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第二章 ~遥かなる高みへ~

第三十七話 ~マルク領防衛戦・魔眼~

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 神発暦3512年 秋



「ほらほら、ちゃんと避けないと死ぬわよ!」

「くッ」


 マーシャは魔物の水系放出魔法の猛攻を持ち前の身軽さで回避していた。マーシャが避けた水系放出魔法は木に当たると、木は音をたてて溶けていく。


≪不味いわ。これほど強酸の放出魔法なんて見たことないし、魔力溜めの時間が短すぎて反撃できない≫


 本来魔法とは、その威力や特異性が増すほどに発動に時間かかるもので、本人が持っている加護の位にも影響されるが、大概はその時間を減らすために魔道具や精霊の力を借りることで時間を短縮している。

 
≪間違いなくこいつの強さは一等級の高位。いや、もしかしたらこいつは≫


 この世界では、強さを表す時に等級を使うが、例え同じ等級だったとしてもその強さは同じではない。
 特にそれは一等級のような上位の力を持った生き物になるほど顕著に現れる。

 時にその強さの違いは等級を跨ぐほどだとも言われ、一時期、等級制度の見直しも囁かれたが、第一等級の強さを分類訳をする方法が第一等級の冒険者や騎士の感覚でしかなく断念された。

 だが、人類には一つだけ第一等級を越える第0等級とされる考えがある。それは、


≪古の魔物≫


 古。神がこの世界を旅立つ前の時代。最終戦争を生き延びた魔物や魔獣は、あるものは未到のダンジョンに、あるものはここより遥か南にある暗黒大陸に今だ生きているといわれ、都市伝説的な存在となっている。

 マーシャは自身の脳裏にあり得ないと思いながらも、その可能性を本能で感じていた。


≪見たことのない姿。軍団級の魔法も効かない。高濃度の魔力を必要とする魔法を瞬時に生成する力≫


 マーシャは目の前の魔物の事を考えれば考えるほど自身の予想が当たっているように思えてしまう。


≪しまっ≫

「何か考え事してたでしょ。だから足を掬われるのよ」


 マーシャの足には、蔦が絡まっていた。

≪二つの魔法を別々に操れるなんて≫

「そろそろ、隠してないで本気だしても良いのよ?」

「!」

「何を驚いてるの?私の眼が効かない時点で可能性は大きく分けて二つしかないのよ。一つは目が見えない。もう一つはそうねぇ、あなた達の言葉にするなら古の魔力ってとこかしら?」

「……」


 マーシャは魔物の言葉を聞いても沈黙を続けた。


「貴女の目。先祖帰りかしら?」

≪ばれてる≫


 マーシャはそう思うとともに確信に変わる。


≪こいつは雷龍の湖の魔帝から誕生したんじゃない。もっと遥か昔≫

「あなた、どうして生まれたばかりのダンジョンマスターの命令を利いてるの?」

「それは内緒。でも、本気を出してくれない?私、手加減するの余り好きじゃないのよ」

「その油断が命取りになるかもしれないとは思わないの?」

「なら、そうなるように頑張ってちょうだい」


 魔物は余裕の表情で答えた。


≪申し訳ございません。父上、私はこの力を再び呼び起こさなければいけないようです≫


 マーシャは父に懺悔し、力を開放する。


≪【開眼・血祖の魔眼】≫


 マーシャがそう心のなかで唱えると、マーシャの眼が鮮やかな金色に輝く。
 すると、マーシャの足に絡み付いていた蔦が瞬く間に枯れはて、その拘束力を失う。


「随分と魔力が上がったわね。楽しませて頂戴」


 魔物はそういうと、再び強酸の放出魔法を放つ。

 しかし、マーシャは魔法を躱すことなく、強酸をその身に受ける。そして、皮膚は爛れその容姿は全くといっていいほど原型をとどめていない。
 そんな状態であるにもかからわずマーシャが言葉を発す。


「もっと...血を...血が足りない!」


 マーシャがそう言うと、すさまじい量の血がマーシャの体を覆い一瞬にして体が再生する。


「アハッ、あんなところに美味しそうな匂いがする」


 マーシャのその眼は狂ったように魔物を見つめる。


「やっぱり。あなた【原初】の先祖返りなのね。懐かしいわ。かかってらっしゃい」

操作魔法コントロール血の饗宴ブラッドパーティ


 マーシャがそう唱えると、辺り一面赤い霧に包まれる。


変身魔法トランスフォーム吸血姫ヴァンパイア


 再びマーシャが魔法を唱えると、その姿は赤い霧の中に消える。


「きゃはっ」


 マーシャは突如、魔物の背後に姿を現す。しかし、魔物はその攻撃を予想していたかのように魔法を発動させる。


構成操作魔法クリエイト・コントロール茨の檻ケージ


 マーシャは瞬く間に茨に取り囲まれ身動きを封じれたかに思われたが、


構成魔法クリエイト鮮血の剣ブラッド・ソード


 マーシャはその手に血でできた剣を持ち、自身が茨に取り囲まれていることも構わず剣を振るう。すると、マーシャの体は再び赤い霧と同化し茨をすり抜け、その刃は魔物へと向かう。

 魔物はその様子を物珍しそうに眺めながら、後方に回避する。そして、マーシャの振るった剣は霧と同化するようにその形をなくす。

 次の瞬間、魔物の体から血がほとばしる。まるで、先ほど躱されたマーシャの剣で斬られたかのような斬り口であった。
 その事態に先程まで余裕の顔を覗かせていた魔物にも驚きの表情が見られる。


「ここまで、【原初】に近いとは思わなかったわ」

「あははっ、貴女の血はどんな味?」


 魔物の言葉も意に返さず、マーシャは嬉々として話しかける。そして、魔物から飛び出した血が意思を持ったかのようにマーシャの元に集まると、体の中に取り込まれていく。


「貴女の血。美味しいのねっ!」


 マーシャは血を取り込み終えると、今度は魔物に向かって直進する。


「この霧は相変わらず邪魔ね。構成操作魔クリエイト・コントロール血吸樹海フィーディング・フォレスト


 魔物が魔法を唱えると、地面から巨大な樹木がいくつも出現する。マーシャは突然の事態にも冷静に対応し、大樹に飲み込まれないよう回避する。
 そして、魔法の発動が終了すると辺りは大樹が入り組む巨大な樹海へと変貌していた。その規模は防衛戦をしている右翼にまで影響が出るほどだと思われた。


≪見失った≫


 マーシャは回避に集中したため、魔物の場所を見失った。さらに、


「……霧が晴れていく?」


 マーシャは異変に気づく。 操作魔法コントロール血の饗宴ブラッドパーティはヴァンパイア化しているマーシャの体が同化することのできる魔法であるため、本来であれば血の霧の位置や規模を即座に把握でき、例え風で流そうとしてもその場に漂い続ける魔法であった。


「これが私の昔からやってる。貴女の一族対策よ」


 マーシャはどこからともなく聞こえる声に、辺りを見回す。


「この木々は血が餌なの。どう?面白いでしょ」

「霧がなくても私は強いわよ」

「きっとそうなんでしょうね。でもね、私の血を取り込んだ時点で貴女の負けよ」



 
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