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全国初暴走族殺人事件。

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第一章 結成。

中学を卒業後、先輩から暴走族に誘われるのは当たり前だったが
俺は断り続けていた。
顔も知らない訳の分からない奴に頭を下げたり挨拶するのが嫌だったし
ましてや連中の中には俺より弱い奴らもいる。
そんな中、北海道連合(道連)vsキャッツアイ(キャッツ)の抗争が始まる。
札幌には東西南北、中央、白石、厚別、手稲、清田と地域が区で分けられる。
道連は当時札幌最大級の連合隊で少なくとも6チームで本隊は白石だが西、清田、厚別、中央はほぼ道連。
他のチームも多々ありぶつかっていたがキャッツが道連の周りで目障りだったんだろう。
俺は西の中学を卒業していたいたから自然と西のチームに誘われる。
西にはスフィンクスと言うチームがあり人数も結構いた方だと思う。
キャッツの頭が道連に攫われボコボコにされ穴のアナに棒を入れられて発見された。
キャッツの連中はキレて中央区大通り(通り)を走り周り道連を探していたが
道連はキャッツの頭を攫いボコボコして晒し者にしたので終わったものと考えていた。
なかなか道連が現れない状況が続きキャッツはスフィンクスや他のチームへ
一時的にvs道連の声を掛けてスフィンクスは参加した。
俺はスフィンクスに入っていなかったが先輩に呼び出され通りにある狸小路に行った。
相変わらずキャッツはキレて走り周りスフィンクスは何時でも喧嘩出来る体制にいたが
道連は突如現れた。
キャッツもスフィンクスも目の前で道連にやられていき先輩が西に逃げると俺に言い
スフィンクスの拠点である地下鉄琴似駅まで送ってくれた。
中学を卒業したばかりの俺には、あんな人数での乱闘を目にしたのは初めてだったし
衝撃的だった。俺は1人しばらくその辺で先輩からの誘い(スフィンクス)を断って
良かったと思いながら、さっきまでの乱闘の事を考えていた。
数分もたたない内に地鳴りの轟音がしてきて俺はビルの横から地下鉄駅の方を見て
いたら単車50台、車10台で道連がスフィンクスの残党を探しに来ていたのか
威圧をかけにきたのか分からないが琴似駅前に止まり10分程度空吹かしをして
誰もいない事を確認して去って行く姿を俺は見ていた。
1人の力ではどうにもならない現実を目の当たりにし家に帰った。
その後聞いた話では道連の圧勝でその抗争は終結。
その年は道連の時代になった。
中学を卒業したら単車に乗り走るには当時、当たり前の事で仕事をして自分の単車を
手に入れ走り回っていたが何せ先輩達からチームに入れ等が煩く仕方なく俺は
スフィンクスの後に結成された稲心連合に入った。
しかし弱小チームでただ1年間無駄にダラダラ走っていた。
先輩達の代が終わった時には同期は俺と、もう1人で後は後輩8名。
だが、ここから北海道最強で最高のチームができる事になる。
当時の仲間達には誰にも言わず書いているので、実話だが名前は書かず
イニシャル等になるのを勘弁してください。
俺は中学の頃から仲の悪かった奴と何故か氣が合い2人で2台で走っていた。
だけど、そいつは別のチームに入っていてチームの方からは俺と一緒に
走るのはおかしい等言われたが、そいつは氣にせず俺と走って連んでいた。
ある日の朝、琴似駅のベンチで寝ていたら後輩が高校生と言い合いしていて
その高校生が「俺は飛道神(ヒドウジン)だ!今日の夜来るから待ってろ!」と
