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4巻
4-2
しおりを挟む《 5 シオンの料理 》
「今夜は私が美味しいのを作るからね」
昼ごはんの後、シオンはそう宣言してから、ルーチェと畑に出かけた。ロッツァは今日も日向ぼっこで甲羅干しをするそうじゃ。クリムとルージュは儂と一緒に村の外へと散歩じゃな。
「近くの沢までちょいと行ってみようかの」
右にクリム、左にルージュと並んで歩く。もう顔を覚えられたのか、途中で村人にも声をかけられた。エルフも獣人も下半身が蛇な女性も、軽い挨拶を交わしてくれる。下半身が蛇の女性は魔族で、エキドナという種族らしい。ラミアとの違いがよく分からん。
村を出てすぐに、儂に向かって走ってくる鳥と遭遇したんじゃが、クリムが受け止め、ルージュが左前足を薙いだだけで絶命しとった。まとめて三羽を狩れたので、血抜きと解体をして【無限収納】に仕舞う。鳥肉が減ってきてたから丁度よかったのぅ。
沢に着いたので、まず水を鑑定。見た目に違わず飲むのに問題はなさそうじゃ。辺りを見回せば、セリっぽいものと三つ葉っぽいものが見える。クリムは沢蟹……にしては大きい、ガザミのような蟹を捕まえておった。ルージュはどこで覚えたのか、ルーチェと同じく熊のように魚を飛ばしとる。
「食べる分だけにするんじゃぞ」
二匹は儂の注意にいっそうのやる気を見せた……逆効果じゃったか。
村で買った籠をそれぞれに渡し、儂は一人で周囲を散策。セリも三つ葉も儂の知ってるものとさして変わらんかった。ついでにフキとアイコも見つけたので採取。素手で触ると痛いのは、こっちでも同じなんじゃな。ふかふかの腐葉土も沢山手に入ったし、シオンへの土産にもよさそうじゃ。
ワサビは見つからんかったが、いろいろ採れたので良しとしとこう。もう少し上流に行かんとないのかもしれん。そもそもあるかどうかも分からんからな。
魚と蟹がわんさか入った籠を、子熊二匹は自分で背負って帰るそうじゃ。四足で歩いても零れないよう、籠に蓋と背負い紐を付けてやった。ルーチェとロッツァに成果を見せたいんじゃろな。
帰り道では、体毛が緑の大きな熊が一匹だけ現れたが、攻撃してこなかったのでこちらも手出しせんかった。
「へ? グルーモスベアに会ったの?」
帰宅して調理場に立つシオンに、その熊のことを話すと驚いておった。
「あの熊はもの凄く獰猛で、動くものはなんでも食べようとするのよ」
「じいじに勝てないと分かったんじゃない?」
シオンはルーチェの指摘に納得の表情を浮かべる。
「それにクリムとルージュも小さいながら、熊種の頂点たる種族なのだ。多少腕に覚えがあるなら無駄な争いを起こそうとはすまい」
魚と蟹を自慢げに見せる二匹に目をやりながら、ロッツァは言葉を足す。
「昨日の魔物退治も瞬殺してたし、予想より遥かに強いのね……と、出来たわよ」
鍋をかき混ぜながらロッツァの話に耳を傾けていたシオンは、満足そうな笑みを見せて椀によそう。
「野菜と干し肉で作った具沢山スープよ。肉と玉子の『クルクル』もあるから、どんどん食べてね」
スープは大ぶりの野菜がゴロゴロ入ったポトフみたいじゃな。クルクルとやらは、巻きクレープとでも言えばいいんじゃろか? 蕎麦粉のクレープで、薄切りベーコンのような燻製肉と炒り玉子を巻いとる。
「塩茹でガザミと川魚の塩焼きもできたぞ」
クリムとルージュの獲った蟹と魚も食卓に並べる。野菜が少なかったので、アイコとセリのお浸しも一緒に。鰹節を削って醤油をかけたものと、マヨネーズも出しておく。
「この棘、痛くなかった?」
「多少はな。まぁ美味しいものを食べる為の苦労と思って我慢じゃ」
シオンはアイコのお浸しをマヨネーズで食べながら聞いてきた。塩をかけるだけのサラダに飽きておったらしく、ドレッシングとマヨネーズに、はまったようじゃ。
「ところでアサオさん。このマヨネーズを使ってお肉や魚を焼いたら美味しいんじゃない?」
「そういった料理もあるのぅ。ドレッシングに漬けてから焼くってのもありじゃ」
「やっぱりね。じゃぁ明日はそれで食べてみようか」
「そんな発想ができるのに、今までやらんかったのか?」
「この村……に限らずどこでも大抵は塩とハーブの味付けだったでしょ? それぞれを組み合わせるって発想が浮かばないの。だって油と酢に卵よ? 卵は食材であって調味料じゃないもの。でも食べてみれば驚くほど新鮮な味。これは新たな発見を求める心が掻き立てられるでしょ」
いつになく……いやずっと興奮気味なシオンにまくしたてられた。村に来てから落ち着いたシオンを見た記憶がないのぅ。これが平常運転なんじゃろか?
