じい様が行く 「いのちだいじに」異世界ゆるり旅

蛍石(ふろ~らいと)

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9巻

9-2

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「自分たちで探して、見つける。それがいいんじゃない?」
「そうやー」

 ルーチェとカブラのそんな意見には、儂も賛成じゃからな、それで協力しとるんじゃよ。自分たちで何かをしようとする子供たちは可愛いしのぅ。
 ナスティやロッツァに『甘い』と言われとるが、二人だって儂と変わらん表情をしとるわい。
 今夜の宿を見つけた儂らは、時間的に少し早いが寝床と風呂を確保した。日暮れまでもまだまだ余裕じゃ。その際、周囲に珍しい植物が多く生えとることに気付いてな。折角じゃから、皆で採取することになったんじゃよ。
 植物の採取は、カブラがことほか得意での。どこを切ってほしいか、どこを切っちゃダメかなどを直接植物に聞けるのが大きいみたいじゃ。これは家族の誰もできん特技じゃから、どんどん伸ばしてもらおう。逆に魔物や動物の解体は苦手なようで、四苦八苦しくはっくしとったよ。
 そちらに適性を見せたのはクリムで、カブラに教え込んでおった。双方で教え教わる関係を築けたから、相手を下に見ることもありゃせん。元々そんな傾向もないから、心配しとらんがな。
 何をやってもそつなくこなすのはバルバルか。バルクスライムからマタギスライムに変化したのが、こんなところにも影響しとるのかもしれん。
 バルバルの次はルーチェで、ルージュはある意味問題児かのぅ。作業のごのみをするルージュは、得手不得手がはっきりしとるよ。
 儂の手伝い自体は好きみたいなんじゃが……まぁ、無理矢理させても、もっと嫌いになるだけか。好きなことだけでもやるならいい、と思うことにしよう。もしかしたら、他の子を見て負けん気を見せるかもしれんしな。
 アサオ一家総出での採取作業になるなら、カタシオラの街を旅立つ直前に教わった採取を復習しようと思ったんじゃ。教えてくれたのは採取専門の冒険者じゃったから、かなり細かいことまで指摘してくれてのぅ。そんなことまでするか?と疑問に思うほどの緻密ちみつさじゃったよ。
 そうかと思えば、草木を根本からばっさり切ったり、引っこ抜いたりもしとってな。経験に裏付けされた適切な採取方法は、為になったもんじゃよ。
 教わったのは何も植物限定ではなくて、弱い魔物や動物、虫なども含めての採取方法でな。必要な素材と食べられる部位、食べちゃダメな箇所なども教わった。儂は《鑑定エヴァルア》頼りじゃから、こちらも非常に役立つものじゃったわい。
 うだつの上がらないおっさんではないと思っていたが……想像以上に有能な冒険者と感じたぞ。儂と一緒に講義を受けた冒険者たちも、目からうろこが落ちたような顔をしとったしのぅ。採取専門のおっさんとあなどることがなくなり、相手を見る目が変わるきっかけになったかもしれん。
 魔物の討伐を主に請け負う冒険者にしても、処理の仕方で買い取りの値段が雲泥うんでいの差となるから、必死に教わっておったな。苦労して難敵を倒しても、狩り方や処理を失敗して二束三文にそくさんもん……そんな経験をしたことがある者ほど、真面目に受講しとったよ。見て盗むのが冒険者の流儀らしいが、折角の機会をふいにする意味はないからの。
 そんなことを思い出しつつ、ルーチェたちに問われたら答えとる。しかし、彼に指導されてから実践するのは、儂も初めてじゃからな。自分へ言い聞かせるようにこなしとるよ。