すてセリフを吐きバスに乗って行った。
内心いきなり今日の夜喧嘩かぁと思いつつ稲心連合10名で大丈夫な訳じゃないので
何時も連んで走っていた奴に「今日の夜喧嘩なんだけど」等、話しをしたら
「あぁじゃ俺も手伝うわ」と言ってくれた。
実はこの連れは同期の中では有名な双子の兄貴の方で弟の方は少し前から
仲良くなり稲心連合に参加する方向性で話し中だった。
夕方までには全員に連合が取れ地下鉄琴似駅に集合し飛道神を待っていたが
なかなか来ない。
高校生のハッタリ?時間は過ぎていき双子の弟が1度帰りまた来ると去って行った約5分後
単車の音が聞こえ後輩達が追い掛けようとしたらベンツ560が5台琴似駅前に止まり
ゾロゾロ降りてきた「飛道神だ!」
相手も同じ位の人数だったのでイケると思いながら乱闘になる。
誰が何処で戦っているのか分からないくらい飛道神は喧嘩慣れしていた。
俺は後輩をカバーしつつ乱闘していた時に稲心連合をケツ持ちしていたヤクザが来て
俺に「ヤクザと喧嘩するならお前達のケツ持てんわ」と言われ俺は「は?」
この人何を言ってんだと思い喧嘩の最中に話しかけてくるんじねぇと思った時に
ベンツの近くで「稲心連合~」と声がして見てみると双子に兄貴の方に5人がかりで
車の中に入れようとしていた。
だが双子の兄貴は強い、なんとか凌いでいる時パトカーのサイレンが鳴り響く。
俺は稲心連合皆んなに1度解散し、何時も使っている川の橋の下に集合と声をかけた後
俺と双子の兄貴は琴似駅の横に隠れて様子を見てサツが居なくなるのを待っていた。
居なくなったのを見計らい橋の下に行ったら双子の弟はキレていた。
自分がいなかった事と様々なことに。
さっきまで喧嘩していた連中は飛道神のケツ持ちヤクザで飛神道の連中はベンツの中で
観戦していたこととかが色々分かり話し合いをしていたが俺は「稲心連合のケツ持ちがケツ持てないといってきたわ」
「まぁケツ持ちいなくても大丈夫だろ」と皆んなに言っていたら少し離れた場所で双子の兄弟2人で
何やら話をして、こっちに戻って「実は父親がヤクザでよ、今から来るわ」と言い出した。
今日は朝からバタバタ色んな事が起きる。
しばらくしてヤクザのお父様が車2台で登場し全員で、お父様が所有している
北区あいの里のアパートに着き「これからケツ持ってやるから」と言い残し
俺達は今後の話し合いを始めた。
まずはチーム名。
皆んな馬鹿だからヘンテコなチーム名しか出てこない…
ラチがあかないので双子の兄貴が「1人一文字ずつなんか考えろ」
これが功をなし色々な文字が出てきて最終的に「狂」「牙」「闘」「乱」
これらを合わせて狂牙闘乱「キョウガトウラン」にまとまった。
初めの頭は俺、代行は中学の連れ、統制隊長は双子の兄貴、特攻隊長は双子の弟
統制副隊長は後輩、特攻副隊長も後輩でと話しをしてるうちに朝になっていた。
この時わずか数名の狂牙闘乱が150名以上になり数々の伝説を残していくことに
誰が氣付いていただろう。

第二章 喧嘩チーム

そこで双子の兄貴が「これからチームをでかくするぞ!」
今思えばこの一言がなければ10数名の仲良しチームで終わっていただろう。
すかさず双子の弟が「俺すぐそこのチーム潰してくるわ」と言い残し
特攻隊長と副隊長の2名で行ってしまった。
確かに、この双子の兄弟は強いが2名で大丈夫かなと思っていたが
数時間後2名が帰ってきて「ロードスターズがウチの下に付いたから」
これをかわきりに次は南区に俺と双子の兄貴2名で潰しに行った。
