【 暗黒剣士の聖十字 】 ~属性適正がまさかの闇で騎士団追放。でも魔王と呼ばれるようになった俺の力がないと騎士団が崩壊するって?~

岸本 雪兎

文字の大きさ
上 下
93 / 101

極大暗黒十字

しおりを挟む
 空を覆うほどの巨体を誇るロキを今もギリギリと締め上げるヨルムンガンド。
あれほどの大きさの魔物がその背をさらし、日常の風景の中に溶け込んでいたなんて。
誰が国のどこからでも見ることのできる山脈が魔物だなんて想像できただろうか。

 ニーズヘッグをヨルムンガンドと勘違いした俺に、ヘルはこんなに矮小わいしょうなはずかないと笑っていたのを思い出した。
山のいただきを思わせたニーズヘッグすら、壮大な山脈そのものだったヨルムンガンドと比較すれば遥かに劣るだろう。

 いつか光の怪鳥を追ってその山肌を飛んだときに見た連なった大きな岩は文字通り大蛇の鱗。
いつもあの山を見たとき、不穏な気配を感じていた原因がようやく分かった。

ヨルムンガンド あの子 にが私の願いに応じて動いてくれました。ですが長くはちません」

 着地した俺の前に現れたのはアンさん──の複製体か。
大きさは俺の知るアンさんと同じだけど、灰色の肌をしたその姿は巨人の時の姿そっくりだ。

 見上げたヨルムンガンドは確かにダメージを負っていて。
あのロキのブレスを身体1つで封じ込めているんだ。
受けるダメージは計り知れない。
今も体表を覆う岩のような鱗群に亀裂が走り、ボロボロと崩れ落ちていた。
強くロキを締め上げるほどにヨルムンガンド自身の身体にも大きな亀裂が走る。

 俺はヨルムンガンドの身体から滴る闇に視線を移した。
液体のように流れ落ちる闇。

 大地を巡る闇の供給源は2つあった。
1つが聖堂都市の地下から。
もう1つが山脈──ヨルムンガンドからだ。

 フェンリル、ヘル、そしてヨルムンガンド。
魔物の将は自ら闇を生み出す能力を備えていた。

「アンさん。ヨルムンガンドに頼んで、俺に闇を供給してもらうことはできますか」

 ロキをほふるのに必要な闇の量は莫大だ。
空間から集めていたんじゃ間に合わない。
だけどヨルムンガンドの闇の供給を受ければ一気に闇の総量と供給速度が上がる。

 アンさんがヨルムンガンドの方へと顔を向けた。
視線をたどると大蛇の頭に人影。
本来の姿と大きさのアンさんの姿があるけど、あれもおそらく複製体だ。
いでヨルムンガンドが俺の方へと視線を向けた。
縦長の瞳が細く鋭くなって俺に焦点を合わせる。

「……こたえてくれました」

 アンさんが言った。

 ドロドロとヨルムンガンドの体から闇が滴り落ち、俺のもとへと流れてくる。

 アンさんが巨人の腕を生み出した。
俺を空高くへと運んでいく。

 そして渦を描いて俺へと集まる闇。
さらに無数の巨人の腕が闇をすくい上げて俺へと差し出す。

 俺はそれらの闇をクレイモアに絡ませて。
頭上で十字剣を旋回させ、闇をまとわせていく。

 時間を稼ぎ、俺に闇を貸してくれたヨルムンガンド。
だけどついにその拘束をロキに破られた。
身体に走る深い亀裂に沿ってその胴がちぎれ、ロキに振り払われる。

 横たわるヨルムンガンドの頭に巨人のアンさんが優しく寄り添っていた。

 闇の供給が、止まる。
俺は集めた闇によって形作られた刃を見上げた。
天へと掲げたその剣は俺の身の丈を大きく超えていて。
剣身けんしんにとどまらない闇が剣の輪郭りんかくをなぞって十字を描き、激しく逆巻さかまいている。

 ロキは再び俺を捉えた。
闇を集めて再びブレスの構え。

 俺は巨人の手を蹴って跳躍。
闇によって飛翔し、ロキへと向かっていく。

 振りかぶる暗黒剣。
対して口腔こうくうから溢れ出す闇の奔流ほんりゅう

 暗黒の斬撃とブレスが衝突した。
俺の闇の方が密度は上。
ロキのブレスは俺の闇の刃に触れた先から幾重にも拡散して闇の流線を描き、後方へと流れていく。

「このまま……押し切る!」

 俺はクレイモアを握る手に力を込めて。
ロキへとまっすぐに向かっていく。

「…………」

 向かっていく。

「…………っ」

 向かっていく。

「……くそ」

 向かって、いく。
だけど。

 俺は徐々に押し負け始めた。
闇の刃はロキをほふれるだけの力がある。
だけどロキのブレスの勢いに抗うだけの勢いが得られていない。
俺は闇を消耗して飛翔している。
周囲の空間から集めた闇だけじゃもう前に進めない。
押しきれない。

「っ……!」

 あとちょっと。
あとちょっと、なのに。

 腕が軋みを上げた。
折れたって構わない。
だからこの刃をあいつに……!

