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第1話
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「シェリー・カヴァデール! お前との婚約は破棄する!」
昼時の食堂で衆人環視のもと婚約破棄を告げられたシェリーは思った。
……本当にいいの?
シェリー・カヴァデールはカヴァデール伯爵家のひとり娘である。銀色の髪に灰色の瞳、寒々しい色合いは彼女に冷たい印象を与えている。貴族学校に在籍中の十八歳である。
シェリーに婚約破棄をつきつけた男は、デューイ・ハーパー。ハーパー侯爵家の次男である。燃えるような赤毛が印象的な彼は、眉をつりあげて挑戦的な表情をしている。シェリーと同学年の十八歳だ。
「……デューイ様、このような場でそんなお話は……」
「お前のような暗くて冷たい女はうんざりだ。俺はこのヴィオラ・ビーティーと婚約する!」
食堂中の眼がこちらに集まったのを感じたシェリーがたしなめようとする言葉をさえぎって、デューイは高らかに宣言した。
シェリーはデューイのうしろに半分身体をかくしている少女に眼をうつした。困ったように眉を下げて瞳をうるませて、おそるおそるこちらを見ている。ピンクブラウンの髪をした小柄でかわいらしい雰囲気の少女だ。
シェリーは同学年の彼女を見かけたことがあった。確か子爵家の令嬢だったと思う。
「ヴィオラはお前と違って女らしい。それに男を立てることを知っているしな! 俺に歯向かってばかりのお前とは大違いだ。ヴィオラこそがハーパー侯爵家の次期侯爵夫人にふさわしい!」
……次期侯爵夫人?
シェリーは疑問に思った。彼は嫡男ではないので、侯爵家の跡継ぎではない。デューイが何を言っているのか意味がわからなかった。
「デューイ様、次期侯爵夫人というのは……」
「お前にはふさわしくない! 残念だったな。まあ、俺にふさわしい女になる努力をしなかったおのれの責任だ。せいぜい後悔するんだな!」
「はあ……」
デューイはシェリーが話し終わるのを待たずに自信満々に言い切った。人の話しを聞こうとしない彼の態度にシェリーはすでに慣れていた。
辛抱強く問いかける。
「デューイ様、ご両親は婚約破棄の件をご存じなのですか?」
「おい、まだ希望にすがっているのか? 言わなくても大賛成に決まっているだろう! お母様はお前のことが大嫌いなのだからな」
そう言葉を投げられるとシェリーの瞳は暗くかげった。
……確かに自分はデューイの母親、ハーパー侯爵夫人に嫌われている。
「そうですか……。それでは婚約破棄の件、承りました。父に伝えます。後日両家で話し合いの場がもうけられると思いますが……」
「見苦しいぞ! 話し合いなど無駄だ。婚約破棄はもう決定事項なのだからな!」
またしても言葉をさえぎり、勝ち誇るように言い切ったデューイに、シェリーはうんざりした気分でため息をつくのをなんとかこらえた。
「承知いたしました。では私はこれで失礼します」
シェリーは思い込みの激しいデューイと話しても無駄だと思い、注目の的となっているこの場から一刻も早く立ち去ろうとした。
「待て! まだ俺の用件は済んでないぞ! 勝手に消えるな」
「……なんでしょうか?」
疲れた気分でシェリーが振り向くと、顔の近くにノートをつきつけられる。
「明日締め切りの課題だ! 今日から俺の分だけでなくヴィオラの分もやれ!」
シェリーはさすがに驚いた。デューイはもともと思い込みが激しく、自己中心的な性格だが、ここまで厚顔無恥だったとは。
「デューイ様、私はもう婚約者ではないのでしょう? もう他人なのですから課題はご自分でなさってください」
「なんだと! なんて冷たい女なんだ! そんな性格だから婚約破棄されるのだとなぜ理解できないんだ!」
「その通りです! シェリー様は私に嫉妬しているからそんな意地悪なことをおっしゃるのですね!」
デューイの発言もさることながら、ほとんど初対面のヴィオラの発言にシェリーは驚きと怒りを感じた。どうやら似た者同士の二人らしい。
怒りで震えそうな身体をなんとか押さえつけるとシェリーは無表情に告げた。
「あなた方の課題はいたしません。失礼します」
恥知らずな二人に背をむけて歩き出すと、背後から罵声が聞こえてくる。
シェリーはもう振り返らなかった。
昼時の食堂で衆人環視のもと婚約破棄を告げられたシェリーは思った。
……本当にいいの?
