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俺とポエムと彼女と秋と
第6話だ お客さん
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俺はそのまま赤レンガ小道へと出た。
窃盗犯がこの街をうろついているなら対処しなければならない。探偵なら当然だ。警察署に出向いて事実を確認するべきだろうか。しかし、警察署は大通りの向こう側だ。うーん、行くべきか、行かざるべきか、それが問題だ……と思案していると、ホッカリ弁当の前に白黒の軽自動車が停まっているのに気づいた。いつも職員分の弁当を取りに来る警察署のお姉さんが店の前に立っている。
采は投げられた。
俺は、そのお姉さんに駆け寄った。
「よう、お姉さん。いつもご苦労様」
「あら、桃太郎さん。赤いベストの復活ね、秋だからですか」
「まあな、陽子さんが出してくれた。それより、ちょっと署の方に行きたいんだが、車に乗せてくれないか」
「うーん……」
さすがに公用車を民間人の私用には使えないのだろう、お姉さんは顎に手を添えて俺の方を見たまま考えていた。
「よいしょ。はい、おまちどおさま。今日はいつもより早かったですね」
陽子さんは弁当が入れられたケースをカウンターの上に置いた。お姉さんは軽く頭を下げる。
「すみません、急がせちゃって。警戒態勢を布くらしいので、バタついていて」
何? 警戒態勢だと? やはり窃盗犯がこの街にいるようだ。「トトさん」とかいう人が保護されているとすれば、その窃盗犯は別の人間か。警戒態勢とは大事だな。俺も気を引き締めねば。と俺が緊張した面持ちでいるのに、このお姉さんは全く緩んでいた。
「桃太郎さん、少し太りました?」
「どうでもいい、どーでもいいぞ、そんな事。警戒態勢だろうが!」と俺が吠えているのに、陽子さんは呑気に「食欲の秋だからねえ」と言っている。完全にセクハラだ。
「私も気をつけなきゃ。あ、私の分、明日からご飯少なめでお願いできますか。その分サラダ多めとか、できますかね」
「いいけど、明日は炊き込みご飯の予定よ。旬のキノコが満載なのに、いいの」
「よくないです。前言撤回です。しっかり詰めて下さい。ん、この匂いは……」
お姉さんはお弁当が平積みされたケースに鼻を近づけて「栗ご飯ですよね! ああ、秋って最高!」とはしゃいだ後、「でも、太っちゃうかなあ……」と再び溜め息を漏らす。波の激しい人だ。
「若い頃は今くらいがいいわよ。健康的で」と陽子さんがカウンター越しに言うと、お姉さんは「ですよね。警察は体力が勝負ですからね。よっ」とケースを持ち上げた。陽子さんはクスリと笑う。軽パトにお弁当のケースを乗せたお姉さんは、カウンターの前まで戻って「あ、私は外村さんを目標にしています。そんな風に綺麗なお姉さんに成りたいので」と言って敬礼し、パトカーに乗り込んだ。よほど明日の炊き込みご飯をしっかりと詰めてもらいたいらしい。低速で走り始めた軽パトは、屋根の拡声器から「屋外の植木鉢などは早めに片付けて、しっかりと戸締りして下さい。洗濯物はなるべく屋内に……」と録音されたおじさんの声を発しながら小さくなっていった。
俺はカウンターの上に腰を下ろすと、陽子さんに尋ねた。
「どうも面倒な事態のようだな。久々に俺の出番か」
「桃太郎さん、降りて。そこは食べ物を置く所よ」
「ああ、そうだな。悪い、悪い」
陽子さんは、そう言うところはきちんとしている。彼女は育ちがいいのだ。
