ベテランを選んだとも言っておる。『若い子はすぐに頭に血が上り、視野を広く持てないから』なんてこともこぼしとった。つい先ほど、年をとってもダメな者がいたが、普通だったらあぁはならんもんじゃからな。あやつらは、とがりすぎなおっさんじゃったわい。
 朝に街を出て、今の時刻は昼少し前。ようやっと目的地へ着いた。参加者の体力をかんがみて、途中に何度か休憩を挟んだことも影響しとるが、随分と時間がかかってしまった……いや、王族が同行しとるから仕方ないとは思うがの。

「お天道てんとうさんも儂らを見下ろしとる。まずは、腹ごしらえからじゃな」

 儂の言葉に、子供も大人も関係なく歓声を上げる。周囲を警戒していた騎士たちまで喜んどるよ。それでも今日の役目を思い出して、すぐさま周辺へ意識を向けた。一瞬の気の緩みが危険じゃったが、職務を放棄するような者は一人もおらんかった。
 参加者へお弁当を配り、各々で食べてもらう。儂としては当たりさわりのないおかずばかりじゃが、これも皆の希望じゃからな。ほとんどの子供が希望した玉子焼きは、甘いものとしょっぱいものをひと切れずつ。ついでにケチャップを載せたオムレツもあるから、卵料理だけで三品になってしまったんじゃ。
 冷めても美味しい肉料理は親御さんからの注文。あぶらをなるたけ落とした豚しゃぶにしてみた。塩みして水気を切った野菜を刻み、ゴマ味噌で和えてあるから、そのまま食べてもしっかりと味を感じられるはずじゃて。
 あと鶏の唐揚げも入っておるぞ。こちらは先に下味をちゃんとみ込んであるから、しっとり柔らかな仕上がりじゃ。大人向けにカラシも添えたが、これは防腐ぼうふ効果も見越してじゃからな。使っても使わなくても構わん。
 生臭くなるのを嫌ってか、魚介類ぎょかいるいを使った料理は頼まれんかった。なのでおかずには使っとらん。おにぎりの具材として佃煮や時雨しぐれ、サンドイッチのほうではツナや焼きサバを選択したがのぅ。好きなものを選ばせて、残れば儂が食べるでな。
 そうそう、大方の予想通り、王妃さんたちは食後の甘味を頼んできた。あまり凝ったものや汁気が多いものは持って来られん。だから、野菜のかりんとうとパウンドケーキ、それにオレンジピールとレモンピールにしておいた。摘まみやすくて自分で量を加減できるものをと考えた結果じゃよ。
 冒険者と騎士にも交代で食事をとらせて、それからやっと今日の本題へと入るのじゃった。


 食事やお茶を楽しみながら見るものではないから、これより行われる実戦では基本的に飲食をさせるつもりはない。途中で休憩を挟む時に、多少のどかわきをうるおし、栄養補給くらいはするかもしれんがの。そのへんのことは出掛ける前に伝えておいたでな、無用な反発は起きておらん。貴族のたしなむ狩りとは違うんじゃよ。
 神官さんにこの場所の特徴を聞いたら、ヘビ系とカニ系の魔物――チックスネークとヘルムクラゲがよく獲れると教えてもらえたよ。
 ヘビの体長は1メートルあるかないかくらいなんじゃが、その胴体が太いんじゃと。直径が30センチはあろうかと言うほどだそうじゃ。聞いた限りでは、丸太って感じかの。
 カニも大きさはさして変わらんが、その見た目が一番面白くてな。『毛むくじゃら』が一番しっくりくる表現と言っておる。全身が硬く短い毛でおおわれ、不用意に触ろうものなら怪我するらしい。

「群れになって襲ってきますので、ちゃんとパーティ内での役割分担がされていないと怪我では済みませんよ」

 なんて注意をしてくれる神官さんは、左腕に付いた傷を子供らに見せとった。それほど深い傷ではなさそうじゃが、手首から肩近くまで続いとるからの。子供らも息を呑んでおったよ。

「チックスネークとヘルムクラブはお互いを餌と思っていますからね。そこに横やりを入れるのが私たちです。だから、油断すると、どちらからも餌を奪う邪魔者と認識されて、攻撃されます」

 神官さんの説明が一段落ついたが、皆はどうにも理解が追い付いていないようじゃ。

「魔物だって自分が食べるものを奪われたら嫌なんじゃよ。さっき食べた玉子焼きを、誰かに盗られたら嫌じゃろ? 玉子焼きでなく、お菓子でも構わんが、それと同じことが起きているってわけじゃな」