その時は南区のファミレスで、こっちは2名で南区側は代表者5名はいたと記憶している。
双子の兄貴は喧嘩も強いが頭も良い。
「狂牙闘乱(狂牙)の下に着くか喧嘩するか考えろ」
「喧嘩するなら今ここでしてもいいからよ」
「だけど皆んな仲間になって走るのも悪くねぇしな」
等々話し合いをし向こうも喧嘩がしたい奴、皆んなで走りたい奴がいて
喧嘩したい奴は「今ここで喧嘩って2人で勝てると思ってんのか?」と言い出した。
双子の兄貴は「あぁこっちは狂牙の頭と統制隊長だ、当たり前だろ」
南区の奴らは話し合いの結果、狂牙の下に着いた。
俺と双子の兄貴は南区からの帰り道、これからの狂牙の事、1人1人の事、色々。
本当に懐かしくもあり双子の兄弟との絆、信頼性が俺の心に出来た。
次は道連だ。
この時の道連は昔の勢いは半減し道連の頭は中学から知っている奴で喧嘩も度胸もない事は知っていたが
向こうの敵地に乗り込みに行くのに考えていたら双子の兄貴が「俺と弟、頭と代行の4人でいいだろ」
流石にビックリしたが大勢で行き喧嘩になった場合仲間を助けながら等では面倒だ。
4人で行き道連側がビックリする方が良いし喧嘩ではなく話し合いとも道連はとるだろう。
この時、狂牙はロードスターズ(ロード)25名、南支部15~20名、全体で50名にはなっていたが
本隊の狂牙で単車を持っていたのは3名の3台。
暴走族とは言えず喧嘩ばかり中心の活動だった。(懐かしい、笑)
話は戻り道連の溜まり場である地下鉄白石駅に時間を指定して4人単車ではなく
地下鉄に乗って白石駅に行った。
道連は各チームの頭とかゾロゾロいたが俺は道連の頭を知っていたので
「今チームを札幌で一番にする為に喧嘩や話し合いをして仲間を増やしているんだけど」
「んで、どうするよ」
道連の頭は喧嘩はしたくなく狂牙の下ではなく同盟を結びたいと申し入れてきた。
しかし道連側の中にも氣合いが入っている奴は「ふざけるな」
「今から喧嘩だ」こっちは双子の弟が「上等だコラ」「今からヤルか!」
等々、いきなりまとまる訳はなかった。
最後は狂牙と道連は同盟を組む話で道連の小樽支部を狂牙にもらい受ける事で決まった。
小樽支部の頭とは前から道連を抜けて俺達と一緒に走りたい等、話はしていたので
(小樽支部の頭とは中学卒業して色々あり一緒に喧嘩をしていた仲だった)
次は厚別区。(新札)
ここの特攻隊長は双子の弟が年上の奴とタイマンはった時に見届け人だったので
話は簡単についた。
狂牙はどんどん大きくなってきて昔の先輩達が使っていた「札幌狂走連盟」(札狂連)になり
札狂連の本部は狂牙、あとは支部にした。
この時で狂牙30名、ロード25名、南支部30名、新札支部25名、小樽支部20名総勢130名になっていた。
残りの20名はどこかに支部があったが記憶が飛んでしまい忘れてしまった笑笑
単車も3台しかない狂牙は喧嘩チームとして、まずは大きくなった。
支部が増えて行く過程でき狂牙の単車も増え皆んなで週末は走っていた。
凄く省略し簡単に書いているが、ここまでくるのに沢山の事は、勿論ある。
書いたらキリがなく、もっと凄い修羅場は単車を降りてから山程あるので
ご了承願いたい。

第三章 札狂連(頭交代)vs他のチーム

札幌の手稲区には一つ下の後輩達が作ったチーム(名前は忘れた)があったが
何度も説得し話をしても札狂連の下に着かず喧嘩もしないでただ走りたいだけと
言うチームがあり手稲区のみで走る事を認めて札狂連には入らず走っていたチームがあった。
札幌を制覇する為には東区にある道士連盟、夜騎士を含む3チームがあり
