名探偵桃太郎の春夏秋冬

淀川 大

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俺と太鼓と祭りと夏と

第16話だ  罠かもしれないぞ  

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 よし。美歩ちゃんをいじめたガキは懲らしめてやった。次は黒尽くめ達の説得だ。一つずつやっていこう。その次は幽霊さん。ちょっと恐いけど、事情を聞いて、必要以上の呪いとか祟りをしないようにお願いする。これしかあるまい。お宝の謎も解明するかもしれないし。そして最後に太鼓。これが厄介だ。東地区の奴らが何らかの組織を動かしているのだとすれば、解決には危険が伴うはずだ。殺し屋か何か、本部から人を送るとか言っていたし。これは、命がけの仕事になるかもしれない。久しぶりに腕が鳴るぜ。ちょっと伸びをして……うう、武者震い、武者震い。

 さてと、大通りの商店街に戻ってきたが、おっ、やってるな。祭りの飾りつけだ。明日だからな、ラストスパートってやつか。

 陽子さんと美歩ちゃんも、最後の提灯を取り付けている。――おっ。あれは、高瀬さんのところの息子さんだ。輪哉くん。随分と垢抜けたな。浪人生していた頃は、もっとヤボったかったのに。しかし、帰ってすぐから祭りの手伝いとは、感心だ。偉い、偉い。

 あれ、土佐山田さんは店の中か。「ウェルビー保険」の新居浜さんと話しているが、何か困った顔をしているぞ。横で奥さんは電話中。また何か勘違いされて怒鳴られているのかもしれんな。気になる。うーん、仕方ない。ちょっと中に入ってみるか。

「――という内容なんですよ。どうですか、いいでしょう。月々の保険料もお得です。この小型業務用備品保険『バッチリ安心くん』は、まさにこういう時のためにある保険なんですよ。次に同じ事態になった時に困らないように、今のうちにバッチリと……」

 なんだ、保険のセールスか。土佐山田さんも大変だな。ちょっと歩き疲れたので、勝手にこのお客さん用の丸いスツールに腰を下ろしてと……ああ、奥さん。こんにちは。――ん? なんだ、スルメじゃないか。食べていいのか。悪いな、いつも、いつも。で、何の電話してるんだ?

「――いえいえ、構いませんわよ。どうせ一時の事ですし、その方が皆よろこぶでしょうから。――はい。では、主人から警察の方にはお伝えしておけば……そうですの。助かりますわあ。あら、早速みえたみたいですわ。――分かりました、わざわざご丁寧にどうも。はい、では後ほど」

 大抵の女の人は電話に出る時に声が一オクターブ高くなるが、伊勢子さんは二オクターブ高くなるな。

 あ、鑑識のお兄さんだ。何しに来たんだろう。今朝の讃岐さんの件かな。それで、新居浜さんは帰るのか。土佐山田さんはホッとした顔をしている。お疲れ様。と安心する間もなく、鑑識のお兄さんからお話か。

「土佐山田さん、突然すみません」

「ああ、お巡りさん。今朝はどうも」

「新居浜さんは、よかったのですか。大事なお話中だったのでは」

「ああ、いいの、いいの。どうでもいいセールストークを聞いていただけだから。でも、あれはセールストークではなくて、『せいせいするトーク』だな。疲れたよ」

 土佐山田さんの無理なダジャレに無理な笑顔で答える鑑識のお兄さん。大変だねえ。なんだよ、チラチラとこっちを見て。俺がここでスルメを食っていたら悪いのか。伊勢子さんは、よく俺におやつをくれるんだ。いつもの事だよ。

「お祭りの事でしょう。今、電話で聞きました。急に無理言ってすみませんね」と伊勢子さんが言うと、鑑識のお兄さんは小声で「署の中では言えませんけど、僕的には、むしろありがたいですよ、範囲が狭くなれば、仕事も減りますから」と片笑んで言う。それでいいのか、お兄さん。

 一方の土佐山田九州男さんはキョトンとした顔をしているな。ああ、まだ伊勢子さんから話を聞いてないのか。俺もだが……。なんだ、お兄さんが土佐山田さんに何か書面を渡しているぞ。

「という訳で、お宅の角に一人立つ予定だった警官は、置かない事になりました。この配置なら、赤レンガ小道に車が入ってくる事も無いでしょうし、しかめ面の警官が目の前に立っていたら、祭りも盛り上がらないだろうと、うちの署長が」

 土佐山田さんは書面を覗き込みながら眉を寄せている。いったい何の書類だ?

「そうですか……。でも、売上金の小銭泥棒なんかもいますから、そこにお巡りさんが立っていてくれると、安心だったのですがねえ……」

「あなた、無理言わないの。せっかく東地区の皆さんがご提案してくださったのよ。いい案じゃない。それに、プロの方の手配までしてくださったみたいだし。太鼓の方も、祭りの後は向こうの倉庫で預かりましょうかって」

「そうか。そいつは、助かるな。じゃあ、ちょっと御礼を言ってくるよ。ついでに新居浜さんから聞いた保険の話もしてみよう」

 土佐山田さん! 保険の話どころではないぞ。それは罠だ。その「プロ」は組織が送り込んでくる奴だぞ。きっと殺し屋だ。警察と掛け合ったのも、ここから警官を遠ざけるために違いない。東地区の連中は、何か危険な事を企んでいるかもしれないんだ。御礼なんかするな。それに、このままでは太鼓も取られてしまうぞ。ああ、お兄さん、帰っちゃうのか、待ってくれ。

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