じい様が行く 「いのちだいじに」異世界ゆるり旅

蛍石(ふろ~らいと)

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4巻

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《 10 緑茶の魔力 》

 翌日以降、シオンの家で不定期ながら料理教室が開催されるようになった。儂以外はほとんどが入れ替わり、シオンですら参加しないこともままあった。ただ、ナスティだけは皆勤賞じゃ。毎回品を変え、何点かずつ保存食を教えとる。作り方が各家庭で微妙に違うらしく、他の参加者にとっても有意義な時間なんじゃと。
 儂が今日教えるのはかりんとう。それも蕎麦粉を使って、ゴマをまぶしたものじゃ。村で慣れ親しんどる蕎麦粉で作れるとあって、皆期待の眼差しを向けてきとる。
 作り方は、小麦粉に蕎麦粉を混ぜるだけで、普通のかりんとうと変わらんのじゃがな。炒ったゴマを糖蜜に加え、からめて完成じゃ。ゴマは村で採れたもので、皆に受け入れられとる。ゴマは普段だと搾って出た油を使うくらいらしく、儂にも譲ってもらえた。今回は魚との交換じゃった。
 かりんとうの味見に緑茶を用意した。紅茶やコーヒーは高価なものと知れとるので、遠慮されたからのぅ。それならばと緑茶を出したら好評を博しとる。

「はぁぁぁぁ。なんか落ち着くわね」
「かりんとうには緑茶だねぇ」

 シオンとルーチェが、かりんとう片手に緑茶をすすっとる。他の者はすするのが難しいのか、湯呑みを傾けて少しずつ茶を飲む。皆がかりんとうを囲んでのんびりとした空気をかもしとるな。

「アサオさん、これ譲ってー」
「構わんが、紅茶と同じ値段じゃぞ?」
「ふぇっ!?」

 普段と違い、ゆったりとした口調で話していたシオンは、儂の言葉に思わず目を見開き湯呑みの中を凝視する。湯呑みを傾けていた者たちは、そのまま固まってしまったようじゃ。

「なんてものを振る舞ってるのよ!」
「いや、紅茶やコーヒーは嫌じゃと言うから――」
「ルーチェちゃんが普通に飲んでたから、高いものだとは思わなかったのよ!」

 シオンの指摘に儂とルーチェ以外が頷いとる。

「アサオさ~ん。美味しいから納得しますけど~、騙し討ちは心臓に悪いですよ~」

 ナスティだけは相変わらずののんびりじゃった。猫舌だからか、冷ましたぬるめの緑茶をゆっくり飲んでおる。

「転売しないなら卸値おろしねで出せるが、どうする?」
「それでも紅茶と同じなんでしょ? 100ランカに10万リルは払えないわよ」
「シオンさん、たしか20万だよ」

 ルーチェに耳打ちされたシオンは驚きで固まり、周りにいる者も再び動きを止めてしまっとる。

「高いですね~」

 のほほんとしたナスティの声だけが響いておるな。

「……アサオさん、これって私たちでも作れたりする?」
「茶葉さえあればできるじゃろ。儂が教えてやってもいいぞ」
「教えて! 作り方も原料も!」

 顎ひげをいじっていた儂の手を力強く握りしめ、シオンは懇願こんがんしてきた。すがる……というよりもあがめるように儂を見上げとる。

「茶葉を教えるにも今あるものだと……あぁ、いいのがあったわい」

 以前仕入れておいた、とっておきの手揉み茶を【無限収納インベントリ】から取り出す。これは全てを手作業で作るから大変なんじゃよ。その分、段違いの風味なんじゃがな。

「……針?」
「に見えるがこれも緑茶じゃ」

 急須に《浄水ウォータ》を入れてから《加熱ヒート》。いつもよりじんわりとゆっくり温めるつもりで丁寧に淹れる。どうせならと皆に振る舞えば、そこかしこで感嘆かんたんの声が漏れとった。そうじゃろ、そうじゃろ。別物と思えるくらいに違うんじゃよ。
 しかし、見本の為に本当に必要なのは、急須の中に残った開いた茶葉じゃ。

