名探偵桃太郎の春夏秋冬

淀川 大

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俺とポエムと彼女と秋と

第14話だ  的中  

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 両手首を手錠で繋がれた小林は、警官に両腕を掴まれて「モナミ美容室」から出てきた。「ホッカリ弁当」の前に立っている陽子さんと萌奈美さんの前を項垂れて通り過ぎ、パトカーに乗せられる。その前のパトカーには、弁当容器の配達員の男が乗せられていた。見物人が出てきてパトカーを覗くと、男は帽子を脱ぎ、それで顔を覆った。

 話はこうだ。ここ数日、窓ガラスが割られた家が窃盗被害に遭うという事件が頻発していた。警察は連続窃盗事件として対策本部を立ち上げ、警戒態勢をとった。あの警戒態勢は台風のためのものではなかったのだ。ガラスが割られていたのは、幼稚園や歯科医院、本屋などだった。どこも夜中は誰も居ない所ばかり。という事は空き巣に入りやすい。だが防犯設備も普及している昨今だ、安心はできない。そこで犯人は、まず前日の夜に窓ガラスを割る。たとえ防犯機器が作動したとしても、被害が窓ガラスだけなら、店主や家主はスイッチを切ってしまう。そして朝になり、工事代金の見積もりや保険会社の調査などが始まって、窓の修理が一日二日遅れる。しかも、誤作動を避けて防犯機器類はオフのまま。そこを狙って空き巣に忍び込むという算段だ。

 窓が割られたとは言っても、ほんの少しのガラスが割られた程度で、ビニールなどで軽い養生を済ませば雨風は防げるし、現金などの貴重品は置いておかないとしても、テレビやパソコンまで運び出しておくほど用心する者も少ない田舎町だ。実際、被害の盗品も多くはそういった日用家電品や調度品の類だったし、まして、そんな建物で寝泊りする人はいないだろうから、成功率の高い犯行だったに違いない。

 しかし、前日に窓を割る際に警察に見つかってしまったら建造物損壊罪で逮捕されてしまう。それで「トトさん」を利用した。認知症の「トトさん」を外に連れ出して、わざと徘徊させ、彼を探すふりをして標的の物件周囲をうろつく。これで万が一に警察官から職務質問を受けても言い訳が立つし、窃盗の犯行時にも「トトさん」を同行させておけば、徘徊している「トトさん」を探していたというアリバイにもなる。何件かの被害については、ガラスを割ったのが「トトさん」だと判明したようだが、小林が「トトさん」の代わりに謝りに来たと言えば、まず窃盗を疑われることは無いし、きっと、そういった所にはその後に窃盗に入ることは無かったのだろう。だから、警察もなかなか「トトさん」の徘徊と連続窃盗犯を結びつけることができなかった。

 しかも、いつも「トトさん」が雨の日に徘徊するのも、小林があえて、ガラスを割る音が掻き消される雨の日に「トトさん」を連れ出していたからに違いない。だが、認知症の「トトさん」を犯行に同行させるとなると、空き巣の最中は誰かに「トトさん」の面倒を見ておいてもらう必要がある。つまり、もう一人協力者が必要だ。それがあの弁当容器の配達員の男だ。

 きっと、あのトラックの荷台の中に「トトさん」を入れていたはずだ。俺が気付いた荷台の汗の臭いは「トトさん」のものだろう。しかも、この男は、空き巣に入る物件の的を絞るために情報を集めていたと思われる。少なくとも「モナミ美容室」については、昨日の配達の時に陽子さんと萌奈美さんの会話を聞いて、空き巣の標的にしたはずだ。段ボールから容器が入った袋を出して倉庫の上に置くだけなのに、やけに時間が掛かり過ぎだった。脇道の所で二人の話を聞いていたに違いない。女性の一人住まいで、近所の信用金庫が預金獲得のために行員を台風対策の手伝いに向かわせるほど、多額の現金を置いている店。須崎支店長さんの親切を、あの男はそう捉えたのだろう。

 そして昨夜、いつもどおり囮のガラス割りに取り掛かった。ところが、台風は逸れたはずなのに、想定以上に雨風が強かった。窓を割ると室内まで滅茶苦茶になってしまい、そうなると翌日の朝には貴重品や現金を含めて店の中の物は全て持ち出されてしまう可能性がある。窓は割れない。しかし、それまで雨の日にガラスを割って回っていた「トトさん」が、急に昨日だけガラスを割らずに徘徊するというのはおかしい。だから何かを割らねばならなかった。それで仕方なくひさしを割った。他の店の電飾看板やネオンなども同じだ。「トトさん」の仕業と思わせて、店の中に被害を出さないよう外の物を割ったのだ。

 でも、そこまでしたのに、「トトさん」が本当に逃げて、しかも死んでしまった。ここで空き巣が停まれば、「トトさん」の徘徊と窃盗事件の関係に警察が気付くかもしれない。だから今回は「トトさん」なしで、どうしても空き巣を実施する必要があった。そして、一番現金がありそうな「モナミ美容室」に忍び込んだ。

 というのが俺の推理だ。まあ、今回は曖昧模糊で、全くの勘頼りの推理だが、この名探偵「桃太郎」様の推理がどんぴしゃりと的中した訳だ。俺が予想した通り、小林はモナミ美容室に忍び込んできた。この俺が待ち受けているとは知らずにな。アンド、外では警察の皆さんも。

 という訳で、悪者二人が逮捕されて一件落着と言いたいところだが、まだ疑問が残っている。なぜ「トトさん」は死んだのか。彼は配達員の男のトラックの荷台に乗せられていたはずだ。なぜそこから逃げて、川に行ったのか。その理由を俺が確認したのは、次の日の朝だった。


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