「じいじ、これ美味しかったよね?」

 ルーチェが儂に見せているのは、根がこぶのように膨らんだ草。

「じっくりダシで煮るとホクホクになったな」

 笑顔で答えた儂を見て、またしゃがんだルーチェは、足元の草を掘り始めた。

「折らないように、ゆっくりとー」

 繊細せんさいな手つきながら、素早く掘り進めるルーチェの頭上で、カブラが不思議な踊りを披露しておる。カブラなりの応援なんじゃろ。儂以外の誰も見とらんが、その表情は満足そうじゃったよ。
 ルーチェが掘り出した草と、カブラがクリムと共同で集めた花。ルージュが獲ってきたラビなどを使い、儂が夕飯を作る。そして、ロッツァとナスティ、それにバルバルが加わって風呂を拵える。そんな役割分担で、儂らの今日は暮れていくのじゃった。


《 5 つんざく悲鳴 》

 採取と風呂を嗜む日々を儂らは続けておる。旅の最中の楽しみとして、『風呂』ってものは大きかったようでな。狩りと採取でお腹を減らして、風呂で綺麗さっぱりした後にごはんを食べる。そんな流れが、ここ数日で出来上がっとるよ。
 カタシオラを出てから、半月くらい経った頃かの……昨日、今日と進んでいる辺りは、冒険者すらあまり通ることがないようで、少し幅が広い獣道けものみちのようなものが続いとる。
 ロッツァが先頭に立って進むので、道なき道を進んだとしても、地ならしされた後みたいなもんじゃからの。し折られた樹木の根っこや、押し潰された岩などはあれども、幌馬車に乗る者には何の支障にもならん。
 ロッツァの背に乗るルーチェや、首へぶら下がるルージュなどは、悪路あくろを楽しむほどじゃ。
 さすがに自然を破壊したままにするのももったいなくて、儂の【無限収納インベントリ】に仕舞っとるよ。バルバルは儂の料理以外のものも食べたがってな。ロッツァの倒した樹木などは、恰好の的になっとるわい。
 元々の種族であるバルクスライム時代の影響なんじゃろ、樹皮を特に好んどるぞ。バルバルの場合は、食べ物の好みが変わった……というよりも増えたって感じじゃな。いつも通り、樹皮と一緒に吸収してしまった屑などは、ブロックにして吐き出しておる。
 樹皮を綺麗にかれた幹や根っこは……そのうちフォスの街の木工職人ポニアにでもおろしてやろう。乾燥の時間が必要じゃが、本職ならなんとかするじゃろし、有効活用してくれる者に渡すのが、一番無駄がないはずじゃて。
 バルバルは他にも岩や砂利じゃり、骨なども欲しがっておったな。それらを食べた後もブロックを作りよるから、ちゃんと吸収しとるのか分からん。出がらしを儂にくれとるのかのぅ?
 ナスティは、岩風呂作りからの流れで、石工いしくみたいなことをしとるよ。合間合間にとる休憩の時に、拾った岩などを《風刃ウィンドエッジ》で上手いこと切ってな。幌馬車の中ではそれらを使ってもくもくと何かを作っとるわい。岩風呂を掘る時に貸した、魔法を付与したナイフなども玄人くろうとのように扱い、いくつもの作品を生み出してのぅ。
 この数日は、皿やわんなどを作っては改良を繰り返しとる。原材料が石では重いからな。その辺りの改善に余念がないらしい。ルーチェやカブラに相談しながら、見た目にもっており、まるで芸術家さんみたいじゃよ。素人しろうとの儂が見ても、綺麗な出来じゃ。それなのにナスティ自身は、

うつわは使わないと~」

 なんて言いながら、ぞんざいな扱いをしとってな。見ているこっちが気を揉んどるよ。
 時々マップを拡大して儂が進行方向を確認するくらいで、あとはロッツァ任せの旅……これもまた一興いっきょうじゃろ。なんだかんだとルーチェやルージュと話しながら進むロッツァも、楽しそうじゃしな。三人の直感任せでも、王都には問題なく着きそうじゃよ。
 道を作りながら進む儂らじゃから、村や集落なんてものにも出会わなくてのぅ。毎日野宿でも、旅は快適そのものじゃ。唯一の難点と言えば、ベッドが足りんことか……それでも《結界バリア》を常用した上で、クリムやルージュにまとわりつかれて眠れば、寒さなどは微塵みじんも感じん。以前に仕入れた布団も併用しとるしのぅ。

