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第1章 目覚め

どうやら記憶が蘇ったようです

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 12歳になってどのくらい経ったでしょう。
 今朝目が覚めると前世の記憶と言うものが蘇っていました。
 ううん、実際はそんな簡単なものではなくて、人格も目覚めて今世の私と混じり合って……。
 不思議な事に全く違和感もなければ影響も出なかったのだけど。
 だからこそ自身の変化を把握しようとベッドの上で考えを巡らせてみた結果、出た結論が前世の記憶が蘇って新しい私になった……と言うのが正確ではないにせよ一番近いでしょうか。

 こればかりは私の語彙が少ないせいと言うより、この不思議な感覚を表現する言葉がないと言った方が近いように感じます。
 こうやって脳内で考えている言葉遣いも、前世とも今世とも違う、でも今全く違和感の感じないもっとも使いやすい自然なものですし。

 そう言えば、前世の知識ではこう言う場合は頭が痛くなったり熱を出したりするように思っていたのですが、実際起こればこうなるのかと思います。
 あっ、今度は今世の知識と照らし合わせ壁に掛けてある時計を見たところ、もうすぐ侍女達が私を起こしに来る時間となりそうですね。
 さて、どう言う対応をしましょうか……。

 結論はすぐに出ます。
 昨日までの我が儘な私の真似をしてもすぐにボロが出そうなのと、何より単純にそんな真似をもうしたくないので自然体で行きましょう。
 不幸中の幸いと言いますか、まだ私は子供と言われる年齢ですし、急に大人びた……とかで済むかもしれません。
 希望的観測ばかりしていても仕方ないとも思いますが、私が私であると言う事実は変わりませんから、実際大した問題でもないように感じます。

「お嬢様、おはようございま……す」

 4回ノックをした後、見事な礼儀作法で部屋に入ってきた侍女。
 まぁ、私が1度もドアの外からの音で起きた事がないからでしょう、返事をする前に入ってきた事が唯一のミスかしら。
 とは言え、起こす為ですし昨日までの私ならさぞ盛大に怒ったでしょうけど、注意するくらいにしましょうか。

「はい、おはようございます。
 次からは私の返事があるかもう少し間を置いて下さい」

「は、はい。
 大変申し訳ございませんでした」

 ポカンとした表情から驚愕の表情を浮かべ、次の瞬間真っ青になりながら深く頭を下げる侍女に眉をひそめてしまいます。
 貴方は我が侯爵家に使える侍女ですのに、その反応はあんまりなのではなくて?

「何ですかそれは」

 あっ、口に思った事が出ちゃいました。
 ううむ、今世での癖みたいなものですね。
 まぁ、癖と言うより考えた事をそのまま言いたい放題言って来たツケと言いますか……、今後気を付けないといけませんね。

 内心で反省しつつ、変わらず頭を下げて震える侍女に流石に溜め息を吐いてしまいます。
 ……昨日までの私しか知らないのですから当然ですが、全く気分がよくありません。

「あなたは私の侍女でしょう、ナタリー」

「はい……」

「声まで震えて……情けない。
 私の侍女でしたらもっと堂々となさい。
 今までの私から考えると恐怖を覚えるかもしれませんが、今からの私はそれを望みます。
 すぐには無理でしょうけど、私の侍女である以上少しでも早く慣れなさい」

 弾かれた様に顔を上げ、再び私をポカンとした表情で見つめる侍女に頭を痛めます。

「その反応も気持ちは分かりますが……、本当に少しでも早く慣れて下さいね。
 さぁ、着替えるので手伝いを」

 呆れつつ言えば呆けたようにかしこまりましたという侍女に、これは流石に怒鳴ろうかしらと思ってしまいます。
 ただ、流石私の……と言うより侯爵家の侍女と言うべきでしょうか、動き出せばテキパキと仕事をこなして行きます。
 ええ、私がやりやすいように体を動かすたびビクッと震えたり驚いた表情を浮かべるのに物申したくはなりましたが、もうしばらくは慣れる時間が必要と言う事でしょう。
 その間の時間を思うと頭が痛いですが……屋敷全体に少しでも早く浸透させなければ私の心の平穏が危ういかもしれません。

 我が儘を言ったり邪魔をしたりしなかった分、当然いつもより遥かに早く支度が終わり、最初の授業まで時間が開いたので侍女にお茶の準備をお願いします。
 さて、その間に状況だけはもう少し整理しておきましょうか。
 心の整理は完璧にと言うか起きた瞬間から付いておりましたが、そこから起きる現状への見通しを怠ったと思わざるを得ませんから。
 ……まぁ、流石に寝起きで考えられる物ではありませんから、丁度良かったのかもしれません。

 まず、今まで高慢ちきでただただおかしなプライドだけ高く愚かだった私と今の私は違う、と言う事を知らしめ無ければなりません。
 これは本当に急務ですね。
 不幸中の幸いは、前世の人格に変わった訳ではない事ですか。
 もし前の引っ込み思案の癖に変に頑固でお人好しな私でしたら、確実に今以上の波紋を呼んでいます。
 と言うか、下手すると悪魔祓いとかに連れて行かれたかもしれません。
 ……不幸中の幸いどころか九死に一生でしょうか。

