17 / 28
第17話
しおりを挟む
シェリーは王都のハーパー侯爵邸を訪れた。
毎月定例のお茶会に参加するためである。
おそらく今日がハーパー侯爵夫人との最後のお茶会になるだろう。
今にも雨が降り出しそうな曇天のもと、侍女を連れずにシェリーはひとり歩む。
ハーパー侯爵夫人と対面することに、もうおそれはなかった。
侯爵邸の美しく手入れされた庭に面した部屋に通される。
ハーパー侯爵夫人はすでに座ってシェリーを待っていた。
デューイと同じ燃えるような赤毛を高く結い上げ、耳には瞳と同じ色の大ぶりなエメラルドのイヤリングをしている。
息子の婚約者とのお茶会をする場には過剰なほどの豪華な衣装を身にまとい、いつも通りの隙のない貴婦人ぶりだった。
部屋に入ってきたシェリーを見ると、夫人の紅い唇が弧を描いた。
「良く来たわね」
シェリーは一瞬ぞっとしたが、顔には何の表情も浮かべずにあいさつする。
「ハーパー侯爵夫人、ご無沙汰しております」
「座ってちょうだい」
シェリーはうながされて、夫人の目の前の席に座ると、香水の強烈なにおいが漂ってくる。
シェリーは夫人から目をそむけなかった。夫人の目には蔑むような笑みが宿っていたが、おそろしいとは思わなかった。
夫人はそんなシェリーに不快感を持ったようで、かすかに眉間をすがめた。
「……デューイが言っていたけれど、あなたは本当に変わってしまったようね」
「そうでしょうか? 自分ではそう思いませんが……」
シェリーが自分の言葉に同意しなかったので、夫人はますます不愉快そうな表情になる。
「デューイに婚約破棄されてふてくされてるのよね? しょうがないわよ。こんなにかわいげがないんだもの、デューイがあなたを好きになるはずがないわ」
夫人がさらに何か言おうと口を開いたとき、ちょうどお茶が運ばれてきて、彼女の注意はそちらに移った。侯爵夫人の口もとにはふたたび笑みが浮かぶ。
シェリーは目の前に運ばれてきたティーセットをながめた。
カヴァデール商会の茶器が並んでいる。見慣れた陶器のスプーンに、二つ用意されたティーポット……。
いつの頃からか、ティーポットは二つ用意されるようになっていた。
ハーパー侯爵夫人はシェリーと茶葉の好みが違うからと言っていたが、シェリーは特に茶葉の好みを告げたことはなかった。
ただ、出されたお茶の感想を問われて、おいしいと答えたその日から、ティーポットが分けられるようになったのだった。
夫人の侍女がそれぞれのティーポットで二人のカップに紅茶をそそぐ。
「さあ、どうぞ」
侯爵夫人は機嫌良くシェリーにお茶をすすめた。
「ありがとうございます。侯爵夫人」
シェリーはお礼を言ったが、カップに手をつけなかった。
夫人はしばらく黙っていたが、みるみるうちに険悪な表情になる。
「なぜ飲まないの? 私の出したお茶が飲めないとでも言うの?」
シェリーは夫人を見つめて言った。
「侯爵夫人、失礼いたします」
自分のポーチに手を伸ばすと、中からハンカチに包まれたものを取り出した。
夫人の前でハンカチを外すと、銀のスプーンが姿をあらわした。
一点の曇りもなく輝いている。
「こちらを使わせていただきます」
シェリーの顔の前にかかげられたそれをみて、ハーパー侯爵夫人は大きく目を見開く。
シェリーは彼女にかまわず、銀のスプーンを紅茶に浸すと、ゆっくりとかき混ぜた。
——やっぱり……。
しばらくしてお茶から引き上げると、シェリーの手のなかで、銀のスプーンはすっかり輝きを失い、鈍い黒色を帯びていた。
「……ずっと私に毒を盛っていたのですね?」
シェリーは夫人を正面から見据えてゆっくりと告げた。
シェリーの眼前で侯爵夫人の顔は歪んでいき、おそろしい形相になっていく。
ふいに腕を振り上げた——
——ガシャーン!!