「じいじ、この先に水があるって。今日はそこで晩ごはんね」

 ロッツァの背の上で振り返ったルーチェが、馬車の中におる儂に聞こえるよう、大きな声を上げる。相変わらず、ロッツァが木々をぎ倒す音が鳴り響くわい。【無限収納インベントリ】にいろいろ取り込みながら頷けば、ルーチェはまた前を向いた。昼ごはんを食べ終えてからまだ少ししか経っておらんと思うが……まぁいいじゃろ。
 それから一時間ほどで、儂らは目的地に辿り着いた。馬車を出た儂の目の前には、絶景ぜっけいが広がっていたよ。予想していたのは小さな水辺だったが、大きな池じゃった。ほぼ真ん丸なのかもしれん。対岸も見えるがかなりの距離じゃ。池の周囲を木々が囲んでおるせいか、穏やかな水面みなもには波も立っておらんし、周囲の景色が映り込んでおる。
 背伸びをしながら、空気を肺いっぱいに吸い込んでいたら、ナスティも馬車から降りてきた。区切りのいいところまで工作が進んだんじゃろ。満足気な顔をしとる。ナスティも同じ姿勢を続けていたから、身体が凝り固まってしまったようじゃよ。儂と同じで、手足を揺らしたり腰を回したりしてから、ぐいーっと身体を反らせとる。

「じいじ、今日は何作るの?」

 屈伸くっしんをしているルーチェは、ルージュを肩車していた。

「儂はごはんと味噌汁みそしるじゃな。主菜は――」
「我が魚を焼くぞ」

 儂の言葉を次いだロッツァが、焼き場をこさえる為に《穴掘ディグ》を使っとったよ。ただし、まだ加減が難しいらしく、焼き場として利用するには少々深すぎるようじゃ。

「……うーむ……」

 困り顔のロッツァを見兼ねたのか、クリムが別のところで《穴掘ディグ》を使う。こちらは、いつもの焼き場と同じくらいの深さと大きさじゃった。そのままクリムがロッツァの手伝いに入り、儂とカブラとバルバルでごはんの支度の開始となる。
 ルーチェとルージュは、ナスティに連れられて魚を獲りに行ったぞ。ルーチェは出掛でがけに、

「じいじ、甘い玉子焼きもお願いね! 行ってきまーす!」

 とだけ告げていきよった。さすがに池を横断するようなことはなく、木々の間に進んでいき、ものの数秒で視界から消える。
 見送った儂は、玉子焼きの準備じゃよ。その間にカブラとバルバルには、ごはんと味噌汁を頼んでみた。一緒に動くことの増えたこのペアは、なかなか相性が良くてな。料理にも才能を発揮してくれとる。最近は、安心して任せられるんじゃよ。


「そろそろ帰って来んかのぅ……」
「うむ。先に焼いたこれらで、一杯やりたいぐらいだな」

 想定していた時間が経っても、ルーチェたちは帰って来ん。まだ日暮れ前じゃから、晩ごはんには早い。
 焼き場を空けて子供たちの帰りをただ待つんじゃもったいないからと、ロッツァにベーコンとヌイソンバの塊肉を渡しておいたんじゃがのぅ。良い具合に焼けて匂いが漂い、儂らの腹を刺激しまくっとるよ。
 クリムとカブラ、それにバルバルも腹が減ったんじゃろ。塊肉に目が釘付けじゃった。焼けた肉を【無限収納インベントリ】に仕舞おうとしたら、カブラに手を掴まれてな。おあずけを食らわすのも可哀かわいそうか……そう思い、塊肉はカブラたちにあげたよ。食べやすいようひと口大に切ってやれば、笑顔でがっついておったわい。
 儂とロッツァは、ぬるかんをちびちびやりながら、待つとしよう……なんてことを考えて準備を始めると、

