アメジストは夕暮れに神秘に煌めく

十六夜

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第1章 旅立ち

第11話 フィーリの正体

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 明くる朝、俺達は辺境伯領主の館を訪れていた。
 通された部屋は、会議室だった。

「皆、よく来た」

 そう言って笑い皺を深め、厳かに、けれども優しげな言葉を掛けてくれたのは誰あろう、クウォーレンス辺境伯その人である。
 俺が、辺境伯のじっちゃんと陰ながら呼んでいる方だ。

 会議室にはじっちゃんの他、執事長と数人の側近、また、何度か見かけたことのある、別の騎士団の団長さんがいた。

「はっ。第3騎士団団長ダンケ・レイゾール及び副官カイル・レビアン、ハインリッヒ・レンガシュ・エメヌトゥレン両名。並びに第3騎士団員サメノー村駐屯部隊一同、昨日さくじつ入領致しました事、ご報告申し上げます」

 じっちゃんに跪き、ダンケ達は騎士の礼と共に挨拶をした。俺もカイルにならって、跪いている。

 因みに、ダンケ以外で今日館に来ていたのは、カイルとハインリッヒ、ムースとケビンとミド、そして俺だけだった。
 他のサメノー村から来た第3騎士団の皆は、辺境伯軍の騎士団で待機するとの事だ。
 確かに、全員で行っても入れなかっただろう。


 目線で続きを促すじっちゃんに、ダンケが更に報告を重ねる。

「サメノー村、北西にてスタンピード発生。砦が陥落し、村は壊滅状態です。被害は半数以上に上り、駐屯部隊も半数が死にました」

 ダンケはグッと歯を食いしばり、更に頭を垂れた。
「全ては私の不徳の致すところです。如何様な罰も受ける所存です」と言って。


 途端に騒がしくなった部屋で、じっちゃんは深く目をつぶり、黙り込んでしまった。
その後ろで、側近の一人がダンケに向かって質問する。

「レイゾール殿、まことですかな? 本当に砦が陥落したと?」
「事実です」

 淡々と返すダンケに、別の側近が少し声を荒らげた。

「北西の砦ですと? あちらは確か、レビレイシャ渓谷とモンス山脈があったはず。とてもではないが、魔物が渡れるものでは無いと思うが?」
「その通りです。しかし、そう思っていた我々も、公道に面した南東の砦に大半の人員を割いておりました。あの日は祭りの警備があり、常時より更に砦の警備が手薄だったとはいえ、結果この様です」

 隣でカイルが、ダンケに代わって答えた。

 二人から望ましくない返答を受けた側近達は、黙り込んでしまう。
 誰もが、辺境伯領始まって以来の異変に、気味悪く思っているのだ。

 皆が口を噤み顔を見合せる中、ハインリッヒが思い出したように告げた。


「それに……陽動が、あったように思います」
「陽動?」

 側近が訝しんだ声をあげる。

「はい。初め、我らが砦の櫓が鳴らす警鐘を聞いたのは、南東の砦の方でした。
だから、私達は祭りで外に出ていた村人を北西の砦へ誘導して避難させ、反対に騎士達は南東へ向かわせたのです。ですが……」
「実際に陥落したのは、北西。つまり、そちら側から魔物が侵入した。逃げた村人は侵入した魔物に襲われた、と。そう言いたいのか?」

 ハインリッヒの言葉を続けたのは、じっちゃんだった。ハインリッヒが頷くと、その顔は険しさを増した。
 側近達は更にダンケ達を質問攻めにし、会議室は混沌を窮めた。

 そんな中、俺は部屋の隅で一人、ハインリッヒの言ったことについて考えていた。


《そう言えば、今回のスタンピードがおかしいって思ったのは、門で話を聞く前からだったような……》

 門で守衛から話を聞いた時、何とも言えない嫌な予感がした。
 でも、その時は何がそんな気分にさせたかは、分からなかった。でも──。


《そうか、あの時、俺達は陽動にあったんだ。違和感の正体はそれか!》


 スタンピードの魔物は、一般に大厄災と呼ばれるだけのことはあり、手が付けられない。
 何故なら、から。
 よって、陽動なんていう、作戦時見た行動が取れる訳もなく───。

 しかし、今回のサメノー村の大被害は、陽動無くして起きないレベルだ。

 警備の厳重な方の砦に人員を割くよう仕向け、その上で比較的手薄な、村の皆が方の砦をさらに手薄にして侵入。
 砦に向かって避難していた村人を、効率的に狩ることも出来ただろう。

