名探偵桃太郎の春夏秋冬

淀川 大

文字の大きさ
上 下
61 / 70
俺とサンタとアイツと冬と

第5話だ  追跡だぞ

しおりを挟む
 諸君は覚えていただろうか。「北風ラーメン」の讃岐さんのことを。ラーメンの出前のことを。俺はすっかり忘れていた。当然だ。サンタ運搬役のトナカイ括弧コート姿括弧返しに出合って、ビジネスホテルのロビーで談笑だ。頭が混乱しているこの状況で、配達が遅延しているラーメン屋のことなどに思いが至るはずがあろうか。

 窓の外の讃岐さんは、舞い落ちる雪の中を、肩を上げ、息をホッホと吐きながら走っていた。ランニングシャツ一枚で。それはいつものことだが、その夜の讃岐さんはオカモチを提げた腕と反対の肩に天秤棒を担いでいた。棒の両端には白い四角い箱が二個ずつ提げてあった。いったい何事ぞ、讃岐さん。彼は赤レンガ小道を「北風ラーメン」の方へと走っていった。

 俺は慌てて腰を上げ、出口の自動ドアへと向かいながらトナカイさんに言った。

「悪いな。いろいろと訊きたい事もあるし、実は相談したい事もあるにはあるが、緊急事態だ。また後でゆっくりと話そう」

 やっぱり眠ったままの「ヒトミちゃん」を確認してから、俺は自動ドアをくぐって外へと出た。寒い。ダウンのベストの中で身を震わせながら、俺は小さくなった讃岐さんの背中に向けて叫んだ。

「おーい、讃岐さーん。どこへ行くんだあ。ウチのラーメンはまだかあ」

 讃岐さんは気づかなかったようで、ザッザッとリズムよく音を立てて向こうに走って行った。俺は彼を追って駆け出そうとした。すると、俺の前の雪の上に俺の長い影が伸びた。振り返ると、眩い光が一面に覆い立っていた。俺はびっくりして、雪の上に尻餅をついた。光の壁はこちらに迫ってきた。俺は目を覆った。飛んできた泥雪が顔にかかった。光は俺の少し手前で止まった。その向こうでバムという音がして、その後に雪を踏む音が続いた。雪を踏み込む音は短いテンポで徐々に大きくなり、声がした。

「びっくりしたなあ。桃かよ、急に飛び出すなって言ったろ。危うく轢いちまうところだったじゃないか」

 向かいの「フラワーショップ高瀬」の高瀬邦夫さんだった。どうやら俺は、配達から帰ってきたところの高瀬さんの車の前にまた飛び出してしまったようだった。以前も彼が運転する車に轢かれそうになったが、今回も危なかったぜ。

 俺は顔にかかった雪と泥を払いながら立ち上がり、言った。

「驚かせて悪かったな。俺としたことが、捜査対象者にばかり気を取られていて、背後に注意するのを失念していた。面目ない」

「おまえが、その真っ赤なダウンを着ていたから気が付いたんだぞ。買ってくれた外村さんに感謝しろよ」

「分かってるよ……」

「ん、どうした。元気がないな。寒いからか。だいたい、この雪の中、しかも、こんな時間に外で何やってんだよ。ははーん。さては、外村さんや美歩ちゃんに追い出されたか」

「そんなわけないだろ。人聞きの悪い。捜査だ、捜査。行方不明になっていたおそれのある男を追っていたところなんだよ。なんで俺が追い出されなきゃならん」

「お、ご機嫌も斜めかい。そう怒るなよ。今日はこっちも忙しかったんだ。リース用のヒイラギとかポインセチアの追加が多くてね。この雪の中をあっちこっち配達さ。参ったよ」

「こっちはもっと大変だったんだ。コートを着たトナカイにガラス割って突入しないよう説得したり、ここの通りを滑走路に使わないよう頼んだりだな……」

 と、俺がビジネスホテルの中を覗くと、例のトナカイさんはもう居なかった。周囲を見回してみたが、深緑色のハットのじいさんの姿は無かった。

 俺は車に戻ろうとしていた高瀬さんに言った。

「そういえば、さっきそのトナカイが、あんたの店を見回しながら、十年前にどうとか、次は近いとか言っていたぞ。いったい、何の話だよ。もしかして、店の改装資金をサンタにでも借りたのか?」

「早く帰らないと、風邪をひくぞ。外村さんも心配しているんじゃないか」

 そう言って、高瀬さんは車のドアを開けた。俺はハッとした。

「おお、いかん。こんなところで立ち話をしている場合ではなかった。あっちの方が心配だ。急がねば。ラーメンがのびる!」

 俺は高瀬さんに背を向けると、雪の上に駆け出した。後ろから高瀬さんが「おーい、桃、これは何……」とか何とか言うのが聞こえたが、俺に振り返っている暇はなかった。ラーメンだ、ラーメン。「善は急げ」ではなく「麺は急げ」だ。急がねば。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます

ジャン・幸田
キャラ文芸
 アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!  そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新です。よろしくお願いします! 架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

処理中です...