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俺とサンタとアイツと冬と
第7話だ これすとーる?
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これが飛び出さずにいられるか。俺は「北風ラーメン」から飛び出し、赤レンガ小道を吾が「ホッカリ弁当」に向けて走った。雪を蹴り飛ばしながら走っていると、「フラワーショップ高瀬」の前で土佐山田九州男さんが高瀬さんの奥さんの公子さんと話していた。公子さんは上げたシャッターを頭の上の位置で支えながら、不機嫌顔で言っている。
「もう、あの人ったら。どうして、こんな日にラーメンなのよ。アレが買えなかったから、代わりにラーメンってことかしら。どうせ無理だろうと思って、こっちはちゃんと手作りを準備してあげているのに。もう」
笑って聞いている土佐山田さんに挨拶してシャッターを外から下ろした公子さんは、背中を丸めて両手に息を吐きかけながら、こちらへと歩いてきた。
「よう、公子さん。こんばんは。今日は花屋も忙しかったみたいだな」
と声を掛けた俺に向かって、公子さんは
「ちょっと、桃、退いて。急いでるのよ」
とイライラ声をぶつけてきた。とりあえず、俺は道をあけた。彼女は「北風ラーメン」の方へと歩いていった。俺は心の中で高瀬邦夫さんに「あんたも気をつけろよ」と言った。
俺が「北風ラーメン」の方に向かって合掌していると、高瀬さんの店の隣にある民家から讃岐さんの声が聞こえた。例の芸術家さんの家だ。俺は少し覗いてみた。
玄関でこちらに背を向けて立っている讃岐さんは、中の住人に手を振りながら言っていた。
「気にせんでください。ご自分では買に行けないだろうと思って、勝手に琴平さんの分も買ってきただけですから。あっしのお節介ですよ。それに、いつも出前を頼んでもらっているのは、こっちの方じゃないですか。だから、気にせんでください。」
この家に一人で住んでいる琴平さんという老婦人は芸術家という職業の人だ。足が不自由で車椅子に乗っている。だから、外出も簡単ではないのだが、こんな雪の日は尚更そうだ。きっと、外に出られない琴平さんに代わって、讃岐さんが何か買ってきてあげたのだろう。たぶん、さっきの白い箱だ。
美しいステンドグラスが施された木製の玄関ドアを丁寧に閉めた讃岐さんは、オカモチを片手に、反対の肩に乗せた天秤棒の先に白い箱を一つだけ提げて、こちらへと歩いてきた。俺は言ってみる。
「あんた、意外と親切な人なんだな。人は見かけによらないものだな」
「なんだ、桃太郎。まだウロウロしてんのか。風邪ひくぞ」
それは雪の夜にランニング姿で外を歩いているあんたに言いたい、と思ったが、俺は黙って彼について歩いて……いたら、讃岐さんが走り始めたので、俺も走って追いかけた。途中で、白い箱を提げて帰る土佐山田さんを追い越した。その時、俺は土佐山田さんに
「もしも、あんたの薬局に白いボア付きの真っ赤なコートを着た、赤いとんがり帽子に白髭面の西洋人が酔い止め薬かウコン飲料を買いに来たら、追い払えよ。部下のトナカイさんを酷使しているヒドイ奴だから」
と早口で伝えた。土佐山田さんはキョトンとしていた。
讃岐さんは「観音寺」への入り口の前も、「モナミ美容室」の前も通り過ぎ、「ホッカリ弁当」の前で曲がって、敷地の中の横道へと入っていった。探偵である俺は普段、「観音寺」の境内を通って、そこから低い塀を飛び越えて、事務所兼住居の玄関がある「ホッカリ弁当」の裏手へと行く。探偵としては常に尾行も気にしなければならないし、俺のような流れ者が出入りしていることはなるべく世間に知られないようにしないと、警察関係者や信用金庫の職員などを大口の顧客に持つ「ホッカリ弁当」の信用を失いかねないからだ。だが、今は緊急事態だ。そうも言っていられない。俺は表から横の通路を通って裏手の玄関へと回った。
ドアが開いていて、讃岐さんがオカモチの中からラーメンを出していた。陽子さんがそれを受け取って、床に置いたお盆の上に置いている。二つ目の器を置いたところで、やっと俺に気づいたようだ。