「キャァァァァァァァァーーーッ!」

 突然悲鳴が響き渡った。
 ルーチェたちを待つ儂らは、悲鳴のほうへ一斉に顔を向けた。声の主がルーチェたちでないのは、その音程の違いからすぐに分かったわい。しかし、悲鳴じゃからのぅ。危険なことが待っている可能性が非常に高いぞ。

「儂だけで行くから、ロッツァは子供たちを見ててくれ」

 儂はそう言うなり飛び出す。

「分かった」

 ロッツァの返事を背に受けて、声の方向へ一目散いちもくさんに進んでいく。途中、なんだか背中が重たくてな。ふと振り返ってみれば、腰の少し上辺りにバルバルが貼り付いておったよ。万が一を考えて、子供たちをロッツァに任せたのに、確認が甘かったわい……

「一分一秒を争う事態かもしれんからこのまま行くが、儂の言うことをちゃんと聞くんじゃぞ」

 生い茂る樹々を抜け、枝葉を避けながらバルバルに説いておく。

「危なそうなら逃げる……いや、ロッツァたちへ助けを求めるかもしれんから、その時は頼む」

 ただ頭ごなしに叱ったところで、子供が聞いてくれることなんてほとんどありゃせん。だったら聞いてくれるように仕向けるのも大人の役目じゃよ。そんな時は役目を持たせたり、頼み事をしたりすれば結構聞いてくれるもんじゃて。
 バルバルは腰から背へ上り、首回りで落ち着いた。そこでぷるぷる揺れてから、その身を震わせておる。バルバルのこの動作は、理解したという合図のようで、大抵はこの後ぴょこぴょこ小刻みに跳ねるんじゃ。
 儂の予想通りの動きをしとるが、今いるのは肩の上じゃからな。落ちないように加減しておるよ。
 バルバルに話す間に、池のほとりをぐるりと半周近く進んでいた。ロッツァたちのところを出てからも、断続的に悲鳴が聞こえとる。声の主は同じ者らしく、段々と近付いているのは確かじゃよ。
 しかし、聞こえる悲鳴が、女性にしては野太くてな……ヒト以外の何かかもしれん。いや、こんな人里離れた場所じゃから、そっちの確率のほうが高いはずじゃな。
 聞こえる悲鳴を頼りに駆けていたら、ふいに明かりが見えてきた。《索敵レコナ》とマップで確認してみれば、どうやらそこにナスティたちもおるようじゃ。家族の他にもいくつか点々が表示される。そのどれもが赤くなっとらんから敵ではなさそうじゃが……
 やぶを抜けると、そこには木と石で造られたとりでのような建物があったわい。頑強そうな大門の両脇にはかがり火がかれ、赤々と周囲を照らしとる。不用心なのか完全に開けっぱなしで、門番さんも見当たらん。

「邪魔するぞ」

 この中に声の主とルーチェたちがおるようでな。一言断ってから中へと入っていく。門の両脇にあったかがり火と同じものが、敷地の中の各所に焚かれておってな。その中でも通路と思しきここは、ひと際明るく見やすくしてくれとる。整然と並ぶその明かりに導かれるまま、儂は奥へと歩を進める。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 今までで一番大きな悲鳴が、儂の耳を攻撃してきた。思わず顔を背けた儂と共に、バルバルも体表を波立たせとる。その際、たたらを踏んでしまった儂に、誰かが気付いた。

「んー? 誰だー?」

 悲鳴の主とはまた別の者のようで、少し間延びした感を受ける声じゃった。そして通路の奥から現れたのは、真っ赤な肌をした鬼じゃ。背丈も肉付きも儂の五割増しほどのそやつは、ひたいに二本の小さな角が生えとる。下顎から天へと伸びる牙は、額の角の数倍はあろうかという大きさじゃ。目つきは鋭いが、敵意や警戒心は感じられん。

