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2巻
2-3
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娘さんたち五人と共にイレカンに着いたのは、コボルト村を出てから十日後じゃった。本来真っ直ぐ行って半月かかる行程が、寄り道しながらも同じ時間で辿り着いた。ルーチェと二人だけならもう少し早いかもしれんがの。
警備隊に娘さんたちを引き渡し、あとの事を任せる。そのまま宿を取ろうかと思ったが、再度街を出ることにした。マップを見ると、街道の外れに盗賊団のアジトらしきものが表示されていたからじゃ。
どうせならその手の輩を一掃してやろうと思ってな。ここまで来たらコボルト村の心配事をとことん減らしてみようかと。
変なスイッチが入った気がするが……まぁいいじゃろ。
夜にはアジトの前に辿り着き、そのまま鎮圧開始。
儂ら二人に《結界》をかけて、ルーチェには《強健》もおまけして攻撃力を底上げ。殺そうとまでは思ってないんじゃが、腕や足の一本くらいはいいじゃろ。
三十分とかからず、盗賊団三十五人を生きたまま捕縛完了。《麻痺》、《束縛》、《浮遊》でいつかと同じ特大人間風船の完成じゃ。
強奪品を全て【無限収納】に仕舞い、さらわれてた娘さん十人も救出。ゴブリン以上に娘さんをさらっとるとは……コボルトの言うことも強ち間違いじゃないのぅ。
《清浄》、《治癒》で娘さんたちを癒し、夜明けを待ってイレカンへ向かう。麻痺が治りかけてきた盗賊を《結界》で包み、《沈黙》で静かにさせといた。
街へ着いたら昨日同様、警備隊に娘さんを引き渡し、盗賊を突き出す。
警備隊にオススメの宿を聞き、今度こそ直行じゃ。へとへとというほど疲れとらんかったが、妙なテンションのまま行動するもんじゃないのぅ。
オススメの宿は、フォスのベルグ亭に似た家族経営のこぢんまりとした金麦亭というところじゃった。昼過ぎに着いたのに部屋をとれたのはありがたいことじゃ。ルーチェとのんびりゆっくりする。
夕飯はブイヤベースのような魚のスープじゃった。この街もやはり塩味が基本のようじゃ。
お腹一杯食べたら、着替えもせずそのまま就寝。
見えないところに疲れが溜まっていたようで、翌朝までぐっすりと眠り続けたのじゃった。
《 7 イレカン商業ギルド 》
翌朝、目が覚めると腹が盛大に鳴る。ルーチェも同じくで、二人の腹の音が輪唱しておった。
「昨夜は腹いっぱい食べたんじゃがな」
「運動しまくったあとだからね、しょうがないよ」
朝から二人で笑い合う。
身支度をして食堂で朝食を頂く。メニューは、パンにサラダ、スープと普通じゃった。腹ペコな儂らには少し物足りなかったが、朝から満腹にすると動きが鈍るからのぅ。昼を少し早めにとればいいじゃろ。
食事を済ませると、宿の主人から商業ギルドの場所を教えてもらい、まずはそこを目指す。
神殿と商業ギルドは街の中央に造られておった。
「どちらにも用があるから便利じゃな」
「神殿に挨拶してくの?」
「まずは商業ギルドにアディエの紹介状を渡してからじゃ」
会話をしながらギルドへと入る。そこそこ人はいるが、忙しく物と人が行き来するほどでもない。
受付でフォスのギルドマスターからだと言って紹介状を出し、ここのギルドマスターとの面会を頼んでみれば、数分と待たずに通される。儂らが寄り道するのを見越した上で、既にアディエが連絡を寄越していたようじゃ。
「アサオ・セイタロウさんをお連れしました」
「どうぞお入りください」
ノックされた室内からは女性の声が返ってくる。
「お待ちしておりました。イレカン商業ギルドマスターをしているイルミナと申します」
そこにいたのは、アディエとあまり年齢の変わらない三十路の女性だった。
「アサオ・セイタロウじゃ。よろしくの」
「アサオ・ルーチェです。よろしくお願いします」
しっかり挨拶するルーチェを、目を細めながら見つめるイルミナ。この年齢の子供がしっかりした挨拶をするのが珍しいんじゃろな。
「アディエから連絡を受けていまして、今か今かと待っていたんです」
「何か欲しいモノがあったんかの?」
「フォスでは高品質のコーヒーを売ってもらえたと手紙に書いてありました。ぜひ、こちらにも売って頂けませんか?」
「どのくらい欲しいんじゃ? 豆と粉があるぞ」
