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俺とサンタとアイツと冬と
第12話だ イブの夜にはベルを鳴らすぞ
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ああ、やっと追いついた。それにしても、このブーツ、走りやすいな。なんか、足が速くなった気がする。
「さて。ここの店ですな。『北風ラーメン』の讃岐さん。まだ、ランニングシャツ一枚で走っているんでしたっけ」
「はい。こんなに深々と雪が降っているというのに」
「……」
なんだ、二人とも知らなかったのか。讃岐さんは一年中ランニングシャツ一枚だぞ。ああ、今時はタンクトップシャツと言うらしいが……。
「亡くなった息子さんのために、今年も薄着で通されたのですね」
「ええ。そのようです。……」
そう、讃岐さんの息子さんの太一くんは、去年、交通事故で亡くなった。美歩ちゃんと同い年だった子だ。わんぱくで、元気な子だった。短くなった秋から本格的な冬に変わろうとしていた頃だった。その頃はバイクで配達していた讃岐さん。上着無しの半そでシャツ一枚で配達に出ようとした讃岐さん。背中を丸めて、両肩をさすって出ていく父親にジャンパーを渡そうとして、慌てて追いかけた太一くんは、店を出た直後に、角を曲がってきたトラックに撥ねられてしまった。すぐに病院に運ばれたが、そのまま帰らぬ人になってしまったそうだ。讃岐さんはそれ以来、上着を着ようとしないらしい。俺も最近知った話だ。きっと自分が少し肌寒そうな素振りを太一くんに見せたことが事故のきっかけだと思っているのだろう。それからというもの、彼は体を鍛え、真冬でもランニングシャツ一枚で通し、決して寒いとは言わないし、そのような仕草もしない。本当は寒いはずなのに。
彼が夏祭りで一生懸命に大太鼓を叩くのは、地域の子供たちのためという思いもあろうが、たぶん、その音を天国の太一くんに届けるためだろう。今日買ってきた「ふわふわケーキ」も、太一くんの墓前に供えるために違いない。だから、この大雪の中を、あんなに遠くにあるケーキ屋さんなのに、彼はそれを買いにいったのだ。そして、他の人たちのためにも買ってきてくれた。
讃岐さんだけじゃない。そのケーキ屋さんには大勢の客が並んでいたと言っていた。その人たちは、この寒さの中、長蛇の列に並んで、子供たちのため、家族のため、大切な人のためにケーキを買おうとしていたんだ。
数日前に、陽子さんはタクシーに乗って出かけていった。帰ってきた時に陽子さんが提げていたビニール袋の中には、リボンが掛けられた奇麗な包装の箱が入っていた。きっと美歩ちゃんへのプレゼントだろう。今頃、美歩ちゃんの枕元にそっと置かれているに違いない。目が不自由な陽子さんにとって、遠出の買い物は難儀だったことだろう。それでも我が子のために買いに行ってくれた。
この街にサンタクロースはいる。何人も!
ランニングシャツのサンタに、車椅子のサンタに、花屋のサンタ、つるピカ頭に和装のサンタ、髪結いのサンタ、薬売りのサンタ、そしてエプロンのサンタだ。
あれ? さっきの二人がいない。ん、「北風ラーメン」の中か。あらら、讃岐さんがカウンターの席でうつ伏せているぞ。さすがに疲れたんだな、自分の両腕を枕にして、ぐーぐーと鼾をかいて眠っている。横に置いてあるのは、「ふわふわケーキ」の箱だ。その横に太一くんの遺影……。
あ、サンタさんが讃岐さんの頭の上で手を振ったぞ。なんか、キラキラが讃岐さんの頭に降り注いでいる。眠っている讃岐さんが笑顔になった。なんだか、随分と穏やかな顔だなあ。楽しそうというか、うれしそうというか。なるほど。サンタさんの魔法で、幸せな夢を見ているんだな。きっと太一くんと素敵なクリスマスイブを過ごしている夢を見ているに違いない。だって、讃岐さんの目から涙が零れているから。
二人が出てきた。
「お疲れさん。讃岐さんには、それがプレゼントなのか?」
「ええ。それと、風邪をひかない健康な体もね」
だから、ウインクすな。気持ち悪い。
「サンタ様、そろそろ時間でございます」
「じゃあ、残りはいつもどおり、いっきに行きますか」
「かしこまりました」
