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俺と推理と迷いと春と
第12話だ ワルモノ退治するぞ
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気が付くと、イチョウの木の影が長くなっていた。「光陰矢の如し」だな。さて、悪者の退治に行くとするか。
俺は「モナミ美容室」へと向かった。中に入ると、萌奈美さんはお客さんの洗髪をしていた。椅子を倒して横になっているお客さんのビニールカバーの下から、黒い着物と白い襦袢が見えている。足下は草履だ。
萌奈美さんがお客さんの椅子を起こした。
「ああ、さっぱりしたあ。やっぱり、他人に洗ってもらうと、気持ちいいのう」
大内住職だった。もちろん、頭はツルツルだ。俺は短髪だが、彼はツルツルだ。なぜ美容室に来る。
萌奈美さんは、少し困った顔をしながら住職の頭をタオルで拭いていた。髪ではなく、頭を拭いていた。
俺は首を傾げた。その時、奥のバックヤードに、顔を包帯でぐるぐる巻きにした男の背中が見えた。派手な柄のシャツ。あの男だ。金のネックレスの悪い男。
奴はバックヤードに隠れてマンガを読んでいた。さすがに和尚様の前では悪さはできないらしい。こちらに背中を向けて、大人しくしている。よし、今がチャンスだな。
俺は受付のカウンターの上を見回した。しめしめ、丁度いいぜ。これを、こうしてと……。
おっと、あの男が俺に気付いたようだ。なんだ、奥まで箒を取りに行ったな。掃除をするつもりじゃないことは確かだ。大内住職を巻き込む訳にはいかん。この場は退散だ。
俺は「モナミ美容室」から、さっさと出てきた。
俺が「ホッカリ弁当」の前に戻ってくると、店のシャッターを拭いている陽子さんと、信用金庫の須崎支店長さんが話していた。バケツの中で雑巾を絞りながら、陽子さんが尋ねる。
「お昼は、どうされたのですか。皆さん、お困りになられたんじゃ……」
「いや、まあ、みんなそれぞれに、なんとか近場で済ませましたよ。ほら、コンビニもすぐそこですしね」
大通りの方を指差した須崎支店長さんは、口の横に手を立てて小声で言った。
「昼前に、向かいの『まんぷく亭』さんが弁当の売り込みに来てねえ。正直、大変でしたよ。だけど、量も多いし、味も濃い。若い子たちにはいいかもしれないけど、この歳になると、揚げ物ばかりの弁当は、ちょっとねえ。結局、昼は外で食べたんだけど、やっぱり『ホッカリ弁当』の味に慣れちゃったからかな。どうも、喉を通らなくて……」
陽子さんは立ち上がり、深々と頭を下げた。
「なんとか、急いで再開しますので、また宜しくお願いします」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃないですよ。もちろんですとも。奥さんの作った弁当じゃないと駄目だ。焦らなくてもいいですよ。容器の製造業者さんの方には私からも連絡しておきましたから、今週末か来週の頭には、今月分の容器が納品されるじゃないかな」
「そうですか。ありがとうございます」
須崎支店長さんはやっぱりいい人だ。容器の業者にウチへの納品を急ぐよう口添えしてくれたらしい。しかもこの時、俺に三時のおやつまで奢ってくれた。
須崎支店長さんは店の横の小道から奥を覗きながら言った。
「しかし、災難でしたな」
陽子さんは疲れたように頷いて返す。
「ホントに。昨日のボヤも、桃太郎さんが気付いてくれたから、よかったですけど、あのまま気付かなかったら、大変なことになる所でした」
「そうか。桃太郎君が気付いてくれたのかい。君、やっぱり優秀だね」
「ははは、いやいや。今頃になって気付きましたか。俺も陰でいろいろと頑張っているんですよ。昨日は連続窃盗犯を撃退してですな、夜は夜でチンピラ逃亡者と格闘して、深夜には警察官と……」
「まあ、用心棒さんが居れば、少しは安心だ。ああ、そうそう。資金繰りなんかで心配がありましたら、いつでも言って下さいよ。こういう時の信用金庫ですから。また後でご連絡しますよ。じゃあ、今日のところは、これで……あれ、桃太郎君、どこに……」