「豆が5千ランカに粉が1万ランカ欲しいですね。在庫はありますか?」
「持ち歩いてはおらんから、明日持ち込んでいいかの?」
「構いません。都合の良い時間にいらしてください。フォスと同じ値段で買わせて頂きます」
ものすごい速さで大金が動くのぅ。値段まで決めとる辺り、本気で仕入れる気のようじゃな。
「スールで売った紅茶もあるがどうする? そっちも買うかの?」
「紅茶もあるんですか! 欲しいですね。明日、一緒に持ち込んでいただけますか? 一応、品質調査をしてからになりますが、5千ランカは押さえておきたいです」
「ならそうしようかの」
「ありがとうございます」
「どれ、今日の一服は紅茶にするか。ルーチェもそれでいいかの?」
「かりんとうと一緒におねがーい」
目の色が変わったイルミナを落ち着かせる意味も込めて、鞄から取り出したティーポットに茶葉と湯を入れ、カップに注ぐ。紅茶のアテにかりんとうはちとおかしい気もするが、美味しいからいいじゃろ。
「これが明日持ち込む紅茶じゃ。味見も兼ねて一服してくれんか?」
「なんて綺麗な色……それにこの香り。一級品ですね」
ギルマスとしてではなく、いち商人の目を見せるイルミナ。珍しいモノが仕入れられるという興奮状態から、商品の良し悪しを判別する冷静さを取り戻したようじゃな。
「美味しいよねー。コーヒーはそんなに好きじゃないけど、紅茶と緑茶は好きなんだ」
かりんとうを口に運びながら笑顔を見せるルーチェ。
何気ないひと言も聞き逃さないイルミナが、口を付けたカップを置きながら問いかけてくる。
「りょくちゃ?」
「そう、緑茶。美味しいよね」
「アサオさん、緑茶とは?」
ルーチェから儂へと視線を移したイルミナは、興味津々な子供のようじゃった。
「発酵させない茶葉じゃ。儂の故郷ではよく飲まれておったんじゃよ。それも飲んでみるか?」
「ぜひお願いします」
今度は緑茶セットを取り出し、急須で淹れた茶を湯のみに注ぐ。
「綺麗な緑色ですね。それに爽やかな香り」
「少しだけ渋いけど、それがまたかりんとうに合うんだー」
紅茶を飲み終わったルーチェが、緑茶に手を伸ばす。イルミナはイルミナで、ルーチェから勧められたかりんとうを口に運ぶ。
「これは美味しいですね。緑茶の渋味ととても良く合います。甘みと香ばしさ、それにほのかな塩味。なんて素敵な組み合わせなんですか」
美味しさにうっとりしとるのぅ。心ここにあらずじゃな。
「儂自身は緑茶、紅茶、コーヒーを屋台で売ろうと思っての。その確認もあってギルドに来たんじゃよ」
「高くて誰も手が出せないのでは?」
「儂が仕入れたモノはかなり安くできるんじゃよ。そうじゃな、今の市価の半値……いや三分の一以下でもいいじゃろ」
「そんな安くて利益が出るんですか!?」
驚きを隠せないイルミナは、思わず声を大きくする。
「まぁいけるんじゃよ。それで他の店の客が減るかもしれんがな」
「経営努力の問題だけでは済ませられないほどの差が出そうですね。でも商人が仕入れたモノをいくらで売るかは、その人の裁量次第です。同業の何軒かは経営危機になるかもしれませんが」
商人として分かっても、ギルマスとしては認めにくい。そんな話なんじゃろ。
「儂は数週間もすればいなくなる行商人じゃから、潰れはせんじゃろ」
「商業ギルドに登録する以外、特に資格のいらない行商だからできる技ですね」
「その辺りはアディエにも確認したからの。あと、妙なことをしてくる輩には容赦せんからな」
「なるべく穏便に済ませてくださいね」
一応の忠告だけ口にするイルミナ。
「そこは相手の出方次第じゃよ」
「目には目を、だね」
にっこり良い笑顔を見せる五歳児と、苦笑いの三十路ギルマス。そうそう見ることのない、なかなか愉快な絵面に満足しながら一服する儂じゃった。
《 8 神殿と盗品と 》
商業ギルドを出た儂らは、隣にある神殿へと足を運ぶ。中に入ると、男性神官が一人だけいた。
「アサオ様とルーチェ様でしょうか?」
「そうじゃ」
「はい、ルーチェです」
元気良く手を挙げて返事をするルーチェ。
「お待ちしてました。フォスのルミナリスより連絡を受けております。何かございましたらお申し付けください。総力を挙げて支援させていただきますので」
「そんな事態にならないようにしたいのぅ」
「そう言っても何かするのがじいじだろうけどね」
フォローをするのでなく追い打ちをかけてくる孫娘……味方はいないのかのぅ。
