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最終話『■■■■■■■■』④
しおりを挟むもしかしたら今生の別れ。
そんな雰囲気で別れたばかりなのに。
俺は一体どんな顔をしてみんなの前に立てばいいか分からない。
ああ、凄く恥ずかしい。
今すぐ引き返して闇の中に隠れたい……!
邪神に完全に乗っ取られたことを警戒してるみんなをまずは安心させなきゃと素直に言ったけど。
やっぱりみんなは固まったまま。
ぽかんとした様子で俺を見てる。
「は?」
真っ先に言葉を発したのはアイゼンだ。
「待て待て待て」
驚きと呆れが入り交じった様子で俺につかつかと歩み寄る。
「リヒト?」
「うん」
「邪神は?」
「取り込んだ……て形でいいのかな? 今は邪神の力は俺の中にあるけど、意識は俺単一のものだよ」
「そうか」
いやに優しい声で。
「1発殴らせろ」
そう言って声音と裏腹に脚部のボルトが地面に固定。
腕のボルトが連動して威力と熱を拳に集中させる。
「待った! アイゼンの1発殴らせろはシャレにならないよ。全力で防御しないと死んじゃう」
「なら死ね!」
アイゼンが本気か冗談か分からない抑揚で言い放つ。
次いでガジガジと。
気付いたら俺の頭に突き刺さる鋭い牙。
ビタンビタンと背中を尻尾に叩かれ、さらに頭をかじられて。
ハティは俺に対する怒りを露にしていた。
続いてスコルがジャンプ。
俺の顔をぺちんと殴る。
「良かった! リヒトん!」
素直に俺の早すぎる帰還を喜んでくれたのはフランだけ。
フランは俺に抱きついた。
俺を見上げる青いつぶらな瞳は、涙に潤んでキラキラと光っている。
俺はフランの瞳を見つめ返した。
次いで視線が下へとおりる。
「…………」
俺は思い出すだけで顔が熱く。
フランも俺の様子と、俺が彼女の唇を見ているのに気付いて顔を赤くした。
耳まで真っ赤に染まったフランはどぎまぎしていて。
口を真一文字に引き結んだ固い表情で、視線を上下左右に走らせる。
「スコルー」
「はーい、ハティちゃん」
ハティとスコルの阿吽の呼吸。
2人は同時に俺とフランの首を押した。
再びあの柔らかい感覚が唇に。
互いの驚きで見開いた瞳がすぐ目の前にある。
「…………あはは」
フランが笑いながら顔を背けた。
「リヒトん、鼻息くすぐったい」
しきりに自分の灰色の髪を撫でながら。
肩をすくめ、恥ずかしさをごまかすようにフランが笑う。
「もー。ダメだよハティちゃん、スコルちゃん。そんなイタズラしちゃ」
「そうだぞ、チビ共。余計な邪魔はしないで退散するぞ」
そう言ってアイゼンがハティとスコルの襟元を鷲掴み。
2人をぶら下げ、俺とフランを置いて去ろうとする。
「え、ちょっとアイゼン?」
アイゼンは俺に振り向いた。
ゴーレムになってからその表情はほとんど窺い知ることはできないけど。
アイゼンは装甲の隙間から覗く両目をにやりと細めて。
それは笑みだ。
凄く腹立たしい笑みで俺を見てる。
アイゼンは踵を返した。
次は振り返ることなく、ハティとすこるを連れて闇の蒸気と青い炎で飛んでいく。
「行っちゃったねぇ」
「行っちゃったな」
俺はフランに答えた。
「リヒトん」
フランは俺に両腕を伸ばして。
「お姫様抱っこ」
俺は小さく微笑んだ。
次いで深々とお辞儀。
「仰せのままに、お姫様」
俺はフランを抱き上げた。
フランが俺の首に腕を回す。
「苦しゅうない」
「あれ。お姫様扱い怒らないんだ」
俺はそう言って笑う。
「王女様は嫌だけど、こういうお姫様はいいの。お姫様は女の子みんなの憧れだよ?」
「違いがあるのか」
「えー、全然違うよー」
少しムッとしてフランが言った。
頬をぷくっと膨らませる。
フランは俺を見ていた。
いつもと変わらない、化け物や魔物でもなく、1人の人間として俺を見てくれる瞳。
「実は俺、人間じゃないみたいなんだ」
俺はフランに告げた。
「そーなんだ」
「驚いた?」
「びっくり!!」
「……本当は?」
「あんまり。だってリヒトんは私の知るリヒトんのままでしょ? なら関係ないよ。私は……リヒトんが好き」
やっぱり変わらない眼差しで俺を見てくれる。
「俺も……」
「俺も?」
俺が言いかけると、フランがずいと顔を近づけた。
言葉の続きを聞きたそうにしているのが分かる。
分かるけど。
恥ずかしくて言えない。
言えるわけがない。
「そ、そういえばアイゼン達はどこに飛んでったんだ? 王都か? 東の街か?」
「あー、はぐらかした」
「早く追いかけないとな」
「リヒトん?」
俺は闇を操り、空高くへと飛翔。
ひび割れた空の近くにまで昇る。
空の果てから見下ろした大地は酷く荒れ果てていた。
戦いの爪痕が深く刻まれ、ヨルムンガンドが抜け出したあとには深い谷が国の中心をぐるりと囲んで。
だけど黒く染まっていた大地が光を取り戻していく。
永かった闇との戦いはついに終わりを迎えたんだ。
「リヒトんー?」
フランはまだ俺の言葉の続きを催促してくる。
「……ふぅ」
だけどどこかもう諦めてるよう。
「フラン」
「なぁに? リヒトん」
少し悪戯っぽい笑み。
同時にどこかわくわくとした様子でフランが俺を見る。
俺は闇のヴェールで俺とフランを包んだ。
お姫様抱っこからフランをおろし、柔らかい闇に包まれて緩やかに落下しながら。
「好きだよ、フラン」
両手の指を絡ませ、想いを告げる。
それ以上の言葉はいらない。
俺とフランはその手の温もりでいつも想いを交わしていたから。
俺達は。
闇が晴れ、希望に満ちた大地へと落ちていく。
俺がいれば。
フランと一緒なら。
きっと。
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