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最終話『■■■■■■■■』③
しおりを挟む「リヒトん!」
渦巻く闇に沈んでくリヒトんの腕を、私は必死に掴んだ。
私達を阻むような闇の壁を迂回してもらって、なんとか間に合った。
さらにハティちゃんとスコルちゃんもリヒトんの服を掴み、引っ張り上げようとしてくれる。
私達を見るリヒトんの瞳は黒く濁っていた。
私の知るリヒトんと違う無感情な眼差し。
冷たい視線。
『俺は邪神に身体を乗っ取られた』
その時。
どこからかリヒトんの声。
周囲の闇が揺れて、そこから声が響いてきてる。
待って、身体を乗っ取られた?
『このまま俺ごと封印する』
困惑する私にリヒトんが言う。
リヒトんの体を引きずり込むこの闇はリヒトん自身の力みたい。
でもそれだとリヒトんは。
「待ってて、あたしの闇喰らいで」
ハティちゃんが言った。
身を乗り出し、牙を剥いてリヒトんに迫る。
『やめろ、ハティ』
リヒトんの声。
それでハティちゃんがぴたりと動きを止めた。
「な、なんで……リヒト。ハティちゃんなら」
『ダメだ、邪神は闇に乗り移る。俺の闇を喰らっても今度はスコルかハティ、アイゼンに乗り移るかもしれないんだ。大丈夫、俺は負けない。どれだけ時間がかかっても、必ず戻ってくるから』
こうしてる間にもリヒトんの身体が真っ黒な闇に沈んでく。
この闇の中で1人きりなんて、私なら耐えられない。
リヒトんだって辛いはずだ。
「なら、私も一緒に」
『…………』
リヒトんは答えてくれない。
『アイゼン、3人を安全なところまで連れていけ』
リヒトんが言うと、アイゼンさんはそれに従おうと。
「なんで?! 待って! まだリヒトんが!」
「俺らはリヒトが命令を出したら逆らえねぇんだ」
苦しそうな声でアイゼンさんが言った。
私の手がリヒトんから離れる。
見えるのは黒く濁った。
だけど満足そうな。
そして寂しそうな、瞳。
これからどれだけの時を過ごすか分からないリヒトんに、私ができることは何?
私は大きく身を乗り出した。
私は瞳を閉じて。
私のありったけの想いを込めて。
たった一瞬の。
だけど決して忘れることのない永遠の口づけを、リヒトんに。
「お姫様のキスには魔法が宿るの」
子供の頃に読んだ童話を思い出す。
ピンチの王子様に勇気と力をくれるのは、いつもお姫様の口づけだった。
「好きだよ、リヒトん」
闇に沈んだリヒトんに告げた。
愛なんて語れない。
まだ恋がなんなのかも正直分からない。
それでもリヒトんが好きだっていう気持ちは。
この胸の高鳴りは本物のはずだ。
リヒトんとの再会を心に誓う。
君と2人で私は恋の意味を知って、2人で愛を探すんだ。
私はリヒトんを忘れない。
あの一瞬は、私の中で永遠になったのだから。
「ずっと待ってるから。ずっとずっと、待ってるから」
静かに凪いでいく深い闇を見下ろして。
私は唇に触れると、泣きそうな顔で言った。
私達は闇から離れた場所に降りた。
振り返った先には遠くまで続く闇と。
その奥で煌々と輝く光の柱が。
私は光と闇の地平から視線を切ると、ハティちゃんとスコルちゃんを抱き寄せた。
そのふさふさの毛と艶々の毛に顔を埋める。
「ちょっと!」
「は、はわわわ」
ハティちゃんとスコルちゃんが驚いて。
だけど抵抗はしない。
私に身を委ねてくれる。
私は深く息を吸って。
「…………ハティちゃん」
「何よ。仕方ないわね。今日だけなんだか────」
「くちゃい」
「は?」
「くちゃいよ、ハティちゃん。お風呂最後に入ったの、いつ……?」
ちょっと野性味のある獣臭がハティちゃんからしてた。
「ちょっと! 文句あるなら離れなさいよ!」
「やー」
あの人に──リヒトんに会えない。
その喪失感を埋めるには相応の癒しが。
もふもふが要る。
しばらくこうしてたい。
私は2人を抱き締めたまま前後左右に体を揺する。
「よし、よし」
スコルちゃんが私の頭を撫でてくれた。
その小さな手に慰められて、なぜかリヒトんの手を思い出した。
優しく力強い手を思い出すとまた寂しさが込み上げてくる。
これは……しばらく動けそうもない。
でもその時。
空気が、変わった。
2人の毛がぞぞぞぞと逆立ったのが分かる。
顔を上げた私の目に映ったのは大きく引き裂けた闇の大地。
視界を歪ませなが幾筋もの闇が空へと走っていた。
その先からはカツン、カツンと足音。
人影が闇を登ってくる。
私のよく知る顔。
でも今まで見たこともないような暗い面持ち。
「下がれ!」
アイゼンさんが叫んだ。
鋼鉄の拳を構える。
ハティちゃんとスコルちゃんもアイゼンさんに並んで臨戦体勢。
「リヒトん?」
「…………」
「リヒトん!」
「…………」
リヒトんは私を見て。
だけど答えてくれない。
まさか邪神に負けちゃったの?
そんなのって。
その時、リヒトんは躊躇うように言う。
「ごめん」
消え入るような声。
「ごめんて……何」
私は泣きそうになりながら訊ねた。
その答えを待つ。
「ごめん────」
伏せ目がちだった顔を上げるリヒトん。
「邪神、どうにかできちゃった」
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