「平穏無事に過ごしたいだけなんじゃがな。あとは美味しいモノを食べたいくらいじゃ」
「美味しいモノは大事だね。そこはどんどんいこうね、じいじ」
食べ物に妥協はせんようじゃ。
「申し遅れました。私はこの神殿の神官長を務めているサルシートです」
「とりあえず挨拶だけ済まそうと思って来ただけじゃて。なるべく迷惑はかけないようにするから、そう心配せんでも平気じゃよ」
「そうですか。でも、本当に何かありましたら遠慮なくいらしてください。イスリール様より仰せつかってますので」
にこやかにそう言いのけるサルシート神官長。
「イスリールにもそのうち会いに来るからの。その時は頼むのじゃ」
「ばいばーい」
それだけ伝えて神殿を出る。
このまま冒険者ギルドの用事も済ませ、残りは街中散策に充てようかの。
冒険者ギルドは街の入り口、警備隊詰め所のすぐ傍にあった。昨日の盗賊団捕縛の話は既に通っていたようで、すんなりギルドマスターに会えた。
フォスでの反省を生かし、盗品は全てギルドに預ける。持ち主が見つかったら、冒険者、村人など市民へは無償返却。貴族へは適正価格での買い戻しのみ。いちゃもんを付けてきた場合は取引終了。窓口はギルドのみで期限は七日間、期間を過ぎたら誰からの返却要請であろうとも受け付けない。ここまでのことを書面に起こし、ギルドに認めさせた。
これでもう冒険者ギルドに用はないのぅ。あとは買い戻しの代金と盗品の余り物を受け取りに来るだけじゃ。
来たついでにコボルト村のことも伝えておいた。魔族となった者に手を出すのはご法度じゃから、もう大丈夫じゃろ。懸賞首にでもなれば話は別じゃが、それはヒトだろうと魔族だろうと関係ないからのぅ。
警備隊詰め所にも顔を出してみたが、特に問題はなさそうじゃった。昨日、今日とまさかの連日だったので、顔を覚えられていたがの。
盗賊のアジトから連れ帰った娘さんたちも、既に各家へと帰ったらしい。せめてものお礼にと、幾ばくかのお金を家族が置いていったそうじゃ。盗賊団の懸賞金があるからいらないんじゃがな。
とりあえず貰っておいて、この街で使いきろうかの。それが一番じゃろ。
その後、テーブル、椅子、陶器のカップなどを買い付ける。
夕方までのんびり街中散策をし、食料、調味料なども補充した。
湖が近いから魚介類が豊富だったのが嬉しいのぅ。寄生虫が怖いから生食はせんがな。虫殺しの魔法は知らんからの。あれば便利じゃし、明日にでも探してみるかのぅ。
《 9 出店場所 》
宿で朝食を済ませ、身支度を整える。
昨日帰ってきてから見つけたんじゃが、この宿には風呂場があった。いつでも湯を張っているわけではないがの。
湯を張るから入りたいと伝えたら、それならばと利用料はタダにしてもらえた。
洗うのも、水を張るのも沸かすのも大変じゃからな。双方ともに利があって良いことじゃ。宿は他の宿泊客から入浴料を取れるしの。
出店をどこにするか考えるため、今日も街中散策をする。さすがに喫茶店の目の前でやったりはせんぞ。
昨夜のうちに仕入れておいたコーヒー豆、粉、紅茶の詰め替えも終わっとる。ポニアに作ってもらった茶筒が大活躍じゃ。
商業ギルドにも顔を出し、執務室へ。
室内にはイルミナに加え、サブマスターの男性シロハンと、飲食店関係担当の女性職員サチアがいた。このサチアに高額取引の立会人を頼んであるそうじゃ。屋台についての相談もあるから丁度いいのぅ。
鞄からコーヒーの豆と粉を出しテーブルに置くと、即座に確認作業へと移っていく。
その間に紅茶の準備じゃ。試飲と茶葉確認の為に、茶筒とポットを一つずつ、カップを数個並べる。
「今まで見たコーヒーなんて目じゃないですよ。こんな高品質を一体どこから……」
「仕入れ先は教えんぞ。商人にとってそこは何より大事じゃ……分かるじゃろ?」
紅茶の支度をしながらシロハンに答える。
「個人からの仕入れとは思えない量ですよ」
「今までより高値での仕入れになりますが、十分に利益が見込める品です。なのでこれだけの量をアサオさんに依頼しました」
量を見て驚くシロハンに、イルミナが説明する。
「こんな高品質のモノは二度とお目に掛かれないかもしれませんよ。なら今仕入れて損はないはずです」
イルミナとサチアはとにかく量を確保したい。対して、シロハンとしては万が一の過剰在庫が怖いんじゃろうな。
ルーチェと二人、蚊帳の外状態で事の成り行きを見守る。ここで無理に売らないでも十分な資金があるからのぅ。それに自分の屋台でも使えるでな。