「じいじ、蟹と魚でカレーは作れる?」
「ん? できるぞ。魚介のカレーは、肉とはまた違う美味しさじゃ」
シオンに触発されたのか、ルーチェまで新たな希望を口にする。
「カレー? それは何?」
「辛いスープ。ごはんと一緒に食べると美味しいの。パンに包んで揚げても美味しいよ」
満面の笑みでシオンに答えるルーチェ。
「スープをパンに包む?」
「パンに包むのは少し違うカレーだったぞ」
シオンはロッツァの言葉で再度儂へ顔を向ける。
「アサオさん。料理教えてくれない?」
「構わんが、どうしたんじゃ?」
「美味しい料理を食べたなら、作り方を知りたくなるでしょ? あんまりにも高価だったり、難しかったりしたら無理だけどさ」
「まぁそうじゃな。その代わり、儂にも教えてくれんか? 村で作る料理や保存食を知りたいんじゃ」
「知識の交換ね。お金を払っても教えてくれないのが普通だもの、いい条件じゃない」
シオンとがっちり握手を交わす。
「私は美味しいものが食べられるから幸せ」
「我も同じだ」
ルーチェとロッツァの言葉に激しく頷くクリムとルージュ。そんな二人と二匹を見て、思わず噴き出す儂とシオンじゃった。
《 6 エキドナさん 》
「そういえば、昨日村を散歩した時にエキドナさんに会ったんじゃ」
「あら、珍しい。あの子あんまり出歩かないのよ?」
朝食のトーストを頬張りながら、少しだけ驚いた顔を見せるシオン。儂が手作りしたトマトソースを口の端に付けたまま、またトーストをかじる。
「魔族も住んでるんじゃな」
「えっ? 私たちエルフも魔族よ? 人族より魔力量が多くて、扱いに長けた種族を総じて魔族って呼ぶの」
気の抜けた表情で笑いながら、シオンは教えてくれる。
「魔族っていうのは、知識や知恵が一定以上になった亜人や魔物、魔獣のことと教わったんじゃが」
「間違ってないけど、ちょっぴり足りなかったみたいね」
「ほほぅ。また一つ利口になったのぅ」
顎ひげをさすりながら笑みを浮かべると、シオンも嬉しそうに笑顔を見せてくれたわい。
「じいじも知らないことがあるんだね」
「そりゃそうじゃ。そこらにごろごろいる商人の爺の知ってることなんてたかが知れとる。儂は学者でも賢者でも、ましてや勇者でもないんじゃから」
隣の椅子に座ったまま不思議そうに見上げるルーチェの頭を撫でる。
「新しいことを見たり、聞いたりしたいから旅をしとるんじゃよ。それに美味しいものや珍しいものも体験したいからの」
「そだね」
ルーチェに続き、ロッツァも頷いて儂の言葉を肯定する。足元にいるクリムとルージュもやはり首を縦に振っておった。
「あ、そうだ。ナスティも料理上手だから誘ってみよう。アサオさん、行ってきてくれる? あの子の作る保存食は美味しいわよ」
良いことを思い付いたとばかりに、シオンはにこりと微笑みながら儂を正面から見据える。
「ナスティってのは誰じゃ? エキドナさんか?」
「そそ。エキドナのナスティ。見慣れない種族と話すのも良い体験でしょ?」
「話してみたい!」
ルーチェがテーブルに乗りかかる勢いで前のめりになっとる。
「なんか大人の魔族って気がするんだよね」