侯爵夫人はテーブルの上に載っていた食器を勢いよく払い落とした。
シェリーは驚いて椅子から立ちあがり、夫人から距離を取った。
「舐めたまねしてくれるわね……。お前はもう二度と家に帰れないわよ」
夫人は嘲笑いながら言った。
「この屋敷の主人は私なのよ。使用人たちに命じればお前の死体なんて簡単に隠せる。愚かな真似をしたものね」
シェリーは夫人の背後の侍女に目をやると、侍女の顔には何の表情も浮かんでいない。モノを見るような目でシェリーを見ている。
そんな女たちに対して、シェリーはひとりだった。
シェリーは平静な表情のままハーパー侯爵夫人に告げる。
「私が今日ハーパー侯爵邸を訪ねることを、家のものは皆知っています。私に何かあれば侯爵夫人に疑いの目がむくのは間違いないでしょう」
夫人の目に狂気の色が宿る。
「本当にむかつく小娘ね。いつもいつも、すました顔で冷静ぶって……」
つぶやくと、ゆっくり立ち上がる。
「お前のような娘がデューイの婚約者なんて許せないわ」
シェリーはもう婚約者ではないと言いたかったが、内密にする約束をしているため、ぐっと堪えてたずねた。
「なぜですか? 私が似ているからですか? 前のハーパー侯爵夫人……プリシラ様に」
言い終わった瞬間、昼間とは思えないほど薄暗くなった部屋に、するどい光が差し込んだ。
間をおかずに轟音が鳴り響くと、激しい雨が降り始めた。
毎月定例のお茶会に参加するためである。
おそらく今日がハーパー侯爵夫人との最後のお茶会になるだろう。
今にも雨が降り出しそうな曇天のもと、侍女を連れずにシェリーはひとり歩む。
ハーパー侯爵夫人と対面することに、もうおそれはなかった。
侯爵邸の美しく手入れされた庭に面した部屋に通される。
ハーパー侯爵夫人はすでに座ってシェリーを待っていた。
デューイと同じ燃えるような赤毛を高く結い上げ、耳には瞳と同じ色の大ぶりなエメラルドのイヤリングをしている。
息子の婚約者とのお茶会をする場には過剰なほどの豪華な衣装を身にまとい、いつも通りの隙のない貴婦人ぶりだった。
部屋に入ってきたシェリーを見ると、夫人の紅い唇が弧を描いた。
「良く来たわね」
シェリーは一瞬ぞっとしたが、顔には何の表情も浮かべずにあいさつする。
「ハーパー侯爵夫人、ご無沙汰しております」
「座ってちょうだい」
シェリーはうながされて、夫人の目の前の席に座ると、香水の強烈なにおいが漂ってくる。
シェリーは夫人から目をそむけなかった。夫人の目には蔑むような笑みが宿っていたが、おそろしいとは思わなかった。
夫人はそんなシェリーに不快感を持ったようで、かすかに眉間をすがめた。
「……デューイが言っていたけれど、あなたは本当に変わってしまったようね」
「そうでしょうか? 自分ではそう思いませんが……」
シェリーが自分の言葉に同意しなかったので、夫人はますます不愉快そうな表情になる。
「デューイに婚約破棄されてふてくされてるのよね? しょうがないわよ。こんなにかわいげがないんだもの、デューイがあなたを好きになるはずがないわ」
夫人がさらに何か言おうと口を開いたとき、ちょうどお茶が運ばれてきて、彼女の注意はそちらに移った。侯爵夫人の口もとにはふたたび笑みが浮かぶ。
シェリーは目の前に運ばれてきたティーセットをながめた。
カヴァデール商会の茶器が並んでいる。見慣れた陶器のスプーンに、二つ用意されたティーポット……。
いつの頃からか、ティーポットは二つ用意されるようになっていた。
ハーパー侯爵夫人はシェリーと茶葉の好みが違うからと言っていたが、シェリーは特に茶葉の好みを告げたことはなかった。
ただ、出されたお茶の感想を問われて、おいしいと答えたその日から、ティーポットが分けられるようになったのだった。
夫人の侍女がそれぞれのティーポットで二人のカップに紅茶をそそぐ。
「さあ、どうぞ」
侯爵夫人は機嫌良くシェリーにお茶をすすめた。
「ありがとうございます。侯爵夫人」
シェリーはお礼を言ったが、カップに手をつけなかった。
夫人はしばらく黙っていたが、みるみるうちに険悪な表情になる。
「なぜ飲まないの? 私の出したお茶が飲めないとでも言うの?」
シェリーは夫人を見つめて言った。
「侯爵夫人、失礼いたします」
自分のポーチに手を伸ばすと、中からハンカチに包まれたものを取り出した。