「旅の者でアサオと言う。悲鳴が聞こえたから、何事かと思ってな」
「あー、すまねぇなぁ。問題はねぇんだー」

 眉を八の字に下げた赤鬼は、右手で頭を掻いていた。それからちょいちょいと手招きされる。そのまま通路の奥を指さした赤鬼に促され、そちらを覗いた。

「めんこい子熊を見っけてなぁ。それをでてんだぁよぉ」

 赤鬼の三倍はあろうかという橙色をした鬼が、ルージュを額に乗せて悲鳴を上げていた。歓喜に震えているらしく、身体を小刻みに揺らしとる。
 儂なんかではできんくらいの速さで、ルージュの顔がずっとブレとるよ。それでも辛さや苦痛を感じとるようには見受けられん。多少の疲れは見て取れるか。
 橙色の鬼の左腕にはナスティが、右腕にはルーチェが抱えられとった。ルーチェだけならまだしも、かなり大きな体躯たいくであるナスティまで楽々とは……ぬいぐるみでも持つかのように小脇で抱えとるわい。

「蛇さんと、人の子までぇ……」

 声に振り返り赤鬼を見てみれば、困り顔をしたまま頭を横に振っとったよ。

「アンタ! 可愛いのは分かるけど、そろそろ放しな! 困ってるじゃないか!」

 気の強そうな女性の声に、儂は思わず肩をびくりと震わせた。そちらを見ると、いのししっぽい精悍せいかんな顔立ちの者が一人。猪や豚の頭の獣人っぽい者……確かオークって種族じゃなかったかのぅ……儂と大差ない体格じゃから、オークとしてはかなり小柄でせとるはずじゃ。
 何より儂の目を引いたのは、その髪でな。かがり火に照らされた髪は真っ赤に輝き、まるで燃え上がっとるようじゃったよ。
 女性オークの気迫に負けたのか、橙色の鬼はルーチェたちを解放する。その表情には、『残念』や『渋々』って言葉がぴったり当てはまりそうじゃ。

「うちのがすまないね!」
「い~え~。大丈夫ですよ~。本気で嫌なら断りますから~」

 女性オークの謝罪にナスティが答えとる。しかし、解放されたはずのルージュは、今度はオークに抱きしめられとるよ。抱えられる相手が変わっただけで、ルージュの解放にはなっとらん。

あねさんもぉ……」

 げんなりした表情の赤鬼が、儂の頭上で力なく項垂うなだれる。

「あ、じいじ」

 ようやく儂の存在に気付いたルーチェが、こちらへ振り向いた。その声に釣られてルージュも視線を向けてのぅ。儂と目が合った途端に、オークさんに抱えられたままじたばたし始める。ルージュは、相手に怪我をさせないよう細心の注意を払いながら身動みじろぎして、手を離させるという高等技術を繰り出しよった。
 オークさんの腕から逃れて着地したルージュは、儂めがけて駆け出したかと思えば、ほんの数歩で跳び上がる。目標はどう見ても儂じゃ。ただ、目的地が頭なのか胸なのかが分からん。
 しかし、身構えるくらいの時間はあったから、なんとか受け止められたよ。今回は腹に頭から突っ込まれたわい。
 そんな儂をじっと見つめるオークさん……かと思えばルージュと儂に交互に目をやる。

