名探偵桃太郎の春夏秋冬

淀川 大

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俺と太鼓と祭りと夏と

第23話だ  セールスだぞ

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 例の空き地は平和だ。人々が雑談しながら祭りの準備をしている。

 陽子さんと美歩ちゃんは……あそこか。金魚すくい用のビニール・プールの準備中だな。

 あれ? 美歩ちゃんは、あんな所に屈んで何をしているんだ。

 ま、とにかく、あの厚着の男は居ない。さすがに警察署の目の前では何もできないか。しかし、さっきはガスボンベの近くに立っていた。何か仕掛けをしているかもしれんな。確認しておこう。ええと、こっちがLPガス、こっちがヘリウムガス、これが酸素ボンベか。見回しても何か仕掛けられている様子は無い。よし、安全だ。

「桃ちゃん、勝手に触っちゃ駄目よ」

「ああ、伊勢子さん、分かっている。安全を確認していただけだ。安心しな、何も問題はないようだ」

「土佐山田さん、鳥丸さんのお店の炊き込みご飯も炊き上がったそうよ。みんな揃ったかしら。外村さんの方は運んであるそうだから、そろそろ行きましょうか」

 高瀬公子さんだ。外村さんの方って、ご飯のことかな。陽子さんは、今日は早めに店を閉めて業務用の炊飯器でご飯を炊き直していたからな。「まんぷく亭」の鳥丸さんの方でも炊いていたのか。

「もう、男衆の腹を満たすのも大変よね。夕食を作るとなれば、おにぎりだけって訳にはいかないじゃない」

「ホントよねえ。ウチの人なんて、久々に女房以外の人が握ったおにぎりが食べられるって、上機嫌で。腹立つわ」

「いやねえ、違うわよ。おたくのご主人は、輪哉くんが帰ってきたから上機嫌なのよ。奥さんだって、本当は嬉しいんでしょ」

「ウチの人に叱られて、渋々帰ってきたのよ。どうせ、小遣いやるって言葉に釣られたに決まっているわ」

「子供が帰ってきて喜ばない親は居ないじゃない。あら、もうこんな時間。あの人たち何やってるのよ。そろそろボンベとか運んでおかなくていいのかしら」

 土佐山田九州男さんと高瀬邦夫さんが東地区の人たちと輪になって話しているぞ。何か揉めているのか。

「あの人たち、新居浜さんに捕まっているみたいよ。どうせまた保険の売り込みでしょ。嫌ねえ、こんな忙しい時にまでセールス」

 新居浜さんは、ここでも保険の営業かよ。皆、祭りの準備で動いているのに、何やってるんだ、まったく。

「違うのよ、公子さん。ほら、大太鼓があんな事になっちゃったでしょ。今度から西地区の太鼓も東地区の倉庫で保管してもらう事になったの。こっちの倉庫も観音寺さんの倉庫も陽がカンカンにあたるでしょ。中は灼熱地獄になっちゃう訳じゃない。でも、向こうの倉庫は建物の裏手で日陰に建っているから、そんなに高温にならないらしいのよ。東地区の太鼓の皮は無事だったでしょ。だから、向こうで保管した方がいいんじゃないかって、昨日、鳥丸さんから電話をもらったの。きっと、その話をしているんだわ」

「保険は何なの?」

「こう猛暑が続くと、いくら日陰の倉庫の中と言っても、万が一って事が考えられるじゃない。熱で膨張して、夜との気温差で、いつまた皮が割れたり、胴に亀裂が入ったりするか分からないでしょ。一緒に保管するとなれば、最悪、西地区のも、東地区のも、いっぺんに壊れてしまうかもしれない。その時の為に、保険に入ったらどうかって事らしいの。修理費の支払いはもちろん、緊急に代用品の準備までしてくれる良い保険を新居浜さんが探してきてくれたそうなの」

「あら、そうだったの。それ、掛け金は安いのかしら」

「それがね、新居浜さんが代理店限定の地域奉仕ナントカ割引制度を使えるよう、保険会社と交渉してくれて、何とか安くで契約できるそうなのよ。営業用の経費として特別に安くしてもらえるのですって。新浜さん、随分と骨折ってくれたみたいよ」

 ふーん。新居浜さんって、いい人なんだな。

「それは良かったわね。毎年、太鼓は子供たちも楽しみにしているし、祭りのメインだから。でも、東地区の倉庫もそんなに大きくはないでしょ。ウチの西地区の太鼓を入れるスペースまで空いているのかしら。ウチの地区の倉庫もスペースが無くて、観音寺さんの倉庫で預かってもらっていたのに」

「東地区の方でも前々から、古くなった使わない道具をリストアップして捨てようかって話していたそうなの。今日の祭りの後に皆で片付ける予定らしいわ。その他に、場所を塞いでいる発電機とか射的の道具を出せば、空いたスペースに太鼓を入れられるそうよ。その代わりに、発電機と射的の道具を西地区の方で預かってくれないかって話。大内住職も了承してくださったから、お寺の倉庫で預かるみたいよ」

 そういう事かあ。昨日、向こうの駐車場で鳥丸さんたちが輪になって話していたのは、その話だったんだ。あれは要らない古道具のリストのことだったんだな。

「じゃあ、こっちの倉庫の中も片付けた方がいいわね。もしかしたら、お互いに必要な物と要らない物を交換できるかもしれないし」

「そうね。明日、祭りの片付けの後で男衆にやってもらいましょ」

「重たい物は、ウチの馬鹿息子に運ばせればいいから。帰ってきている時で丁度よかったわ」

 また仕事が増えたな、輪哉くん。頑張りたまえ。

 あ、大内住職だ。今日は若いお坊さんたちも一緒か。みんなTシャツにジャージ姿だ。しかも、全員ツルピカ頭。やっぱり、その筋の人たちに見えるぞ。恐い、恐い。

「いやあ、遅くなりました。お、だいぶ進んでますな。今日はウチの小坊主たちも連れてきましたよ。日頃お世話になっている地域の祭りですからな、この者たちにも協力させましょう。若いですから重たい物を運ぶのは任せてください」

「まあ、これは、これは。本当にすみません。――あなたあ、このガスボンベと発電機は運んでいいんでしょ」

 じゃあ、俺が手伝うまでもないか。陽子さんのところに行こう。

「あ、そうそう。どなたか、ウチの墓地の中の草取りをしてくださった方はいませんか。あるいは、草を取ってくれた人をご存知の方は」

「どうなさいましたの?」

「いや、お墓の雑草が片っ端から掘り返されていましてね。まあ、ウチの小坊主たちも頑張ってはいるのですが、草が伸びるのは早くてね、追いつかんで困っていたのですよ。ところが、昼食を終えて少し散歩しようとしたら、ほとんどのお墓の雑草が掘り返されている。びっくりしましてな。これは、お礼を言わないと、と思いまして。もしかして、高瀬さんとこの輪哉くんかな。午前中に墓参りにいらしていたようだが」

「まさか。うちの子はそんな立派な子ではないですよ。土佐山田さんのご主人じゃないですか」

「そんな訳ないじゃない。裏庭の草取りがやっとの人よ。別な方でしょ」

「そうですか。はて、誰かのお……」

 俺ですが、敢えて言わない。あなたのように。陰徳あれば必ず陽報あり。そう信じよう。

 それよりも、美歩ちゃんだ。まだ、あんな所で屈んでいる。いったいどうしたんだ。


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