「これが緑茶の葉になる。これを見本に探すのがいいじゃろ」
「……ありがとう。緑茶ってすごいわね」

 放心状態のシオンはなんとか言葉を紡いどる。他の皆は放心状態じゃ……ナスティだけは相変わらずのにこにこ顔から変わらんな。

「儂らが下りてきた山にはなかったが、たまたま見かけなかっただけかもしれん。慌てずのんびり探してみればいいじゃろ」
「慌てはしないけど、早速探すわよ。手の空いた人は最優先でやりましょう」

 シオンの言葉に皆が頷き、旦那や子供にやらせると口にしとる。

「アサオさんはまだ旅に出られませんよね~?」
「急がんが、何かあるんか?」
「はい~。そろそろ街へ買い出しに行こうかと思いまして~。よかったらご一緒しませんか~?」

 にこりと微笑みながらナスティは首を傾げる。

「街?」

 ルーチェが耳をぴくりとさせながら、目を輝かせた。

「あぁ、そういえば野菜も売りに行かなきゃダメだわ。アサオさん、ナスティたちの護衛をお願いできる?」
「構わんが、それは商人に頼むことではないじゃろ」
「山越えして来たぐらいだから、腕は立つでしょ? それに今この村に冒険者や傭兵はいないもの。なら村長としてお願いするしかないじゃない」

 まぁシオンの言う通りか……収穫した野菜も全てを干したり、漬けたりするわけではなかろう。なら鮮度の良いうちに売らんとダメじゃな。

「帰ってきたらまた塩釜焼きを頼む。それが依頼料でどうじゃ?」
「いいわよ。肉、魚、野菜の塩釜焼きを作ってあげる」

 儂からの提案に思わず笑い出すシオン。皆もつられて笑みがこぼれとる。それに「私はパンを」「なら私は煮込みよ」なんて声も聞こえてきた。

「準備でき次第行くとしようかのぅ。いつ行けそうじゃ?」
「荷をまとめるのはすぐ終わるから、明朝にでも出られるわよ」
「ですね~。私のほうも簡単にできますから~」
「じゃぁ、明日の朝出発で街へ行こー!」

 元気よく発せられたルーチェの声に、皆が笑顔で拳を突き上げたのじゃった。


《 11 港街へ 》

「往復で二週間くらいでしょうか~? 行ってきますね~」

 ナスティが、シオンを含めた何人かの村人にのんびり挨拶しとる。儂らはナスティを含む村人四人と同行して港街を目指すことになった。
 指輪に付与されている《縮小シュリンク》の効果を解き、元の大きさに戻ったロッツァに、《拡大グロウス》で大きくした幌馬車ほろばしゃいてもらう。こちらに人が乗り、連結させたもう一台の村所有の馬車に、果実と野菜、既に加工済みの肉や野菜などが満載されとる。二台を曳くことになるが、《浮遊フロート》を使うから問題ないじゃろ。それに本来の大きさに姿を戻せたロッツァは、やる気がみなぎっとるようじゃ。

「ロッツァ、本気で走っちゃいかんぞ。亀が足速なのは常識なんじゃろうが、普通の人にロッツァの速さは耐えられん。馬より少し早いくらいでこらえてくれ」
「分かった」
「それとルーチェは馬車から飛び降りるの禁止じゃ」

 頷くロッツァの横から馬車へ飛び込んだルーチェが、儂の言葉に振り返る。

「なんで? 魔物狩るなら飛び降りないと間に合わないよ?」
「ルーチェが大丈夫でも、皆が心配するんじゃよ。余計な心配はかけちゃいかん」
「はーい。でも狩りはしていいんだよね?」