俺は須崎支店長に答えることも、お礼を言うこともせずに、走った。大通りの方に全速力で走った。信用金庫の角を曲がり、隣の喫茶店へと向かう。客が出てきた。スーツ姿のサラリーマンだ。俺はその人と入れ替わりに中に入った。すぐ横にレジスターを載せたカウンターがある。レジの隣には、綺麗な花が飾ってあった。おじさんは厨房の中で忙しそうに皿を洗っている。皿はシンクの横にたくさん重ねられていた。
「よう、おじさん。今日は繁盛しているみたいだな。よかった、よかった」
おじさんは、洗い物の水の音で俺の声が聞こえていないようだった。俺はレジカウンターの横の高窓から、通りの向こうを覗いてみた。「まんぷく亭」が見える。店の前で鳥丸さんの御主人が、また煙草を吸っていた。疲れた顔で腰や肩を叩いている。どうやら、横入りして売り込んだ弁当が売れたようだ。
「お、桃ちゃんじゃないか。悪いなあ、今日は品切れなんだ。全部売れたからね」
「そうか……。そいつは良かったな。俺も安心したよ」
おじさんは手を拭きながら厨房から出てきて、こっちまで歩いてきた。
「悪いけど、今ちょっと忙しいんだ。また後で来てくれるかい」
「そうみたいだな。俺も確認したいことは済んだ。もう帰るよ」
おじさんは、やさしくドアを開けた。
「ごめんなあ、せっかく来てくれたのに」
「いや、あんたの笑顔を見ることができて安心した。気にするな、また来るから」
俺はそう言って、店から出た。
大通りの前に立ち、向こうの警察署を眺める。少し横に目をやると、鳥丸さんの御主人は煙草を吸い終わり、店の中に戻っていった。車の量は相変わらず多い。仕方ない、本位じゃないが、あっちの地方銀行の前から危険なコンビニの前まで横断歩道を渡るか……。
俺があっちの方に向きを変えると、喫茶店のおじさんが店から出てきた。
「向こうに渡りたいのかい。そうか、桃ちゃんは車が苦手だったよな。おじさんが通してあげるから、待ってな」
「わるいな。いつも世話になってばかりで。恩に切る」
やっぱり、おじさんは良い人だ。俺は少し涙が出た。
おじさんは距離を開けた車間に高く手をあげて、後ろの車を止めてくれた。反対車線の車は向こうの信号で止まっていて、流れが切れている。
「ほら、今だ、渡んな」
おじさんに言われて、俺は急いで通りを渡った。警察署側の歩道に辿り着き、その上に立って振り返ると、おじさんは止まってくれた車のドライバーさんに丁寧に頭を下げていた。それから、喫茶店の中に帰っていった。
俺は大通りのこちら側から、店の中のおじさんに深く頭を下げた。
俺は「モナミ美容室」へと向かった。中に入ると、萌奈美さんはお客さんの洗髪をしていた。椅子を倒して横になっているお客さんのビニールカバーの下から、黒い着物と白い襦袢が見えている。足下は草履だ。
萌奈美さんがお客さんの椅子を起こした。
「ああ、さっぱりしたあ。やっぱり、他人に洗ってもらうと、気持ちいいのう」
大内住職だった。もちろん、頭はツルツルだ。俺は短髪だが、彼はツルツルだ。なぜ美容室に来る。
萌奈美さんは、少し困った顔をしながら住職の頭をタオルで拭いていた。髪ではなく、頭を拭いていた。
俺は首を傾げた。その時、奥のバックヤードに、顔を包帯でぐるぐる巻きにした男の背中が見えた。派手な柄のシャツ。あの男だ。金のネックレスの悪い男。
奴はバックヤードに隠れてマンガを読んでいた。さすがに和尚様の前では悪さはできないらしい。こちらに背中を向けて、大人しくしている。よし、今がチャンスだな。
俺は受付のカウンターの上を見回した。しめしめ、丁度いいぜ。これを、こうしてと……。
おっと、あの男が俺に気付いたようだ。なんだ、奥まで箒を取りに行ったな。掃除をするつもりじゃないことは確かだ。大内住職を巻き込む訳にはいかん。この場は退散だ。
俺は「モナミ美容室」から、さっさと出てきた。
俺が「ホッカリ弁当」の前に戻ってくると、店のシャッターを拭いている陽子さんと、信用金庫の須崎支店長さんが話していた。バケツの中で雑巾を絞りながら、陽子さんが尋ねる。
「お昼は、どうされたのですか。皆さん、お困りになられたんじゃ……」
「いや、まあ、みんなそれぞれに、なんとか近場で済ませましたよ。ほら、コンビニもすぐそこですしね」
大通りの方を指差した須崎支店長さんは、口の横に手を立てて小声で言った。
「昼前に、向かいの『まんぷく亭』さんが弁当の売り込みに来てねえ。正直、大変でしたよ。だけど、量も多いし、味も濃い。若い子たちにはいいかもしれないけど、この歳になると、揚げ物ばかりの弁当は、ちょっとねえ。結局、昼は外で食べたんだけど、やっぱり『ホッカリ弁当』の味に慣れちゃったからかな。どうも、喉を通らなくて……」
