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第二章【未解決事件】

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「おーい、席に付け~。授業始めるぞ!」 

 橘さんの葬儀から、約二週間が経った。
 
「では今日は、教科書55ページから始めるぞ」
 
 俺達はいつも通りの日常に戻った。 
 橘さんの座っていた席には、花が置かれていた。

 橘さんが亡くなった事実は、本当にそこにあった。 未だに信じられないけど、これが現実だ。

「ではこの問いを……。藤嶺、解いてみろ」

「……はい」

 先生に指名された俺は、黒板に問題の答えを書いていく。

「正解だ。よく出来たな」

「ありがとうございます」

 これがいつも通りの風景、これがいつも通りの日常。 今までも何も変わらない。……そう、何も。
 ただ一つ、橘さんが亡くなったという事実だけを除いてーーー。






 気が付けば、それから二ヶ月が経っていた。
 橘さんが楽しみにしていた文化祭も、無事に開催された。 橘さんもきっと、楽しみにしていたことだろう。
 
 そして十二月、俺達は念願の冬休みになった。
 未だに橘さんを殺した犯人は、見つかっていない。 警察の捜査では、あの林の近くには防犯カメラはなく、凶器も見つかっていないとのことだった。 
 夜遅かったこともあり、犯行現場を目撃した人もいないらしい。 一体彼女は、誰に殺されたんだ……。

 俺達にも警察から事情聴取があったが、特に有力な情報は出てこなかったらしい。
 橘さんには付き合っている人がいるという話も聞かなかったし、ストーカー被害に遭っているという話も聞いたことはなかった。

 橘さんが殺された現場からも、犯人に繋がるような証拠は出てこなかったらしい。
 指紋は拭き取られていて、前科もないそうだ。

 一体なぜ、彼女は殺されたんだ……。俺達は、その理由を知りたかった。
 彼女が殺されなければならなかったその理由を、俺達は全員知りたかった。


「……橘、お前を殺した犯人は誰だ?」

 教えてくれ、橘さん。お前を殺したのは、一体誰なんだ……?
 ーーーそして俺は、この事件を機にある゙決意゙をした。 


 それから一年ほどが経ち、俺達は無事に高校を卒業した。 そしてみんな、それぞれの道へと進んだ。
 就職した者、大学へ進んだ者、専門学校へ進んだ者。
みんなそれぞれの夢へと、歩き出した。
 だがその間も、橘さんを殺した犯人が捕まることはなかったーーー。




◇ ◇ ◇




 それから数年後ーーー。


「マルタイ発見!駅の方に向かってます!」

「瀬野、了解!」

「俺は東口から追いかけます!」

 俺はついに目標だった、捜査一課の刑事になった。 捜査一課に配属された俺は、殺された橘さんの無念を晴らすために刑事になることを決めた。
 大事なクラスメイトを殺された。好きだった人を殺されたから、その無念を晴らしたいと思ったからだ。

 橘智夏を殺した犯人をこの手で捕まえたい。そのために、俺は刑事になった。
 橘さんを殺したのは、誰なのか。それを知るために、刑事になったんだ。

「マルタイ発見!」

「もう逃げられねぇぞ!観念しろ!」

 俺は凶悪犯罪の犯人を日々捕まえている。少しでも凶悪犯罪を減らしたいと、そう思っている。

「マルタイ確保しました! 15時40分、殺人未遂の現行犯で逮捕する!」

 バディを組んでいる瀬野さんが、犯人の手首に手錠をかけた。

「ったく、手こずらせやがって……。藤嶺、連れてけ」

「はい」
  
 犯人を警察車両に乗せた後、車は署へと向かった。

     