 素直な返事をするルーチェに、儂は頷く。クリムとルージュが馬車の中から顔を出し、じっと儂を見つめる。

「お前さんたちもルーチェと一緒じゃ」

 二匹の頭を撫でながら話せば、こくりと頷いてくれた。

「アサオさん。皆をお願いします」

 村人を代表してシオンが声を発した。その言葉を合図に見送りの皆が頭を下げとる。

「出発~」

 ルーチェの元気な声でロッツァが歩き出すと、村の皆が手を振って見送ってくれた。
 村から少し行けば、街道に入った。

「さて、普通だと片道どのくらいかかるんじゃ?」
「五日だな。往きに五日、街での買い出しに三日、帰りに五日。これが普段の日程となる」

 儂に答えたのは同行するジョッピンカル。元冒険者の男でその時は盗賊……今では農夫じゃ。現役の頃の腕を買われて、時々街から仕事を頼まれるんじゃと。今回も依頼がきたので行くんじゃが、腕っぷしはからっきしらしい。元冒険者といっても、戦闘より日々の雑務をこなすのがおもだったそうじゃ。専門職となるとそんなもんかのぅ。

「ロッツァだからもっと早いじゃない?」
「亀の曳く馬車はそんなに速いんですか?」

 ルーチェの言葉に反応したのは村の女鍛冶師アメス。鍛冶場を一手に取り仕切っとるそうじゃ。村では男も女も関係なく、できることをやる方針みたいじゃからな。『女だから』や『男だから』で就けない仕事はないんじゃと。
 もう一人の同行者のウルカスは無言で首を傾げるだけ。とことん無口で、村でもほとんど声を聞いた者がおらんらしい。鳴かないし話さないクリムとルージュに何かを感じたみたいで、向かい合って首を傾けとる。これでも交渉のスキルを持っているんじゃと。交渉の席でも無言なのに、持ち込んだ品の売値が上がって、仕入れ値は下がる。なんとも不思議な技能じゃな。それで毎回、街との取引には参加しとるらしい。

「速いが、あんまりかさんでくれ。ロッツァが本気で走ったら身体がもたんぞ」
「それに荷も無事では済まないかもしれませんから~」

 ルーチェとアメスに釘を刺す儂に、ナスティは頷いて同意しとる。

「とはいえ、揺れませんね~? アサオさんが何かしたんですか~?」
「《浮遊フロート》をかけただけじゃよ。馬車が軽くなれば、ロッツァは楽じゃろ? それに荷も人も揺れないほうが安全じゃ」

 タネ明かしというほどでもないが、使った魔法と理由も指折り数えながらナスティに教える。

「そんな魔法を覚えてるなんて……荷運びの仕事でもしてたのかい?」
「しとらんよ。でもいろいろ使えそうじゃから覚えたんじゃ」

浮遊フロート》を知っていたジョッピンカルの疑問は当然かのぅ。あんまり覚える人がいる魔法ではないようじゃからな。運搬系や大工などの仕事に就く者が覚えるものと、教本にも書いてあったからのぅ。