 なんとも合理的で、人間じみた考え方。
 まるで、どうすれば一番打撃を与えられるか計算し尽くしたような──。


《じゃあ、あの魔物達には、理性があった? もしくは、?》


 俺は、自分で考えて、その考えにゾッとした。
 スタンピード級の魔物の大群が理性を持つ、もしくは操られるとしたら、悪用される可能性がある。というか、今回の件は、その初手に過ぎないかもしれないのだから。


「今回、領内で起こったスタンピードは三件。
内二つは、比較的普通のスタンピードだ。被害こそ小さくはないが、かといって、想像を超えるほどではない。が、サメノー村のスタンピードには、何か奇妙な点が多い。やもすると、他二つも更に陽動であった可能性がある」

 じっちゃんも、恐らく人為的なものだと考えているらしい。

 すると、それまで一言も話をしていなかった、別の騎士団長が口を開いた。

「おう、ダンケよ。御館様の言う事が、正しいとすればな。俺には一つ、分からねぇ事があるぜ」

 なんと、あのダンケやハインリッヒさえ丁寧口調で話していたのに、この人物はぞんざいな口調(恐らく素の口調なのだと思うが)のままである。

 俺はその騎士団長を、じっと観察した。
ダンケよりも歳上の中年よりかは若いといった老け顔。ガタイの良い屈強な体つきに、滲み出た猛者の風格。ぞんざいな口調だが、決してじっちゃんを貶めている訳ではなく、けれどそれが許されている人物。


《誰なんだろう? ただの騎士団長じゃなさそうだし》

 その問いはすぐに明らかになった。


「ね、ムース。あの人は誰? ダンケと同じ、騎士団長なんだよな?」
「いや、あの人の場合、ダンケとは違う。第2騎士団長でもあり、御館様の次女様に婿入りされた第4王子ルシェル様だ」
「王子?!」

《成程、それは、態度も違うわけだ》

「なんか、ワイルドな人だな。王族って皆あんな感じなのか?」
「辺境伯軍は荒っぽいからな。性に合ってらしたんだろう」
「へぇ……」

 第2騎士団長(結局そう呼ぶことにした)は、長い足を尊大に組み替えながら続けた。

「サメノー村は、言っちゃ悪いが、この辺境の更に果ての地にある。防衛の要でもねぇ。狙われるようなものがあるとも思えねぇんだ。なんか、心当たりはあるかい?」
「……一つだけ、あります」

 ダンケが、一瞬だけ、俺を見た気がした。

「ほお? それは、ズバリなんだ?」
「聖女です」
「聖女だぁ?」
「「「「聖女ですと?!」」」だと?!」

 じっちゃんと第2騎士団長が驚いた顔で顔を見合せる。第2騎士団長は、頭を抱え、片手を前に突き出して唸っている。

「ちょおっと待てや。聖女ってぇと、14年前に失踪したっていう、ライレンシア聖霊国の聖女か? まさか、サメノー村にいたのか?!」
「ルシェル殿下…」
「もう殿下じゃねぇつってんだろ、名前で呼べや」

 妙な所で訂正が入る。
 ダンケは律儀に言い直した。

「ルシェル殿、違います。失踪された聖女ではありません。恐らく、関係者かと」
「何故分かる? 今まで報告に挙がってねぇって事は、つまり知らなかったってこったろ? ですよね、御館様?」
「儂は聞いておらんな」

 じっちゃん達は、鋭い眼光でダンケを見下ろした。

「はっ。恐れながら、その報告を受けたのは領門の前でして。そして、その事実に気が付いたのは、ここにいるキールなのです」
「どういう事か、説明せよ」
「はっ」

 ダンケは、俺から聞いた話と、カイルの推測を交えた話とを、じっちゃん達に説明した。
 話を聞き終わったじっちゃんは、俺にも話を聞いた。

「つまりはキール。神獣様が、確かに、フィーリを聖女と呼んだのだな?」
「正確には、聖なる乙女って呼んでた。自分が神の遣いだとも、一緒に精霊界へ行かないといけないことも、スタンピードのことも……」
「ふむ。聖女というのは、我々人間の呼び方であって、本来の呼び方は違う。神獣様が仰られた事が正しい」
「てことは、つまり?」
「フィーリが次期、それも神獣に認められた正統な聖女である……そういう事であるな」