 ちょいと例えてみれば、合点がてんがいったらしい。

「さて、ここで質問じゃ。ここは森、選んじゃいかん攻撃方法がある……それはなんだと思う?」

 子供たちを前に問いかける。するとすぐさま答えが返ってきた。

「燃やしちゃダメ」
「正解じゃ。魔物だけでなく、森まで燃えてしまうかもしれん。そうしたら生き物が森に棲めなくなってしまうからの」

 答えられなかった子が残念そうにしとるが、こればかりは早い者勝ちじゃ。正解に対して商品もありゃせんから、受け入れてもらうしかない。

「火の魔法はもちろん、火矢などもいかんぞ。獲物が暴れて木や草に触れないとも限らん。それに、燃やしてしまうと、食べられる部分も減ってしまう。あと、使えるところもじゃな」

 儂が眉尻を下げて困った顔をしたら、子供たちがくすりと笑う。かと思えば、その笑いが大きくなっていきよった。
 儂の後ろを指さしておるから振り向くと、そこではルーチェが腕を大きく交差させておったよ。クリムとルージュも首を傾けてしょんぼりしとる。ナスティに至っては、真っ黒げの骨付き肉を取り出しておるわい。見本とはいえ、よく出来たものじゃよ。

「さてさて、それじゃここからが本番じゃ。もしかしたら儂らのすぐ後ろまで、魔物が行ってしまうかもしれん……先に渡しておいた首飾りを皆持っとるかな?」
「「「はーい」」」

 事前に配っておいた首飾りを、子供も大人も揃って見せてくる。クリムとルージュのお手製首飾りに、儂が《結界バリア》を付与しておいた代物じゃ。
 これがあれば万が一の時も身を守れる。

「騎士さんたち、冒険者の皆も、怪我がないように気を付けてくれな」

 彼らは儂の願いに無言で頷き、周囲の警戒を続けてくれとる。
 正面にアサオ一家が並び、見学者を挟んで後方に騎士と冒険者。そんな布陣でいよいよ始まった狩りの実戦見学会。まず出てきたウルフを《穴掘ディグ》で作った穴に落とし、藪から飛び出したはちがクリムとルージュに蹴散けちらされる。
 なんとか穴からい出たウルフは、ナスティのナイフで斬られとった。ルーチェは目に付く魔物を片っ端から殴る蹴る。自身と距離があり、宙に浮かぶ鳥などは投石で打ち落としていたよ。皆は最近狩りに出ておらんかったからのぅ。身体を動かす良い機会を得たとばかりに、生き生きしとるわい。
 合間を見て家族や騎士、冒険者に補助魔法をほどこす儂は、一歩引いて全体を見渡しておる。マップを確認しつつじゃからの。それに接近戦ができんわけじゃないが、前に出たい子供らを押し退けてまでやることもなかろう。
 目の前で行われる戦闘に見学者たちは息を呑む。『生きる物を殺めて、それを食べる』ことは理解してくれとるからか、目をそむけたり非難してきたりする見学者は、一人もおらんかった。家族の誰も、むごたらしい狩りはしとらんしの。
 徐々に余裕が出てきたのか、子供や大人からいくつか質問が出てくる。それらに答えながら、家族の立ち回りを説明してやると、理解が早いように見える。普通なら経験できない場所で見られるのは、殊更ことさら大きいんじゃろうな。
 余裕を持って魔物と相対していたら、最後にそこそこ大きな個体が出てきたよ。それは体長3メートル超えのいのししじゃった。森のもっと奥……それこそ遠方に見える山裾やますそや森の深部に棲んでいるはずの魔物らしい。
 この大きさでもまだ子供で、成獣になればこの十倍は下らんそうじゃよ。餌を追いかけ、森の浅いところまで出て来てしまったのかのぅ。子供とはいえ危険な魔物であることに変わりはない。それにその肉はとても美味しいと聞くからな。鑑定さんのお墨付すみつきを得とるから、今日の仕上げに狩るとしよう。
 ルーチェが、猪の横っ腹へドロップキックを叩き込んで動きを止めれば、クリムが左後ろ脚へ噛みつく。ルージュは右の後ろ脚に、爪で何度も切りかかる。
 どうやらナスティが魔法を唱える時間を、家族で稼いでいたようじゃ。動きの止まった猪の真下から《岩壁ストーンウォール》がせり上がり、顎ごと持ち上げ、らせた。身体の前半分を宙に浮かべた猪は、ろくな攻撃も抵抗もできずに瀕死ひんしに追いやられてしまった。トドメはルーチェで、上空から頚部へのフットスタンプが決まる。
 活躍の場がなかった儂は、死体となった猪を【無限収納インベントリ】に仕舞う係を受け持つのじゃったよ。


