上 下
1 / 28

第1話

しおりを挟む
「シェリー・カヴァデール! お前との婚約は破棄する!」

 昼時の食堂で衆人環視のもと婚約破棄を告げられたシェリーは思った。
 ……本当にいいの?

 シェリー・カヴァデールはカヴァデール伯爵家のひとり娘である。銀色の髪に灰色の瞳、寒々しい色合いは彼女に冷たい印象を与えている。貴族学校に在籍中の十八歳である。

 シェリーに婚約破棄をつきつけた男は、デューイ・ハーパー。ハーパー侯爵家の次男である。燃えるような赤毛が印象的な彼は、眉をつりあげて挑戦的な表情をしている。シェリーと同学年の十八歳だ。

「……デューイ様、このような場でそんなお話は……」

「お前のような暗くて冷たい女はうんざりだ。俺はこのヴィオラ・ビーティーと婚約する!」

 食堂中の眼がこちらに集まったのを感じたシェリーがたしなめようとする言葉をさえぎって、デューイは高らかに宣言した。

 シェリーはデューイのうしろに半分身体をかくしている少女に眼をうつした。困ったように眉を下げて瞳をうるませて、おそるおそるこちらを見ている。ピンクブラウンの髪をした小柄でかわいらしい雰囲気の少女だ。
 シェリーは同学年の彼女を見かけたことがあった。確か子爵家の令嬢だったと思う。

「ヴィオラはお前と違って女らしい。それに男を立てることを知っているしな! 俺に歯向かってばかりのお前とは大違いだ。ヴィオラこそがハーパー侯爵家の次期侯爵夫人にふさわしい!」

 ……次期侯爵夫人?
 シェリーは疑問に思った。彼は嫡男ではないので、侯爵家の跡継ぎではない。デューイが何を言っているのか意味がわからなかった。

「デューイ様、次期侯爵夫人というのは……」

「お前にはふさわしくない! 残念だったな。まあ、俺にふさわしい女になる努力をしなかったおのれの責任だ。せいぜい後悔するんだな!」

「はあ……」

 デューイはシェリーが話し終わるのを待たずに自信満々に言い切った。人の話しを聞こうとしない彼の態度にシェリーはすでに慣れていた。
 辛抱強く問いかける。

「デューイ様、ご両親は婚約破棄の件をご存じなのですか?」

「おい、まだ希望にすがっているのか? 言わなくても大賛成に決まっているだろう! お母様はお前のことが大嫌いなのだからな」

 そう言葉を投げられるとシェリーの瞳は暗くかげった。
 ……確かに自分はデューイの母親、ハーパー侯爵夫人に嫌われている。

「そうですか……。それでは婚約破棄の件、承りました。父に伝えます。後日両家で話し合いの場がもうけられると思いますが……」

「見苦しいぞ! 話し合いなど無駄だ。婚約破棄はもう決定事項なのだからな!」

 またしても言葉をさえぎり、勝ち誇るように言い切ったデューイに、シェリーはうんざりした気分でため息をつくのをなんとかこらえた。

「承知いたしました。では私はこれで失礼します」

 シェリーは思い込みの激しいデューイと話しても無駄だと思い、注目の的となっているこの場から一刻も早く立ち去ろうとした。

「待て! まだ俺の用件は済んでないぞ! 勝手に消えるな」

「……なんでしょうか?」

 疲れた気分でシェリーが振り向くと、顔の近くにノートをつきつけられる。

「明日締め切りの課題だ! 今日から俺の分だけでなくヴィオラの分もやれ!」

 シェリーはさすがに驚いた。デューイはもともと思い込みが激しく、自己中心的な性格だが、ここまで厚顔無恥だったとは。

「デューイ様、私はもう婚約者ではないのでしょう? もう他人なのですから課題はご自分でなさってください」

「なんだと! なんて冷たい女なんだ! そんな性格だから婚約破棄されるのだとなぜ理解できないんだ!」

「その通りです! シェリー様は私に嫉妬しているからそんな意地悪なことをおっしゃるのですね!」

 デューイの発言もさることながら、ほとんど初対面のヴィオラの発言にシェリーは驚きと怒りを感じた。どうやら似た者同士の二人らしい。

 怒りで震えそうな身体をなんとか押さえつけるとシェリーは無表情に告げた。

「あなた方の課題はいたしません。失礼します」

 恥知らずな二人に背をむけて歩き出すと、背後から罵声が聞こえてくる。
 シェリーはもう振り返らなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

執着はありません。婚約者の座、譲りますよ

四季
恋愛
ニーナには婚約者がいる。 カインという青年である。 彼は周囲の人たちにはとても親切だが、実は裏の顔があって……。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

婚約破棄が国を亡ぼす~愚かな王太子たちはそれに気づかなかったようで~

みやび
恋愛
冤罪で婚約破棄などする国の先などたかが知れている。 全くの無実で婚約を破棄された公爵令嬢。 それをあざ笑う人々。 そんな国が亡びるまでほとんど時間は要らなかった。

令嬢が婚約破棄をした数年後、ひとつの和平が成立しました。

夢草 蝶
恋愛
 公爵の妹・フューシャの目の前に、婚約者の恋人が現れ、フューシャは婚約破棄を決意する。  そして、婚約破棄をして一週間も経たないうちに、とある人物が突撃してきた。

失礼な人のことはさすがに許せません

四季
恋愛
「パッとしないなぁ、ははは」 それが、初めて会った時に婚約者が発した言葉。 ただ、婚約者アルタイルの失礼な発言はそれだけでは終わらず、まだまだ続いていって……。

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

処理中です...