アメジストは夕暮れに神秘に煌めく

十六夜

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第1章 旅立ち

第4話 守る為の力

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 残された俺達は、話しながら訓練を再開した。武器はナシの、体術訓練である。

 俺は騎士じゃないので、本当なら彼らと訓練するのはおかしいのだが、俺に稽古をつけてくれたじっちゃんの護衛の人(クロードさんと呼んでいる)が言うには、体術なら俺もそこそこ鍛えられているし、子供だからすばしっこく動き回れるので、いい練習相手なんだそうだ。

 クロードさんは騎士団の皆にも、十歳も年下の子供に負けては騎士団の名折れだから、しっかり相手をするようにと言っていた。
 いくらクロードさん直伝の体術とはいえ、十歳も年上の、俺よりも筋肉も上背もある人たちの相手なんてできないと、おっかなびっくり参加していたら、案外子供のように小さい相手では力の加減が難しいらしかった。今では仲間のように、体術練習に参加させてもらっている。

 王都では騎士を目指す子供は十六から入団するそうだ。子供相手の訓練も、スリには小さい子供が多いから、怪我をさせないように捕まえる練習として導入されているらしい。それでも十歳からという事なので、俺はかなり異例だし、恵まれていると思う。

 八年間一緒に練習して、今では一本取れる程にになってきた。皆、俺に騎士になるように進めてくれるが、俺はまだ少し、躊躇っている。

 騎士になれば、安定した収入を得る事が出来るようになるし、出世をすれば、名前と爵位が貰える。もう、孤児とは呼ばれなくなる。

 だけど、責任も持たなければならない。
 騎士として剣を持つということは、人を斬る覚悟を持つということだ。

 魔物退治は基本、冒険者の仕事だ。
 冒険者もランクが上がればそれなりに身分を保証されるが、騎士と違って国に忠誠を誓っているわけじゃない。

 騎士の仕事は、人々の安全を守ることだ。
 騎士は人々の安全を守る為に剣を振るう。つまり、魔物だけを斬ればいい訳じゃない。罪を犯した者を捕らえる為、場合によっては人を斬ることもある。

 フィーリを守りたい。
 だけど、その為に人を斬る覚悟が、俺にはまだ出来ない。
 このままただの村人として過ごせるなら、それに越したことはない。
 今のままでも、俺はフィーリを守れる。

 だが、そこまで考えた時、いつも不安が我が身を襲う。

《本当に、今のままでいいのか?  俺はちゃんと、フィーリを守れるのか?》

 考えても仕方の無いことだ。養父も言っていた。人生には、何が起こるかわからないのだと。
 ″絶対″は存在しないのだから。


 と、飛んできたケビンの攻撃をすんでのところで躱す。頭を低くして地面に手を付き、ケビンの脚を掬うように、素早く足を薙ぎ払った。
 が、後ろに飛んで避けられてしまった。続いて繰り出される拳を受け流し、こちらも攻撃を仕掛ける。

 体格差と筋肉量の差から、俺が普通に攻撃したところで、ケビンにダメージを与えられるわけが無い。しかし、俺はクロードさんから、そういう力の差が大きい相手とも渡り合える方法を学んでいる。

 敢えてケビンの胸あたりに拳を突き出し、掴まれそうになったところを逆に掴み返して、振り向きざまに姿勢を低くし、投げ飛ばす。
 思った程飛ばなかったが、地面に背をつき、一瞬で空を見ることになったケビンは、目をぱちくりしていた。

「?!」
「おお、キール。  クロード様から教わった技、遂に会得したな」
「何それ何それぇぇっ!!  キール、凄ぉい!!」

 隣で訓練していたムースとミドが近付いてきた。ミドが地面に仰向けになったケビンをつついて、蹴り飛ばされている。

 今のはクロードさんから教わった、体格差のある相手を投げ飛ばす技だ。コツがいるのだが、クロードさんに何度も投げ飛ばされた俺を、傍で見ていたムースはともかく、初めて見たケビンには有効だったようだ。これは、相手との体格差がある程度あって、相手に隙がある時にしか使えない。

 気づかれると失敗してしまうし、あまり体格差がありすぎても持ち上げられない。カイルやハインリッヒ、ムースのように熟練の騎士では有効ではない。

 ミドやケビンのように、身長は高いけれど、筋肉量はそこまで変わらない相手だからこそ、使える。俺がもう少し成長したら、また違ってくるかもしれないけれど。

「最近、筋肉が着いてきたからって、教えてもらったんだ」
「……っ痛……。  ……ビックリした。  まさか、お前に投げ飛ばされる日が来ようとは」
「ごめん」
「いや……、驚いたな。  おい、キール。  俺にも教えてくれないか?」

 ケビンが起き上がって背中を擦りながら聞いてきた。

「良いけど……。  ケビン達は剣があるじゃんか」

 いいからいいから、ホレ、と言うケビンに、何度か教えると、直ぐにできるようになった様で、ケビンは悪い笑みを浮かべて従弟を振り返った。

「ミド、ちょっと来い」
「……やだ」
「いいから」
「良くないよ?!  僕で試す気でしょう?!」
「……チッ」
「舌打ち?!」

 ミドは暫く逃げ回っていたが、遂にはケビンによって捕獲され、えいやとばかりに投げ飛ばされていた。「なんでーーー?!?!」と叫びながら。

 ドヤ顔をするケビンを、俺とムースは苦笑いをして見ていた。
 その後も暫く一緒に訓練をして、戻ってきたカイルやハインリッヒ、ダンケと共に昼食をとってから、騎士団のシャワールーム(騎士団の駐屯所には、温水の出る魔石完備のシャワールームがあり、訓練後は汗を流せるようになっている)を借りて汗を流し、俺は彼らと別れた。
 午後からは森の見回りである。


 一度家に戻って、服を着替え、ついでに香草などを採取する道具と、念の為にクロスボウを持って森に入る。
 程なくしてピグーガ豚のような動物一匹とオオトルー鹿のような動物が、罠にかかっているのを発見した。恐らくエレン達親子の仕掛けたものだろうと判断したのでそのまま素通りする。

《後で報告してやるか……。  さて、薬草はっと……》

 また暫く歩いて、今度は薬草の群生地に出る。

《ええっと……確かポーション用の薬草採取の依頼があったかな。  ついでに取っていこう》

 村の中には薬屋があって、そこのお婆さんに材料を取ってくるのを依頼されるのだ。あのお婆さんには代わりに回復薬や胃腸薬などを半額で融通してもらっている。

 回復薬とは冒険者たちがよく好んで飲む、体力を回復してくれる薬だ。けれど、一般人にも元気薬として親しまれている。擦り傷切り傷程度なら振りかけるとたちどころに治してしまうことが出来るのだ。
 けれど、俺達のような村人がホイホイ使うにはそれなりな値段だから、余程のことが無い限り、買わない。
 精々、もしもの為に買うくらいか。


 せっせと薬草を摘み取りながら、一人物思いにふける。

《この森も、大分安全になったよなぁ……。最近じゃ魔物なんか滅多に見ないし。  やっぱし、辺境伯のじっちゃんのお陰だよな……》

 元冒険者の養父が、魔物を間引いたり、森の入口に魔物避けの薬を炊いてた頃、連れられて見た魔物の数に比べ、今は見かけるものといえばスライムくらいである。

《スライムなんて、勝手に体当たりして自滅するような魔物くらいしか、見かけないもんな……。平和になったもんだ》

 今現在もぴょこぴょこと俺に体当たりをしては、潰れて消えていくスライムがいる。
 傍から見たら、スライムに懐かれているようにも見えるかもしれない。
 何はともあれ、平和である。


 と、不意にスライム達が慌てた様に離れていった。
 訝しんでいると、

「───ッ?!」

 不意に何か大きなものが近づく気配を感じ、咄嗟にクロスボウを構えた。久しく忘れていた程の、大きな気配である。

《……魔物?  違うな、殺気がない。  だが、人じゃない。……何だ?》

 得体がしれない。
 俺から一定の距離を空けて、その気配は止まった。攻撃を仕掛けてくる様子もみられない。ギリギリ目視出来そうな距離のそれを振り返ると──。

《 ……ハイイロウルフの亜種か?  いや、それにしては大きすぎる。 それに、殺気がない》

 遠くの木の影からこちらを伺っているのは、白い毛並の巨大なハイイロウルフだった。いや、ハイイロウルフに似た、別個体と思われる。背丈が倍以上ある。
 だが、魔物特有の殺気が感じられない。
 俺の勘が鈍ったのか?

「……」
「……」

 唸りもしない。何故こんなやつが、こんな所にいるのか。
 じっと見つめ合う俺達。
 しかし、不意に、やつの姿が見えなくなった。
 驚いた次の瞬間、俺の心臓は凍りついたかのように思われた。

「…………ッッ!!」

 悲鳴をあげ無かった自分を褒めてやりたい。全身に血が駆け巡っている。心臓の音が鼓膜にうるさく響いていた。

《いる!  ……後に、いる!》

 俺を押しつぶすかのような大きな気配が、音も立てずに背後に

《飛びやがった!》

 そう。奴は俺の目の前から一瞬にして消え、一瞬で20ヤード程の距離を飛んで背後に降り立ったのだ。
 ハイイロウルフなど目ではない。明らかにもっと上位種のなせる技である。

《喰われるのか?!  でも、何で動かないんだ!?  俺が振り向くのを待ってるとか?!?!》

 ウルフ系統の魔物は、動く物に敏感である。少しも動かなければ、助かることもある。しかし、大抵の場合は威圧に驚いた獲物が逃げようとして動く為、お陀仏になる。

 奴は一向に動く気配がない。クロスボウを構えて片膝を着いた姿勢のまま、俺は硬直していた。
 意地でも振り返るものか──そう、思って。

 どのくらい時間が経ったか分からないが、何やら頭の天辺に重みを感じた。


 ────スンスン────

「《?!》」

 何やら、匂いを嗅がれているようである。

《俺は美味かねぇぇぞっ!?!?》

 しかし奴は、俺を食う訳でもなく、そのままスンスンと、匂いを嗅ぎ続けている。

《一体何がしたいんだよ、お前!!!》

 もはや泣きたいくらいである。
 が、その割に幾らでも機会があったにもかかわらず喰われていないという事は、コイツは、俺を喰おうとしている訳では無いんじゃないか──と、段々冷静になってきた。

《……良し!》

 勇気を振り絞り、俺は振り返ってみた。



《……で、デカい……》

 近くで見れば、座っている状態で優に俺の倍以上あるやつの体。全身の毛が、日を反射してキラキラと光っている。顔は厳ついハイイロウルフそのものだが。
 魔物に対して感じるイメージは、恐怖だ。
 しかし、コイツからは寧ろ───、

《なんか……荘厳……?  神々しさ……?  みたいな?》

 なんとも美しく、気高い様な、そんな感じである。

《何でこんなのが、こんな所にいるんだ?》

「何してんだ……お前……」

 思わず口から考えている事が漏れる。
 咄嗟にやばい、と焦るも、奴は俺と目を合わせ、人間がするように、首を傾げた。

「……」
「……」
「……グルゥ……?」
「……」
「───スンスン」
「だぁぁぁぁっ!!!!  やめろってば!  何なんだお前っ!!!  魔物っぽくねぇぞ!!!」

 お前は犬か!!──と、内心で思わずツッコミを入れる。
 奴は暫くそんな俺の観察をしてから、また首を傾げ、匂いを嗅いでは首を傾げを繰り返す。仕舞いに、まるで人違いでもして、それに気がついたかのようにくるりと踵を返し、森の奥へと去っていった。

「……何だったんだぁ……?」

 俺は暫くその場で、ポケーっと突っ立って、やつの去っていくのを眺めていた。
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