「ルーチェちゃん、ルーチェちゃん。私も大人の魔族よ?」
自分を指さしながらルーチェを見つめるシオン。
「シオンさんはね、なんか違う。大人のお姉さんってより、私のお姉さんって感じがするの」
「んーーーっ! 何この子、可愛い! アサオさんどんな育て方したのよ! 私に頂戴!」
「やらん」
シオンに誉められたのが嬉しかったのか、儂の即答が嬉しかったのか分からんが、ルーチェには若干の照れが見える。儂の答えが分かっていながら一応口にしただけらしく、シオンは無言のままルーチェを抱きしめた。
「となると我も魔族なのか?」
「かもしれんな。知識、知恵を持っとるし、魔力も多めじゃからな」
首を捻りながらロッツァ、クリム、ルージュが儂の顔を覗く。
「誰が決めるでもないけど、貴方たちは明らかに魔族だし、その中でもかなり強いわよ」
頷きながらシオンは一同を見回す。若干の苦笑いを見せながらの。
「そんな私たちがまとめてかかっても、じいじに勝てる気しないけどね」
ルーチェの呟きに皆がこくりと頷く。
「で、アサオさん、ナスティへの連絡お願いね。品物を見ればたぶん納得すると思うし」
「はーい。ごはん食べたらじいじと行ってきます」
儂の返事を待たずにルーチェが元気よく答えた。
「場所を教えてもらえるか? 会っただけで居場所までは知らんから」
「ちょっと待ってね……はい、これ」
大雑把ながら村内の店が載った地図のような紙を渡され、指さしながら教えてもらう。
「案内図があるなら最初に――」
「自分で調べるのは大事よ。若いんだから歩きなさい」
見た目だけなら儂の娘と言っても過言ではない女性に言われても……実年齢が遥かに上なのは分かっとるんじゃが、素直に頷けん。
「ロッツァくんと子熊ちゃんは、また私の手伝いをお願いしてもいい?」
「ロッツァくん!?」
慣れない呼び方に、驚いて思わず振り返るロッツァを無視して、シオンは笑顔で儂に断りを入れてきた。クリムとルージュは素直に頷いておる。
「晩ごはんの為にも頑張るしかないか……ただ『ロッツァくん』はやめてくれまいか? 呼び捨てで構わん」
「じゃあお願いね、ロッツァ。沢山獲っても大丈夫だからね。むしろ安全の為に、どんどん狩って頂戴」
にこにこしながらクリムたちを撫でるシオンは、ある意味無敵じゃな。
《 7 ナスティ 》
シオンから教えてもらった場所へ向かうと、大きな一軒家があった。店舗と住居を兼ねているみたいじゃな。それに身体が大きいのも影響しとるんじゃろ。
「エキドナとラミアの違いってなんだろね?」
「種族の違い……かのぅ。失礼でなければ聞きたいが、どうじゃろな」
もしかしたらものすごく失礼な質問かもしれんから注意せんとな。
「お邪魔しまーす」
ルーチェが声をかけながら戸を開けて、店に入る。儂もあとに続くと、壁際に瓶が並んでおった。天井の梁からは、肉や魚が紐に吊るされておる。ハーブも一緒に干されとるからか、生臭さなどは一切ない。
陳列された品々を見ていると、店の奥から声が聞こえた。
「はーい。ちょっと待ってね~」
少しだけ間延びした、ゆっくりとした声と共に、一人のエキドナが姿を見せる。この女性がナスティかのぅ?