こいつらは札狂連が大きくなっても走るたびにぶつかっていた。
ある日、道士連盟の頭が札狂連の溜まり場にケツモチを連れて頭どうし通しでタイマンで
勝負を付けようと夜遅くに現れた。
(かなり省略して書いているので色んないきさつ等は別な札狂連の愉快な話で書きます。
この時、俺は族車ではなくレーサータイプのバイクに乗り約190キロで事故を起こし)
12時間にわたる手術をし医者からは「もう歩く事も出来ないかも知れません。」
と言われいたが狂牙が始まる前の事で1年2ケ月入院(リハビリ入れて)し退院できたが
両足にはパイプで骨を固定しボルトが何本も入っている状態だった。
この事は札狂連の中でも知っている奴は少なかった。
このタイマンは絶対に負ける事は許さない喧嘩。
頭同士のタイマンなので負けた方が勝った方の下に付くのが暴走族の常識。
ここで双子の兄貴が俺に「足大丈夫か?」「負けたら終わるの分かってるよな」
と道士連盟の奴らに聞こえないよう話かけてきた。
道士連盟の頭はやる氣満々で靴は鉄板は入っている事が見て分かり俺は
(こりゃあの靴で足に2発食らったら立てなくなるなぁ)等々考え双子の兄貴と
相談して俺は頭を辞めて代行だった中学からの連れを頭にし俺が代行になった。
その場の話しはタイマンは次回になり道士連盟の頭とケツモチは帰って行った。
それから頭同士でのタイマンの話はなくなり走っている時に出会えば小競り合いするくらい。
札狂連は道士連盟以外の札幌のチームを配下、仲間、同盟を組み実質的に
札幌では一番の暴走族になっていた。

第四章 デカくなったチームの代償

誰も札狂連に喧嘩を売ってくるチームもなくなり本部(狂牙)各支部も双子の兄貴が
統制隊長を務めていた事もありガッチリ統制は取れ、双子の弟は特攻隊長で特攻の連中も
勢いがよく頭だった中学からの連れはイマイチだったので集会の時は俺と双子の兄貴が
皆んなの前に出て走るルート喧嘩になった時の対応、バラバラになった際に走りながら
皆んなが集まる場所等を声がけし毎週走っていた。
今思えば仕事もせず金も無い生活をしていたが心から楽しかった。
10数名から始めて150名以上になりチームの下にいる後輩達の名前も思い出せない。
デカくなれば仕方がない事だが札狂連は、これからまだまだデカくなる。
双子の弟は自由奔放だが仲間が誰かに少しでもやられたら直ぐにキレて
双子の兄貴が止めるような毎回同じパターンだった。
一番思い出すのは数台で海がある大浜(ドリビ)に行った時、道士連盟も数名で
来ていて、小競り合いが始まり誰かがタイマンで勝負する事になった。
狂牙は双子の弟がキレて止まらない状況、相手もキレてる奴が出てきて始まった。
俺と双子の兄貴は余裕で双子の弟が勝つ事は分かっていた。
しかし双子の弟は自分の力を過信しジャンパーを脱ぐ事を忘れ相手にジャンパーを
腰から頭と腕に引っ張られ何も見えず腕も出せない状態。
だが「この野郎きたねぇわ!」等々バカスカやられているのに全然元氣。
この状況を見ていた後輩達は、もしかしたら…負けるかも…と思っていた奴は少なくなかっただろう。
誰が見ても圧倒的にやられてる。
俺と双子の兄貴はやられてる姿を見て笑っていた。
それを見た双子の弟は、更にキレた。
「テメェら笑ってんじゃねぇぞコラ!」「この馬鹿が!」
そこで約10分ジャンパーを被せられバカスカやられていた双子の弟のジャンパーが脱げた。
3分かからなかったと記憶している、相手は顔面血だらけボロボロ状態。
道士連盟の方からストップがかかり見事に狂牙の勝利。