「あら、桃太郎さん。お帰りなさい。外に出ていたの。寒かったでしょう」
「ただいま。ああ、寒かったが、このダウンベストのおかげでポカポカだった。心配は無用だ」
と答えて視線を横に向けると、陽子さんの膝の横に例の白い箱が置かれていた。俺は指先でその箱をつつきながら言った。
「これ、何なんだよ。さっき、讃岐さんは琴平さんにも渡していたぞ。土佐山田さんも大事そうに持って帰っていった。何だ、これ」
「ちょっと、やめてよ。形が壊れちゃうでしょ。せっかく讃岐さんが水平を保ったまま運んできてくれたのよ。台無しじゃない」
讃岐さんが笑いながら言った。
「評判通り、ふわっふわらしいからなあ。早く美歩ちゃんに食べさせてやんな」
陽子さんは讃岐さんにお金を払いながら言った。
「本当に、こんな雪の中を、ありがとうございました。きっと美歩も喜ぶと思います」
讃岐さんは照れ臭そうにツルピカ頭を指先で掻きながら
「そいつはよかった。ウチのガキにも食べさせてあげたくてね。あいつも喜ぶはずだ」
と言った。
陽子さんは少しだけ悲しそうな目で微笑んで返した。
讃岐さんは少し声を落として続けた。
「なんでも、学校で子供たちの話題になっているそうなんでさあ。それで親御さんたちが競って買いに行っているんでしょう。とにかく、すごい行列で。まともに買おうものなら、何時間も並ばないと、ありゃ無理ですね」
「そうだったんですか。――こんな寒い中、本当にありがとうございました」
と深々と頭を下げる陽子さんに讃岐さんは手を振って
「いや、やめてくださいよ。まあ、毎年出前に伺う所だから、ちょいとお願いしてみたら聞いてもらえただけですから。それに、お隣の土佐山田さんの奥さんからも一緒にお願いできないかって頼まれましてね。で、その時に、あ、そうだ、外村さんのところはどうかなって思って、声を掛けさせてもらったんですよ」
「そんな。わざわざウチのことまで……」
「いや、おたくには美歩ちゃんが居るし、それに、ほら、奥さんは目が不自由だから、いろいろと大変だろうと思いやしてね」
「本当にすみません。助かりました」
「なあに、これくらいお安い御用ですよ。こっちこそ、わざわざ出前まで頼んでもらって。気を遣わなくてもよかったのに。本当に、今日みたいな日にラーメンでよかったんですかい?」
「今日みたいな寒い日だから、美味しいラーメンがより美味しいんですよ。感謝していただきます」
「またまたあ。――そいじゃ、あっしはこれで。器は外に置いておいてください。明日の朝、取に伺いますんで。それじゃ」
讃岐さんはオカモチを肩に担いで、帰っていった。
陽子さんはラーメンを載せたお盆を両手で持って立ち上がると、階段の上を覗いた。柱の陰から美歩ちゃんが半分だけ顔を出して、下を伺っていた。それを見つけた陽子さんが悪戯っぽく笑いながら言った。
「ああ、聞いてたなあ。それなら、ちゃんと降りてきて、お礼を言わないとダメでしょ」
美歩ちゃんは柱の陰にひょいと隠れた。お盆を持ったまま、陽子さんは階段を上がった。また美歩ちゃんが半分だけ顔を出して、尋ねる。
「きた?」
「来たわよお。ふわふわケーキ。ほら、美歩。下に置いてあるから、持ってきて。桃太郎さんに食べられちゃうわよ」
美歩ちゃんは柱の陰から飛び出すと、トタトタと急いで階段を下りてきた。俺はそこまで卑しくはないぞ、と言いたかったが、それよりも美歩ちゃんが転ばないか心配だった。通り過ぎる美歩ちゃんをよけて、お盆を少し高く上げた陽子さんも言った。
「気を付けてよ。転んで怪我したら、ふわふわケーキを食べられないわよ」
「はーい」
美歩ちゃんは急に速度を落として、慎重に階段を降り始めた。下まで降りてくると、俺の前からさっと白い箱をどかして、大事そうに抱えて持ち上げた。
俺は美歩ちゃんに尋ねた。
「なんだ、それ、ケーキなのか。『ふわふわケーキ』って、あれだろ、あっちの方のケーキ屋さんでしか買えないとかいう人気のケーキ。この時期の限定販売らしいな。昨日の新聞の折り込みに載ってたもんな」
「桃太郎さんには、ケーキはダメなんだよ。これすとーるが、おおすぎるんだって」