「お客様なんて珍しいわ~。あら、昨日の~」
「ルーチェです」
「アサオじゃ。店を覗きに来がてら、シオンから言付かってな」
「あらあら~。シオンちゃんにも困ったものね~。お客様に頼むなんて~」
言葉の割に全く困っていないような、ぽわぽわとした雰囲気でナスティは目を細め、にこりと微笑む。
「近々、料理の交流会をやろうということになったんじゃが、参加してもらえんか?」
「いいですよ~。私が作れるのは保存食ばかりですけどね~」
のんびりとした口調ながらも、しっかりと許諾の言葉をナスティからもらえた。
「すぐ食べるものばかり作る儂とは違うのぅ」
「じいじの漬物は?」
「あれも浅漬けじゃから、長期保存とは言えんな」
「アサオさんも料理するんですか~。いいですよね~料理は~」
にこにこ笑顔のままナスティは頷く。
「野菜、ハーブ、果実にお肉にお魚~……村の近くで限られた季節に採れるものを~、長く食べる為の知恵ですよ~」
「その辺りを知れるのは嬉しいことじゃ」
たとえば干すにしても、やり方や加減があるはずじゃからな。
「お野菜しわしわだね。これが保存食なの?」
「そうですよ~。余分な水分を抜いてあるから腐りにくいんです~。他にも塩漬けやオイル漬け、燻製なんかもありますね~」
壺や瓶、吊るされた肉などを手に取りながら、ナスティはルーチェに説明してくれとる。
「一度に全部を食べられんじゃろ? かといって皆が皆、アイテムボックスを持っているわけじゃないからのぅ。腐らせんよういろいろ試行錯誤を繰り返して出来たのが保存食なんじゃ」
「ですね~」
目を細めたまま儂に同意するナスティ。
「ところでアサオさんはヒトですか~? ルーチェちゃんは魔族みたいですし~……半神半魔っぽいですね~」
それから薄く目を開き、儂の中の何かを見るように呟く。
「はんしんはんま?」
「どっちつかずってことかのぅ?」
ルーチェの疑問に思わず答えると、ナスティが否定した。
「違いますよ~。どっちにもなれる可能性を秘めた『なりかけ』なんです~」
「あぁ、それで『なんとか人族』って書かれてるのか」
ナスティの言葉に納得したのか、ルーチェは声を上げながら頷いた。
「ルーチェちゃんはステータスを見られるのですか~? その年齢で鑑定できるなんてすごいですね~」
「違うよ。じいじが見せてくれたの。だから知ってるだけ」
「見せる? アサオさん、もしかして~オープンできるんですか~?」
首を傾げながらも何かを確信した口調のナスティに問われる。
「できるぞ……今まで誰にも言われんかったから、あんまり知られとるスキルとは思わんかったんじゃが、あんたは分かるんじゃな」
「私は昔見ましたからね~。不用意に出すのは危ないのに、ミズキさんって方が見せてくれました~。あの方も半神半魔さんでしたね~」
日本人っぽい名前じゃのぅ。そして危機感の無さがその裏付けっぽいわい。
「アサオさんも公にしないほうがいいですよ~。変なことに巻き込まれたら大変ですから~」
笑顔を絶やさずにナスティは顔を近づけ、耳打ちしてくれた。
「ねね、ナスティさん。とっても気になるから聞くんだけど、ラミアとエキドナって何が違うの?」
「大きさと毒の有無ですかね~。私たちは身体の中で毒を作れますから~。あと寿命も違いますよ~」
頬に手を添えながら、ナスティはルーチェの問いにのんびりと答える。
「毒持ってるの? 魔物狩るのに便利だね」
羨望の眼差しでナスティを見つめるルーチェ。
「怖くないですか~?」
「なんで? 私に使うなら嫌だけど、ナスティさんはそんなことしないでしょ? なら怖くないよ。ナスティさんはちょっと見た目が違うだけの、綺麗なお姉さんだから」
「初めて言われましたね~」
「私もスライムだし、人によっては怖いと思うよ? ナスティさん、私が怖い?」
「い~え~。ルーチェちゃんは怖くないですよ~」
「ね、一緒でしょ」
ルーチェの答えに、ナスティは思わず笑顔がこぼれとる。
「そ~いえば自己紹介がまだでしたね~。私はエキドナ族のナスティアーナ=ドルマ=カーマインと申します~。ナスティと呼んでください~」
「アサオ・ルーチェです」
「アサオ・セイタロウじゃ」
皆で名乗り合い、頭を下げ合うと、また笑い声が上がった。
《 8 なにはなくとも味見から 》
「さてさて皆集まったかな?」
シオンが見回す先には、ナスティら飲食物を扱う村人と儂を含めた十名ほどがおる。シオンのダイニングキッチンは広く、まだ余裕がある。