俺がカウンターから腰を上げると、向かいの信用金庫の裏口から、支店長の須崎さんが出てきた。ワイシャツ姿の支店長さんは、肩を回しながらこちらに歩いてくる。この支店長さんは、いつも信用金庫の職員分のお弁当を取りに来る。普通、支店長という地位の人がそんな事はしないらしいが、須崎支店長さんはいい人だから、陽子さんに配達の手間を取らせまいとお弁当を取りに来てくれる。今日も定刻どおり、お昼前に取りに来た。
「お疲れさま。見ましたか、ニュース」
「ええ。困ったものですね」と陽子さんが言うと、須崎支店長さんは眉間に皺を刻んだ。
「厄介な奴みたいですからな。お宅は大丈夫ですか」
「まあ、ウチは大丈夫だと思います。でも、お隣が心配で。萌奈美さんの所は、三方が開いていますし、シャッターも有りませんから」
「ですよなあ。彼女、お一人でお住まいでしたっけ」
陽子さんは小さく頷いた。須崎支店長さんはウチの隣の「モナミ美容室」を見回しながら言う。
「窓も多いから、確かに心配ですね。若い女の人が一人で大丈夫ですかな」
お弁当を積み重ねて入れたビニール袋をカウンターの上に載せた陽子さんは、須崎支店長に小声で言った。
「彼女、何でも一人でしようとしますから、余計に心配で……」
「そりゃあ、一人では大変だ。閉店時間後に、誰かウチの職員に顔を出すように言っておきますよ。私が手伝ってあげられるといいのですが、ちょっと腰をやっていましてね」
それを聞いて、俺は「なんだ、支店長さんも腰か。みんな腰だな。やっぱり、流行っているのか」と尋ねた。すると、陽子さんが「それはいけませんわね。重たい物でも持ち上げられたのですか」と言ってもう一つお弁当の袋を手渡した。
須崎支店長さんはそれを受け取りながら「ゴルフですよ。日曜日に義理で参加したコンペで、これです。まったく、ついてない」と苦笑いした。そして、俺の方を向いて真剣な顔で、「頼むぞ、桃太郎。一人で何でもやろうとするのは、外村さんも同じだからな。おまえがちゃんと守ってやってくれよ」と言った。俺はしっかりと頷いて返した。
須崎支店長さんも黙って頷いてから、両手にお弁当のビニール袋を提げて、帰っていった。
窃盗犯がこの街をうろついているなら対処しなければならない。探偵なら当然だ。警察署に出向いて事実を確認するべきだろうか。しかし、警察署は大通りの向こう側だ。うーん、行くべきか、行かざるべきか、それが問題だ……と思案していると、ホッカリ弁当の前に白黒の軽自動車が停まっているのに気づいた。いつも職員分の弁当を取りに来る警察署のお姉さんが店の前に立っている。
采は投げられた。
俺は、そのお姉さんに駆け寄った。
「よう、お姉さん。いつもご苦労様」
「あら、桃太郎さん。赤いベストの復活ね、秋だからですか」
「まあな、陽子さんが出してくれた。それより、ちょっと署の方に行きたいんだが、車に乗せてくれないか」
「うーん……」
さすがに公用車を民間人の私用には使えないのだろう、お姉さんは顎に手を添えて俺の方を見たまま考えていた。
「よいしょ。はい、おまちどおさま。今日はいつもより早かったですね」
陽子さんは弁当が入れられたケースをカウンターの上に置いた。お姉さんは軽く頭を下げる。
「すみません、急がせちゃって。警戒態勢を布くらしいので、バタついていて」
何? 警戒態勢だと? やはり窃盗犯がこの街にいるようだ。「トトさん」とかいう人が保護されているとすれば、その窃盗犯は別の人間か。警戒態勢とは大事だな。俺も気を引き締めねば。と俺が緊張した面持ちでいるのに、このお姉さんは全く緩んでいた。
「桃太郎さん、少し太りました?」
「どうでもいい、どーでもいいぞ、そんな事。警戒態勢だろうが!」と俺が吠えているのに、陽子さんは呑気に「食欲の秋だからねえ」と言っている。完全にセクハラだ。
「私も気をつけなきゃ。あ、私の分、明日からご飯少なめでお願いできますか。その分サラダ多めとか、できますかね」