双子の弟は、まだキレてる。
しかもバカスカやられているのを見て笑っていた俺と双子の兄貴に。
その時どうやって落ち着かせたのかは忘れたが、どんな状況であれ
双子の弟が負ける事はないと確信していたから。
こんな事はよくあったが何処の誰であろうと負けた姿を俺は見た事がない男だったから。
そんな頼りになる双子の弟がサツに追われて運転ミスをしてビルのシャッターに突っ込み
逮捕された。
それを機にサツも本格的に取締り狂牙の頭も逮捕される。
2名共、鑑別、少年院。
この後は俺と双子の兄貴、各支部の主だった奴らで走り続けて単車から降りる。
そしてサツから連絡があり「解散式をしてくれないか」と。
札幌北署で報道陣が集まり解散式をする。
双子の兄貴と俺が壇上に立ち双子の兄貴が解散声明文を読み上げた。
一度はこれで俺達の代は終わり。
最後は全員揃って走り俺達の代から後輩達に受け継がせたかったが
それは叶わず初代札幌狂走連盟狂牙闘乱は数々の伝説を残し後輩に継がせた。
札幌狂走連盟狂牙闘乱は16代目まで続いたと聞いているが初代の俺達には
誰も追いつく事は出来ないと誰しもが未だに言っている。
なにせ単車を降りた後、今度は車のチーム早乙女会が誕生し人数もまとまりきらない程
多くなり全国初の暴走族殺人事件を起こしてしまうから。

第五章 早乙女会の誕生(そして一年間)

単車を降りて俺は足に入っていたパイプ、ボルトを抜いてリハビリを兼ねて
愛知県豊田市のトヨタ自動車のライン工場へ期間工として働きに行っていた。
3ケ月が過ぎるか過ぎる前かは忘れたが連絡を取っていた双子の兄貴から
「車のチーム作るから帰ってこいよ」「名前も決めてあるし」等々。
その頃にはもう少年院からは双子の弟、狂牙の頭は帰ってきていた。
俺は期間工を抜け出しブッチして札幌に帰った。(一月分の給料貰わずに笑)
チームの名前から役職等、双子の兄貴が動き考え全てがきまっていた。
札幌狂走連盟早乙女会。(さおとめかい)
札幌狂走連盟だから、勿論後輩達がいる狂牙から全て人数に含まれる。
車のチームなので暴走族じゃなかった車好きの奴らも仲間が増えていった。
当時札幌には車のチームが多く勢力が強いチームは車を止める場所を街中に持っていた。
勿論街中(通り)のメインストリートに。
まぁケツモチ連中の若い人達も沢山いたし、いい場所は力のあるケツモチが抑えていた。
詳細は長いので省くが俺達、早乙女会はメインの一番良い場所を喧嘩で取った笑笑。
しかし一番いい場所は一番喧嘩が多い…
毎日何かしら揉めて喧嘩の日々。
それでも名前は売れるし、めちゃくちゃに楽しかった。(俺はね)
週末に限らず女の子達もナンパ待ちの子、興味がある子が皆んな通りに集まる。
早乙女会は人氣があったがナンパ目的で早乙女会に入り女の子に悪い事を
する奴とかが多くなり、それもあってか喧嘩は絶えなかった。
喧嘩する人間は限られていて弱い奴は喧嘩に参加させなかった。
時には精鋭部隊のみ10人とかで相手チームに突っ込んでいった事は何度も。
そんなこんな皆んな楽しく毎日を過ごし生きていた。
ここで少し余談だが毎週集会の時だけにくる奴らは喧嘩もせず仕事をしている。
仲間の事、様々な事で毎日のように喧嘩をしている俺達は仕事をしたくても
そんな時間もなくチームの為に動かなければならない。
そんなもんだからタバコも買えない…飯も食えない…
当時親が金持ちで4LDKのマンションに住んでいた奴の家が溜まり場。
そこに7人8人で生活してたが極貧生活。
仕事をしている奴がきてタバコなんか出した時は、ここぞとばかりに「タバコくれ」