「旅人のアサオさんの料理が美味しいので、教えてもらう代わりに村の料理を教えることになりました。まずは実際に食べてみたいと思うよね? なので用意してもらいました。私できる子!」
皆は自画自賛で胸を張るシオンを放置し、食卓に並べたテリヤキやスープ、肉野菜炒め、キノコごはん、ホットケーキなどに視線を注いでいた。
「シオンちゃんはいつもあんな感じだから大丈夫ですよ~」
シオンの扱いに驚いておった儂へ、ナスティがにこりとしながら耳打ちしてくれる。
「どれもこれも珍しいかもしれんが、儂の住んでた地域では普通の料理なんじゃ」
放置されていたことなど意に介さず、シオンは率先して料理へ手を伸ばす。ナスティもそれに続くと、皆が試食を始めてくれた。料理を口へ運びつつも、味や食材の解明に余念がない。あーでもない、こーでもないと雑談しながら食べ進めていた。
「アサオさんの料理は面白いですね~。村でも街でも食材一つにつき一品作るのが普通でしたから~」
「儂らはいくつもの食材を合わせるのが普通なんじゃよ。もちろん食材を一つに絞った料理も作るがの」
「私たちは肉を焼いて塩で味付け! とか、魚を煮てハーブと塩でバーン! って感じだもんね」
儂の指さしたテリヤキウルフを皿ごと抱えたシオンが、スープ片手に咀嚼する。皆も同意らしく、頬張りながら頷き合っていた。
「ふむ、となるとまずは調味料から教えるのがいいかもしれんな」
儂は鞄から醤油の木の実、蜂蜜、ワイン、塩、砂糖、酢を取り出して並べていく。
「気付けの実ですね~」
「匂いも味も強いから目が覚めるのよね」
ナスティもシオンも醤油の木の実を見たことはあるようじゃな。
「実を搾って、蜂蜜や水、酒と和えて煮詰めると、テリヤキウルフにも使ったタレになる。それにスープの味付けは実を潰して溶かしたんじゃよ」
「あの塩辛くて匂いも強烈な実を使ってるの?」
「そのまま食べると強烈なのは保存食も同じじゃろ?」
「ですね~。塩漬けしたものは水で戻さないと食べられませんよ~」
木の実をつまみ、匂いを嗅ぎながら目を細めるシオンとナスティ。
「ようは使い方次第じゃよ。儂もそのまま口に含もうとは思わん」
「私もです~。ただ、いろいろ組み合わせるのはやってませんね~」
「調味料を混ぜるとこんなのも作れるんじゃ」
鞄からマヨネーズ、ケチャップ、トウガラシソース、トウガラシオイルを取り出して皆に見せる。
「白いの一つに赤いの三つ。これはトウガラシを漬けたの?」
順番に蓋を開け、中身を確認しながらシオンが呟く。中身を小皿に取り出すと、色、濃さ、香りがそれぞれ違う調味料を皆が一斉に覗き込む。
「トマトの煮込みとは違いますね~。これは酸っぱい匂いがします~」
ナスティがトウガラシソースを瓶ごと抱えて中を覗く。その匂いに若干顔を顰めとる。
「そのままでも食べられるが、料理の味を変えたい時に使うのが主じゃな」
納得したのか抱えていた瓶を置くと、今度はトウガラシオイルの瓶を持ち上げるナスティ。
「こっちはオイル漬けですか~?」
「漬けたトウガラシだけでなく、そのオイルも料理に使うんじゃ」
「面白いですね~。でも塩漬け肉の塩は使っちゃダメですよ~。お腹痛くなりますから~」
ナスティは自分の作った塩漬け肉の壺を手元に引き寄せながら、注意を促す。
「なんでもかんでも使うわけじゃないから大丈夫じゃよ」
他にもいろいろ並ぶ塩漬けやオイル漬けの壺を覗き込んでいたシオンが、びくりと肩を震わせた。使うつもりだったんか? 発想は面白いが、肉や魚を漬けた塩を使うのは食中毒が怖いぞ。
「見てもらった通り、儂の作る料理は調味料以外保存性が悪くてな。その辺りを習いたくて今回の話を受けたんじゃ」
「そんな経緯から今回の料理教室が決まりました」
見本料理と儂の説明で納得したのか、今回は皆がシオンの言葉に頷いた。
《 9 村の味、保存食 》
「ナスティ、村の味って……何になると思う?」
「何でしょうかね~。野菜の塩煮は他所では食べたことありませんけど~」
シオンとナスティが顔を突き合わせて相談しとる。他の参加者も悩んでるみたいじゃ。
「普段作る料理が知りたいんじゃよ。畏まったものを教えてもらっても儂じゃ作れん」
「それなら皆の得意料理でいいの?」
皆と相談していたシオンが振り向き、目を見てくる。
「そのほうが嬉しいのぅ。儂の教えるものばかりが簡単だと気後れしそうじゃから」