陽子さんは立ち上がり、深々と頭を下げた。
「なんとか、急いで再開しますので、また宜しくお願いします」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃないですよ。もちろんですとも。奥さんの作った弁当じゃないと駄目だ。焦らなくてもいいですよ。容器の製造業者さんの方には私からも連絡しておきましたから、今週末か来週の頭には、今月分の容器が納品されるじゃないかな」
「そうですか。ありがとうございます」
須崎支店長さんはやっぱりいい人だ。容器の業者にウチへの納品を急ぐよう口添えしてくれたらしい。しかもこの時、俺に三時のおやつまで奢ってくれた。
須崎支店長さんは店の横の小道から奥を覗きながら言った。
「しかし、災難でしたな」
陽子さんは疲れたように頷いて返す。
「ホントに。昨日のボヤも、桃太郎さんが気付いてくれたから、よかったですけど、あのまま気付かなかったら、大変なことになる所でした」
「そうか。桃太郎君が気付いてくれたのかい。君、やっぱり優秀だね」
「ははは、いやいや。今頃になって気付きましたか。俺も陰でいろいろと頑張っているんですよ。昨日は連続窃盗犯を撃退してですな、夜は夜でチンピラ逃亡者と格闘して、深夜には警察官と……」
「まあ、用心棒さんが居れば、少しは安心だ。ああ、そうそう。資金繰りなんかで心配がありましたら、いつでも言って下さいよ。こういう時の信用金庫ですから。また後でご連絡しますよ。じゃあ、今日のところは、これで……あれ、桃太郎君、どこに……」
俺は須崎支店長に答えることも、お礼を言うこともせずに、走った。大通りの方に全速力で走った。信用金庫の角を曲がり、隣の喫茶店へと向かう。客が出てきた。スーツ姿のサラリーマンだ。俺はその人と入れ替わりに中に入った。すぐ横にレジスターを載せたカウンターがある。レジの隣には、綺麗な花が飾ってあった。おじさんは厨房の中で忙しそうに皿を洗っている。皿はシンクの横にたくさん重ねられていた。
「よう、おじさん。今日は繁盛しているみたいだな。よかった、よかった」
おじさんは、洗い物の水の音で俺の声が聞こえていないようだった。俺はレジカウンターの横の高窓から、通りの向こうを覗いてみた。「まんぷく亭」が見える。店の前で鳥丸さんの御主人が、また煙草を吸っていた。疲れた顔で腰や肩を叩いている。どうやら、横入りして売り込んだ弁当が売れたようだ。
「お、桃ちゃんじゃないか。悪いなあ、今日は品切れなんだ。全部売れたからね」
「そうか……。そいつは良かったな。俺も安心したよ」
おじさんは手を拭きながら厨房から出てきて、こっちまで歩いてきた。
「悪いけど、今ちょっと忙しいんだ。また後で来てくれるかい」
「そうみたいだな。俺も確認したいことは済んだ。もう帰るよ」
おじさんは、やさしくドアを開けた。
「ごめんなあ、せっかく来てくれたのに」
「いや、あんたの笑顔を見ることができて安心した。気にするな、また来るから」
俺はそう言って、店から出た。
大通りの前に立ち、向こうの警察署を眺める。少し横に目をやると、鳥丸さんの御主人は煙草を吸い終わり、店の中に戻っていった。車の量は相変わらず多い。仕方ない、本位じゃないが、あっちの地方銀行の前から危険なコンビニの前まで横断歩道を渡るか……。
俺があっちの方に向きを変えると、喫茶店のおじさんが店から出てきた。
「向こうに渡りたいのかい。そうか、桃ちゃんは車が苦手だったよな。おじさんが通してあげるから、待ってな」
「わるいな。いつも世話になってばかりで。恩に切る」
やっぱり、おじさんは良い人だ。俺は少し涙が出た。
おじさんは距離を開けた車間に高く手をあげて、後ろの車を止めてくれた。反対車線の車は向こうの信号で止まっていて、流れが切れている。
「ほら、今だ、渡んな」
おじさんに言われて、俺は急いで通りを渡った。警察署側の歩道に辿り着き、その上に立って振り返ると、おじさんは止まってくれた車のドライバーさんに丁寧に頭を下げていた。それから、喫茶店の中に帰っていった。
俺は大通りのこちら側から、店の中のおじさんに深く頭を下げた。
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