「じいじー」

 ルージュに遅れること数秒。ルーチェは、儂の頭を抱えようと跳んでいた。
 それを受け止めた儂を、門番の赤鬼さんが驚いた顔で見ておる。

「この子らの親だね?」
「じいじはじいじだよ」

 なんとか視界だけは塞がれなかったが、鼻や口を隠されとる儂は答えられん。代わりにルーチェがオークさんに返事してくれた。

「子供に食料を集めさせるとはどういった了見りょうけんだい! 大人が先頭切ってやるもんだろ!」

 先ほど橙色の鬼さんに向けた以上の怒気どきを儂に浴びせてくるが、相変わらず儂は返事をできる状況におらん。

「私がやるって言ったんだよ? じいじは、その間にごはんを作ってくれるの」
「そうですよ~。やろうと思えば~、アサオさん一人で全てのことができちゃいますからね~」

 巨体の橙色の鬼さんをともなって、ナスティがこちらに寄ってきた。

「食事を作るのは、外に出られない者の仕事だろ。現にうちだって……」

 女性オークさんが指でさした先には、肌が緑色のオークや、全身真っ青な鬼。頭髪だけが灰色の小鬼などがかがり火の下に立っておる。いや、ただ立っとるのではないな。湯気の出てる大鍋や、かまどの火をしきりに確認しておるわい。誰もが太りすぎず痩せすぎない、健康的な肉体をしとる。

「あの子らの役目だよ。その代わり食材集めはアタシたちの仕事だ。どっちが上でも下でもない。いなくちゃダメな家族だからね」

 オークさんの言葉に、ナスティの背後に立つ橙鬼が大きく頷いた。あれほど奇声を上げていたのに、儂の前ではとんと話さんぞ。

「上でも下でもないのには賛成です~。私たちも~、やれることを分担してるんですよ~。日に三度しかないごはんですから~、美味しいものを食べたいじゃないですか~」

 にこにこ笑顔のナスティの答えには、ルーチェが賛同しとる。

「私も作るけど、じいじのごはんのほうが何倍も美味しいんだよ?」

 説明を付け足したルーチェに、今度はルージュが頷く。それも力強く、何度もな。ルーチェにしてみれば、ルージュに自分の料理を値踏みされたようで腹立たしかったんじゃろ。儂の頭を掴んでいた腕を緩めて飛び下りながら、ルージュを抱えた。咄嗟とっさのことに対応できんかったルージュは、為されるがままじゃったよ。悲しそうな目で儂を見とるが、それもほんの一瞬のこと。

「ルージュは何も作れないでしょー!」

 ルーチェは怒りの咆哮ほうこうと共に、ルージュの腰に回した腕に力を込め、そのまま海老えびっていく。ただしルーチェの握りは甘かったんじゃろ。ルージュは空中で脱出しとる。そのまま後方一回転したら、綺麗に着地。空振りして仰向けに倒れているルーチェを一度踏みつけてから、儂へ向かって再び跳びかかった。
 しかし、甘いのはルージュも一緒じゃな。儂の肩口に乗ったままのバルバルに迎撃されたわい。
 ぺしって音と共に地面に落ちたルージュは、うつ伏せの状態で動かん。ルージュに踏まれたルーチェもじゃ。バルバルだけが勝ち誇ったかのように、静かにその身を揺らしとる。

「ごはん……美味しい?」

 しんと静まり返った場に、ぽつりと小さな声が漏れた。野太いそれは、先ほどの奇声と同じ声色じゃった。

「これがアサオさん作で~、こちらが私が作ったものですよ~」

 橙色の鬼に、握り飯を差し出すナスティ。どちらも受け取り、大きな口へ小さな握り飯を一つずつ、順番に放り込んだ。また数秒の間があった後、

「こっち!」

 儂の身体を持ち上げる。橙鬼は巨体なので鈍間のろまかと思ったが、全然違う。ほんの一瞬で間合いを詰められたぞ。

「ね~? 同じ料理でもこれだけ違うんです~」

 儂の握り飯を選ばれたのに、ナスティがなぜか得意気な顔をしとる。バルバルも儂の肩で喜び続け、盛大に跳ね回っておるわい。
 困惑する儂をよそに、ナスティはオークさんや料理をしておる者たちにも、握り飯を振る舞い始める。急に出された食事に、全員が躊躇ためらいもなくかじりつく。これが決定打になったんじゃろ。橙鬼を中心に据えて、何重にも輪が作られていった。しかもその中心にいる橙鬼に手を合わせて、拝み出しとるが……これはなんじゃ?

