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第九章【真実の瞬間②】

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「刑事さんも調べたんだから分かるでしょ?アイツは俺の娘なんかじゃない。 アイツの父親は、俺の友人だった男ですよ?俺はそんなヤツの子供を、ずっと育てさせられていたんですよ?」

「だからって、そんなのは父親のすることじゃないですよね? 智夏さんにとってあなたは、父親だったんですよ?」

 俺がそう言い返すと、父親は再びこう口にした。

「父親でもなんでもないですよ、俺は。俺は赤の他人ですよ。……だから智夏に分からせてやったんですよ。赤の他人はこうなる運命だったって」

「……っ、浅羽さん、あなた……」

 コイツはとんでもなく最低な男だ。……クズすぎる。

「あれはお互いに同意の上だったんですよ、刑事さん。俺は悪いことはしてません」

「……浅羽さん、あなた事件当日の夜、智夏さんと一緒にいたんじゃないんですか?」

「はい?」
 
「智夏さんが殺された時、智夏さんの身体には犯人のものと思われる体液が残っていたんです。 あれは浅羽さん、あなたのものですよね?あなたの体液を調べれば分かることですよ?」

 俺がそう問いかけると、父親は「何を言ってるのか、分かりませんね」ととぼけだす。

「浅羽さん、とぼけないで正直に答えてください。 あなたは事件の夜、智夏さんをあの林の中に連れていき、智夏さんに暴行を働いた。……そして彼女を殺害した。そうですよね?」

「……はい?」

「あなたが、あの事件の犯人ですね?」

 俺がそう問い詰めると、父親は黙り込み、何も言わなくなった。

「浅羽さん、あなたは当時家族としてみなされ、当時あなたは被害者遺族だった。 だから指紋やDNAなどは採取されなかったんです。……だからあなたは、それを利用したんじゃないですか?」

「……なんで私が娘を殺すんです?」

「あなたは事件当時、娘さんに何か言われたんじゃないですか?……例えば、暴行のことを誰かに話す、とか」

 考えられる理由はいくつかある。だけど一番動機として考えられるのは、それしかない。

「……話すって、誰にです?」

「そうですね。例えば……智夏さんの゙本当の父親゙とか」

「ーーーっ!」

 俺がそう話した瞬間、父親の表情は一気に変わった。

「……やはりそうだったんですね、浅羽さん。あなたは娘に暴行していることを本当の父親であるあなたの友人に暴露する、と言われたんですね? だから智夏さんに暴行を加えて、そのまま殺害した」

「……智夏はいい子だった」

 そして父親は、観念したような表情を見せた。

「……え?」

「智夏は優しい子だった。いつもお父さんと呼んでくれた。俺にいつも笑顔を向けてくれて、本当に可愛い娘だった」

「……ならどうして、あんなことを?」

 そう問いかけると、父親は俯いてこう答えた。

「智夏が俺の本当の娘ではないと気付いたのは、智夏が中学三年の時です。……会話が聞こえてきたんですよ」

 と、父親は俺に話した。

「会話……?」

「……母親とアイツの会話ですよ」

 アイツ? それってまさかーーー。

「アイツとは……智夏さんの本当の父親、ですね?」

「……そうです。 その会話を聞いて知ったんですよ、智夏が俺の娘ではないということを」

「それに腹が立ったあなたは、智夏さんにあんなことを?」

 もしそうだとしたら、本当に許せない。……酷すぎる、そんなの。
 それは本来向けるべき感情ではない感情だ。

「娘じゃないと知ったんです。赤の他人だったんですよ?……血が繋がってないんだ。女として愛して何が悪いんです?」

 俺はその言葉に、腹が立った。 

「女って……。あなたと智夏さんは家族だったんですよ?血の繋がりがなくても、家族は家族なんですよ?……なのになんで」

 意味が分からない。……なんでなんだ。

「智夏のことを愛していたんですよ、私は!……だから誰にも渡したくなかったんですよ、誰にも」

「……そんなのは間違ってますよ、浅羽さん。そんなのは愛でもなんでもない。あなたのしたことは、ただの狂気です。 あなたはただ、娘さんたちを傷付けただけだ。家族を崩壊させたのは、間違いなくあなた自身だ」