「儂は持ち込んだだけ、どれだけ買うかはそちらさんの判断にお任せじゃよ。それより、紅茶の試飲と品質調査を頼んでもいいかの?」
昨日と同じくカップに注いだ紅茶が、執務室に芳醇な香りを漂わせる。白のカップに茶の紅色がよく映えとる。
「あぁ、やはり良いですね。昨日と変わらず素敵な品です」
「コーヒーだけでなく紅茶も特級品ですか!」
「サブマスター、これは確保しなきゃダメですよ。次の機会なんて訪れませんて」
サチアは再度シロハンの説得にかかるようじゃ。買い取ってくれるならそれで構わんが、無理に売らなくてもこっちに損はないからのぅ。
「アサオさん、紅茶はどのくらいまで売ってもらえますか?」
「粉と同じ1万ランカくらいかの」
「買いましょう。豆5千、粉1万、紅茶1万で全部仕入れましょう」
反対していたシロハンが即決してしまったのぅ。ならばと、紅茶の葉もテーブルに取り出す。
「コーヒーはフォスと同じ値段で、紅茶はスールと同じ値段で構いませんか?」
取引記録を見ながら仕入れ単価を確認するイルミナ。豆が100ランカ20万リル、粉が100ランカ18万リル、紅茶が100ランカ23万リルじゃったな。
「紅茶は100ランカ20万で構わんぞ」
「安くなるのは嬉しいですが……良いのですか?」
「スールはギルマスがダメじゃったから23万にしたんじゃ。20万でも十分利益は出るからの」
ネイサンに関わることはもうないでのぅ。
「あぁネイサンですか。先が見えない愚者ですからね。目先の利益に対しての嗅覚はそら恐ろしいほどあるのに、もったいないことです」
知っとるようじゃな。ギルマスなら他所のこともある程度把握していて当然か。この呆れ顔を見る限り、あやつもそこそこ有名なんじゃろ。
「適正価格での取引に戻す良い機会じゃ」
「ありがとうございます。では紅茶は20万で計算しますね」
イルミナ、シロハンが代金を用意する為に席を立つ。その戻りを待つ間に、サチアと屋台のことを相談しておけば、時間の無駄を省けて良さそうじゃな。
「儂が屋台を出すのは聞いとるかの?」
「あ、はい。聞いてます。何でも格安でコーヒー等を振る舞うとか」
サチアは飲みかけの紅茶から口を離して答える。
「これだけの高品質、高価格のモノを安く出して平気なんですか?」
「儂の仕入れ価格なら問題ないんじゃよ。赤字になることもない」
「それは仕入れ値が気になりますね。でもマナー違反ですから置いときましょう。どこに店を出すかは決まったんですか?」
「そこを相談に来たんじゃ。別に他所の店に喧嘩売りに来たわけじゃないからの。どこか良い場所はありゃせんか?」
今日は候補地を聞きたくて来たというのもあるのじゃ。
「んー。なら近くに飲食店のない辺りがいいですかね。どの通りにもいろんな商会の絡みがありますから、いっそのこと、このギルドの隣でやりますか?」
「端に行けないなら、ど真ん中でってことかの?」
「ですね。ギルドの隣でしかも管理地。ウチが認めていると言えば、誰からも文句は出ないと思いますよ」
サチアは笑顔であっけらかんと言う。
許可を得て本丸の隣りに構えた店に文句は言えんか。まぁ期間限定の屋台だからできる一手なのかもしれんな。
「他の店には、私から『喧嘩売るな』という内容の通知を出しておきます」
「それはありがたいが、平気なのか?」
「ここだけの話ですが、イスリール様に頼まれてますからね」
顔を近付けて小声で耳打ちしてくるサチア。儂が驚いていると、片目を閉じる。
「ナイショですよ」
「お待たせしました」
そこでタイミング良くイルミナたちが戻ってくる。
「豆1000万、粉1800万、紅茶2000万で合計4800万リルになります」
テーブルに金貨入りの袋が積まれていく。
「これだけの量が並ぶと壮観ですねー」
「個人との取引では過去最高額ですね。白金貨だけでご用意できなくて申し訳ありません」
軽い物言いのサチアを放置して、イルミナが詫びを入れてくる。
「白金貨は48枚も用意してないじゃろうからな」
「これでいっぱい食べられるね、じいじ」
一切会話に混ざらずお茶とかりんとうをつまんでいたルーチェが、ここで初めて声を出す。一同が一斉にそっちを見るが、ルーチェは全く気にせず間食を続けとる。
これだけの額を全部食べ物にかけても食い切れんぞ。
「取引もこれで終わりじゃな」