夫人の前でハンカチを外すと、銀のスプーンが姿をあらわした。
一点の曇りもなく輝いている。
「こちらを使わせていただきます」
シェリーの顔の前にかかげられたそれをみて、ハーパー侯爵夫人は大きく目を見開く。
シェリーは彼女にかまわず、銀のスプーンを紅茶に浸すと、ゆっくりとかき混ぜた。
——やっぱり……。
しばらくしてお茶から引き上げると、シェリーの手のなかで、銀のスプーンはすっかり輝きを失い、鈍い黒色を帯びていた。
「……ずっと私に毒を盛っていたのですね?」
シェリーは夫人を正面から見据えてゆっくりと告げた。
シェリーの眼前で侯爵夫人の顔は歪んでいき、おそろしい形相になっていく。
ふいに腕を振り上げた——
——ガシャーン!!
侯爵夫人はテーブルの上に載っていた食器を勢いよく払い落とした。
シェリーは驚いて椅子から立ちあがり、夫人から距離を取った。
「舐めたまねしてくれるわね……。お前はもう二度と家に帰れないわよ」
夫人は嘲笑いながら言った。
「この屋敷の主人は私なのよ。使用人たちに命じればお前の死体なんて簡単に隠せる。愚かな真似をしたものね」
シェリーは夫人の背後の侍女に目をやると、侍女の顔には何の表情も浮かんでいない。モノを見るような目でシェリーを見ている。
そんな女たちに対して、シェリーはひとりだった。
シェリーは平静な表情のままハーパー侯爵夫人に告げる。
「私が今日ハーパー侯爵邸を訪ねることを、家のものは皆知っています。私に何かあれば侯爵夫人に疑いの目がむくのは間違いないでしょう」
夫人の目に狂気の色が宿る。
「本当にむかつく小娘ね。いつもいつも、すました顔で冷静ぶって……」
つぶやくと、ゆっくり立ち上がる。
「お前のような娘がデューイの婚約者なんて許せないわ」
シェリーはもう婚約者ではないと言いたかったが、内密にする約束をしているため、ぐっと堪えてたずねた。
「なぜですか? 私が似ているからですか? 前のハーパー侯爵夫人……プリシラ様に」
言い終わった瞬間、昼間とは思えないほど薄暗くなった部屋に、するどい光が差し込んだ。
間をおかずに轟音が鳴り響くと、激しい雨が降り始めた。
13
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです
じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」
アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。
金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。
私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。
妹に婚約者を奪われましたが、私の考えで家族まとめて終わりました。
佐藤 美奈
恋愛
セリーヌ・フォンテーヌ公爵令嬢は、エドガー・オルレアン伯爵令息と婚約している。セリーヌの父であるバラック公爵は後妻イザベルと再婚し、その娘であるローザを迎え入れた。セリーヌにとって、その義妹であるローザは、婚約者であり幼馴染のエドガーを奪おうと画策する存在となっている。
さらに、バラック公爵は病に倒れ寝たきりとなり、セリーヌは一人で公爵家の重責を担うことになった。だが、イザベルとローザは浪費癖があり、次第に公爵家の財政を危うくし、家を自分たちのものにしようと企んでいる。
セリーヌは、一族が代々つないできた誇りと領地を守るため、戦わなければならない状況に立たされていた。異世界ファンタジー魔法の要素もあるかも?
【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。
紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。
「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」
最愛の娘が冤罪で処刑された。
時を巻き戻し、復讐を誓う家族。
娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる