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7巻

7-2

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「カブラ、水を注ぐ時は儂に顔を向けて頼む」
「??? 分かったー」

 水を注ぎながら答えたカブラが、素直に寸胴鍋の後ろ側へ移動してくれた。
 バルバルが身体を震わせ、儂に野菜屑をせがんでくる。木材や樹皮だけでなく、野菜の皮をしょくすのが最近のお気に入りでな。皮付きの野菜を渡せば、皮だけを溶かしてくれたりもするんじゃが……食べ物を口に含んでから出すのが気になってのぅ。なので儂が皮をき、それをバルバルが処理する形にしとるんじゃよ。
 バルバルにとっては食事で、儂にしてみればゴミを出さずにすむからの。双方に利がある良い関係じゃろ? その分、野菜屑でダシをとることはなくなってしまったがのぅ。
 そうこうする間にロッツァが獲物を背に乗せて帰宅した。今日は小振りなアルバ――マグロに似た魔物が一匹じゃったよ。1メートルに満たない小物は、アイテムバッグに仕舞ってくれとる。獲ったその場で血抜きをしてくれるロッツァには感謝じゃな。寒風吹きすさぶ海を泳いできとるから、鮮度も落ちとらん。
 受け取ったアルバを解体していたら、かぶと焼きを希望されたので、その仕込みも併せて開始じゃ。と言っても、焼き場と燻製くんせい用の角箱を用意するくらいじゃがな。直火じかびだけでは作れんから、角箱を使って蒸し焼きにすれば、美味しく食べられるじゃろ。
 儂ら用に柵取さくどったアルバを刺身に仕上げ、ムニにはハラカワ辺りの塩焼きじゃよ。ついでに皮目もかの。小振りじゃから脂のりがあまり良くなかったが、ハラカワや皮目はそれなりに脂があってな。
 あと、尾肉は炊いておる。醤油しょうゆ、酒、砂糖、ショウガのみを使うんじゃ。濃い味付けはあまり好まんが、薄味だとぼんやりしてしまうからのぅ。ここだけはしっかり目に調味料を使っておる。
 ロッツァに渡されたアイテムバッグに入っていたのは、オコゼのような見てくれの悪い魚じゃったよ。日本での知識じゃが、この手の見た目が悪い魚は、非常に美味いものが多かった。なのでこやつにも期待しとる。ヒレやとげに気を付けながら鑑定し、さばいたらあとは蒸すだけじゃ。
 料理が仕上がったらムニやルーチェが戻ってきた。皆で食べておると、ムニの動きが止まる。左手にカレーライスの皿を持ち、右手に持ったスプーンは口に収まっておるな。皿を置き、スプーンを口から抜いたムニが、なみなみと注がれとる水差しを傾けた。全部飲み干さんばかりの勢いじゃった。

「……痛い」

 組手でも言わなかった台詞を、ムニが口にする。香りは平気でも、辛みが無理なようじゃ。今度作る時は甘口カレーにしてやるかの。果実とタマネギをたっぷり使えばできるじゃろ。
 あと、オコゼの大皿蒸しには手も伸ばさん。種から育てたパクチを添えたら、そっちもダメだったみたいでな。こっちは香りから受け付けんそうじゃ。そんな理由からパクチを盛ってない大皿蒸しに専念しておるよ。
 カレーにもパクチが入っていると伝えたが、こちらは気付かんかったらしい。辛くさえなければ美味しいと言うておったぞ。他の香辛料に隠れてしまったからかのぅ。食べられるものだけ食べる、で問題ありゃせん。


《 4 最多勝の記念に 》

 ついに最多勝の賞品を振る舞う今日、儂は料理を作りまくっておる。希望された「肉と野菜」、「魚」、「甘味かんみ」はひと通り、それなりの量を準備しとるよ。どれを希望されるか分からんからのぅ。全部を味見させて、一番気に入ったものをおかわりさせる予定なんじゃ。ちなみに今日は店を休みにしてある。他の客がいたら、気になってしまうかもしれんでな。
 今、家に残っているのはルーチェとカブラ、バルバルくらいじゃ。紅蓮ウルフのつがいであるジンザとレンウはローデンヴァルト時計店へ行っておるし、ロッツァはクリムとルージュを連れて沖へ行っとる。ナスティは兄のヘミナーのもとへ、散歩がてら行きよった。
 ひと通り料理が出来上がり、あと少しで昼になるかという時間に、遠くから声が聞こえた。そちらを見れば、豆粒くらいの何かがおった。