 だけど俺の思いとは裏腹になおも後退。

 その時。

『──────!!』 

 響き渡ったのは低い獣の咆哮ほうこう
いで俺の背中に小さな手が2つ添えられた。

「待たせたわね」

 赤い耳をピコピコと揺らし、勝ち気な瞳で俺を見上げる少女と。

「あ、あの……その…………ふぇーん」

 青い耳をぺたんと垂らし、困ったような泣きそうな目で俺をうかがう少女。

「スコル、何泣いてんのよ」

「だってハティちゃん、わたし、わたし……!」

「ふん。どうせこいつは気にしてないわよ。ね? そうでしょ?」

 ハティがじろりと俺をにらんだ。
だけど俺はその質問の意味が分からない。

「ふぇーん。やっぱり怒ってるよ、ハティちゃん」

 俺の答えがないためにスコルがわんわんと泣き出してしまう。

「はぁ? サイッテー。まだ怒ってんの? あんたはそういうのすぐ水に流すタイプだと思ってた」

「待ってハティ」

「バカアホドジマヌケ」

「いや、だから」

「バカアホドジマヌケ」

「ハティってば」

「バカアホドジマヌケ」

 もはや呪文か何かか。
相変わらず語彙ごいのない罵倒ばとうを連ねるハティは聞く耳を持ってくれない。

「待ってって!」

 俺はロキのブレスに押し負けそうになりながら声を張り上げる。

「質問の意図が分からないんだ。気にしてる? 怒ってるってなに?」

「…………え」

 スコルが顔を上げた。
涙に濡れた瞳で俺を見つめる。

「だ、だだって……わた、し悪い子だった、から。わたし……わたし」

 またぼろぼろと泣き始めてしまうスコル。

 ああ、そういうことか。
俺はようやく意味を察して。
つまりスコルはフェンリルの影に飲まれた事を気にしてるんだ。

「気にしてないよ」

 俺はスコルに言った。

「ほ、ほんとに……?」

「ああ!」

「そっか」

 スコルが再び顔を伏せた。
だけど口許くちもとに小さな笑み。
いで顔を上げると、そこにはもう悲しげな表情はない。

「変態さん──ううん、リヒト。わたし、ハティちゃんと一緒に頑張る!」

 そう言ってハティを横目見たスコル。
ハティが視線に返すと、俺の背中を片手で支えながら2人は握り合っていた手を空にかざした。

「いくよ! スコル」

「うん、ハティちゃん!」

 2人から黒い闇が立ち上ぼり、2つの闇が1つに溶け込む。

 その闇は巨大な狼に。
いで女性の影へと変わった。
肌は深い闇色のまま。
だけどその長い髪と尾は銀色に染まり、闇の中にあってもギラギラと輝いて。
その左右の瞳には赤と青の炎が灯る。

 その影は子供のハティとスコルよりもいくぶん成長した少女の肢体で。
彼女が両腕を広げると、膨大な闇が溢れ出して俺に力を与える。

 ────いわく膨大な闇を作り出し、大地を黒く染めしモノ。

 これは……フェンリルの能力だ!

 凄まじい量の闇を得て。
俺は徐々に。
そして少しずつ勢いを増してロキのブレスを押し込んでいく。

『…………ォォォオオオ』

 だけど遮られた視界の先からは低いうなり。
いで激しい衝撃。

 2つ目のブレスだ。
2つの闇のブレスを受けて再び、そしてかなりの勢いで押し戻されていく。

「まだ、だ! みん────」

 みんな、俺に力を貸して、と。
俺が命令権を使うよりも早く。

「リヒト!」

 俺の背中を支える手がさらに2つ。
激しい闇の蒸気と青の炎を噴き出し、アイゼンが俺の背を押してくれていた。

 さらに足下に硬い感触。
見ると白く染まった魔物の骸が道を作り、ロキへと伸びていた。
ビショップアーキテクトだ。
足場があれば踏ん張りが効く。

 さらにロードナイトがクレイモアを握る俺の手にその小さな手を重ねた。
一歩ロードナイトが踏み出す度に前へ前へと進んでいける。

 いで重くなる刃。
見ると『千剣ソード』による闇の刃が幾重にも束ねられ、クレイモアをさらに巨大なものにしている。

「リヒトん! いっけぇー!!」

 そして彼女の声援が俺に届いた。
確かに聞こえた。
俺を信じてくれるその声がまた、俺に力をくれる。
 
 もう俺の──俺達の歩みを止めることはロキにはできない。

 ついに俺達は暗黒の刃の射程にロキを捉えた。

 俺はロキ目掛けて長大な刃を横に。

「これで────」

 さらに縦に振るう。

 刻まれた十字。
だけどこの2擊は闇を奪う斬擊。

「終わりだっ!!」

 俺はさらに闇の十字が描く交点にその刃を突き立てた。
闇を解き放ち、描かれた十字をなぞって闇が拡散して。
それは極大の闇の斬擊。
地上に現れた暗黒の極星となる。

「『無へと還せ、闇より仰ぎて深淵の星ディセント・アナイアレイション』」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スローライフとは何なのか? のんびり建国記

久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。 ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。 だけどまあ、そんな事は夢の夢。 現実は、そんな考えを許してくれなかった。 三日と置かず、騒動は降ってくる。 基本は、いちゃこらファンタジーの予定。 そんな感じで、進みます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

処理中です...