儂は目を細めてニコリと笑いながら、皆に頷く。
「肉料理がいい人、手を挙げてー」
シオンの決で順番に肉、魚、野菜料理とレシピが決まっていく。一度も手を挙げなかった人は、蕎麦粉で何かを作ってくれるらしい。ナスティは保存食の作り方を教えてくれるから別枠のようじゃ。
どの料理も塩とハーブが基本の味付けで、ほんの少しの香辛料を足すくらいじゃった。それでも、肉料理は煮るか焼く、魚は塩煮つけ、野菜はグリルと煮込み、と似たような……というより同じ調理方法なのに味がかなり違うのには驚きじゃ。塩梅とハーブの選択が絶妙なんじゃろな。
肉料理はどちらも塊肉のまま調理したのが功を奏したのか、切った瞬間から閉じ込められとった肉汁が溢れていたのぅ。
塩とハーブを使った煮込みは、ドイツ料理のように見えたのぅ。名前も覚えとらんが、豚肉を煮込むものがあった気がするんじゃ。煮汁をスープなどに仕立てないのが勿体ない気がしたんじゃが、どうやら塩気が強過ぎるらしい。あとアクをとる習慣がないので臭みが残ってしまっとる。その辺りを改良すればもっと美味しくなりそうじゃな。これは魚料理も同じじゃ。
野菜を硬い皮ごと焼き、中身をほじって食べるのは美味しかった。半分に切った焼き芋を食べとる感じに近いのぅ。素材がいいと、余計な手を入れないでも十分なんじゃ。周囲を黒くなるまで焼いたナスやネギと同じ原理じゃな。とうきびなども皮ごと焼いていたので、いい具合の蒸し焼きになっとる。
煮込みは一緒くたにするのではなく、それぞれ別に煮とった。色や味、匂いが移るのを避けてるようじゃ。それで儂の料理や調味料に驚いていたのかもしれんな。
蕎麦粉を使った料理は、シオンも作ってくれた巻きクレープじゃった。ただ中身が塩漬け野菜を刻んだものだったので、かなり風味が違っとる。儂はこっちのほうが好きじゃ。クレープ自体に味はないから、ジャムを添えても十分いけると思うが……砂糖は少し高いとシオンも言ってたからのぅ。
生地を厚めにして焼いたものは、蕎麦粉で作ったパンケーキのような見た目になっとった。うっすら塩味が利いているので、おやつより軽食に近いかもな。村でもパスタの代わりに食べるようじゃ。甘く炊いた豆を交ぜて焼いてもよさそうじゃが……やはり砂糖の値段が問題か。
最後に、シオンがとっておきだと教えてくれたのは塩釜焼きじゃった。塊肉を大きな葉で包んで、周囲を塩で覆ってじっくりと火にかける。焦らずゆっくり火を通すのがコツなんじゃと。これは包まれる食材が魚や野菜になっても変わらんらしい。蒸し焼きにされた肉は柔らかく、絶妙な塩加減でものすごく美味しかった。
ナスティが紹介してくれた保存食は、塩漬け、オイル漬け、乾燥野菜に乾燥キノコ。初めて見たものだと酒に漬けた薬草などがあった。薬草酒とはまた違うらしい。あとはトウガラシを全面にまぶされた肉なんてものもあったな。作り方はどれも難しくなく、注意点は鮮度の良いうちに処理することだけだそうじゃ。あとは、保存食と言っても延々置いておけるわけでもないから、可食期間の見極めが大事なんじゃと。
ルーチェはどの料理も満足そうに食べ、おかわりもしておった。ただ保存食は一部を味見して、その強烈な味に顔を顰めとった。
「ではお返しに、まず調味料から教えよう。今教えてもらった村の料理にも使えるかもしれん。その辺りは各自の研究ってことでいいかの?」
皆に問いかけると、無言で頷いてくれた。
マヨネーズ、ケチャップ、トウガラシソース、トウガラシオイルと順に教える。テリヤキタレも気になってたらしく、他の調味料以上の質問攻めにあった。醤油の風味はやはり強いんじゃな。
料理も野菜と肉を一緒に煮込んだり、炒めたりしたものに興味津々な感じじゃった。慣れ親しんだ食材でも、作り方が変われば驚くからのぅ。同じようにパスタでも大きな反応を見せてくれた。パスタにケチャップを和えただけでも大いに喜んでくれ、キノコを使った醤油味のパスタには称賛をもらえた。
皆が笑顔になる料理の交流に、満足な儂じゃった。
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おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
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