上 下
86 / 101

闇払いの精鋭

しおりを挟む
 俺達はブラックドラゴンに乗って聖堂都市の近郊にまで迫っていた。
彼方には聖騎士団の拠点である大聖堂の尖塔が見える。

 このままブラックドラゴンで大聖堂に突入する。
今はリーンハルトの選んだ実戦経験に乏しい騎士ばかり。
加えて今、大聖堂の周りは闇払いが不十分。
俺の操る闇も潤沢にある。
すぐに警備を突破して下層に向かおう。

 聞こえるのは風を切るゴウゴウという音だけ。
だけどその音に紛れて近づく鋭い風切りに気付いた。

 振り返った先には風の翼。
双剣にまとわせた属性で形作った翼で飛翔し、その人影は俺達の頭上へと急上昇。

 見上げた先で風の刃は炎へと変わった。
噴き出す炎を推進力にして俺へと取り付き、ブラックドラゴンから俺を引きがす。

「悪いな、リヒト」

 男が言った。
その男の顔を見て俺は目を丸くする。

「団長!?」

 この人は聖騎士団の団長の1人。
俺に王国騎士を目指せと言ったあの団長だ。
服装は聖騎士団のものではないけど、その顔と得物の双剣は間違えようがない。

 団長は俺をそのまま地面に向かって運ぶ。
ブラックドラゴンとそれに乗るハティとスコルの姿がまたたく間に小さくなっていた。

「くそ、なんで」

「…………」

 団長は答えてくれない。
俺をこのまま地面に叩きつけるつもりか。

 俺は周囲の闇に意識を広げた。
闇を掌握して集める。

 俺は叩きつけられる瞬間に闇を背中に集めた。
闇を緩衝材にしてダメージを殺し、すかさず闇を拡散して団長を振りほどく。

 俺はクレイモアを抜き、刃に闇をまとわせた。

 俺の視界は土煙と闇で奪われて。
だけど俺には闇の触覚がある。
周囲に広げた感覚が俺を狙って放たれたいくつもの攻撃を捉えた。
それらを斬り払い、攻撃に紛れて迫ってきた刺客しかくの刃を受け流す。

 さらに袈裟けさに。
横と。
俺は襲いくる連撃をいなした。
 
 いで前後から挟み込むように振るわれた刃を俺は知覚。
背後は闇色のクレイモアを背中に這わせて受け止めて。
もう一方は闇をまとわせた素手で掴む。

 視界が晴れると、そこには見慣れた面々が並んでいた。
リーンハルトによって退団させられた元聖騎士団員達。
うとまれようと、それでも共に聖堂都市を守護していた仲間。
それが今は俺の敵として立ちはだかっている。

 俺は素早く周囲に視線を走らせた。
俺と斬り結んだ元団員達は無言のまま俺をにらんでる。

「なんで」

 俺の問いに答えることなく、元聖騎士団員達は俺へと襲いかかる。

俺は闇を圧縮。
四方にブラックゴーレムを生み出して彼らの攻撃を阻んだ。
聖騎士団は聖堂都市の守護を担う防衛のかなめ
だけど個々人の戦闘能力は王国騎士に大きく劣る。

 単体のブラック──それどころかレッドに苦戦するレベルの戦闘力で俺を止められるはずがない。

「みんなじゃ俺は止められない。それに俺は行かなきゃいけないんだ! ここを通してください!」

「悪いが、そうもいかないんだ」

 双剣の騎士団長が俺へと肉薄。
風と火を同時に。
時にそれぞれ使い分けて俺へと剣を振るう。

 俺はクレイモアにまとわせた闇を圧縮。
刃先に集中させた闇が暗黒の閃きとなって団長の双剣を属性ごと断ち斬った。
そのまま十字剣の腹で団長を殴打し、勢いのままに吹き飛ばす。

 俺は彼らを無視し、聖堂都市へ向かおうと。
だけど踏み出した先に罠。
仕掛けられた属性の攻撃が起動した。
下からそそり立つ岩の穂先を防ぐ。

 元聖騎士団員達を相手どりながら聖堂都市を目指そうとして。
だけど、まるで俺の動きを始めから知っていたかのようにトラップが次々と起動した。
さらには闇の集まりが悪い。
みんなの属性を防ぐたびに闇が消耗させられる。