速攻でなくなる笑。
最悪の時はシケモク。
灰皿のシケモクを捨てたもんなら仲間で口喧嘩。
もう食べ物が無くて、とうきび畑に行きとうきびを盗んで、それを茹でで食べたり。
書いたらキリがない位に笑える話には事欠かない。
(これは狂牙の頃にも沢山ある)
これを漫画に出来たらクローズ、東京リベンジャーズを超えると俺は思う。
色んな仲間達がいたから、ドンケツも超えるだろう。
余談は前にも書いた通り札幌狂走連盟お笑い版で書きます。
早乙女会も又、初代から二代目になる際に後を継ぐ後輩達が育っていなかった。
初代で辞める同級生、二代目を継ぐ同級生に道は分かれて行く。
俺は初代の会長代行から札狂連の頭になった。
そんな時いつもの通り喧嘩が起きた。
狂牙を道連の小競り合いだったが、その中に同級生が久しぶりに単車に乗りたくて
後輩達と一緒に混じっていて年下の道連に狂牙の旗を燃やされ種火が大火事となる。
最初の頃は早乙女会が出るのではなく狂牙等、単車に乗っている後輩に任せていた。
だが、これがなんともだらしなく決着が付かない。
ズルズルと小競り合いが続き札狂連の一つのチームが道連に攫われる事になる。
攫われた次の日、俺にはもう嫁と子供がいて友達が持ってきてくれた蟹を食べていた。
家のチャイムが鳴り出ると今までの経緯、50名程集まっていって収まりがつかない事に
なっていた。
俺は(簡単に終わるだろう)と思い嫁に「ちっと行ってくるわ~」
これが人生の転機とも知らずに…
嫁も「わかったよ~氣をつけてね~」とその風景、雰囲氣は今でも忘れない。
迎えの車に乗り込み仲間が集まっている場所に着いたら相手側に乗り込む氣満々。
そこには双子の兄貴もいた。
双子の弟も途中までいたが2人共初代で辞めている。
双子の兄貴は頭も良いが情に熱い男で「どうするよ」「行くしかねぇぞ」と。
早乙女会から車を10数台出し全員を乗せて相手の溜まり場にある近くの河川敷に。
「まず、攫われた奴を取り戻す」「いいか死ぬ氣でいくぞ」と氣合いを入れ
さっさと終わらせようと考えていた。
道連の溜まり場は大きな一軒家で攫われている場所は二階だと分かっていた。
徒歩で3分程の場所に車を止めて、今一度全員に奪還作戦の説明をして向かった。
その時に、この抗争のきっかけになった時に狂牙と単車で一緒に走っていた
(同級生が包丁を持っている事を俺は知らなかった。)
道連の溜まり場に着き俺は声で呼びかける「おぉ~い攫った奴かえせぇ~」
こっちも人数揃えていたもんだし狂牙ではなく年上の早乙女会のメンバーが
いたもんだから道連側も、さっさと攫った奴を返すと思っていたが
「テメェらなんだコラ!」等々言い返してきて玄関から当時の道連の頭が
出てきて俺の名前を言いながら「何しに来たんだコラ」「やるのか!」
俺はそいつに近づき5、6発でぶん殴り倒したが中から一人出てきて家の中に
引きずり込んでいき、それを二階から見ていた奴らが「やりやがったなこの野郎」と
言いながら空き瓶等をこちら側に投げてきて奇声を上げてきた。
こりゃスグには収まりつかん、やるしかない。
(今考えれば本当にガキの発想…)
俺達にも火がつき、「行くぞオラ~」約50名一軒家のドアを打ち壊し家の中に
俺もアドレナリンが出て中にいる道連を倒していた時にデカい脱衣所で何人かを
相手している際、風呂場に目を向けると包丁を持っていた奴が道連の奴を刺して
いる場面を見た。
は?何してる?なんで包丁?ちとパニクった。
それより包丁を取り上げてと思ったが包丁を持っている奴は、もう頭がイッテいた。