「お尻が痛くならないのはいいことです~」

 ナスティは手でまるを作り、笑顔を儂に向ける。ひょろっとした痩せ型のウルカスも同意らしく、首を縦に振っとる。

「いいことなんだけどな……こんな大型の馬車を浮かせて、普通より多く魔力を使ってるんだ、魔力切れには注意してくれよ?」

 元冒険者としての忠告なんじゃろ。ジョッピンカルの言葉はありがたく受け取らんとな。親切な冒険者に会ったのは初めてかもしれんな。

「大丈夫じゃよ。じゃが、慢心せんように気を引き締めておくかの」

 袖をまくり気合を入れる儂の隣で、ルーチェが真似をしておる。クリムとルージュもあるはずのない袖をまくろうと必死にもがいておった。


《 12 港街ブラン 》

「海と街が見えてきましたね~」

 幌馬車から顔を出し、ロッツァ越しに前方を見やるナスティが、儂らに声をかける。まだ村を出て三日目じゃ。

「も、もうなのか? しかし確かに、一昨日、昨日の野営地の間隔を考えたら……」

 ジョッピンカルは驚きを隠せず、言葉に詰まりながら呟いとる。ウルカスは相変わらず無言でこくこく首を振るのみじゃ。アメスは昼寝の真っ最中。

「ぜんぜん魔物いなかった……」

 しょぼんとするルーチェを挟んで座るクリムとルージュも、同じように力なく首を垂れる。

「安全に来られたのは良いことですよ~」

 振り返ったナスティは、ルーチェをなぐさめるようにさとす。

「ロッツァ、ここからは今の半分の速さで進んでくれ」

 ロッツァの走りで巻き上がる土煙は、なかなかな量になっとるからな。《結界バリア》があるから馬車にはほこりも砂も入らんが。

「ですね~。異変だと思われて警備隊が出てくると面倒です~」
「分かった。普通の馬程度の速さにしよう」

 儂とナスティの言葉に納得したロッツァは、徐々に速度を落としてくれた。

「街は見えとるが、あと少ししたら昼休憩にしよう。その間にルーチェは周囲を見回ってきてくれんか? ごはんをゆっくり食べるには安全確保が大事でな」
「は~い。クリム、ルージュ、一緒に行こー」

 ルーチェに頭を撫でながら頼めば、色よい返事をしてくれた。クリムたちも頷いてくれとるな。

「儂はその間に昼の準備じゃ。何がいいか――」
「「カツ丼!!」」

 顎に手をやり、昼の献立を考えようとする儂に、ロッツァとルーチェが異口同音に答えた。

「ふむ。ならカツ丼にしよう。ナスティたちはどうする?」
「お任せします~。これまでの食事もとても美味しかったですから~」

 視線をナスティたちに向けるが、答えは決まっていたようで、皆が力いっぱい頷いていた。

「村より旅先のほうが美味いものを食えるとはな……冒険者時代も含めて初めての経験だよ」

 ジョッピンカルは両手を上げて苦笑いを浮かべとる。

「美味しいごはん……肉はいいですね……」

 いつの間にか起きたアメスは、涎をぬぐいながら儂を見とった。
 そうこうするうちにロッツァが止まり、ルーチェたちが馬車から飛び降りる。

「いってきまーす」
「気を付けろよ」

 ジョッピンカルの忠告に手を振って応えるルーチェ。周囲に魔物の影はないが、退屈しとったみたいじゃから、たまには走らせてやらんとな。ルーチェ、クリム、ルージュが揃っておれば、怪我することもないじゃろ。

「カツを揚げる時間はなさそうじゃから、ちゃちゃっと仕上げようかのぅ」

 魔道コンロなどを【無限収納インベントリ】からまとめて取り出し、早速料理開始じゃ。アメスたちには火の番をしてもらっとる。狩りの痕跡などはキチンと片付けんとダメじゃが、火を使った形跡は残したほうがいいんじゃと。他の冒険者や旅人が安全に野宿できる場所の目印になるそうじゃ。全部片付けてしまうもんだと思っていたから、そう教えてもらえたのはありがたい。儂らだけでの旅になった時にも役立つからのぅ。
 皆の分のカツ丼が出来上がる頃には、周囲を見回ったルーチェたちが帰ってきた。魔物は見つからんかったが、走れたことで鬱憤は発散されたようじゃ。
 食後の一服で少しだけのんびりした後、港街ブランへ向け再び歩き出す。二時間とかからず門に辿り着き、大きな問題もなく街中に入れた。
 門番さんはロッツァの大きさに多少驚いてはいたがの。街の少し手前で馬車から降りて、儂が幌馬車を小さくし、ロッツァも自分を小さくしていたのが功を奏したんじゃろな。門番と顔見知りのジョッピンカルやナスティがいたのも大きかったのかもしれん。