 それにしても、今世の私も前世の私も極端ですね。
 綺麗に混じりあって良くなったとまでは言いませんが、色んな意味で一番マシなのは今の私なように思えます。

 考えがそれてしまいました。
 とりあえず、今までは子供の癇癪と言う事にして流して貰いましょう。
 それをするにはいささかやりすぎな人達もいますが、その方々には直接謝罪をせねばなりませんでしょうか。
 前世のように軽々しく頭を下げる真似など到底出来ませんが、今世のように下げなければならない場所でも下げないなんて真似も出来ませんから。
 こちらも不幸中の幸いは降格等はあれど辞めさせられた人は居ない事でしょうか、私が家長でない以上すぐに復帰させる事は不可能ですが、ちゃんとその人に見合った立場へと戻す事も急務ですね。
 幸いお父様やお母様との仲はそれなりに良好のようですし、溺愛と言うよりお金を与えておけばいい的な愛し方のように前世の知識から感じますが、ないよりマシでしょう。
 ……今世の私はそれが全てと思い込んでいたようで恐ろしい限りです。
 同時に、前世の私はお金や地位等要らないと言うタイプでしたので、その場合生じたであろう事を少し考えただけでも恐怖を覚えます。
 
 とらわれては行けませんが、それに見合った責任と応える義務と言う物はあるでしょうに。

 そこまで思い至ると、今までの生活を改善するのも急務と言う事に気付かされます。
 全ての勉強も私の我が儘が通り過ぎてロクに学べていない状況ですし……、今世の私は本当に何がしたかったのでしょうか。
 立派な淑女になりたいと言う強い意志は実は今世の私と変わらない私ですが、昨日までの私は努力がとても嫌いだったようです。
 それはもう憎むと言うくらいに。
 逆にその辺りは前世の私の、目的の為ならばどんな努力もいとわないと言う考え方に共感します。
 その努力の先の目的に、今の私はとんと理解を示せませんが。

 ともかく、立派な淑女を目指しそれに邁進するのみですね。

 となると、弟との関係改善も急務でしょう。
 ……何もかも急務ばかりなのは、ひとえに昨日までの、つまりは私自身の自業自得によるところですね。
 何か燃えて来ました。
 これは前世や今世の私達とは違う反応に思えますので、新しく生まれた私の考え方のようですね。
 こちらも幸いな事に、昨日までの私が弟を苦手としていただけで弟自体は好いてくれているようなので、中でも1番早く好転が見込めるかもしれません。
 いや、苦手と言うか何故次期跡取りでもある弟に辛く当たっていたのでしょうか。
 今世の私は馬鹿でしょうか?
 まぁ、私自身の事なので理由は分かりますが……お父様もお母様も弟を優先するからなんて、当たり前でしょうに。
 これは前世の知識のお陰ですから、本当にありがたい限りです。
 お陰で今の私に弟への嫌悪感はありません……が、別の感情はありますのでそれはぶつけましょう。



 と、色々巡るがままに考えを巡らせていると、不意にいい匂いが鼻をくすぐります。
 それに釣られるように現実へと引き戻される私。
 視線をそちらに向ければ、侍女が私の方へとお茶を運んでくるところでした。

「お嬢様、お待たせ致しました」

 その言葉に頷いて応えておきます。
 テキパキと準備される手際の良さに、コレのどこを怒っていたのか疑問に思いつつ、ただの我が儘だったと知る私はもうそんな真似はするまいと心で戒めます。
 その間に準備は終わり、覚えている限りの礼儀作法にてお茶を口に運びます。
 ……イヤミを言う為に侍女や執事等の礼儀作法は完璧に覚えている癖に、肝心の自分の礼儀作法は疎かとは本当に情けないですし、当然気分も――。

「美味しい……」

 沈んだ気持ちがお茶を口に含んだ瞬間に四散しました。
 まさか自分の舌がお茶の善し悪しなど分かるとは思いませんでしたが、どうやら捨てたものではないのかもしれませんね。
 昨日までの私は気付きませんでしたが……怒るのに夢中だったと言う事と、喉の渇きを覚えて飲む頃には冷え切って既に美味しさが減ってしまっていたと言う事なのでしょう。
 これは嬉しい誤算、もしくはだてに美味しいものを食べてきた訳ではないと言う事かもしれません。

 はっ、私とした事が余韻と考えるのに夢中でもっとも肝心な事をしてないではありませんか。
 これでは私の目指す淑女など夢の先です。
 自分を叱咤しつつ、ゆっくりと傍に控える侍女の……尊敬するに値するナタリーの瞳を見つめて口を開きます。

「ありがとう、貴方の淹れるお茶はとても美味しいわ。
 今までの私は本当に損をしていたと実感しています」

 今度もまた呆けた顔になるかと思いきや、花開くような妙齢の美女らしい笑みを浮かべすっと頭を下げるナタリー。

「勿体無いお言葉、恐れ入ります」

 その姿に嬉しくなって唇が緩やかに上がるのを自覚しつつ、予定外ですが彼女へ、そして自分に言い聞かせる為に宣言することにします。

「今後も貴方にはそのように相応しい対応を常に望みます。
 そして、私もこれからはそれを受けるに値する淑女となる事を誓いましょう」

 その宣言に返事するでもなく頭を下げ続けるナタリーの姿に満足します。
 いえ、本来皆このくらい出来る方々が集まっているのでしょう。
 それが出来なかった、または出来なくなってしまっていたのは昨日までの私のせい。
 ならば、こちらも一刻も早く改善……いえ、本来の姿に戻さないと。
 そして、信頼関係も築いていかないと……本当にやりがいがありますわ!
************************************************
 プロローグで触れております通り、短編のリトライ作品でございます。
 詰め込んだ設定を存分に扱う為に違いが出ておりますので、本作も短編も楽しんで頂ければ幸いです。

 なお、乙女ゲーだと気付いたりするのは多少先のお話になりますので、今しばらくお待ち頂ければと思います。

 それでは、ご閲覧誠にありがとうございます。
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