コレステロールだと思ったが、美歩ちゃんは小一だから、大目に見てやった。
俺は美歩ちゃんの足下を気にしながら、一緒に階段を上がった。美歩ちゃんはケーキの箱を大事そうに胸元で抱えて慎重に段を上っている。どうやら、どうしても俺にその箱を持たせたくないみたいだった。
「もう、あの人ったら。どうして、こんな日にラーメンなのよ。アレが買えなかったから、代わりにラーメンってことかしら。どうせ無理だろうと思って、こっちはちゃんと手作りを準備してあげているのに。もう」
笑って聞いている土佐山田さんに挨拶してシャッターを外から下ろした公子さんは、背中を丸めて両手に息を吐きかけながら、こちらへと歩いてきた。
「よう、公子さん。こんばんは。今日は花屋も忙しかったみたいだな」
と声を掛けた俺に向かって、公子さんは
「ちょっと、桃、退いて。急いでるのよ」
とイライラ声をぶつけてきた。とりあえず、俺は道をあけた。彼女は「北風ラーメン」の方へと歩いていった。俺は心の中で高瀬邦夫さんに「あんたも気をつけろよ」と言った。
俺が「北風ラーメン」の方に向かって合掌していると、高瀬さんの店の隣にある民家から讃岐さんの声が聞こえた。例の芸術家さんの家だ。俺は少し覗いてみた。
玄関でこちらに背を向けて立っている讃岐さんは、中の住人に手を振りながら言っていた。
「気にせんでください。ご自分では買に行けないだろうと思って、勝手に琴平さんの分も買ってきただけですから。あっしのお節介ですよ。それに、いつも出前を頼んでもらっているのは、こっちの方じゃないですか。だから、気にせんでください。」
この家に一人で住んでいる琴平さんという老婦人は芸術家という職業の人だ。足が不自由で車椅子に乗っている。だから、外出も簡単ではないのだが、こんな雪の日は尚更そうだ。きっと、外に出られない琴平さんに代わって、讃岐さんが何か買ってきてあげたのだろう。たぶん、さっきの白い箱だ。
美しいステンドグラスが施された木製の玄関ドアを丁寧に閉めた讃岐さんは、オカモチを片手に、反対の肩に乗せた天秤棒の先に白い箱を一つだけ提げて、こちらへと歩いてきた。俺は言ってみる。
「あんた、意外と親切な人なんだな。人は見かけによらないものだな」
「なんだ、桃太郎。まだウロウロしてんのか。風邪ひくぞ」
それは雪の夜にランニング姿で外を歩いているあんたに言いたい、と思ったが、俺は黙って彼について歩いて……いたら、讃岐さんが走り始めたので、俺も走って追いかけた。途中で、白い箱を提げて帰る土佐山田さんを追い越した。その時、俺は土佐山田さんに
「もしも、あんたの薬局に白いボア付きの真っ赤なコートを着た、赤いとんがり帽子に白髭面の西洋人が酔い止め薬かウコン飲料を買いに来たら、追い払えよ。部下のトナカイさんを酷使しているヒドイ奴だから」
と早口で伝えた。土佐山田さんはキョトンとしていた。
讃岐さんは「観音寺」への入り口の前も、「モナミ美容室」の前も通り過ぎ、「ホッカリ弁当」の前で曲がって、敷地の中の横道へと入っていった。探偵である俺は普段、「観音寺」の境内を通って、そこから低い塀を飛び越えて、事務所兼住居の玄関がある「ホッカリ弁当」の裏手へと行く。探偵としては常に尾行も気にしなければならないし、俺のような流れ者が出入りしていることはなるべく世間に知られないようにしないと、警察関係者や信用金庫の職員などを大口の顧客に持つ「ホッカリ弁当」の信用を失いかねないからだ。だが、今は緊急事態だ。そうも言っていられない。俺は表から横の通路を通って裏手の玄関へと回った。
ドアが開いていて、讃岐さんがオカモチの中からラーメンを出していた。陽子さんがそれを受け取って、床に置いたお盆の上に置いている。二つ目の器を置いたところで、やっと俺に気づいたようだ。
「あら、桃太郎さん。お帰りなさい。外に出ていたの。寒かったでしょう」
「ただいま。ああ、寒かったが、このダウンベストのおかげでポカポカだった。心配は無用だ」
と答えて視線を横に向けると、陽子さんの膝の横に例の白い箱が置かれていた。俺は指先でその箱をつつきながら言った。
「これ、何なんだよ。さっき、讃岐さんは琴平さんにも渡していたぞ。土佐山田さんも大事そうに持って帰っていった。何だ、これ」
「ちょっと、やめてよ。形が壊れちゃうでしょ。せっかく讃岐さんが水平を保ったまま運んできてくれたのよ。台無しじゃない」
讃岐さんが笑いながら言った。
「評判通り、ふわっふわらしいからなあ。早く美歩ちゃんに食べさせてやんな」
陽子さんは讃岐さんにお金を払いながら言った。
「本当に、こんな雪の中を、ありがとうございました。きっと美歩も喜ぶと思います」
讃岐さんは照れ臭そうにツルピカ頭を指先で掻きながら
「そいつはよかった。ウチのガキにも食べさせてあげたくてね。あいつも喜ぶはずだ」
と言った。
陽子さんは少しだけ悲しそうな目で微笑んで返した。
讃岐さんは少し声を落として続けた。
「なんでも、学校で子供たちの話題になっているそうなんでさあ。それで親御さんたちが競って買いに行っているんでしょう。とにかく、すごい行列で。まともに買おうものなら、何時間も並ばないと、ありゃ無理ですね」
「そうだったんですか。――こんな寒い中、本当にありがとうございました」
と深々と頭を下げる陽子さんに讃岐さんは手を振って
「いや、やめてくださいよ。まあ、毎年出前に伺う所だから、ちょいとお願いしてみたら聞いてもらえただけですから。それに、お隣の土佐山田さんの奥さんからも一緒にお願いできないかって頼まれましてね。で、その時に、あ、そうだ、外村さんのところはどうかなって思って、声を掛けさせてもらったんですよ」
「そんな。わざわざウチのことまで……」
「いや、おたくには美歩ちゃんが居るし、それに、ほら、奥さんは目が不自由だから、いろいろと大変だろうと思いやしてね」
「本当にすみません。助かりました」
「なあに、これくらいお安い御用ですよ。こっちこそ、わざわざ出前まで頼んでもらって。気を遣わなくてもよかったのに。本当に、今日みたいな日にラーメンでよかったんですかい?」
「今日みたいな寒い日だから、美味しいラーメンがより美味しいんですよ。感謝していただきます」
「またまたあ。――そいじゃ、あっしはこれで。器は外に置いておいてください。明日の朝、取に伺いますんで。それじゃ」
讃岐さんはオカモチを肩に担いで、帰っていった。
陽子さんはラーメンを載せたお盆を両手で持って立ち上がると、階段の上を覗いた。柱の陰から美歩ちゃんが半分だけ顔を出して、下を伺っていた。それを見つけた陽子さんが悪戯っぽく笑いながら言った。
「ああ、聞いてたなあ。それなら、ちゃんと降りてきて、お礼を言わないとダメでしょ」
美歩ちゃんは柱の陰にひょいと隠れた。お盆を持ったまま、陽子さんは階段を上がった。また美歩ちゃんが半分だけ顔を出して、尋ねる。
「きた?」
「来たわよお。ふわふわケーキ。ほら、美歩。下に置いてあるから、持ってきて。桃太郎さんに食べられちゃうわよ」
美歩ちゃんは柱の陰から飛び出すと、トタトタと急いで階段を下りてきた。俺はそこまで卑しくはないぞ、と言いたかったが、それよりも美歩ちゃんが転ばないか心配だった。通り過ぎる美歩ちゃんをよけて、お盆を少し高く上げた陽子さんも言った。
「気を付けてよ。転んで怪我したら、ふわふわケーキを食べられないわよ」
「はーい」
美歩ちゃんは急に速度を落として、慎重に階段を降り始めた。下まで降りてくると、俺の前からさっと白い箱をどかして、大事そうに抱えて持ち上げた。
俺は美歩ちゃんに尋ねた。
「なんだ、それ、ケーキなのか。『ふわふわケーキ』って、あれだろ、あっちの方のケーキ屋さんでしか買えないとかいう人気のケーキ。この時期の限定販売らしいな。昨日の新聞の折り込みに載ってたもんな」
「桃太郎さんには、ケーキはダメなんだよ。これすとーるが、おおすぎるんだって」
コレステロールだと思ったが、美歩ちゃんは小一だから、大目に見てやった。
俺は美歩ちゃんの足下を気にしながら、一緒に階段を上がった。美歩ちゃんはケーキの箱を大事そうに胸元で抱えて慎重に段を上っている。どうやら、どうしても俺にその箱を持たせたくないみたいだった。
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