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最終話『■■■■■■■■』②
しおりを挟むこの闇の檻越しに外の状況を知覚。
ようやく、目的の場所にたどり着いた。
外部からの影響が内部へと伝わらないよう闇を調整する。
俺と邪神は向かいあったままだった。
邪神に動きはない。
無感情な瞳がこちらを眺めている。
俺はクレイモアを構えた。
剣身を横目見る。
聖騎士として授かった聖銀の十字剣。
数多の魔物を屠ってきた剣の刃には大小無数の傷があった。
鏡のように磨き込まれていた刃も、今は磨耗と俺の闇や他属性の侵食を受けて曇っていて。
表面を撫でるとザラザラとした手触り。
そしてボロボロと表面が粉となって剥離する。
すでにこの剣も限界。
でもあと少しだけ保ってくれ。
「これで最後だから」
長く連れ添った相棒を労ると、邪神へと視線を戻した。
闇と魔物を生み出した全ての元凶を俺は今ここで、仕留める。
やはり最後に描くのは十字だ、と思った。
俺の憧れの形。
人々を救う希望の象徴。
だけど俺の描く十字は真逆だった。
畏怖と恐怖を振り撒く、戦場にそそり立つ刹那の墓標。
だから『御手が刻みし勝利の聖印』とは剣閃も逆にした。
縦振りからの横薙ぎではなく、横振りからの振り上げに。
俺は剣を縦に、振りかぶる。
『まだ諦めないのか』
「当然だ」
迷うはずもない。
『闇でこの身は滅ぼせない。なぜそれが分からない』
「…………」
邪神の言葉に俺はかすかに口角を吊り上げた。
「俺は無属性に次ぐ唯一の例外。闇の属性の担い手だ。魔物を生み、魔物を使役する魔物の王だ」
『…………』
「俺は闇でどんな強敵も討ち倒してきた。あらゆる魔物を斬り裂いてきた、暗黒の剣士」
そんな俺が今。
お前を倒すために光の十字を……刻む!
俺は踏み込んだ。
1歩、2歩と邪神へと肉薄。
そして邪神の眼前で空を切るようにクレイモアを振り下ろす。
次いで振り下ろした刃を横へと振り抜いた。
重なる剣閃は十字。
そして銀色の刃は、確かにそれを斬り裂いたのだ。
闇を駆けた2つの閃光。
邪神の背後の闇が裂け、同時に邪神の身体が十字に裂ける。
『────っ!?』
迸る光が極大の十字となって。
深淵のような闇を湛えたその身体から真っ白な灰が吹き出す。
人の形を保てないまま邪神は背後へと振り返った。
十字に裂けた闇の先に目を凝らして。
『ユグドラシルか!』
光の正体に気付く。
ここは障海の跡地。
凄まじい光を生むユグドラシルの根の直上だった。
俺が放ったのは偽装の光刃の究極形。
膨大な闇と膨大な光が生む境界による斬撃。
闇で倒すことのできない邪神を屠る、闇使いの描く光の十字。
闇は対魔物に対して最強の自負がある。
だけど光は対闇に対して最強なのだ。
子供の頃から変わらない憧れと誓いの具現。
俺の心が。
俺が人であるという。
これはリヒトという1人の人間の証明だ。
────最終話『暗黒剣士の聖十字』────
闇との境界が光の存在と力を際立たせる。
灰へと崩れていく邪神は闇を操ろうと。
だけどここにある闇は俺が掌握している。
邪神の操る闇はない。
『よもや』
4つに裂けた身体から。
重なるような声で邪神が呟いた。
『よもや、だ。この身がお前に滅ぼされるか。魂のない、形だけの存在で。それでもなお』
邪神の全身が灰へと変わる。
最後に俺を凝視した眼もさらさらと崩れ落ちた。
邪神の陰から光が差し、光は俺とクレイモアを照らした。
俺は闇を逆巻かせて防御。
だけど光を浴びた剣に深い亀裂。
次いでその刃が砕け散る。
こぼれた剣身の欠片が光に飲まれて灰となった。
純白の灰が光のうねりに乗って漂い、俺の目の前を横切って彼方へと消えていく。
「役目を、終えたんだ」
俺は小さく、無意識のうちに呟いた。
そしてそれは使い手である俺も同様か。
俺は光を防いでユグドラシルの根の領域から離脱する。
闇を生んでいたヨルムンガンドと、おそらく聖堂都市の闇の源だった邪神も消えて。
これでみんなが闇に脅かされることはない。
真っ先に会いたいと思ったのはやっぱりフランだった。
次いでハティとスコル。
アンさんやアイゼン。
よく働いてくれたロードナイトやビショップアーキテクトにも礼を言いたい。
ソードクライメイトはどうしようか。
あれは俺の命令を継続しない。
それでも力を貸してくれた以上、ビショップアーキテクトの空間にずっと幽閉はしたくないな。
ムニンのことも気になる。
スコルの光喰らいを受けたあと、聖堂都市の光を喰われてしまって再生ができてなかったけど。
闇が鎮まって光が戻ればフギンと一緒に再生できるだろうか。
短い間とはいえ行動を共にしたし、無邪気なムニンのことは嫌いじゃなかった。
みんなで穏やかに。
そんな生活を思い描く。
村に帰って家を建て直すか。
東の街の、あのドアが壊れたままの部屋も悪くないけど。
俺は思わず笑みをこぼす。
気が抜けると体の不調が気になり出した。
軋む身体に。
激しい倦怠感。
そして幻聴。
『────』
いや。
「違う……!」
俺は自分の胸から響くそれに耳を傾ける。
『──────』
うまく聞き取れない。
だけどそれは確かに声だ。
俺の中に巣食った意識が肥大化する。
底知れない闇が俺の心を蝕んでいく。
「闇がある限り滅びはしない」
俺の口を通して。
次いで言葉を紡いだと思ったら俺の意思に関係なく体が。
さらに闇の操作まで上書きされた。
闇を四方へと拡げながら俺の体が大地に降り立つ。
「ほう」
邪神が呟いた。
すでに意識が身体から切り離されようとしていて。
俺の目を通して見ているはずの景色が遠い。
おぼろげに見えるのは空を駆ける黒と青の軌跡。
鉄色の身体が抱くのはフラン。
そしてその両肩にはハティとスコルがしがみついている。
「リヒトんー!」
フランが手を振った。
ここに立っているのが邪神だと気付いてない。
当然だ。
姿も。
そもそも身体は俺のものなんだから。
俺は肉体に意識を向けて。
だけど動かない。
違うんだ。
意識を向けるべきは。
俺は闇へと意識を拡げた。
俺の中に巣食う闇を操り、肉体コントロールを取り戻そうと。
だけどこの闇は邪神自身。
闇を操る能力は俺の方が長けているはずなのに、まるで操ることができない。
闇喰らいならどうか。
ハティの力を借りれば今度こそ邪神を倒せるかも。
いや、だけどさっき邪神の闇は完全に灰になった。
それなのに俺に巣食っている。
近くの闇に乗り移るような性質があるのかも。
だとしたら俺に闇喰らいを使っても3人の誰かに乗り移るかもしれない。
そうなったら闇を失った俺にできることはない。
闇を使える俺だからこそ、できることを。
俺は身体ではなく周囲の闇に意識を繋げた。
アイゼン達を阻むように闇の壁を築く。
「誰、も……傷つけさせない!」
俺は操作した闇で自分の身体を拘束した。
身体は人間だ。
闇でできた身体と違ってすり抜けたりはできない。
俺はこのまま闇に身体を浸し、地の底へと沈んでいく。
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