シェリー・カヴァデールはカヴァデール伯爵家のひとり娘である。銀色の髪に灰色の瞳、寒々しい色合いは彼女に冷たい印象を与えている。貴族学校に在籍中の十八歳である。
シェリーに婚約破棄をつきつけた男は、デューイ・ハーパー。ハーパー侯爵家の次男である。燃えるような赤毛が印象的な彼は、眉をつりあげて挑戦的な表情をしている。シェリーと同学年の十八歳だ。
「……デューイ様、このような場でそんなお話は……」
「お前のような暗くて冷たい女はうんざりだ。俺はこのヴィオラ・ビーティーと婚約する!」
食堂中の眼がこちらに集まったのを感じたシェリーがたしなめようとする言葉をさえぎって、デューイは高らかに宣言した。
シェリーはデューイのうしろに半分身体をかくしている少女に眼をうつした。困ったように眉を下げて瞳をうるませて、おそるおそるこちらを見ている。ピンクブラウンの髪をした小柄でかわいらしい雰囲気の少女だ。
シェリーは同学年の彼女を見かけたことがあった。確か子爵家の令嬢だったと思う。
「ヴィオラはお前と違って女らしい。それに男を立てることを知っているしな! 俺に歯向かってばかりのお前とは大違いだ。ヴィオラこそがハーパー侯爵家の次期侯爵夫人にふさわしい!」
……次期侯爵夫人?
シェリーは疑問に思った。彼は嫡男ではないので、侯爵家の跡継ぎではない。デューイが何を言っているのか意味がわからなかった。
「デューイ様、次期侯爵夫人というのは……」
「お前にはふさわしくない! 残念だったな。まあ、俺にふさわしい女になる努力をしなかったおのれの責任だ。せいぜい後悔するんだな!」
「はあ……」
デューイはシェリーが話し終わるのを待たずに自信満々に言い切った。人の話しを聞こうとしない彼の態度にシェリーはすでに慣れていた。
辛抱強く問いかける。
「デューイ様、ご両親は婚約破棄の件をご存じなのですか?」
「おい、まだ希望にすがっているのか? 言わなくても大賛成に決まっているだろう! お母様はお前のことが大嫌いなのだからな」
そう言葉を投げられるとシェリーの瞳は暗くかげった。
……確かに自分はデューイの母親、ハーパー侯爵夫人に嫌われている。
「そうですか……。それでは婚約破棄の件、承りました。父に伝えます。後日両家で話し合いの場がもうけられると思いますが……」
「見苦しいぞ! 話し合いなど無駄だ。婚約破棄はもう決定事項なのだからな!」
またしても言葉をさえぎり、勝ち誇るように言い切ったデューイに、シェリーはうんざりした気分でため息をつくのをなんとかこらえた。
「承知いたしました。では私はこれで失礼します」
シェリーは思い込みの激しいデューイと話しても無駄だと思い、注目の的となっているこの場から一刻も早く立ち去ろうとした。
「待て! まだ俺の用件は済んでないぞ! 勝手に消えるな」
「……なんでしょうか?」
疲れた気分でシェリーが振り向くと、顔の近くにノートをつきつけられる。
「明日締め切りの課題だ! 今日から俺の分だけでなくヴィオラの分もやれ!」
シェリーはさすがに驚いた。デューイはもともと思い込みが激しく、自己中心的な性格だが、ここまで厚顔無恥だったとは。
「デューイ様、私はもう婚約者ではないのでしょう? もう他人なのですから課題はご自分でなさってください」
「なんだと! なんて冷たい女なんだ! そんな性格だから婚約破棄されるのだとなぜ理解できないんだ!」
「その通りです! シェリー様は私に嫉妬しているからそんな意地悪なことをおっしゃるのですね!」
デューイの発言もさることながら、ほとんど初対面のヴィオラの発言にシェリーは驚きと怒りを感じた。どうやら似た者同士の二人らしい。
怒りで震えそうな身体をなんとか押さえつけるとシェリーは無表情に告げた。
「あなた方の課題はいたしません。失礼します」
恥知らずな二人に背をむけて歩き出すと、背後から罵声が聞こえてくる。
シェリーはもう振り返らなかった。
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