「アサオさーん!」

 元気に駆けてきた栗色の髪の女冒険者は、手を振りながら儂の目の前まで来よった。息を切らせ、肩を上下させておるが、特に疲れてはいないようじゃ。

「来ました!」

 額の汗をぬぐうと、彼女はにこっと笑う。気温は低くても日射しがたっぷりじゃからな。駆けてきたこともあるし、少しばかり汗をかいたんじゃろ。武器や防具は持たず、とても薄手の服装じゃよ。冬なので見てるこっちのほうが寒く思えるわい。

「いらっしゃい。いろいろ作ったから、まずは味見をしてくれ。その後気に入ったのを注文するんじゃぞ。無理に全部食べなくてもいいし、なんなら持ち帰りも――」
「分かりました! 全力で食べて、お土産ももらいます!」

 気を付けの姿勢から右手を挙げて、白い歯に陽光を反射させておる。若い子は遠慮なぞせんでいい。
 厨房に案内して、並べてある料理を見せたら目を輝かせておった。

「ひ、ひ、一人で食べていいんですか? こんなに?」
「構わんぞ」

 料理を説明しつつ味見してもらうと、ひと口ごとに頬を押さえておるよ。目を細め、しっかり味わうのも忘れん。野菜、肉、魚、甘味と進んでいったんじゃが、一番気に入ったのは餅料理じゃった。

「他のも美味しいんですよ? でも、食べたことなくて、次いつ食べられるか分からないとなると……モチですね、やっぱり」

 腕を組み、悩みに悩んだ挙句の結果じゃからの。餅料理をいろいろ追加してやらんとな。

「あと、一人で食べるの寂しいんですけど……」
「それじゃ、私も一緒に食べるー」

 おずおずと小さく手を挙げて話す女の子に、ルーチェが儂の背に負ぶさりながら答えた。ルージュの指定席のようになっとるから、ルーチェが乗るのは珍しいのぅ。

「普段一緒に組んでる仲間はおらんのか? いたら誘っても良かったんじゃが……」
「そう言ってもらえるかもと思って、あっちで待ってます」

 彼女が指さした先には、女の子が二人。草むらから頭を出してこちらを覗いておった。恐る恐る様子を窺っていたようじゃな。儂は戸を開けて声をかける。

「こっちにおいで。一緒に食べるといい」

 儂の手招きに驚き、目を見開いておる。二人で顔を見合わせておったが、先に店内へ入っていた女の子を指し示せば、納得してくれたようじゃ。服に付いた葉を落としてこちらへ小走りで近寄ってくる。

「……いいんですか?」
「折角のご馳走ちそうじゃからな。一人で食べきれる量ではないし、食事は皆で楽しくじゃろ」

 焦げ茶色の髪をおかっぱにしとる子が聞いてきたので、儂は即答してやる。もう一人の子はおさげじゃな。儂に木札を差し出してきよった。

「これでお願いします」

 先日の模擬戦で、一勝以上した者がもらえる木札じゃった。この子らも参加してたんじゃな。代金として受け取ってやると、安心したのか胸を撫で下ろしておった。
 二人はルーチェと一緒に食卓へ着く。女三人寄ればかしましいと言うが、四人いても静かなもんじゃ。
 並べてある料理を食べてくれとる間に、儂は餅の料理じゃよ。
 先日、マルシュにいてもらった餅を【無限収納インベントリ】から取り出し、適当な大きさに切り分ける。軽く焦げ目が付くくらい焼いて、ぜんざい、からみ餅、磯辺いそべ餅を仕立てた。焼く前の餅にあんこをからめて、あんころ餅にもしてあるぞ。
 あとは、《乾燥シーズン》をかけた餅を薄く切り、ダシを張った鍋で餅シャブじゃ。勿論餅以外の具材も入ってるでな。肉と野菜も美味く煮えてるはずじゃよ。
 ルーチェは慣れたから問題なかったんじゃが、冒険者三人は箸を使えんかった。なので、ルーチェがしゃぶしゃぶして取り分けておる。ルーチェを羨ましそうに見る三人にトングを渡せば、喜んでしゃぶしゃぶし始めた。

「じいじ、これうどん入れてもいいの?」
「いいぞ。もうしめるのか?」

 皿に盛ったうどんを持っていくと、ルーチェは首を横に振る。

「あとで雑炊ぞうすいにするよ。先にうどんを食べたかったんだ」

 儂から受け取ったうどんを、ルーチェが鍋へ流し入れる。ダシの中で泳がせたうどんが温まれば、冒険者たちのわんへルーチェがとり分けておった。うどんはすくいにくいからの。不慣れな者では、頑張って摘まんでいる間にぐでんぐでんにのびてしまうかもしれんしな。
 のびのびのうどんは腹に優しい感じで、実は儂は嫌いじゃないんじゃよ。ただ、全員が全員それを受け入れてくれるか分からん。現にルーチェやロッツァは、のびたうどんを嫌っておる。それもあって、皆の分を率先そっせんしてよそっているんじゃろう。
 薬研で磨り潰した一味唐辛子いちみとうがらしを【無限収納インベントリ】から取り出し、テーブルへ置いて儂は厨房へ戻る。
 儂の後ろからは、ルーチェたちの喜ぶ声が響いておる。一味をかけすぎたらしい一人から聞こえるのは悲鳴じゃがな。
 現在進行形で食事をしとるルーチェや、昼を自前で何とかすると言っていたナスティは問題ない。今から作るのは儂とロッツァたちの昼ごはんじゃ。
 まずは寸胴鍋にダシを半分くらい注ぎ、切った鶏肉、ダイコン、ニンジン、キノコを入れてひと煮たち。根菜が柔らかくなり、鶏肉に火が通ったら味付けして汁の完成じゃ。塩味、醤油味、味噌みそ味と三種類の汁を作り上げた。あとはロッツァたちが帰ってきたら餅を焼いて……

「ただいま」

 噂をすれば影なんじゃろか? 儂が餅を焼く支度を始めたらロッツァが帰ってきよった。
 クリムが大きな網袋を背負い、ルージュは籠を抱えておる。クリムたちが持つ網や籠は微かに揺れておるから、中身はきっと生きた海産物のはずじゃ。生き物を仕舞えんロッツァのアイテムボックスには、既に死んでおる獲物を仕舞っているんじゃろうて。
 ロッツァたちは、全身びっしょりれていて、足元には大きな水溜まりができておった。ルージュとクリムは、ロッツァの首から飛び降りると、に駆けて行って網袋と籠を沈めよる。それからまたとてとて走り、儂の前に戻ってきた。

「おかえり、まずは《清浄クリーン》と」

 ロッツァたちに魔法をかけたら、身体に付いていた藻屑もくずなどが取れていく。

「《乾燥シーズン》じゃ」

 クリムとルージュの赤い毛がみるみる乾いていく……んじゃが、海水にかったせいで、いつものふわふわな毛とは程遠い、ギシギシごわごわな感じになってしまいよった。

「こりゃ、綺麗に流さんとダメじゃな」

 たらいを二つ【無限収納インベントリ】から取り出して、《浄水ウォータ》と《加熱ヒート》でお湯を張る。クリムとルージュを別々の盥に入れると、二匹は全身で浸かって温まりよった。盥の中で小刻みに身体を揺らし、塩や砂を落としているみたいじゃ。二匹を《浮遊フロート》で浮かべてから盥を傾け、湯を全部流す。二度、三度と湯を変えてやれば、二匹は綺麗になった。その後、再び《乾燥シーズン》をかければ、ふわふわで手触りなめらかないつもの赤毛になってくれたわい。
 儂が二匹の相手をする間に、ロッツァは自分で水浴びを済ませ、身綺麗になっておった。魔法があまり得意でなかったロッツァも、だいぶ慣れてくれたようじゃ。

「アサオ殿、我も湯を浴びたい。頼めるか?」

 湯の準備をする間に、ロッツァには少しばかり砂浜に近寄ってもらう。儂は湯をなみなみと張った二つの盥に《浮遊フロート》をかけ、ロッツァの真上に持ち上げた。それを傾けて甲羅と頭に湯を浴びせてやれば、ロッツァは気持ちよさそうに目を細めおる。再び湯を浴びようとクリムたちが飛び出そうとしたので、慌てて捕まえたわい。折角乾かしたのに、元も子もなくなってしまうからのぅ。


 クリムたちは少し残念そうにしておった。それでも儂に抱えられたからか、大人しく儂へ抱きついてきよる。
 二匹を庭の隅へ下ろし、儂は厨房へ。その帰りしな、ひそひそ声が耳に入る。

「あれ、できる?」
「無理。何回魔法を使ったと思ってるのよ」

 おかっぱとおさげの子じゃった。どうやら儂が連続して使った魔法のことを話しておるようじゃ。

「お爺さんが使ってた魔法は、難しくないんでしょ?」
「そうだけど、無理。無詠唱で連発なんて無理」

 二人の会話に混ざらず、最多勝の子はあんころ餅を、そしてルーチェは磯辺餅を食べておった。厨房に置いていたきな粉も、いつの間にやらルーチェに持ち出されたらしく、テーブルの上に並んでおるわい。
 通りがかりに、きな粉に合う糖蜜とうみつを【無限収納インベントリ】から取り出してルーチェへ渡し、

「仲良く食べるんじゃぞ」

 一言告げてから、儂は寸胴鍋の前へ移動する。
 四人はきな粉餅にたらりと糖蜜を垂らすと、「おぉぉぉぉぉーーーー」と歓声を上げておった。新たな甘味の登場で、魔法のことなどどうでも良くなったようじゃ。
 餅を焼く間に儂は、刻んだ葉野菜を寸胴鍋に入れてもうひと煮たちさせる。沸騰ふっとうさせると風味が飛んでしまうでな。火加減は慎重に見ておるよ。
 少しばかり焦げ目を付けた餅を椀に仕込み、汁をかけてからロッツァたちのところへ持っていく。冷えた身体に温かさが染み渡るらしく、ロッツァは深く長い息を吐いとった。クリムとルージュは、餅を引き伸ばしながら食べておる。ロッツァたちは、おかわりを含めて五杯平らげてお昼ごはんを終えた。
 ルーチェと冒険者三人は、ロッツァたちの食事が終わってからも食べ続けとった。ロッツァたちへ出した雑煮ぞうにも食べておるよ。ルーチェはまだしも、他の三人はその身体のどこに入るのかと思ったんじゃが、適宜てきぎ休憩を入れておったわい。雑煮も三種類をそれぞれ一杯ずつ持ってきて、交換しながら食べとったな。そうでもせんと、腹が破裂するはずじゃからのぅ。
 日が暮れる頃、食べきれなかった甘味をたくさん持って、冒険者三人組は帰ったのじゃった。


《 5 ぷかぷか 》

 バイキングが休みの今日は、隠居いんきょ貴族のクーハクートと八百屋やおやの親父さんが訪ねてきた。
 新たな食材も見つからんから、料理の試作もなくてのぅ。儂は暇を持て余して、座布団で宙に浮かんでのんびりしておったんじゃよ。

「店を開いても、休んでも会うんじゃな」
「そうなげかんでも良かろう。少しばかり聞きたいことがあってな」
「俺もだ。あ、マンドラゴラのことじゃないぞ」

 思わずぽろりとこぼれた儂の台詞に、二人は苦笑いを浮かべながら答えよる。
 今日はナスティがルーチェとカブラを連れて買い物に出掛けておるし、ロッツァはクリムとルージュを供にして、漁をしとるはずじゃ。なので、家に残っておるのは、儂とバルバル。あとは庭先で日向ひなたぼっこをしとるレンウとジンザだけじゃよ。

「で、聞きたいこととは何じゃ?」

 親父さんが腰を押さえながら一歩下がったので、儂は先にクーハクートに話を振ってみる。

「うむ。めい懐妊かいにんしたそうでな。祝いの品を贈ろうと思うのだよ。それで、アサオ殿の故郷では何を贈るのか聞いてみようと思って来たのだ」
「儂の田舎いなかだと、懐妊の時は祝いの言葉くらいで、他は何もせんぞ。無事に産まれてから、赤子が使う物と一緒に祝い金を贈るくらいじゃな」
「そうなのか?」