俺はそいつの名前を呼び包丁を取り上げようとしてもおれの事も分からない状態。
でも包丁を取ろうとしたら切りかかってきて左手こ
小指がスッパリ切れてプラプラに(アドレナリンが出ててその時は痛くなかった)
近くにいた後輩に包丁を取るように指示、そいつは右手をバッサリ…
俺は一度外に出てその辺にある物で後輩に小指の根元をガッチリ止血して貰う。
近所は夜中にもかかわらず「何があったの」「大丈夫なの」大騒ぎ。
双子の兄貴が「もう一旦引いた方がいいな」それを聞いて俺は「引くぞ~」
デカい声を出し全員を引き連れ車を止めてた場所に集め全員いるか確認し西区にある
デカい公園まで走らせた。
もう朝陽が出ていて喧嘩の詳細等を話してる時に初代で引退していた仲間が
相手の状況を見に行ってくれていた。
「刺された奴はしんだわ」等々、道連側の詳細を聞き
これからどうするか全員に説明して解散した。
何度も書いているが、この事件だけでも一冊の本が書けるが札狂連が
どんな流れで活動していたか、あとは俺の自伝みたいなものなので
ご了承下さい。
さて殺人事件を起こした俺達は逃亡生活に入る。
クソガキが簡単に逃れることはない。
次の日にはもう逮捕者は出てバタバタと捕まって行く。
俺は嫁や子供にも会えない。
早乙女会の幹部が逃亡生活を支えてくれ飯や寝床に困る事はなかった。
たまに嫁と子供にも会いながら逃亡生活していたがサツの方から
俺と双子の兄貴、道連もサツも勘違いして刺した奴は俺かイケイケの後輩を
出頭させろとケツモチの方にも連絡が入る。
本当に刺した仲間は後輩が小樽に立ち上げたチームに預けていて
逮捕されれば何年食らうか分からんかったんで酒、女、飯の世話を
小樽の後輩が凄くもてなしてくれていたが出頭する事になる。
後は俺と双子の兄貴、後輩1名の計3名にまでなった。
ケツモチとサツで話をしてくれてきちんと出頭する日を決めて
出頭する前日の夜には場末のスナックでお別れ会。
(結構楽しい思い出だ)
最後の夜は皆んな自分の女と過ごす。
俺も嫁と子供と。(待っててくれて、その後俺の子供3人産んでくれたが別れる事になる)
これを書いていて当時を思い出すとガキが粋がって何にも怖い物もなく
楽しく生きていたのがよく分かるが時代が昭和の終わりから平成の始まりの時。
今の時代じゃ考えられない青春を送った。
その後、刺した仲間は懲役10年。
俺と双子の兄貴は早生まれで少年院だと思っていたが逆送を食らい
19歳で大人と一緒の扱いになり拘置所へ。
拘置所には6人収監されて裁判も結審は一緒だった。
俺と双子の兄貴は実刑。他の仲間達は執行猶予。
俺と双子の兄貴は控訴し刑が少なくなり未決通算全部貰って
俺が1年10ケ月、双子の兄貴は10ケ月までになった。
(拘置所に1年2ケ月いたからねぇ)
始まりは10数目の弱小チームが札幌最大級で最強のチームになり
殺人事件まで起こし全国紙、全国ニュースに流れることを
誰も考えていなかっただろうし、ただ強く楽しく青春時代を謳歌したかっただけ。
札幌狂走連盟からは、多くの成功者が何人もいる。
また人生に疲れた奴らも何人もいる。
俺が言いたいのは人生何時でもあの時の様に強く楽しく生きて行けると
仲間達全員に言いたい。
そして皆んなに「ありがとう」と言いたい。
これを書いている俺が精神病だが、あの時あの頃の思いが心根にあるから
生きているんだと思う。

令和3年9月末 田山 雅之



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