名探偵桃太郎の春夏秋冬

淀川 大

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俺と推理と迷いと春と

第9話だ  こうなりゃ、やけくそだぞ

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 ああ、いかん! 寝てしまった! 

 そういえば、俺も随分と疲れていたんだ。今日は動き回ったし、二回も格闘したからな。渾身のキックを四回もしたし。もうこんな時間か。朝になっちまうな。よし。異常は無いようだ。

 おや? 二階の電気が点いているぞ。

 俺は二階へと戻った。居間で陽子さんが熱心に電卓を叩いていた。寝ていないのだろうか。真剣な顔でパソコンをにらんでいる。きっと、今月の遣り繰りの計算をしているんだ。陽子さん……。

 いかん、こんなことをしている場合ではない。燃えてしまった物は仕方ないが、放火犯だけは何としても捕まえなければ。

 俺はこっそりと一階に移動し、こっそりと外に出た。方法は内緒だ。

 美歩ちゃんを起こしちゃいかんからな。音を立てないように歩き、赤いレンガ敷きの通りに出て、大通りへと向かう。
 
 信用金庫の角を曲がり、喫茶店を通り過ぎて、空き地の前で立ち止まった。大通りの向こうの警察署には、まだ明かりが灯っていた。さすがは地域の治安を担う不夜城だ。鑑識のお兄さんも頑張っているのかな。もうそろそろ鑑定の結果が出ている頃だろう。点火に用いた物質は特定できただろうか。

 俺は注意深く左右を確認した。

 一つ言っておこう。俺は車が苦手だ。自動車恐怖症なんだ。日中は恐くてこの大通りを渡れない。ちょっと向こうに行けば信号があるが、横断歩道を渡った先がコンビニの駐車場の目の前で、車の出入りも多い。逆に恐くて近寄れないぜ。だから、この時間帯を狙う。

 この時間なら車はほとんど通っていない。小さな田舎町だからな。右を見て、左を見て、もう一度右を見ても、車は来ていないぞ。よし、渡れる。俺は全速力で大通りを渡った。

 とりあえず、第一関門は突破した。しかし、ここからが問題だ。潜入活動は探偵の腕の見せ所だが、警察署への潜入となるとリスクが高い。捕まったら、即ブタ箱だ。逮捕のプロが集まっている所だからな。しかも、セキュリティーのレベルも高い。ここは注意深く行かねば。

 俺は身を屈め、受付のカウンターの下に隠れて、そこを通過した。階段を上がる。ん、しまった。ネックレスの音がうるさいな。よし、音がしないように、そおっと……。

 こういう、ちょっとした気の緩みが命取りだぜ。ここは慎重に、慎重に……だが、のんびりとしている訳にもいかないな。もうじき夜が明ける。新聞配達のバイクや配送のトラックなんかが走り始めたら、俺はあの大通りを渡ることができなくなるからな。帰れないじゃないか。

 こりゃ、急がねばならん。だからと言って、いい加減に仕事をしたり、放り出す訳にもいかんな。うーん、面倒だが、全部やるか。――という訳で、とにかく慎重に、素早く、正確に階段を上がる。

 お、ここだな。刑事課。ドアは開けっぱなしか。さすがは田舎の警察署だ。よし、入ってみるか。ああ、みんな寝ているな。なんだよ、賀垂警部は応接ソファーを占領か。他の人は事務椅子を並べた上や、机の上で寝ているのに。あ、居た居た。鑑識のお兄さんだ。

 みなさんを起こさないように、そおっと歩く。鑑識のお兄さんは机の上に伏せて寝ているぞ。パソコンは電源を入れたままだ。本当に寝ているのか、確かめよう。

 軽く肩を軽く叩いてみる。ポンポン、お兄さん、寝てますか。――起きんな。

 耳も触ってみよう。コチョコチョ、起きてますかあ?――やはり起きない。相当に疲れたんだな。

 これ以上やると本当に起きそうだから、このくらいにしておくか。

 さてと、パソコン、パソコン。おお、鑑識報告書を作成中だったのか。仕事が早いねえ。どれどれ。ほお、パソコンもOSも最新式だな。このタッチ操作式のモニターは最高だ。使いやすい。

 隣の机の人はまだ使っているみたいだが、あの「マウス」っていうのは、どうも嫌いだった。使いづらいし、なんか苛々する。それに比べて、このタッチ操作式はいいねえ。モニターに触れて、タップ、スワイプ、スライドと、楽々操作。俺には打って付けだ。

 いかん、いかん。遊んでいる場合じゃない。ええと、なになに……微量の塩素酸カリウムを検出。試薬試験の結果からは、硫黄成分の残留も否定できない……かあ。塩素酸カリウム? 犯人は、火を点けるために薬品を使ったのか。薬品……わっ。

「ふああー……僕はワイルドな女性の方が……ムニャムニャムニャ……」

 びっくりしたなあ。急に動くなよ。寝言か。どんな夢を見てるんだ。あ、いかん、こんな時間だ。行かねば。

 それにしても、ずいぶんと重要な情報を得た。これで犯人は、だいたい絞られて……。

「ああ、おまえ、こんな所で何やってるんだ! どこから入った」

 しまった、廊下に出た途端、制服の巡査さんに見つかっちまった。しかも、進行方向を阻まれている。ピンチ!

「よーし、動くなよ、この侵入者め。じっとしてろよ、動くなよ」

 その巡査さんは、俺にじりじりと近寄ってきた。左右は頑丈そうな壁だ。後ろは行き止まり。逃げ場は無い。これ以上間合いを詰められては反撃の機会を失する。罪も無い公務員に怪我を負わせるのは本意では無いが、ここで捕まっては、陽子さんや美歩ちゃんを救えない。已むを得ん。

 俺は右の壁に向かって走り、力いっぱいジャンプすると、壁の中央を全力で蹴った。そして体を捻り、回し蹴り。三角蹴りとローリング・ソバットの合わせ技だ。

 額に俺の一撃を食らった巡査さんは、廊下に引っくり返った。

「あいたあ……」

 俺はその隙に、一目散に退散さ。そのまま大通りへと向かう。幸い車は走っていない。念のため右を見て、左を見て、右を見て……。

 俺は再び、その大通りを全速力で渡った。

 やれやれ、ミッション終了だ。上手くいった。危なかったぜ。

 俺は帰路についた。鳥たちのさえずりが聞こえ始める。空は東の方からほのかに青くなってきていた。



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