「良い取引をありがとうございました。何かありましたら、またお越しください」
イルミナたちと握手を交わし、ギルドをあとにする。
出店場所も決まり、懐はほくほく。すこぶる気分の良い儂じゃった。
警備隊に娘さんたちを引き渡し、あとの事を任せる。そのまま宿を取ろうかと思ったが、再度街を出ることにした。マップを見ると、街道の外れに盗賊団のアジトらしきものが表示されていたからじゃ。
どうせならその手の輩を一掃してやろうと思ってな。ここまで来たらコボルト村の心配事をとことん減らしてみようかと。
変なスイッチが入った気がするが……まぁいいじゃろ。
夜にはアジトの前に辿り着き、そのまま鎮圧開始。
儂ら二人に《結界》をかけて、ルーチェには《強健》もおまけして攻撃力を底上げ。殺そうとまでは思ってないんじゃが、腕や足の一本くらいはいいじゃろ。
三十分とかからず、盗賊団三十五人を生きたまま捕縛完了。《麻痺》、《束縛》、《浮遊》でいつかと同じ特大人間風船の完成じゃ。
強奪品を全て【無限収納】に仕舞い、さらわれてた娘さん十人も救出。ゴブリン以上に娘さんをさらっとるとは……コボルトの言うことも強ち間違いじゃないのぅ。
《清浄》、《治癒》で娘さんたちを癒し、夜明けを待ってイレカンへ向かう。麻痺が治りかけてきた盗賊を《結界》で包み、《沈黙》で静かにさせといた。
街へ着いたら昨日同様、警備隊に娘さんを引き渡し、盗賊を突き出す。
警備隊にオススメの宿を聞き、今度こそ直行じゃ。へとへとというほど疲れとらんかったが、妙なテンションのまま行動するもんじゃないのぅ。
オススメの宿は、フォスのベルグ亭に似た家族経営のこぢんまりとした金麦亭というところじゃった。昼過ぎに着いたのに部屋をとれたのはありがたいことじゃ。ルーチェとのんびりゆっくりする。
夕飯はブイヤベースのような魚のスープじゃった。この街もやはり塩味が基本のようじゃ。
お腹一杯食べたら、着替えもせずそのまま就寝。
見えないところに疲れが溜まっていたようで、翌朝までぐっすりと眠り続けたのじゃった。
《 7 イレカン商業ギルド 》
翌朝、目が覚めると腹が盛大に鳴る。ルーチェも同じくで、二人の腹の音が輪唱しておった。
「昨夜は腹いっぱい食べたんじゃがな」
「運動しまくったあとだからね、しょうがないよ」
朝から二人で笑い合う。
身支度をして食堂で朝食を頂く。メニューは、パンにサラダ、スープと普通じゃった。腹ペコな儂らには少し物足りなかったが、朝から満腹にすると動きが鈍るからのぅ。昼を少し早めにとればいいじゃろ。
食事を済ませると、宿の主人から商業ギルドの場所を教えてもらい、まずはそこを目指す。
神殿と商業ギルドは街の中央に造られておった。
「どちらにも用があるから便利じゃな」
「神殿に挨拶してくの?」
「まずは商業ギルドにアディエの紹介状を渡してからじゃ」
会話をしながらギルドへと入る。そこそこ人はいるが、忙しく物と人が行き来するほどでもない。
受付でフォスのギルドマスターからだと言って紹介状を出し、ここのギルドマスターとの面会を頼んでみれば、数分と待たずに通される。儂らが寄り道するのを見越した上で、既にアディエが連絡を寄越していたようじゃ。
「アサオ・セイタロウさんをお連れしました」
「どうぞお入りください」
ノックされた室内からは女性の声が返ってくる。
「お待ちしておりました。イレカン商業ギルドマスターをしているイルミナと申します」
そこにいたのは、アディエとあまり年齢の変わらない三十路の女性だった。
「アサオ・セイタロウじゃ。よろしくの」
「アサオ・ルーチェです。よろしくお願いします」
しっかり挨拶するルーチェを、目を細めながら見つめるイルミナ。この年齢の子供がしっかりした挨拶をするのが珍しいんじゃろな。
「アディエから連絡を受けていまして、今か今かと待っていたんです」
「何か欲しいモノがあったんかの?」
「フォスでは高品質のコーヒーを売ってもらえたと手紙に書いてありました。ぜひ、こちらにも売って頂けませんか?」
「どのくらい欲しいんじゃ? 豆と粉があるぞ」
「豆が5千ランカに粉が1万ランカ欲しいですね。在庫はありますか?」
「持ち歩いてはおらんから、明日持ち込んでいいかの?」
「構いません。都合の良い時間にいらしてください。フォスと同じ値段で買わせて頂きます」
ものすごい速さで大金が動くのぅ。値段まで決めとる辺り、本気で仕入れる気のようじゃな。