「……闇払いか!」

 俺ははるか先に視線を走らせて言った。
周囲に偽装した騎士達の闇払いの起点が点在し、それらが闇の流れを阻む壁となって俺の闇の集束を妨害している。

 上空からは全く見えなかった。
かなり用意周到に俺を待ち構えた罠の数々。
でも俺がここを通るなんて誰が予想できる。

「…………フギン!」

 俺は思い当たった。
ムニンと瓜二つのもう1人の少年。
あの子は過去をるムニンと対照に未来を予測する能力だったはず。

「えへへ。おいらの予測演算は完璧だよ!」

 やはり、いた。
フードを目深まぶかに被った男のそば。
フギンは褒めて褒めてとフードの人影の手を引く。

 フードの人影はフギンの頭を撫でた。
フギンは嬉しそうにその人物に抱き付き、その手に頭をこすり付ける。

「いるのか、ムニン」

「…………」

 俺が呼び掛けると、フードの人影の陰からムニンが顔を覗かせた。
申し訳なさそうに俺を見ている。

「ごめんね、お兄ちゃん。でもおれ、お兄ちゃんの正体ちゃったから」

「本当にすまないな、リヒト」

 フードの人影が──ヴィルヘルム様が言った。
フードの陰からこちらを見る眼差しにはあわれみが感じられる。

「ヴィルヘルム、様」

 元聖騎士団員が集結して一丸となる。
なるほど、それを束ねる人間がいなければ成立しなかった。
ヴィルヘルム様だからこそこうして元聖騎士団員がつどい、俺の行く手を遮っているわけだ。

「俺が、人間じゃないからか」

 クレイモアにまとわせた闇が逆巻さかまいた。
俺の感情に呼応して大きくうねりをあげる。

「俺は騎士として、人々を守るために尽力してきた。聖騎士として。冒険者として。時には魔物の王だと人々から恐れられたって! 言われた通り王国騎士にもなった。すでにリーンハルトのせいであの聖騎士団を取り戻すことは叶わなかったけど。それでも俺は……なのにっ!」

 俺は闇を解き放った。
拡散する闇の波動が周囲の聖騎士団員をぎ払う。

 それを斬りはらう光の刃。
ヴィルヘルム様は光をまとわせ、斬り上げた剣で俺の闇を無効化する。

「どうして、ヴィルヘルム様」

「邪神をほふるためだ」

「俺を倒すことと邪神を倒すことに何の繋がりがあるんてすか」

「…………」

「ヴィルヘルム様!」

「知らなくていいことだ」

「……っ! ヴィルヘルム様! 答えてよ!」

「お前は人として。人間のまま、ここで果てよ」

 ヴィルヘルム様が、剣を構えた。

 同時に周囲の聖騎士達も闇払いを発動。
彼らの持つ4つの属性が交わって闇を払う聖域を生んだ。

 俺の闇が灰と消える。
空間に内在していた闇が消えていく。

 対峙する光の剣はまばゆく。
だけど冷たく無慈悲にきらめいていた。
光の粒子が舞い散り、触れた俺の肌や服が小さな灰となってこぼれる。

 俺は顔を手で覆った。
撫で付けるように上から下へ。
それは闇の仮面をまとう所作。
そこに闇はなくても、俺の心を黒で覆って塗り潰す。

『ビショップアーキテクト』

 自分から出たとは思えない声音こわね
 静かで冷たい、真っ黒な激情にひずんだ声で。
俺は命令権を行使した。

 空に走る魔法陣。
そこから連なる鎖の音と共に魔物のむくろで築かれたおりが現れた。
その中には身体を小さく折り畳む魔竜がいる。

『ソードクライメイト』

 俺の声に応え、空に渦巻く真黒まくろの暗雲。
闇払いの聖域の一角に、俺は光を寄せ付けない領域を生んだ。
そこには光も闇もない。
無だけがそこにある。
それは俺の胸にぽっかりと空いた穴そのもののようだ。

 俺は『千剣ソード』の権能を発動させた。
闇払いの及ばない領域に、無数の闇の剣が現れて。
俺は白と銀の意匠いしょうの十字を背負い、闇で形作られた剣を両手に握る。

「邪神をほふるためにその命、差し出してはもらえないか。リヒト」

 理由も言わず。
理由が分からないままに死んでくれ?

『そんな話があるか!』

 誰も俺を認めてはくれない。
認めてくれたのは魔物のみんなと。
そして、フランだけ。

「…………俺はフランを助けなきゃいけないんです。そこを退いてください。ヴィルヘルム様」

「できぬ相談よ。守りたいものがあるのならその想い、我らに託せ。ここでほまれある騎士として果てよ、リヒト」

 どこかで聞いたセリフだと思ったら。
ほまれある騎士の末席に、そう言って俺の命を狙ったリーンハルトと同じじゃないか。

────本当は違うと分かっている。
俺の命を狙っていても、そこには確かに優しさがある。
俺が自分の正体を知れば俺が深く傷つく。
だから隠したまま殺す。

 でも。
そんな慈悲は、いらない。

『ヴィルヘルム!!』

 俺は鋭い闇の剣を両手に握り、ヴィルヘルム目掛けて疾駆しっくする。
みんなが自分達のやり方で何かを成そうとするように。
俺は俺のやり方でフランと人々を守ると誓ったんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

処理中です...