 家族という大きな幸せを壊し、傷付けたのは間違いなく浅羽自身だ。 浅羽が罪を償うのが当たり前のことだ。

「愛する人を奪うという行為は、愛なんかじゃない。……何があったとしても、あなたは智夏さんを殺してはいけなかった。家族として」

 血が繋がってなくても、家族になれていた。……ちゃんと家族として。
 少なくとも橘さんは、浅羽さんのことを父親として思っていたはずだ。
 
「……浅羽さん。あの日の夜、一体何があったんですか?」

 俺は黙り込む父親に、そう問いかける。

「浅羽さん!答えてください」

 少しだけ声を荒らげると、父親は再び語りだした。

「あの日の夜、私は接待があって取引先の方と食事をしていたんです。……その帰り道、智夏が近くを歩いていたんです。それで私は、あの子に声をかけました」

「……それで?」

「あの子がバイトをしていることは知っていました。智夏からは、家庭教師のバイトをしていると聞いていました。……でもまさかそのバイトが、キャバクラだったと知って心底驚きました」

 橘さんはキャバクラでのアルバイトを隠すため、家庭教師のバイトとウソを付いていたってことか……。
 キャバクラでバイトしていたと知って、俺も正直疑ったし、驚いた。

「だから智夏に聞いたんですよ、あの日の夜。キャバクラでは誰かに触られていたのか、って」

「………」

 何だ……この胸糞悪い感じは。 聞いてることがすごくおかしい……。

「智夏は私に正直に答えましたよ。……やっぱり所々、触られてるってね」

 そう言った智夏の顔を、俺は多分一生忘れないだろう。
 コイツは狂気な人間だ。娘を弄び、違う感情を抱いていた。

「だから私は、あの子をあの林へ連れていき、お仕置きしたんです」

「……は?」

 お仕置き……? 何を言ってるだ、コイツは?
 彼女の身体にあんなことをしておいて、お仕置きだと……?
 意味が分からないことを言っている……。

「浅羽さん、あなた今……お仕置きって言いましたよね?」

「えぇ。……何かおかしいですか? 智夏には私だけだと、分からせてやっただけですが」

「あなた……どれだけ娘さんを傷付けたら気が済むんですか?」

 彼女に何度も暴行を働き、そして彼女の人生をまるで支配していた。
 父親という存在を、まるで違う赤の他人の人間だと彼女に植え付けた。

「智夏は悪いんですよ、刑事さん。 アイツが本当の父親に、このことを暴露すると言い出したもんでね。……黙ってると言えば、あんなことしなくて済んだんですけどね」

「……浅羽さん。あなたはどうして智夏さんを、殺したんですか?」

 俺は怒りで胸がいっぱいになった。けど必死で堪えた。
 刑事としての感情、そして愛した人への感情が混ざって複雑になっているのは間違いなかった。

「智夏が抵抗したからですよ。大人しくしてろと言ったのに、抵抗したから大人しくさせようと思って首を絞めただけです。……そしたら智夏は、息をしなくなった。 それで気付きました、智夏が死んだことを」

 父親は事件の日のことを顔色を変えずに淡々と話していた。
 でもその真実は思ってたよりも残酷でーーー。

「……それであなたは、指紋などをふき取って現場から立ち去ったんですか?」

「……まあ、そうですね。刑事さんの言う通りです」

 父親は全て自白した。 事件の真実を、全てーーー。

「浅羽さん、今日が何の日か分かりますか?」

「……え?」

「今日は、橘智夏さんの命日です。今日で八年目になったんです」

「……そうか。今日は智夏の……」

 父親は悲しげな表情を見せた。

「浅羽さん。あなたのしたことは、決して許されない。……あなたは最愛の娘さんを、その手で殺した。そして彼女の人生も、彼女の幸せも、何もかもを奪ったんです。罪を償って反省してください」

 橘さん、お待たせ。こんなに長く待たせてごめんね。

「浅羽文彦さん、八年前の女子高生殺害事件の容疑で、あなたを現行犯逮捕します」

 ようやく橘さんを殺した犯人を捕まえたよ。
 本当に本当に、待たせてごめんーーー。

「智夏……っ」

「橘さん、これからしっかり罪を償ってください。……娘さんのためにも、しっかり」

「……はい」

 こうして事実を認めた父親を、俺は警察署まで連れて行った。
 警察での取調べでも、浅羽文彦は俺に話したことと同じ内容を供述していた。

 罪を認めた父親は、その後検察へと送検された。 そしてその後は、事件に対する裁判が行われることとなった。
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