「俺はこのまま冒険者ギルドに行く。今回の仕事は少々やっかいだから、帰りは別になるはずだ。ここまで世話になった」
「は~い。ジョッピンカルさんも気を付けてくださいね~。さてさて、まずは村からの荷を売ってしまいましょうか~」

 ジョッピンカルに手を振るルーチェたちを横目に、ナスティはアメスとウルカスに話しかけていた。

「ここからはウルカスの仕事です」

 アメスに肩を叩かれたウルカスは無言で頷く。

「で、どこに売るんじゃ?」
懇意こんいにしている商店がありますからそこへ~。では行きましょ~」

 ナスティたちに商店まで案内される。ウルカスとナスティが店内に入り、アメスと儂らは裏手へ回された。そのまま村からの荷を倉庫に搬入していき、それが終わる頃に商談も済んだらしく、皆が揃った。

「買い出しは明日にしましょう。ロッツァさんのおかげで早く着きました。焦らず買い物できますから、今日はゆっくりと旅の疲れを……と言うほど疲れてませんね。でものんびりしましょ」

 アメスが苦笑いを見せる。走っていたロッツァにも全く疲れが見えんし、儂らは馬車に乗ってただけじゃからな。


《 13 港での仕入れならば魚介類じゃろ 》

 港に近い宿を取って、魚介類中心の夕食を済ませ、そのまま一夜を過ごした。街の中心部だと広い宿がなく、ロッツァたちに狭い厩舎は可哀そうじゃからな。一応商業ギルドに顔を出したが、家は借りられんかった。一ヶ月単位での賃貸らしくてのぅ。そこで広い厩舎のある宿を紹介してもらったんじゃ。
 朝食を取り終え、皆で一服してから買い出しの為に街中へ繰り出した。別々に宿を取るのもなんじゃからと、ナスティ、アメス、ウルカスも同じ宿にしたんじゃ。いつも使う宿と変わらない値段らしい。街中からは遠くなるが、その分港に近いので問題なかったそうじゃ。

「夕べも今朝も食事に貝が並んだな。特産なのか?」
「そうですよ~。砂浜を少し掘るだけで沢山獲れます~」
「海に潜っても獲れるそうですよ? 手の平より大きなものがごろごろしているらしいです」

 儂に答えたナスティとアメスの言葉を、ウルカスが頷いて肯定しておる。

「そうかそうか。なら儂は貝を沢山買おうかのぅ」
「じいじが買うってことは美味しいものになるんだね? それならいっぱい買おうね」

 ルーチェは瞳を輝かせながら儂を見上げる。

「我も食べよう。貝にも醤油が合うと思うのだ」
「ロッツァ、正解じゃ。貝なら、焼いても煮ても醤油が合う」
「それは楽しみですね~。知り合いの漁師に頼んで~、いっぱい獲ってもらいましょうか~」

 儂の言葉に反応して、ナスティがいつもの口調でそう話す。漁師に直接頼むのは……ありじゃな。

「ナスティさんの知り合いっていうと……カトゥーミさんですか?」
「そうですよ~。私のお願いなら断らないって言ってくれてますから~」

 アメスは眉間に指を当てて渋い顔を見せとるな。

「いや、あの言葉は……」
「ん? どうかしたのか?」

 アメスのそばに寄ると、理由を教えてくれた。

「カトゥーミさんは、この街の領主さんの末娘です。なのに漁師をやってる変わり者でして……これは『自分の扶持ぶちは自分で稼げ』って家訓を守ってのことらしいんですけどね。そのカトゥーミさんはナスティさんにれてまして、なんとか振り向いてもらいたくてそう言ったみたいなんですよ」
「……ん? 娘がナスティに惚れとるのか?」
「えぇ、まぁ、その、美しい女性が好み……だそうで……」