「いいけど、明日は炊き込みご飯の予定よ。旬のキノコが満載なのに、いいの」
「よくないです。前言撤回です。しっかり詰めて下さい。ん、この匂いは……」
お姉さんはお弁当が平積みされたケースに鼻を近づけて「栗ご飯ですよね! ああ、秋って最高!」とはしゃいだ後、「でも、太っちゃうかなあ……」と再び溜め息を漏らす。波の激しい人だ。
「若い頃は今くらいがいいわよ。健康的で」と陽子さんがカウンター越しに言うと、お姉さんは「ですよね。警察は体力が勝負ですからね。よっ」とケースを持ち上げた。陽子さんはクスリと笑う。軽パトにお弁当のケースを乗せたお姉さんは、カウンターの前まで戻って「あ、私は外村さんを目標にしています。そんな風に綺麗なお姉さんに成りたいので」と言って敬礼し、パトカーに乗り込んだ。よほど明日の炊き込みご飯をしっかりと詰めてもらいたいらしい。低速で走り始めた軽パトは、屋根の拡声器から「屋外の植木鉢などは早めに片付けて、しっかりと戸締りして下さい。洗濯物はなるべく屋内に……」と録音されたおじさんの声を発しながら小さくなっていった。
俺はカウンターの上に腰を下ろすと、陽子さんに尋ねた。
「どうも面倒な事態のようだな。久々に俺の出番か」
「桃太郎さん、降りて。そこは食べ物を置く所よ」
「ああ、そうだな。悪い、悪い」
陽子さんは、そう言うところはきちんとしている。彼女は育ちがいいのだ。
俺がカウンターから腰を上げると、向かいの信用金庫の裏口から、支店長の須崎さんが出てきた。ワイシャツ姿の支店長さんは、肩を回しながらこちらに歩いてくる。この支店長さんは、いつも信用金庫の職員分のお弁当を取りに来る。普通、支店長という地位の人がそんな事はしないらしいが、須崎支店長さんはいい人だから、陽子さんに配達の手間を取らせまいとお弁当を取りに来てくれる。今日も定刻どおり、お昼前に取りに来た。
「お疲れさま。見ましたか、ニュース」
「ええ。困ったものですね」と陽子さんが言うと、須崎支店長さんは眉間に皺を刻んだ。
「厄介な奴みたいですからな。お宅は大丈夫ですか」
「まあ、ウチは大丈夫だと思います。でも、お隣が心配で。萌奈美さんの所は、三方が開いていますし、シャッターも有りませんから」
「ですよなあ。彼女、お一人でお住まいでしたっけ」
陽子さんは小さく頷いた。須崎支店長さんはウチの隣の「モナミ美容室」を見回しながら言う。
「窓も多いから、確かに心配ですね。若い女の人が一人で大丈夫ですかな」
お弁当を積み重ねて入れたビニール袋をカウンターの上に載せた陽子さんは、須崎支店長に小声で言った。
「彼女、何でも一人でしようとしますから、余計に心配で……」
「そりゃあ、一人では大変だ。閉店時間後に、誰かウチの職員に顔を出すように言っておきますよ。私が手伝ってあげられるといいのですが、ちょっと腰をやっていましてね」
それを聞いて、俺は「なんだ、支店長さんも腰か。みんな腰だな。やっぱり、流行っているのか」と尋ねた。すると、陽子さんが「それはいけませんわね。重たい物でも持ち上げられたのですか」と言ってもう一つお弁当の袋を手渡した。
須崎支店長さんはそれを受け取りながら「ゴルフですよ。日曜日に義理で参加したコンペで、これです。まったく、ついてない」と苦笑いした。そして、俺の方を向いて真剣な顔で、「頼むぞ、桃太郎。一人で何でもやろうとするのは、外村さんも同じだからな。おまえがちゃんと守ってやってくれよ」と言った。俺はしっかりと頷いて返した。
須崎支店長さんも黙って頷いてから、両手にお弁当のビニール袋を提げて、帰っていった。
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