 クーハクートは驚く。後ろにいる親父さんも似た顔をしとる。

「気分の良い話ではないが、流れてしまうかもしれんし、死産しざんになるやもしれん。なのに赤子の物を贈るのは、親にこくじゃろ? それに祝いの品が、妊婦の心労に繋がったら本末転倒じゃ。周囲の期待が大きいと、精神的に応えるでな」

 儂の説明に素直に頷くクーハクート。思うところがあるのか、親父さんも神妙な顔つきになっておる。

「めでたいことじゃから、準備しておくのは悪くないんじゃ。ただ、それを知らせず、気取けどられずにやらんとな」
「うぅむ、難しいのだな」
「儂の田舎の風習じゃから、クーハクートは気にせんでもいいじゃろ」
「違う土地柄の仕来しきたりを知れたのは良かった。考え方がいろいろあるのだな」

 クーハクートは腕を組みながらうんうん唸る。そして、いきなり話を変えた。

「でだ。アサオ殿の乗るそれはなんだ?」
「座布団じゃよ。うちの家族は皆使っておるぞ?」

 儂が指さす先には、ふわりと浮く座布団に乗っかったバルバルがおった。座布団から落ちることもなく、いつも通りぷるぷる震えておる。
 最近、森の樹木を主食にしとるせいでか、少しばかり色が濃くなってきとるんじゃよ。《鑑定エヴァルア》を使って観察しとるから、健康上の問題がないのは分かっとるんで、好きにさせとるがの。ここ数日は、食後に座布団で浮くのがお気に入りのようじゃ。
 つがいの紅蓮ウルフ――レンウとジンザも、ぷかぷか浮きながら日向ぼっこしとる。

「これは使えるか……? アサオさん、これはどこで手に入れたんだい?」

 ぼそりと呟いた親父さんが、儂の乗る座布団を指さしながら聞いてくる。さっきまでと打って変わって、今度はクーハクートが黙る番らしく、バルバルの乗る座布団をじっくり観察しとる。

「座布団は仕立て屋に頼んだんじゃ。組み紐や宝石は儂が付けたり、ナスティに頼んだりしたがのぅ」
「付与もやってもらえたのか?」
「それは儂が自分でやったぞ」

 儂が即答すれば、親父さんはまた黙ってしまった。少しの間の後、意を決したように口を開く。

「手押し車にも付与できないかな? 代金は野菜でしか払えないかもなんだが……」
「構わんぞ? ただ、直接付与して失敗したら手押し車が壊れるからのぅ……何か適当な素材は……」

 神妙しんみょう面持おももちの親父さんに返事をしたそばから、儂は【無限収納インベントリ】を確認する。親父さんはなぜか間抜けな顔をしとったよ。

「手押し車に合うものとなると、宝石より骨や木じゃろな。余りまくってるヌイソンバの骨なんてどうじゃ?」
「はっ! いやいやいや、頼んでおいてなんだけど、アサオさん、そう簡単に受けちゃダメだろ」

 慌てふためき、手も頭もぶんぶん振る親父さん。その後ろでクーハクートが笑っておるぞ。

「アサオ殿にとっては造作ぞうさもないことなのだろう」
「いや、それでも――」
「いらんか?」
「欲しい! って違う!」

 クーハクートと儂を交互に見ながら返事しとる親父さんは、混乱状態から抜け出せんみたいじゃ。まぁどんな状態だろうと言質げんちがとれたんじゃから、儂としてはちょちょいと作るだけじゃよ。
 ヌイソンバの大腿骨だいたいこつを一本【無限収納インベントリ】から取り出し、

「《付与アディション》、《浮遊フロート》」

 実験したらぽっきり折れてしまう。もう一本取り出し、籠める魔力を弱めて同じことをしたら、今度は折れずに上手くいった。

「ほれ、これを付ければいけると思うぞ。お代は葉野菜を籠一杯に頼めるかの?」
「……」

 素直に受け取ってくれた親父さんは、何も言わず困り顔じゃ。

「私たちはアサオ殿の厚意に感謝するのが正解だよ。な?」
「そうじゃ、そうじゃ。儂は気まぐれでやっただけじゃからな。それで野菜をもらえる儂は、得しとるじゃろ」

 クーハクートに言われ、儂が笑いかければ、親父さんはやっと頷いてくれる。

「ありがとう」

 深々と頭を下げる親父さんじゃが、なかなか姿勢を戻さん。

「あ、腰をやったんじゃろ。それで《浮遊フロート》が欲しかったのか? 《快癒ヒールオール》」

 親父さんの腰を治し、姿勢を戻させる。

「助かった。仕事柄仕方ないんだが、どうにも歳かね……」
「儂より若いのにそんなことを言うんじゃない」
「そうだそうだ。畑仕事はせんが、年齢は私たちのほうが上なのだぞ」