「スールで売った紅茶もあるがどうする? そっちも買うかの?」
「紅茶もあるんですか! 欲しいですね。明日、一緒に持ち込んでいただけますか? 一応、品質調査をしてからになりますが、5千ランカは押さえておきたいです」
「ならそうしようかの」
「ありがとうございます」
「どれ、今日の一服は紅茶にするか。ルーチェもそれでいいかの?」
「かりんとうと一緒におねがーい」
目の色が変わったイルミナを落ち着かせる意味も込めて、鞄から取り出したティーポットに茶葉と湯を入れ、カップに注ぐ。紅茶のアテにかりんとうはちとおかしい気もするが、美味しいからいいじゃろ。
「これが明日持ち込む紅茶じゃ。味見も兼ねて一服してくれんか?」
「なんて綺麗な色……それにこの香り。一級品ですね」
ギルマスとしてではなく、いち商人の目を見せるイルミナ。珍しいモノが仕入れられるという興奮状態から、商品の良し悪しを判別する冷静さを取り戻したようじゃな。
「美味しいよねー。コーヒーはそんなに好きじゃないけど、紅茶と緑茶は好きなんだ」
かりんとうを口に運びながら笑顔を見せるルーチェ。
何気ないひと言も聞き逃さないイルミナが、口を付けたカップを置きながら問いかけてくる。
「りょくちゃ?」
「そう、緑茶。美味しいよね」
「アサオさん、緑茶とは?」
ルーチェから儂へと視線を移したイルミナは、興味津々な子供のようじゃった。
「発酵させない茶葉じゃ。儂の故郷ではよく飲まれておったんじゃよ。それも飲んでみるか?」
「ぜひお願いします」
今度は緑茶セットを取り出し、急須で淹れた茶を湯のみに注ぐ。
「綺麗な緑色ですね。それに爽やかな香り」
「少しだけ渋いけど、それがまたかりんとうに合うんだー」
紅茶を飲み終わったルーチェが、緑茶に手を伸ばす。イルミナはイルミナで、ルーチェから勧められたかりんとうを口に運ぶ。
「これは美味しいですね。緑茶の渋味ととても良く合います。甘みと香ばしさ、それにほのかな塩味。なんて素敵な組み合わせなんですか」
美味しさにうっとりしとるのぅ。心ここにあらずじゃな。
「儂自身は緑茶、紅茶、コーヒーを屋台で売ろうと思っての。その確認もあってギルドに来たんじゃよ」
「高くて誰も手が出せないのでは?」
「儂が仕入れたモノはかなり安くできるんじゃよ。そうじゃな、今の市価の半値……いや三分の一以下でもいいじゃろ」
「そんな安くて利益が出るんですか!?」
驚きを隠せないイルミナは、思わず声を大きくする。
「まぁいけるんじゃよ。それで他の店の客が減るかもしれんがな」
「経営努力の問題だけでは済ませられないほどの差が出そうですね。でも商人が仕入れたモノをいくらで売るかは、その人の裁量次第です。同業の何軒かは経営危機になるかもしれませんが」
商人として分かっても、ギルマスとしては認めにくい。そんな話なんじゃろ。
「儂は数週間もすればいなくなる行商人じゃから、潰れはせんじゃろ」
「商業ギルドに登録する以外、特に資格のいらない行商だからできる技ですね」
「その辺りはアディエにも確認したからの。あと、妙なことをしてくる輩には容赦せんからな」
「なるべく穏便に済ませてくださいね」
一応の忠告だけ口にするイルミナ。
「そこは相手の出方次第じゃよ」
「目には目を、だね」
にっこり良い笑顔を見せる五歳児と、苦笑いの三十路ギルマス。そうそう見ることのない、なかなか愉快な絵面に満足しながら一服する儂じゃった。
《 8 神殿と盗品と 》
商業ギルドを出た儂らは、隣にある神殿へと足を運ぶ。中に入ると、男性神官が一人だけいた。
「アサオ様とルーチェ様でしょうか?」
「そうじゃ」
「はい、ルーチェです」
元気良く手を挙げて返事をするルーチェ。
「お待ちしてました。フォスのルミナリスより連絡を受けております。何かございましたらお申し付けください。総力を挙げて支援させていただきますので」
「そんな事態にならないようにしたいのぅ」
「そう言っても何かするのがじいじだろうけどね」
フォローをするのでなく追い打ちをかけてくる孫娘……味方はいないのかのぅ。
「平穏無事に過ごしたいだけなんじゃがな。あとは美味しいモノを食べたいくらいじゃ」
「美味しいモノは大事だね。そこはどんどんいこうね、じいじ」
食べ物に妥協はせんようじゃ。
「申し遅れました。私はこの神殿の神官長を務めているサルシートです」