 言葉をにごし、目を逸らすアメス。ウルカスもそっぽを向いとる。

「では、私たちは食材以外を仕入れに行ってきます」
「行ってらっしゃ~い」

 言うだけ言って、アメスとウルカスは儂らと別行動になった。

「それじゃ~、カトゥーミのところへ行きますか~」

 ナスティに連れられ港へ行けば、小さな手漕てこぎの舟が並んでいた。そのうちの一艘に近付くと、青い髪を短く切り揃えた小柄な女性がおった。

「カトゥーミ~、お久しぶりです~。また貝を仕入れにきましたよ~」
「お? ナスティアーナじゃん。そろそろ私にとつぐ気になった?」
「嫁ぎませんよ~。私は素敵な男性を伴侶はんりょにします」

 何度も繰り返されたやりとりなんじゃろな、一切のよどみなく会話しとる。

「こちらのアサオさんが貝を美味しくしてくれるそうなので~、沢山仕入れようかと思いまして~」
「美味しく食べてくれるなら嬉しいね。漁師冥利みょうりに尽きるってもんだ」

 ナスティに紹介され、カトゥーミと固い握手を交わす。女性とは思えんほどの力じゃ。

「小さい貝も大きい貝も欲しいんじゃが、あるかの?」
「私は大きい貝を潜って獲るのよ。小さいのは浜で直接買うほうが安いわよ。私の紹介だって言えば尚更ね」

 カトゥーミは片目を閉じ、にやりと笑う。

「女性の素潜り……海女あまさんは珍しくないのか?」
「珍しいわよ。女が乗ると船が沈むからって、男の船には乗せてくれないもの。だから小さい舟を自分で出すの。まったくけつの穴が小さい……ところで、そのアマサンってなに?」
「儂の住んでた地方だと、お前さんのように素潜りで漁をする女性をそう呼ぶんじゃよ」
「へぇー。私も名乗ろうかしら」

 興味深かったのか、カトゥーミはにんまりといたずら小僧のような笑みを見せる。

「貝の他にも海藻があるとありがたいんじゃが……獲れるかの?」
「いいわよ。獲ってあげる。舟から指示を出してくれれば、言われたものを獲るわよ」

 意気投合したカトゥーミと儂は一緒に舟に乗り込み、沖へ向かう。ルーチェたちはナスティと共に浜で小さな貝などを仕入れてくれるそうじゃ。
 数分とせずに着いた漁場で、カトゥーミは何度も潜っては貝を獲り、海藻を獲ってくれた。アワビやトコブシ、シャコガイにイワガキもあった。ついでにサザエやウニ、ワカメに昆布と大漁じゃった。
 獲るものを儂が端から買ったので、カトゥーミはかなり驚いておった。ウニや海藻を欲しがる者はいないらしく、大量に仕入れられたわい。
 陸に戻り、合流したルーチェが買ってきた貝はアサリとハマグリが主じゃった。他にもいくつか見たことない種類があったが、ナスティがぜひにと仕入れたらしいから、美味しいんじゃろ。

 その後も何日かかけて、食料を中心に布や糸などの消耗品、塩や砂糖などの調味料を仕入れて回った。干した豆が売られていたので、これも沢山仕入れておく。この辺りでは水煮にするのが主流で、あんまりウケがよくないみたいじゃ。蒸かし豆は美味しいのにのぅ。煮物に使ってもよいし。この街では塩作りもしとるそうで、副産物の苦汁にがりが貰えた。これは豆腐を作らんといかんな。
 アメスとウルカスは鉄や銅の塊、薪や炭を仕入れとった。アイテムバッグもアイテムボックスもないので、馬車に積み込んでもらう手筈なんじゃと。儂のように買ったそばから【無限収納インベントリ】にじゃんじゃか詰め込むのは、やはり珍しいようじゃな。ルーチェの鞄にも生鮮食品を詰め込んどるから、アイテムバッグだと誤魔化せてると思うがの。
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