うわ、まぶしい。光るなら光る前に言ってくれ。びっくりするじゃないか。ん? おお、赤い服にお着換えか。それなら、どこからどう見てもサンタクロースだな。間違いない。じゃあ、トナカイさんも……うっわ! と、トナカイ……さん。本物のトナカイの姿じゃないですか。ていうか、ちょっと大きくないですか。しかも、その舞茸みたいな立派な角。重そうだなあ。ああ……重くないのね。――なんだ、しゃべれなくなっちゃったか。おお、本当に鼻が赤く光っているんだな。
「それはね、彼の個性なんですよ。夜道を照らしてくれるのです」
「じゃあ、やっぱり、あんたが……」
「ええ。私がこの世界にスカウトしました。もう、随分と昔の事ですがね。今では彼はトナカイ隊の隊長ですよ。立派なものです」
「ふーん。隊長さんかあ。他のトナカイは、どこにいるんだ?」
「ほら、あそこに」
ん? さっきのワゴン車の後方から普通のトナカイが降りてきたぞ。一頭、二頭、三頭……七頭か。こっちにソリを引いてきて……トナカイ隊長さんの前に整列。おい、七頭目の君、目出し帽を被ったままだぞ。ブルっと顔を一振りして、おお、目出し帽が消えた。それでよし。
「では、行きますかな。今年もパアっと参りましょう!」
サンタさんがソリに乗って、トナカイ隊長さんは先頭に。その後ろに他のトナカイが並んでソリを引く。これが基本スタイルだな。それで、そのまま大通りの方に向かって加速していき、浮上! マジか、本当に飛んだぞ。おお、空中でUターンして、キラキラと輝きながらこちらに飛んでくる! シャンシャンと鈴の音が聞こえるのは、俺だけか? 結構な音だな。もう夜中だぞ!
「桃太郎さん、今年もご苦労さまでした。来年もよろしく」
正月か! ちょっと早いだろ。でも、まあ、一応、手を振っておくか。
「ありがとなあ。また来年も頼むぞお」
――いや、待て。美歩ちゃんだ! おい、美歩ちゃんのプレゼントを忘れてないか。おーい!
行ってしまった……。
「さて。ここの店ですな。『北風ラーメン』の讃岐さん。まだ、ランニングシャツ一枚で走っているんでしたっけ」
「はい。こんなに深々と雪が降っているというのに」
「……」
なんだ、二人とも知らなかったのか。讃岐さんは一年中ランニングシャツ一枚だぞ。ああ、今時はタンクトップシャツと言うらしいが……。
「亡くなった息子さんのために、今年も薄着で通されたのですね」
「ええ。そのようです。……」
そう、讃岐さんの息子さんの太一くんは、去年、交通事故で亡くなった。美歩ちゃんと同い年だった子だ。わんぱくで、元気な子だった。短くなった秋から本格的な冬に変わろうとしていた頃だった。その頃はバイクで配達していた讃岐さん。上着無しの半そでシャツ一枚で配達に出ようとした讃岐さん。背中を丸めて、両肩をさすって出ていく父親にジャンパーを渡そうとして、慌てて追いかけた太一くんは、店を出た直後に、角を曲がってきたトラックに撥ねられてしまった。すぐに病院に運ばれたが、そのまま帰らぬ人になってしまったそうだ。讃岐さんはそれ以来、上着を着ようとしないらしい。俺も最近知った話だ。きっと自分が少し肌寒そうな素振りを太一くんに見せたことが事故のきっかけだと思っているのだろう。それからというもの、彼は体を鍛え、真冬でもランニングシャツ一枚で通し、決して寒いとは言わないし、そのような仕草もしない。本当は寒いはずなのに。
彼が夏祭りで一生懸命に大太鼓を叩くのは、地域の子供たちのためという思いもあろうが、たぶん、その音を天国の太一くんに届けるためだろう。今日買ってきた「ふわふわケーキ」も、太一くんの墓前に供えるために違いない。だから、この大雪の中を、あんなに遠くにあるケーキ屋さんなのに、彼はそれを買いにいったのだ。そして、他の人たちのためにも買ってきてくれた。
讃岐さんだけじゃない。そのケーキ屋さんには大勢の客が並んでいたと言っていた。その人たちは、この寒さの中、長蛇の列に並んで、子供たちのため、家族のため、大切な人のためにケーキを買おうとしていたんだ。
数日前に、陽子さんはタクシーに乗って出かけていった。帰ってきた時に陽子さんが提げていたビニール袋の中には、リボンが掛けられた奇麗な包装の箱が入っていた。きっと美歩ちゃんへのプレゼントだろう。今頃、美歩ちゃんの枕元にそっと置かれているに違いない。目が不自由な陽子さんにとって、遠出の買い物は難儀だったことだろう。それでも我が子のために買いに行ってくれた。
この街にサンタクロースはいる。何人も!
ランニングシャツのサンタに、車椅子のサンタに、花屋のサンタ、つるピカ頭に和装のサンタ、髪結いのサンタ、薬売りのサンタ、そしてエプロンのサンタだ。
あれ? さっきの二人がいない。ん、「北風ラーメン」の中か。あらら、讃岐さんがカウンターの席でうつ伏せているぞ。さすがに疲れたんだな、自分の両腕を枕にして、ぐーぐーと鼾をかいて眠っている。横に置いてあるのは、「ふわふわケーキ」の箱だ。その横に太一くんの遺影……。
あ、サンタさんが讃岐さんの頭の上で手を振ったぞ。なんか、キラキラが讃岐さんの頭に降り注いでいる。眠っている讃岐さんが笑顔になった。なんだか、随分と穏やかな顔だなあ。楽しそうというか、うれしそうというか。なるほど。サンタさんの魔法で、幸せな夢を見ているんだな。きっと太一くんと素敵なクリスマスイブを過ごしている夢を見ているに違いない。だって、讃岐さんの目から涙が零れているから。
二人が出てきた。
「お疲れさん。讃岐さんには、それがプレゼントなのか?」
「ええ。それと、風邪をひかない健康な体もね」
だから、ウインクすな。気持ち悪い。
「サンタ様、そろそろ時間でございます」
「じゃあ、残りはいつもどおり、いっきに行きますか」
「かしこまりました」
うわ、まぶしい。光るなら光る前に言ってくれ。びっくりするじゃないか。ん? おお、赤い服にお着換えか。それなら、どこからどう見てもサンタクロースだな。間違いない。じゃあ、トナカイさんも……うっわ! と、トナカイ……さん。本物のトナカイの姿じゃないですか。ていうか、ちょっと大きくないですか。しかも、その舞茸みたいな立派な角。重そうだなあ。ああ……重くないのね。――なんだ、しゃべれなくなっちゃったか。おお、本当に鼻が赤く光っているんだな。
「それはね、彼の個性なんですよ。夜道を照らしてくれるのです」
「じゃあ、やっぱり、あんたが……」
「ええ。私がこの世界にスカウトしました。もう、随分と昔の事ですがね。今では彼はトナカイ隊の隊長ですよ。立派なものです」
「ふーん。隊長さんかあ。他のトナカイは、どこにいるんだ?」
「ほら、あそこに」
ん? さっきのワゴン車の後方から普通のトナカイが降りてきたぞ。一頭、二頭、三頭……七頭か。こっちにソリを引いてきて……トナカイ隊長さんの前に整列。おい、七頭目の君、目出し帽を被ったままだぞ。ブルっと顔を一振りして、おお、目出し帽が消えた。それでよし。
「では、行きますかな。今年もパアっと参りましょう!」
サンタさんがソリに乗って、トナカイ隊長さんは先頭に。その後ろに他のトナカイが並んでソリを引く。これが基本スタイルだな。それで、そのまま大通りの方に向かって加速していき、浮上! マジか、本当に飛んだぞ。おお、空中でUターンして、キラキラと輝きながらこちらに飛んでくる! シャンシャンと鈴の音が聞こえるのは、俺だけか? 結構な音だな。もう夜中だぞ!
「桃太郎さん、今年もご苦労さまでした。来年もよろしく」
正月か! ちょっと早いだろ。でも、まあ、一応、手を振っておくか。
「ありがとなあ。また来年も頼むぞお」
――いや、待て。美歩ちゃんだ! おい、美歩ちゃんのプレゼントを忘れてないか。おーい!
行ってしまった……。
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