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俺とサンタとアイツと冬と
第1話だ いきなり事件だぞ
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わが愛はエゴである。出前は待たない。泥で汚れたか、ちゃんと電灯が点かぬ。晩でも冬くらい、ぬくぬくした所でグーグーと寝ていたいと俺は希望している。
しかしながら、
今はそれどころではない。俺はここで初めてアレを見たのだ!
ウチの近所の「北風ラーメン」は出前の配達が遅い。讃岐さんは何をしているんだ。
ああ、讃岐さんは、この「赤レンガ小道商店街」の奥にあるラーメン屋の主人だ。短気で気が荒いオッサンだが、出前は気長だぞ。遅い。陽子さんも美歩ちゃんも、腹を空かせているというのに。
それから、陽子さんというのは、俺が事務所兼住居としている、この「ホッカリ弁当」の同居人で、弁当屋の経営者の外村陽子さんのことだ。美歩ちゃんはその娘。とても利口な子さ。
同居人とは言っても、この女所帯に俺が居候させてもらっているのだが、俺がこの街に流れ着いた時には金も名前も、記憶さえもない状態だったから、いろいろと助けてくれたこの二人にすがるしかなかったわけで、かといって、いわゆる「ヒモ」とか「ニート」になるつもりもなく、俺は俺の性に合った職業で身を立てて、この家の用心棒的な立場で二人に恩返しすることにした。そう、探偵だ。
巷の悪に目を光らせ、必要に応じて捜査し、悪人を見つけ出してはドッタバッタと撃退だ。危険を伴う仕事だが、ダンディーでニヒル。正義のために身を粉にして戦いながらも、普段はゆるり気ままに昼行燈。だけど中のロウソクの炎はメラメラだぜ。俺の性格にぴったりさ。男はやっぱり「肝」と「ビート」だな。
というノリで、このホッカリ弁当の同居人として俺が密かに探偵業を始めて以来、春夏秋冬、春夏秋冬と何回か廻った。今年もあっという間に冬。気付けば干支の交代が近づいている。春に小学生になったばかりの美歩ちゃんも、あと三か月と少しで二年生へと進級だ。来年の春からは人生初の「先輩」になる。下に新一年生という「明確な後輩」ができるわけだ。この頃はそれを意識してか、時々先輩口調で「ごはんのまえには、ちゃんと手をあらいましょうね」とか、「ハミガキはしっかり三分しましょうね、お口のエチケットはだいじなのよ」などと俺に言ってくる。まったく、ついこの前までスモック着て幼稚園に通っていたのに、随分とおしゃまを言うようになったものだ。まあ、頑張れよ、先は長いぞ。
長いと言えば、北風ラーメンだ。待ち長い。まったく、いつまで待たせるんだ。陽子さんが出前の電話注文をしてから二時間が過ぎているぞ、讃岐さん!
讃岐さんが営む「北風ラーメン」は、この「ホッカリ弁当」がある「赤レンガ小道商店街」の商店街組合の一員だ。「赤レンガ小道商店街」は、当然ながら赤レンガ小道にある。赤レンガ小道は、この先の大通り沿いにある「土佐山田薬局」と信用金庫の間から入って西へと延びるレンガ敷きの狭い道路のことで、そこの通り沿いにはウチの他にも、美容室、生花店、ビジネスホテル、喫茶店、床屋、八百屋なんかがある。裏手には古いお寺もあるし、生花店の隣には世界的に有名な芸術家の家もあるぞ。おっと、これは秘密だった。内緒にしといてくれ。
とにかく、讃岐さんの「北風ラーメン」は、この赤レンガ小道を抜けて「旧道」と言われる少し古い車道とぶつかる角、つまり「赤レンガ小道商店街」の出口にあるのだが、大通りの方からの入口から二軒目にある「ホッカリ弁当」とは端と端で距離があるといっても、そうたいした距離ではない。この距離を二時間もかけて配達しているとすれば、讃岐さんは相当に小股でトコトコと歩いているか、道に迷って遭難したかのどちらかだろう。
讃岐さんはこの地域の夏祭りで太鼓を打つために毎日ハードな筋トレをしていて、筋肉ムキムキだし、ハリウッド映画に登場する刑事なみに短気な人だから、オカモチを提げて爪先でトコトコ歩きなど有り得ない。トコトコと始めても五秒でキレて、「ああ、面倒くせい!」とオカモチを肩に担いで全力疾走を始めるはずだ。トコトコは絶対に無い。
一方で、赤レンガ小道は一直線の道だから、後者も無い。ここで人が遭難するようなら、この赤レンガ小道はどこかで途切れて異空間に繋がっているか、この小道だけが相対性理論の例外となっているかのどちらかである。だが、今のところ、この商店街に異星人や異世界生物、甲冑姿の騎馬武者などの類が突如として現れたことはないし、物理学者や数学者がやってきて何らかの計測をした事実もない。ここは、いたって正常な「商店街」だ。遭難はない。
必要以上に仕事熱心なあの讃岐さんが、客の注文を忘れるはずもあるまい。トコトコでも遭難でもないとすると、考えられるのは、やはり残る一つ。
――事件だ。
これは俺の出番ではないか。呑気に「ラーメン待ち」などしている場合か。だいたい、「なに待ちですか?」「ラーメン待ちです」などという会話は聞いたことがないぞ。そもそも、「なに待ちですか?」ってなんだ。「何を待っているのですか」だろ。ちゃんと話せ、ちゃんと。
しかしながら、
今はそれどころではない。俺はここで初めてアレを見たのだ!