 上機嫌で笑いながら、クーハクートが親父さんをからかっておった。親父さんは苦笑いを浮かべるだけじゃ。

「で、クーハクートはどうしたいんじゃ?」

 ひとしきり三人で笑った後、儂はクーハクートへ視線と話を戻す。

「うむ。ものは相談だが、浮かぶ籠はできないだろうか?」
「どんな意匠いしょうが好みか儂は分からんからのぅ。籠や付与する為の宝石は用意してもらわんとじゃが、他の魔法も付与したら、安全安心な籠を作れるかもしれんな」

 顎髭あごひげいじりながら答える儂に、クーハクートの目が輝いておった。

「よし! ならばこの世にたった一つしかない、特別なものにしようではないか! 材料を揃える時間を考えると……早速動かなければいかん! アサオ殿、私は行くぞ!」

 老人とは思えんくらいの足取りで走り去るクーハクート。

「……相変わらず騒がしい奴じゃ」
「隠居したとはいえ、さすがオーサロンド家の当主様だな。やることが早い」

 呆れる儂に対して、感心する親父さん。随分な温度差を感じるわい。
 用事の済んだ親父さんはヌイソンバの骨を持って、足取り軽く帰っていく。残った儂は、レンウやジンザと共に日向ぼっこにいそしむのじゃった。


《 6 遅い店 》

『当店は料理の提供に時間がかかります。お急ぎの方はご遠慮くださると幸いです』

 ナスティと一緒に商業ギルドへコーヒー等のおろしに行った後、いつもと違う通りを歩いて帰っていると、そんな看板が目に付いた。

「随分と強気な店ですね~」
「儂は正直な店と思ったぞ? 素直すぎるとも言えるがのぅ」

 小さな料理店は、ひっそりと目立たぬ所に立っておる。高級店のように、入口からして客を選ぶ造りにはなっとらん。どちらかと言えば庶民的な雰囲気の店じゃ。

「昼には早いが、入ってみんか? のんびりするいい機会じゃろ」
「そうですね~。急ぐ用事はありませんから~、入ってみましょうか~」

 店内は外見から予想していたよりも広い間取りで、大柄なナスティも十分ゆったりできる広さになっとった。
 それなのに置かれたテーブルは四つのみ。それぞれに椅子が二脚だけと贅沢ぜいたくに間合いをとっておる。隣の席の客を気にすることもなさそうじゃ……今は儂らしかおらんがの。

「あら、いらっしゃい。お食事? それともお酒かしら?」

 すずめのような顔をした女の人が店の奥から出てくる。儂より小さな背丈で、少しばかりふっくらしとるか。それでも太っているとは感じん。まとう空気も穏やかなものじゃ。

「ゆっくり食事をしようかと思ってな。酒も楽しめるなら少しだけ飲もうかのぅ」
「はいはい。お食事は肉の煮込みと焼き野菜のどちらが好み? お酒は蜂蜜酒はちみつしゅとワインだけよ?」

 カウンターテーブルへ手を掛け、のんびり話す雀さん。置かれた手は羽毛に覆われておる。話している間に手のひらも見られたが、そちらは普通に儂と同じ手をしておった。甲の部分が羽毛に包まれているだけで、モミジ――鶏足のような感じにはなっておらん。

「焼き野菜が気になるのぅ」
「私は煮込みがいいです~」
「それじゃ料理を始めるから、ゆっくりしてて」

 雀さんはまた奥へ姿を消そうとしたが、思い出したように顔だけこちらへ戻し、

「お酒は好きなほうを飲んでて。そっちの棚にはチーズとパン、木の実があるから、のんびり楽しんで」

 儂から見て右側の棚を指さし、笑顔を見せたら引っ込んでしまった。酒は左側に並んでおる。


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