 本日の課外学習で得た獲物は、儂らの取り分でいいと事前に言われていたんじゃが、結局、食材は皆で食べることにした。
 騎士や冒険者も、警戒中に狩ったものは己の取り分にできた。ただ、儂ら家族と違って、彼らは【無限収納インベントリ】やアイテムバッグなどは持参しとらんかったでな。小振りな獲物はそのまま持ち帰れるが、ある程度の大きさを超えたらぎ取っていくしかない。
 それだと持てる量には限度があるじゃろ? そこで取引を持ち掛けたってわけじゃ。
 儂の家族が欲しがるものは食材ばかりじゃて、素材はほぼ必要ありゃせん。だもんで、騎士や冒険者に素材を融通して、残り物となる食材を儂が頂いた。食材となる部位は、騎士たちは持ち帰るのを諦めておったからのぅ。
 もらいっぱなしじゃ悪いと思って、獲物全てを【無限収納インベントリ】で持ち帰ってから分配しようかと提案したが、断られてな。自分らの矜持きょうじ流儀りゅうぎに反するそうじゃ。そう言われては無理強いできん。
 しかし、命を奪ったのに無駄にするなんて、儂の辞書にはありゃせん。だからこそ、皆で食べてしまおうと思ったんじゃよ。
 儂がもらい受けた食材以外の各種素材は、冒険者ギルドと商業ギルドに買い取ってもらえるように頼んでみた。それぞれ欲しいもの、仕入れたいものがあるはずじゃからな。今回は断られたが、騎士や冒険者にも欲しがる者が後ほど出るかもしれん。その場合は、無理しない範囲で値引きしてもらえるように、耳打ちしておいたよ。
 儂ら家族が狩った獲物に関しては、食材以外をほぼほぼ買い取りに出す予定じゃ。そちらの振り分けも相談するつもりじゃて。その代金を儂が預かって、次回以降の遠足や各授業の足しにすると伝えた。
 そして、王都への帰り道で、皆に晩ごはんの相談をしてみたら賛成してもらえたよ。大人たちは多少、申し訳なさそうにしていたが、

「儂の田舎いなかでは、『帰るまでが遠足』と言うんじゃよ。だから、このまま食事をとりに行ったって、それもまた遠足の一部じゃ」

 なんて言ったら、『それならば』と快く賛成しとった。無理を通すほどでもないから、用事があったり都合がつかんかったりした者は帰しておる。その際も、腹の足しになるようにと、お弁当の余りを持たせておいたぞ。


 夕暮れ時に家へと着いた儂らを待っていたのは、泥だらけになったカブラたちじゃった。なんでも、地の女神たちと一緒になって畑仕事をしていたら、突風で巻き上げられたんじゃと。風の女神が加減を間違えた結果らしく、一触即発いっしょくそくはつの緊急事態にまでおちいったそうじゃよ。
 そこに水の男神が、バシャーッと頭から冷水をびせかけたらしい。その巻き添えをらったカブラたちは、土埃と水で全身を汚された。
 寒さが残るこの時期にそのまま放置しては、風邪を引く可能性がある。そこに思い至った火の男神が皆を乾かしたが、汚れを落とす前にやってしまい……その結果が、泥だらけなのに乾いた色味になったカブラたちみたいじゃよ。

「あんさんらが喧嘩したら、ウチのような一般人に迷惑かかるやろー。ちっとは考えんと……」

 儂に説明を終えたカブラは向き直り、目の前で正座する神々を注意する。

「バルバルはんがいるから、皆の汚れはなんとかなるんやで」

 確かにそうじゃな。泥だらけのカブラは、バルバルに包まれとった。ものの数十秒で泥汚れが全て取れ、緑の葉っぱに白い身体の、いつものカブラに戻ったわい。洗濯せんたく……掃除……いや、風呂を終わらせたバルバルは、洗ってもらおうと一列に並ぶ小人さんたちへ向かっていった。カブラより小柄な小人さんたちは、一人当たり十秒ほどで完了していく。
 まだ暫くカブラの小言は続きそうじゃ。『助けて』と言わんばかりの視線を儂へ向ける風の女神じゃが、ここらでしっかり怒られるのも必要じゃろう。


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若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

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