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第27話 ジャネット その1
しおりを挟む「プリシラ帰ろう!」
「うん、図書館に寄ってもいい?」
ジャネットとプリシラは貴族学校の二年生。同じクラスに所属している。
このやり取りはほぼ毎日のように繰り返されている。
ふたりは従姉妹で小さい頃から仲が良く、一緒の馬車で帰ることにしているのだった。
小さい頃から活発だったジャネットは、よくプリシラを連れまわして一緒に遊んでいた。
当時、今よりもずっとおとなしくて内気だったプリシラは、自分の要望を言うこともできなかったので、ジャネットはプリシラの言いたいことを読み取って、世話を焼いていた。
本を読むのが好きなプリシラに付き合って、図書館についていく。
ジャネットは課題以外ではほとんど本を読まないが、プリシラは毎日のように本を借りている。
夜更かしして本を読んでいるようで、プリシラの目の下には常にクマがあった。
寝不足で授業中にうとうとするプリシラの肩をつついて起こすのがジャネットの日常だった。
ふたりは馬車に乗ると、ジャネットが話しはじめた。
「今日ね、アレクシス様を見かけたのよ! 相変わらず素敵だったわ」
「また令嬢たちに囲まれてた?」
「うん、囲まれてた。でもね、私に気付いて声をかけてくれたのよ! すごいでしょ!」
アレクシス・ハーパー侯爵子息はひとつ上の学年で、ふたりと子どもの頃からの知り合いだ。
アレクシスはとても美しい顔をしていて、家柄も良く、学園中の女学生の憧れの的だった。
ジャネットも彼に憧れるひとりで、ちらっとでも見ることができれば、その日はずっと幸せだった。
「よかったね。ジャネット」
プリシラはあまり彼に関心がないようだった。
プリシラの家に到着すると、ジャネットも一緒に馬車を降りる。
ふたりは毎日一緒に課題をしているのだ。
二年次になると、途端に授業の内容が難しくなり、ジャネットはついていけなくなった。
特に幾何の課題が出ると、とてもひとりではこなせなくなってしまった。
両親がジャネットに家庭教師をつけてくれるはずもない。
ジャネットは子爵家の四女だ。上に三人の姉がいて、下に弟がひとりいる。
両親が跡継ぎの男子をもうけるためにがんばった結果で、弟は家で王様のような扱いを受けているが、ジャネットはほぼ放置されている。
ある日、課題の出来について教師に小言を言われたジャネットは、プリシラに愚痴をこぼした。
「もう最悪よ。全然わからないんだからしかたないじゃない。だいたい幾何なんて将来何の役にも立たないのに……」
「ジャネット一緒に課題やらない?」
「え? いいの?」
「うん。一緒にうちで勉強しよう」
プリシラに勉強を教わるようになってから、ジャネットは教師に小言を言われることもなくなった。
授業でたまに寝ているプリシラだが、成績はトップレベルで来年は生徒会のメンバーに選ばれると目されている。
プリシラは授業を聞かなくても、先まわりして本で勉強しているため成績が良いのだ。
だが、成績上位はほとんど男子学生で占められていて、女で伯爵令嬢と身分がそれほど高くないプリシラは、あまり評判が良くない。
成績発表の日、聞こえよがしにプリシラの悪口が聞こえてきた。
「女のくせに成績が良くても無意味だろ……」
「たかが伯爵令嬢が出しゃばりすぎじゃないか?」
「あの目の下のクマを見てごらんなさい。きっと毎日必死に勉強してるのよ。そんなに注目されたいのかしら」
ジャネットは怒りで震えそうになった。
隣に立っているプリシラの顔を見ると、何の表情も浮かんでいない。
——プリシラが気にしてなくても、私は許せない!
とは言え、ただの子爵令嬢である自分が彼らに何か言い返すようなことはできなかった。
ジャネットには考えがあった。
次の日、授業が終わるといつものように図書館に寄ってから、プリシラの家に行く。課題をはじめる前にジャネットは言った。
「プリシラ、お化粧教えてあげる!」
「お化粧……?」
ジャネットの突然の発言に、プリシラは不思議そうに言った。
「そうよ! 私たちもう年頃なんだからプリシラも化粧してみようよ。お姉さんたちに化粧品ゆずってもらったからあげるね!」
プリシラはあまり乗り気ではなさそうだったが、ジャネットは問答無用で彼女をドレッサーの前に引っ張っていった。
「いつもプリシラには勉強教えてもらってるから、お化粧は私が教えるね!」
ジャネットは肌の手入れ方法から、下地の塗り方、アイラインを引くときのコツなどを丁寧に教えた。
ただ単に下地を塗るだけではプリシラの頑固なクマは消えなかったので、工夫をこらして目立たないようにする方法を編み出した。
何日かプリシラに実践練習させて、自分と遜色ない出来上がりになったのを確認すると、ジャネットは満足した。
——これでプリシラを馬鹿にする奴らを見返せるわね!
実際、化粧をして学園に行くようになったプリシラを見る目は変わったように思う。
色素の薄いプリシラの顔立ちがはっきりして、その整った目鼻立ちがあきらかになったのだった。
「プリシラ、すごくきれいだよ」
ジャネットが言うと、プリシラはすこし照れたように笑って言った。
「お化粧ってこんなに変わるのね。自分じゃないみたい。ジャネット、ありがとう」
珍しいプリシラの表情に、ジャネットはとてもうれしくなった。
「うん、図書館に寄ってもいい?」
ジャネットとプリシラは貴族学校の二年生。同じクラスに所属している。
このやり取りはほぼ毎日のように繰り返されている。
ふたりは従姉妹で小さい頃から仲が良く、一緒の馬車で帰ることにしているのだった。
小さい頃から活発だったジャネットは、よくプリシラを連れまわして一緒に遊んでいた。
当時、今よりもずっとおとなしくて内気だったプリシラは、自分の要望を言うこともできなかったので、ジャネットはプリシラの言いたいことを読み取って、世話を焼いていた。
本を読むのが好きなプリシラに付き合って、図書館についていく。
ジャネットは課題以外ではほとんど本を読まないが、プリシラは毎日のように本を借りている。
夜更かしして本を読んでいるようで、プリシラの目の下には常にクマがあった。
寝不足で授業中にうとうとするプリシラの肩をつついて起こすのがジャネットの日常だった。
ふたりは馬車に乗ると、ジャネットが話しはじめた。
「今日ね、アレクシス様を見かけたのよ! 相変わらず素敵だったわ」
「また令嬢たちに囲まれてた?」
「うん、囲まれてた。でもね、私に気付いて声をかけてくれたのよ! すごいでしょ!」
アレクシス・ハーパー侯爵子息はひとつ上の学年で、ふたりと子どもの頃からの知り合いだ。
アレクシスはとても美しい顔をしていて、家柄も良く、学園中の女学生の憧れの的だった。
ジャネットも彼に憧れるひとりで、ちらっとでも見ることができれば、その日はずっと幸せだった。
「よかったね。ジャネット」
プリシラはあまり彼に関心がないようだった。
プリシラの家に到着すると、ジャネットも一緒に馬車を降りる。
ふたりは毎日一緒に課題をしているのだ。
二年次になると、途端に授業の内容が難しくなり、ジャネットはついていけなくなった。
特に幾何の課題が出ると、とてもひとりではこなせなくなってしまった。
両親がジャネットに家庭教師をつけてくれるはずもない。
ジャネットは子爵家の四女だ。上に三人の姉がいて、下に弟がひとりいる。
両親が跡継ぎの男子をもうけるためにがんばった結果で、弟は家で王様のような扱いを受けているが、ジャネットはほぼ放置されている。
ある日、課題の出来について教師に小言を言われたジャネットは、プリシラに愚痴をこぼした。
「もう最悪よ。全然わからないんだからしかたないじゃない。だいたい幾何なんて将来何の役にも立たないのに……」
「ジャネット一緒に課題やらない?」
「え? いいの?」
「うん。一緒にうちで勉強しよう」
プリシラに勉強を教わるようになってから、ジャネットは教師に小言を言われることもなくなった。
授業でたまに寝ているプリシラだが、成績はトップレベルで来年は生徒会のメンバーに選ばれると目されている。
プリシラは授業を聞かなくても、先まわりして本で勉強しているため成績が良いのだ。
だが、成績上位はほとんど男子学生で占められていて、女で伯爵令嬢と身分がそれほど高くないプリシラは、あまり評判が良くない。
成績発表の日、聞こえよがしにプリシラの悪口が聞こえてきた。
「女のくせに成績が良くても無意味だろ……」
「たかが伯爵令嬢が出しゃばりすぎじゃないか?」
「あの目の下のクマを見てごらんなさい。きっと毎日必死に勉強してるのよ。そんなに注目されたいのかしら」
ジャネットは怒りで震えそうになった。
隣に立っているプリシラの顔を見ると、何の表情も浮かんでいない。
——プリシラが気にしてなくても、私は許せない!
とは言え、ただの子爵令嬢である自分が彼らに何か言い返すようなことはできなかった。
ジャネットには考えがあった。
次の日、授業が終わるといつものように図書館に寄ってから、プリシラの家に行く。課題をはじめる前にジャネットは言った。
「プリシラ、お化粧教えてあげる!」
「お化粧……?」
ジャネットの突然の発言に、プリシラは不思議そうに言った。
「そうよ! 私たちもう年頃なんだからプリシラも化粧してみようよ。お姉さんたちに化粧品ゆずってもらったからあげるね!」
プリシラはあまり乗り気ではなさそうだったが、ジャネットは問答無用で彼女をドレッサーの前に引っ張っていった。
「いつもプリシラには勉強教えてもらってるから、お化粧は私が教えるね!」
ジャネットは肌の手入れ方法から、下地の塗り方、アイラインを引くときのコツなどを丁寧に教えた。
ただ単に下地を塗るだけではプリシラの頑固なクマは消えなかったので、工夫をこらして目立たないようにする方法を編み出した。
何日かプリシラに実践練習させて、自分と遜色ない出来上がりになったのを確認すると、ジャネットは満足した。
——これでプリシラを馬鹿にする奴らを見返せるわね!
実際、化粧をして学園に行くようになったプリシラを見る目は変わったように思う。
色素の薄いプリシラの顔立ちがはっきりして、その整った目鼻立ちがあきらかになったのだった。
「プリシラ、すごくきれいだよ」
ジャネットが言うと、プリシラはすこし照れたように笑って言った。
「お化粧ってこんなに変わるのね。自分じゃないみたい。ジャネット、ありがとう」
珍しいプリシラの表情に、ジャネットはとてもうれしくなった。
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