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彼女の面影
しおりを挟む王位継承の儀を終えて。
ゾーイ=パトリシア次期女王陛下の存命と王位継承の話は瞬く間に国中に広まった。
元々彼女は国民からの信頼が厚かった。
文武に秀でた騎士道を重んじる戦姫。
自らの足で国を回り、闇と魔物に苦しめられる人々を騎士としてその剣で救って。
政にも才覚を発揮し、当時は現国王の補佐としての役割も担うほど。
リーネ=ヒルデガルド王女は王位継承権を失い、さらに過去の悪事を裁かれることになった。
彼女は今から連行されて自室に軟禁。
裁判を待つ身となる。
「ゾーイお姉さま」
フランはゾーイ=パトリシア次期女王陛下に声をかけた。
つい先日、姉のローラ=アレクシア王女が再びその命を狙われて絶命。
代わりに死んだと思っていたゾーイ=パトリシア次期女王陛下が姿を現して。
悲しみと喜びが入り交じった表情で彼女を見ている。
その時。
突如激しい揺れと轟音。
俺はすかさずフランを引き寄せ、周囲を警戒する。
「見ろ!」
「城が崩れた!」
「あれは……魔物か!?」
「あんな巨大な魔物がいるというのか……?!」
窓から外を覗く貴族と王族が叫んだ。
その方向に意識を向けると、巨大な闇の気配を感じた。
かなり大きい。
そして闇の密度もフェンリルやヘル達、伝承に残された魔物達と同等。
第1級禁忌指定種と呼ばれるクラスだ。
あれは王国騎士達だけで対処できるとは思えない。
「ハティ、スコル……来い!」
俺は魔物への命令権を行使した。
距離を問わずその意思は2人に伝わり、彼女達は颯爽とこの儀式の場へと駆けつける。
貴族達を飛び越え、2人は俺とフランの前に着地した。
黄昏のような赤い髪と、暁のような青い髪がひるがえる。
「急に呼び出してどうしたのよ」
「お、おっきな音と揺れがしたよ? 何かあったの……?」
手に雑巾を持ったまま腕を組んで仁王立ちするハティと、体を縮こまらせて周囲をきょろきょろと見回すスコル。
「魔物が現れた。おそらくかなり強い。俺は魔物の討伐に加勢に行くからフランを頼む」
ハティとスコルは窓の方へと視線を移した。
窓の外を覗く人だかりの陰にその巨大な影を捉える。
「……!」
その姿を見て絶句するスコル。
対してハティはぺろりと舌舐り。
「食べ応えがありそう。最近護衛ばかりだし、たまにはあたしにやらせなさいよ!」
にやっとハティが笑うと、鋭い牙が覗いた。
「ダ、ダメだよハティちゃん。わたし1人で護衛なんて無理だよぅ……」
不安そうな顔でスコルがハティの腕を掴んだ。
前髪で隠れた片目には涙がにじんでいる。
「もう、仕方ないわね」
ハティがそう言うと、スコルは胸を撫で下ろした。
いつも主導権はハティにあるように見えて、でもスコルのお願いをハティが聞かなかった事はない。
スコルの方が良識があるし、暴走しがちなハティをうまくコントロールしてくれて助かっている。
俺は2人にフランの護衛を任せ、魔物のもとへと向かった。
1度外へと出ると、城の南側が大きく倒壊しているのがわかった。
同時に魔物の全貌を捉える。
それは女性のような体躯の巨人だった。
灰色の肌はゴツゴツとしたコブがあり、頭部からは闇が拡がって毛髪のように。
しなやかな肢体には赤と青の脈が走り、そこを高密度の闇が循環。
肩周りから伸びるいくつもの長いひだが灰色から白へと変わり、衣服のようにその体を覆っている。
すでに王国騎士達は魔物へと攻撃を行っていた。
巨人の魔物が歯牙を剥く。
その表情と共に溢れ出す怒りは魔物の闇へと伝播して。
暗黒の髪が巨大な口へと変わった。
迫り来る王国騎士達の攻撃を喰らって無効化する。
俺は魔物を凝視。
同時に魔物の大きな赤の双眸が俺を捉えた。
交わる視線。
すると魔物の蛇のような縦長の瞳が円を描いて。
『──────!』
その魔物の絶叫は慟哭にも聞こえた。
次いで巨人の魔物はその大きな手で自分の顔を覆い隠した。
同時に周囲の闇から魔物のものと同じ巨大な腕がいくつも現れ、魔物を包み込む。
「防御? いやでも」
俺は魔物に強い違和感を覚えた。
未だに魔物から放たれるのは激しい憤怒のような攻撃的なプレッシャー。
でも俺を見たときの眼差しはどこか悲しげだった。
胸がざわざわする。
彼女を攻撃してはいけない。
なぜかそう感じた。
魔物は王国騎士達の攻撃を耐えるばかりだった。
加勢に向かっていた俺の足が、止まった。
攻撃に曝され続ける巨人を見つめる。
王国騎士達の怒涛の攻撃に、彼女の生み出した腕はそのほとんどを灰と変えた。
顔を覆い隠す手の間からは泣いているような女性の顔が覗く。
その顔はハティとスコルに。
ヘルに。
そして誰よりもアンさんに、似ていた。
度重なる猛攻を受け、巨人は体勢を崩した。
そして横たわった彼女にさらなる追撃。
おそらくこのまま反撃がなければそう時間はかからずに討伐が終わる。
もっと強大な力を持ってるはずなのに。
なぜか彼女はその力を振るわない。
巨人は再び俺を見た。
伸ばされた手。
『…………』
でもその指先に躊躇い。
彼女は拳を握ると、その腕を胸の前へと引き寄せた。
両手でぶんぶんと上下に揺らして。
その仕草はまるで俺を鼓舞するようだった。
「…………っ!」
見ると王国騎士達は巨人にトドメを刺そうと各々の属性を束ね、必殺の一撃を形作っていた。
その一撃が巨人へと振り下ろされる。
巨人の顔が諦めたように微笑んだ。
そして閃光。
束ねた属性が炸裂し、目映い光を迸らせて。
────だが同時に闇。
深い黒の帳。
俺の操る闇がその輝きを飲み込み、巨人を包んだ。
伸ばされた巨人の手はきっと俺に助けを求めようとしていた。
だから。
俺は闇の仮面を身に纏い、暗黒のクレイモアを突きつけて。
彼女を守るように、王国騎士達と対峙する。
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