 これで、フィーリが聖女だと確定した。
 フィーリは、魔物ではなく、神獣に連れ去られたのだ。幸か不幸か、嘆くべきなのか分からない。

 けれど、一つだけ俺の胸の内にある感情で確かなものがあるとすれば、それは喜びだった。
 フィーリは、悪魔の子などではなく、伝説の英雄と同じ、聖女だったのだから。

「フィーリはやっぱり、悪魔の子なんかじゃなかったんだな……」

 こんな時に笑ってる場合じゃないのは分かっているが、嬉しさで口角がニヨニヨと動くのを、止められそうにない。

 すると、じっちゃんが優しく俺の肩に手を置き、話しかけた。思わず顔をあげれば、優しげな緑の瞳が、俺を見下ろしている。

「キールよ。
神獣様がフィーリを連れて精霊界へ行ったのは、運命だろう。
じゃが、その時までフィーリを傍で守り抜いたのは、他ならぬ、其方だ。自分を誇れ、キール」
「じっちゃん……。でも、フィーリを泣かせちまったよ、俺」

 あの瞬間の、悲痛な叫びと泣き顔が忘れられない。

 俺は思わず俯きそうになったが、じっちゃんは「ふぉっふぉっふぉ」と笑いながら、豪快に肩を叩いてきた。

「なに、ちと間が悪かっただけじゃろ。ま、目の前でお前が死ぬやもしれんと思えばな。
しかし、フィーリは少なくとも無事じゃし、其方も生きとる。きっと、また会える日は来るはずじゃ。
しゃんとせい、キール」
「……うん」

《そうだ。俺も、フィーリもまだ、生きてる。きっとまた会える。いつまでもメソメソしてたら、フィーリに笑われちまうな》

 心の何処かに巣食っていた黒い靄が、少しだけ、晴れたような気がした。


 俺は、一礼して皆のところに戻ろうとした。が、第2騎士団長が、「ちょっと待て」と声を上げ、呼び止められた。

「お前さん、キールとかいったか? 何モンだ?」
「え?」

 第2騎士団長は、目を光らせ、鋭い眼差しで俺を見据えていた。
 直接睨まれた俺は、一瞬だけその威圧に呑まれそうになったが、踏みとどまった。正直、じっちゃんの側近のクロード様の方が、俺からすると怖い。

 稽古をつけてもらう時、いつも文字通り、死にそうな目にあっているからだと思う。
 クロード様のは威圧を通り越して、もはや殺気だ。なんと言えば良いだろう、若干痛ぶるのを楽しんでいそうな、そんな感じでの鍛錬なのだ。

 それに比べれば、俺を値踏みする為の威圧だろうが、怖くはない。


「俺は…孤児です」
「ほお、俺の威圧に耐えるか。やるな、小僧」
「ふぉっふぉっふぉ。ルシェル、キールはのぅ、クロードの弟子じゃよ」
「クロードの?!?! それは、納得だな。お前、よくあんなのの弟子になったなぁ」

 疑念から一転、あっという間に感心する様な、若干呆れた様な視線に変わった。

 ポカンとする俺に、第2騎士団長が説明してくれる。

「あのな、クロードは辺境伯軍参謀にして、第1騎士団長なんだよ。御館様に次ぐ、実力の持ち主だ」
「第1騎士団長?!」

 驚きすぎて、二の句が告げなくなる。

《今まで誰もそんな事言わな……。あ、でも、ムースとか、カイルとか、やたら気にしてたな。カイルにいたっては、羨ましそうにしてた気もするな。ダンケとハインリッヒは青ざめてたし……》


 納得すると同時に、そんな凄い人物が、何故孤児なんかの自分を相手にしてくれたのかが分からない。


「あいつは、竜族のクォーターだかんな。余っ程、武道の素質があんのな、お前。弟子にまでするとか、相当気に入られてるなあ…」

 第2騎士団長が、頭を掻きながらボヤく。

《竜族?》

「あの、竜族というのは?」
「あ? 聞いてねぇのか? 竜族っつうのは、まぁ、戦闘狂民族だな。力こそ全ての弱肉強食社会だ。獣人族と違うのは、えらく選民意識が強い点だな。
特に、滅多に人間の里には降りてこねぇ。
ま、あいつの家系は物好きみたいだな。それでも、血は争えねぇってわけだ」


 色々と、俺が知らない事はまたまだ世の中に沢山あると分かった。
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