「とりあえず挨拶だけ済まそうと思って来ただけじゃて。なるべく迷惑はかけないようにするから、そう心配せんでも平気じゃよ」
「そうですか。でも、本当に何かありましたら遠慮なくいらしてください。イスリール様より仰せつかってますので」
にこやかにそう言いのけるサルシート神官長。
「イスリールにもそのうち会いに来るからの。その時は頼むのじゃ」
「ばいばーい」
それだけ伝えて神殿を出る。
このまま冒険者ギルドの用事も済ませ、残りは街中散策に充てようかの。
冒険者ギルドは街の入り口、警備隊詰め所のすぐ傍にあった。昨日の盗賊団捕縛の話は既に通っていたようで、すんなりギルドマスターに会えた。
フォスでの反省を生かし、盗品は全てギルドに預ける。持ち主が見つかったら、冒険者、村人など市民へは無償返却。貴族へは適正価格での買い戻しのみ。いちゃもんを付けてきた場合は取引終了。窓口はギルドのみで期限は七日間、期間を過ぎたら誰からの返却要請であろうとも受け付けない。ここまでのことを書面に起こし、ギルドに認めさせた。
これでもう冒険者ギルドに用はないのぅ。あとは買い戻しの代金と盗品の余り物を受け取りに来るだけじゃ。
来たついでにコボルト村のことも伝えておいた。魔族となった者に手を出すのはご法度じゃから、もう大丈夫じゃろ。懸賞首にでもなれば話は別じゃが、それはヒトだろうと魔族だろうと関係ないからのぅ。
警備隊詰め所にも顔を出してみたが、特に問題はなさそうじゃった。昨日、今日とまさかの連日だったので、顔を覚えられていたがの。
盗賊のアジトから連れ帰った娘さんたちも、既に各家へと帰ったらしい。せめてものお礼にと、幾ばくかのお金を家族が置いていったそうじゃ。盗賊団の懸賞金があるからいらないんじゃがな。
とりあえず貰っておいて、この街で使いきろうかの。それが一番じゃろ。
その後、テーブル、椅子、陶器のカップなどを買い付ける。
夕方までのんびり街中散策をし、食料、調味料なども補充した。
湖が近いから魚介類が豊富だったのが嬉しいのぅ。寄生虫が怖いから生食はせんがな。虫殺しの魔法は知らんからの。あれば便利じゃし、明日にでも探してみるかのぅ。
《 9 出店場所 》
宿で朝食を済ませ、身支度を整える。
昨日帰ってきてから見つけたんじゃが、この宿には風呂場があった。いつでも湯を張っているわけではないがの。
湯を張るから入りたいと伝えたら、それならばと利用料はタダにしてもらえた。
洗うのも、水を張るのも沸かすのも大変じゃからな。双方ともに利があって良いことじゃ。宿は他の宿泊客から入浴料を取れるしの。
出店をどこにするか考えるため、今日も街中散策をする。さすがに喫茶店の目の前でやったりはせんぞ。
昨夜のうちに仕入れておいたコーヒー豆、粉、紅茶の詰め替えも終わっとる。ポニアに作ってもらった茶筒が大活躍じゃ。
商業ギルドにも顔を出し、執務室へ。
室内にはイルミナに加え、サブマスターの男性シロハンと、飲食店関係担当の女性職員サチアがいた。このサチアに高額取引の立会人を頼んであるそうじゃ。屋台についての相談もあるから丁度いいのぅ。
鞄からコーヒーの豆と粉を出しテーブルに置くと、即座に確認作業へと移っていく。
その間に紅茶の準備じゃ。試飲と茶葉確認の為に、茶筒とポットを一つずつ、カップを数個並べる。
「今まで見たコーヒーなんて目じゃないですよ。こんな高品質を一体どこから……」
「仕入れ先は教えんぞ。商人にとってそこは何より大事じゃ……分かるじゃろ?」
紅茶の支度をしながらシロハンに答える。
「個人からの仕入れとは思えない量ですよ」
「今までより高値での仕入れになりますが、十分に利益が見込める品です。なのでこれだけの量をアサオさんに依頼しました」
量を見て驚くシロハンに、イルミナが説明する。
「こんな高品質のモノは二度とお目に掛かれないかもしれませんよ。なら今仕入れて損はないはずです」
イルミナとサチアはとにかく量を確保したい。対して、シロハンとしては万が一の過剰在庫が怖いんじゃろうな。
ルーチェと二人、蚊帳の外状態で事の成り行きを見守る。ここで無理に売らないでも十分な資金があるからのぅ。それに自分の屋台でも使えるでな。
「儂は持ち込んだだけ、どれだけ買うかはそちらさんの判断にお任せじゃよ。それより、紅茶の試飲と品質調査を頼んでもいいかの?」
昨日と同じくカップに注いだ紅茶が、執務室に芳醇な香りを漂わせる。白のカップに茶の紅色がよく映えとる。
「あぁ、やはり良いですね。昨日と変わらず素敵な品です」
「コーヒーだけでなく紅茶も特級品ですか!」
「サブマスター、これは確保しなきゃダメですよ。次の機会なんて訪れませんて」
サチアは再度シロハンの説得にかかるようじゃ。買い取ってくれるならそれで構わんが、無理に売らなくてもこっちに損はないからのぅ。
「アサオさん、紅茶はどのくらいまで売ってもらえますか?」
「粉と同じ1万ランカくらいかの」
「買いましょう。豆5千、粉1万、紅茶1万で全部仕入れましょう」
反対していたシロハンが即決してしまったのぅ。ならばと、紅茶の葉もテーブルに取り出す。
「コーヒーはフォスと同じ値段で、紅茶はスールと同じ値段で構いませんか?」
取引記録を見ながら仕入れ単価を確認するイルミナ。豆が100ランカ20万リル、粉が100ランカ18万リル、紅茶が100ランカ23万リルじゃったな。
「紅茶は100ランカ20万で構わんぞ」
「安くなるのは嬉しいですが……良いのですか?」
「スールはギルマスがダメじゃったから23万にしたんじゃ。20万でも十分利益は出るからの」
ネイサンに関わることはもうないでのぅ。
「あぁネイサンですか。先が見えない愚者ですからね。目先の利益に対しての嗅覚はそら恐ろしいほどあるのに、もったいないことです」
知っとるようじゃな。ギルマスなら他所のこともある程度把握していて当然か。この呆れ顔を見る限り、あやつもそこそこ有名なんじゃろ。
「適正価格での取引に戻す良い機会じゃ」
「ありがとうございます。では紅茶は20万で計算しますね」
イルミナ、シロハンが代金を用意する為に席を立つ。その戻りを待つ間に、サチアと屋台のことを相談しておけば、時間の無駄を省けて良さそうじゃな。
「儂が屋台を出すのは聞いとるかの?」
「あ、はい。聞いてます。何でも格安でコーヒー等を振る舞うとか」
サチアは飲みかけの紅茶から口を離して答える。
「これだけの高品質、高価格のモノを安く出して平気なんですか?」
「儂の仕入れ価格なら問題ないんじゃよ。赤字になることもない」
「それは仕入れ値が気になりますね。でもマナー違反ですから置いときましょう。どこに店を出すかは決まったんですか?」
「そこを相談に来たんじゃ。別に他所の店に喧嘩売りに来たわけじゃないからの。どこか良い場所はありゃせんか?」
今日は候補地を聞きたくて来たというのもあるのじゃ。
「んー。なら近くに飲食店のない辺りがいいですかね。どの通りにもいろんな商会の絡みがありますから、いっそのこと、このギルドの隣でやりますか?」
「端に行けないなら、ど真ん中でってことかの?」
「ですね。ギルドの隣でしかも管理地。ウチが認めていると言えば、誰からも文句は出ないと思いますよ」
サチアは笑顔であっけらかんと言う。
許可を得て本丸の隣りに構えた店に文句は言えんか。まぁ期間限定の屋台だからできる一手なのかもしれんな。
「他の店には、私から『喧嘩売るな』という内容の通知を出しておきます」
「それはありがたいが、平気なのか?」
「ここだけの話ですが、イスリール様に頼まれてますからね」
顔を近付けて小声で耳打ちしてくるサチア。儂が驚いていると、片目を閉じる。
「ナイショですよ」
「お待たせしました」
そこでタイミング良くイルミナたちが戻ってくる。
「豆1000万、粉1800万、紅茶2000万で合計4800万リルになります」
テーブルに金貨入りの袋が積まれていく。
「これだけの量が並ぶと壮観ですねー」
「個人との取引では過去最高額ですね。白金貨だけでご用意できなくて申し訳ありません」
軽い物言いのサチアを放置して、イルミナが詫びを入れてくる。
「白金貨は48枚も用意してないじゃろうからな」
「これでいっぱい食べられるね、じいじ」
一切会話に混ざらずお茶とかりんとうをつまんでいたルーチェが、ここで初めて声を出す。一同が一斉にそっちを見るが、ルーチェは全く気にせず間食を続けとる。
これだけの額を全部食べ物にかけても食い切れんぞ。
「取引もこれで終わりじゃな」
「良い取引をありがとうございました。何かありましたら、またお越しください」
イルミナたちと握手を交わし、ギルドをあとにする。
出店場所も決まり、懐はほくほく。すこぶる気分の良い儂じゃった。
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