「美味しいものをありがとう!」
「「「ありがとう!」」」

 橙鬼の声を皆が復唱するのじゃった。
 歓声に気を良くしたバルバルは、大はしゃぎで飛び跳ね、左右や前後に大回転じゃ。
 その後、なんとか皆を落ち着かせることができたのは、十分以上経ってからのことじゃったよ。


「食べることは、生きることだよ」

 そんなことをのたまい、ナスティと肩を組むオークさん。晩ごはんの支度をしていた者たちも色めき立ち、何やら歌いながら料理しとるよ。儂には分からんが、何かの風習かもしれん。歌劇風と言うんじゃろか……楽しそうに作っておるし、止めるようなことでもないじゃろ。
 ただし、次々出来上がってくる料理は、待ってくれん。食卓や椅子を用意する者、食器を並べる者、出来立ての料理を運ぶ者。それぞれが自分の仕事をしっかりこなしとるわい。誰もが慣れた手つきでな。普段からこなしとるのがよく分かるってもんじゃ。

「ここで食べていかない?って聞かれたの。じいじ、ダメ?」
「魚を獲っていたら出会いまして~。そんな話になったんですよ~」

 皆の働きを見て呆気に取られていた儂に、ルーチェとナスティがそう告げる。ルージュはまたオークさんに抱えられとるよ。

「食べるのは構わんが、ロッツァたちが待ってるからのぅ。一度呼びに帰らんと……」
「あっ!」

 儂の言葉でやっと思い出したらしい。ルーチェの目が泳ぎ、変な汗をかいておる。

「悲鳴の正体を探るつもりで儂も出たんじゃ。その報告がてらに戻って、皆を連れてくるよ」

 バルバルをルーチェに預け、儂はまた池の周りをぐるりと戻る。その際、無用な心配をかけまいと、ロッツァに念話を飛ばしておいたからな。合流したらすぐに出られるじゃろ。ロッツァのほうでも、問題は起きておらんと言っとったしの。
 周囲の様子を窺いながら走った先ほどと違い、今は目的地に向けて走るだけじゃて。ロッツァたちの待つ宿泊地までは、あっという間じゃった。
 ロッツァたちは竈の火を消して、荷物も仕舞い込んでいたよ。
 何が起こるか分からん状況じゃったから、前もって出る準備をしてくれていたそうじゃ。そこへ儂から念話が入ったんじゃと。支度が済んでいるところに報告が来たならば、このくらいのこと、ロッツァたちには造作もないか。
 鬼たちの棲み処へ戻りしなに、出掛けに焼いていたもののことを聞いたが、しっかり腹の中に収めたらしい。カブラとクリムが満足そうに微笑み、ロッツァも頷いとる。
 逃げるにしろ戦うにしろ、腹が減っていては力が出んからのぅ。正しい判断だと思うぞ。それに、料理や食材を無駄にしちゃいかん。美味しいものは、美味しいうちに食べてやるのが、最低限の礼儀ってもんじゃろ。
 幌馬車で森の中を進むのは苦労するから、今は【無限収納インベントリ】に仕舞ってある。だもんで皆で歩いとるんじゃが、クリムとカブラの気がいてるようでな。駆け足に近い感じになっとるよ。

「その鬼はん、おとんを高い高いしたんやろ? 早く見てみたいやんか」

 儂とロッツァを追い越したカブラが振り返り、そんなことを言っておる。前方不注意になることなぞお構いなしじゃ。その辺りをクリムが補佐し、カブラの身体を絶妙に上下左右にズラしとる。
 夜だというのに、目をらんらんと輝かせたカブラは、より一層走る速度を上げよった。
 それに釣られたロッツァも徐々に速度を上げてのぅ……のんびり進んでいこうと思ったのに、まるで訓練のようじゃったよ。


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