「お疲れ、藤嶺」

「瀬野さん、お疲れ様です」

「今日は大活躍だったな、藤嶺」

「恐縮です」

 捜査一課に配属されてからは、まだ数ヶ月しか経っていない。
 でも瀬野さんの背中を見て、俺はカッコイイなと思っている。

「……瀬野さん、あの」

「ん?どうした?」

「あの、七年前に起きた女子高生の殺人事件って……覚えてますか?」

 俺は瀬野さんに、そう聞いてみた。

「七年前……。ああ、未解決の事件か」

 ブラックコーヒーを飲みながら、瀬野さんはタバコを吹かした。

「はい。あの事件の被害者の女子高生は……実は俺の同級生なんです」

「っ!……そうなのか?」

 瀬野さんはタバコを灰皿に置いたまま、俺に問いかけてくる。

「はい。 殺された橘智夏は……俺の好きな人だったんです」

「好きな人……?」

「はい。……でも彼女は、ある日突然殺されてしまった」

 橘がなぜ殺されなければならなかったのか、その理由はずっと分からないままだった。
 結局犯人は捕まらず、事件は未解決のまま処理された。

「まさかお前が……同級生だったとはな」

「……俺は彼女が死んだ理由を。彼女を殺した犯人を捕まえるために、その真相を知るために刑事になりました」

 そんな理由で刑事になったのかなんて言われる可能性もあった。
 でもどうしても、許せなかったんだ。彼女を殺してのうのうと生きている犯人が……。

「……あの事件の資料なら保管庫に眠っているが、見てみるか?」

 瀬野さんはタバコの火を消すと、俺にそう問いかけてきた。

「……え?いいんですか?」 

「未解決事件とはいえ、まだ犯人は捕まってない。……自分の目で、あの日何があったのか確かめてみろ」

「……はい」

 俺は瀬野さんと一緒にすぐに保管庫へ行き、その時の資料を探した。

「あったぞ、藤嶺」

「本当ですか?」

 瀬野さんが当時の資料を見つけ出してくれた。

「これだ」

 その資料に、俺はすぐに目を通した。

「……橘さん」

 資料の写真には、亡くなった状態の橘さんの写真が貼ってあった。
 写真の中の橘さんは、変わり果てた姿だった。

「……こんなだったのか」

 橘さんはこんな林の中で、こんな状態で殺されていたのか……。当時まだ高校生だった俺は、橘さんの死については何も知らなかった。
 ……今初めて、その資料に目を通した。

「……残酷だよな、こんな姿で殺されるなんて」

 瀬野さんは、悲しげにそう言っていた。

「……残酷すぎます。 くっそ……!」

 なんで、なんで橘は殺されたんだ。なんで……。

「橘さんは……殺された時、犯人から暴行を受けていたんですよね?」

「そうだ。橘智夏の身体からは、確かに犯人の者と思われる体液が残っていた。……恐らく殺される前にレイプ被害に遭ったと思われる。制服の横に橘智夏の下着が落ちていたし、そこにも犯人の体液が付着していた。……が、その体液はデータベースに合致する人物はいなかった」

 橘さんは、殺される前にレイプ被害に遭っていた。橘さんが暴行を受けたと聞いていたが、まさかそこまで残酷だったとは……。犯人を本当に許せない。

「防犯カメラもなかったんですよね?」

「ああ、なかった。あんな林の中だから、目撃者もいなかったしな」

 だからこそ、犯人の手がかりになるようなものは何もなかった。 だから……この事件は未解決で終わった。

「橘さんは……事件の前、どこに行こうとしていたんですか?」

「事件を担当した刑事の話だと、バイトの帰りだったそうだ。 親に迎えにくるように頼もうともしたらしいが、親に連絡が付かずに一人で帰ることにしたと言っていたそうだ」

「バイトの帰り……」

 いや。橘さんは確か記憶によると、バイトをしてなかったはずだ。……なのにバイトの帰りって、どういうことだ?
 
「あの……俺の記憶だと、橘さんはバイトなんてしてなかったはずです」
 
「え?……確かバイト帰りだったと、橘智夏の両親から話しを聞いていたと聞いたが?」

「え?」

 どういうことだ……? 橘さんはどこかでバイトをしていたのか?
 そんな話、聞いたことはなかったが……。

「お前が知らなかっただけなんじゃないか?」

「そう……なんですかね」

 確かに橘さんのことは、俺達もあまり聞かれなかった。主に聞かれたのは、先生達だけだったからな。
 先生達からも、あまり橘さんのことは聞かなかった。

「……とにかく、この事件はまだ終わってません」

 橘を殺した犯人を必ず見つけて、逮捕してやる。

「藤嶺、熱くなるのもいいが……慎重にな。一歩間違えたら、大変なことになるぞ」

「……分かってます」

 そんなの、分かってる……。

「まさかお前……。一人で捜査するつもりじゃないだろうな?」

「一人でやりますよ。……俺はそのために、刑事になったんですから」

「一人でやるのは時間がかかる。……俺も手伝うよ」
  
 瀬野さんは、俺にそう言ってくれた。

「え……?」

「俺だってこの事件、解決したいからな」

「……ありがとうございます、瀬野さん」

 俺のバディが、瀬野さんで良かった。

「ただ、調べるにしてもまずは事件を洗い直す必要がある。 だがこの事件だけを調べる訳にはいかない。他の事件が起きたら、そっちを優先する。……いいな?藤嶺」

「……はい。分かってます」

 橘さんを殺した犯人を見つけるまで、俺は絶対に諦めない。
 必ずこの手で、事件の真相を暴いてみせるーーー。

「後、一人で勝手な行動は絶対に取るな。先走って事件の真相を見落としたら大変だ。 俺達は刑事だ、何があっても感情的になってはならない。これは警察官なら当然のことだ。……分かったな?」

「はい。……分かってます。必ず約束は守ります」

「分かった」

 こうして俺の、必死の捜査が始まったーーー。
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