ウチの近所の「北風ラーメン」は出前の配達が遅い。讃岐さんは何をしているんだ。
ああ、讃岐さんは、この「赤レンガ小道商店街」の奥にあるラーメン屋の主人だ。短気で気が荒いオッサンだが、出前は気長だぞ。遅い。陽子さんも美歩ちゃんも、腹を空かせているというのに。
それから、陽子さんというのは、俺が事務所兼住居としている、この「ホッカリ弁当」の同居人で、弁当屋の経営者の外村陽子さんのことだ。美歩ちゃんはその娘。とても利口な子さ。
同居人とは言っても、この女所帯に俺が居候させてもらっているのだが、俺がこの街に流れ着いた時には金も名前も、記憶さえもない状態だったから、いろいろと助けてくれたこの二人にすがるしかなかったわけで、かといって、いわゆる「ヒモ」とか「ニート」になるつもりもなく、俺は俺の性に合った職業で身を立てて、この家の用心棒的な立場で二人に恩返しすることにした。そう、探偵だ。
巷の悪に目を光らせ、必要に応じて捜査し、悪人を見つけ出してはドッタバッタと撃退だ。危険を伴う仕事だが、ダンディーでニヒル。正義のために身を粉にして戦いながらも、普段はゆるり気ままに昼行燈。だけど中のロウソクの炎はメラメラだぜ。俺の性格にぴったりさ。男はやっぱり「肝」と「ビート」だな。
というノリで、このホッカリ弁当の同居人として俺が密かに探偵業を始めて以来、春夏秋冬、春夏秋冬と何回か廻った。今年もあっという間に冬。気付けば干支の交代が近づいている。春に小学生になったばかりの美歩ちゃんも、あと三か月と少しで二年生へと進級だ。来年の春からは人生初の「先輩」になる。下に新一年生という「明確な後輩」ができるわけだ。この頃はそれを意識してか、時々先輩口調で「ごはんのまえには、ちゃんと手をあらいましょうね」とか、「ハミガキはしっかり三分しましょうね、お口のエチケットはだいじなのよ」などと俺に言ってくる。まったく、ついこの前までスモック着て幼稚園に通っていたのに、随分とおしゃまを言うようになったものだ。まあ、頑張れよ、先は長いぞ。
長いと言えば、北風ラーメンだ。待ち長い。まったく、いつまで待たせるんだ。陽子さんが出前の電話注文をしてから二時間が過ぎているぞ、讃岐さん!
讃岐さんが営む「北風ラーメン」は、この「ホッカリ弁当」がある「赤レンガ小道商店街」の商店街組合の一員だ。「赤レンガ小道商店街」は、当然ながら赤レンガ小道にある。赤レンガ小道は、この先の大通り沿いにある「土佐山田薬局」と信用金庫の間から入って西へと延びるレンガ敷きの狭い道路のことで、そこの通り沿いにはウチの他にも、美容室、生花店、ビジネスホテル、喫茶店、床屋、八百屋なんかがある。裏手には古いお寺もあるし、生花店の隣には世界的に有名な芸術家の家もあるぞ。おっと、これは秘密だった。内緒にしといてくれ。
とにかく、讃岐さんの「北風ラーメン」は、この赤レンガ小道を抜けて「旧道」と言われる少し古い車道とぶつかる角、つまり「赤レンガ小道商店街」の出口にあるのだが、大通りの方からの入口から二軒目にある「ホッカリ弁当」とは端と端で距離があるといっても、そうたいした距離ではない。この距離を二時間もかけて配達しているとすれば、讃岐さんは相当に小股でトコトコと歩いているか、道に迷って遭難したかのどちらかだろう。
讃岐さんはこの地域の夏祭りで太鼓を打つために毎日ハードな筋トレをしていて、筋肉ムキムキだし、ハリウッド映画に登場する刑事なみに短気な人だから、オカモチを提げて爪先でトコトコ歩きなど有り得ない。トコトコと始めても五秒でキレて、「ああ、面倒くせい!」とオカモチを肩に担いで全力疾走を始めるはずだ。トコトコは絶対に無い。
一方で、赤レンガ小道は一直線の道だから、後者も無い。ここで人が遭難するようなら、この赤レンガ小道はどこかで途切れて異空間に繋がっているか、この小道だけが相対性理論の例外となっているかのどちらかである。だが、今のところ、この商店街に異星人や異世界生物、甲冑姿の騎馬武者などの類が突如として現れたことはないし、物理学者や数学者がやってきて何らかの計測をした事実もない。ここは、いたって正常な「商店街」だ。遭難はない。
必要以上に仕事熱心なあの讃岐さんが、客の注文を忘れるはずもあるまい。トコトコでも遭難でもないとすると、考えられるのは、やはり残る一つ。
――事件だ。
これは俺の出番ではないか。呑気に「ラーメン待ち」などしている場合か。だいたい、「なに待ちですか?」「ラーメン待ちです」などという会話は聞いたことがないぞ。そもそも、「なに待ちですか?」ってなんだ。「何を待っているのですか」だろ。ちゃんと話せ、ちゃんと。
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