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一対の渡り烏

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「…………ねぇ、ムニン?」

 にやり、とムニンが笑みを浮かべて小一時間。

「まだー」

 未だにムニンから何の話も得られてなかった。
身体の再生を優先して、俺には返事を一言二言返すだけだ。

 見るとその身体はほとんどが再生を終え、残すは足先だけになった。
時折ムニンが確かめるように光の輪郭が描く指を動かす。

 さらに少し待つと、ようやく再生が終わった。
ムニンはぴょんと飛び起きると伸びをする。

 見た目は普通の少年の身体。
少し細身で華奢きゃしゃな体つきだけど、特別変わったところはない。

「やっと終わったよ。あの狼女めー」

 ムニンが頬を膨らませて言った。

 体躯も表情も見た目通り子供。
肉体が再生する場面に遭遇しなかったら、きっとムニンが人間でない事を言われても信じられなかっただろう。

「ムニン、いい?」

「ん、いいよー」

 ムニンがうなずいた。
ようやく話が聞ける。

「君は魔物なの?」

 真っ先にこの疑問をたずねた。

「違うよ」

 ムニンがふるふると首を振る。

  俺はムニンに意識を向けるけど、闇の気配は感じられなかった。
人ではないけど魔物でもない。
再生した時の印象通り、おそらく構成してるのは光で。
少なくとも闇以外の力と概念を用いてその身体はできている。
イメージとしては魔物の逆だ。
でもそんな存在は聞いた事がない。

「おれは観測者。1対の渡りがらすの片割れ。フギンのお兄ちゃんだよ。魔物が生き物汚濁の象徴なら、おれ達は無機質システムの端末だ」

「しすてむ?」

「仕組みの事だよ。おれが情報を辿って過去を。フギンは今ある情報から未来を視る。2人揃って観測者としての機能が発揮されるんだけど」 

 そう言うムニンは今は1人だ。
俺の視線に気付いて、ムニンは口を尖らせた。

「むー。フギンのやつが俺に張り合ってきたから、どっちが先にお前を見つけるか競争になったんだ。ま、勝負はおれの勝ちだけどねー」

 ムニンがふふんと自慢げに、肉付きの薄い胸を張る。

「でも俺、フギン? と光の属性適正者に前に会ってるよ?」

「ええ?! 嘘だー!」

 ムニンは俺に迫ってきた。
悔しそうに顔を歪める。

「でも、じゃなんでお前無事なんだ。ヴィルヘルム負けちゃったの?」

「ヴィルヘルム!?」

「うん、ヴィルヘルム。白髪のお兄さんでしょ」

 やはりあの強さはヴィルヘルム様のものだった。
でもやはり分からないのはあの姿。

「でもヴィルヘルム様はもうかなり高齢だった。あの姿は?」

「おれ達が紹介された時にはヴィルヘルムはあの姿だったからなー。おれの眼を使えばれるけど。でも今は目の前に居ないから1度ヴィルヘルムまで辿って、そこからさらに過去を辿る必要がある。めんどくさい」

 そう言ってムニンが悪戯いたずらっぽく笑った。
瞳は純真。
口許くちもとにはこらえきれないような笑み。
唐突で。
他意がなく。
そして悪意もない、ただのちょっとした嫌がらせ。

 その労力がどれ程のものかは分からないけど、少なくともできるのにしないのだ。

 そういうところは本当に人間の子供と変わらない。

 ガコン、と。
背後でドアが開いた。

 振り返ると、どこかぐったりした様子のフランと目が合って。
フランはうんうんとうなずいた。
一応アンさんをなだめられたらしい。

「は? なんで……」

 フランの背後から顔を出したハティの顔には困惑の色。
ムニンが再生しているとは当然だけど思わなかったみたいだ。

 ハティはスコルを見た。
スコルはフランの陰からこちらをうかがっているようだけど、目深に被ったフードで表情は読み取れない。

 おそらくムニンを警戒して情けない顔をしてるんだろうな。

 ムニンはハティとスコルに気付くと、眉根を寄せて向かっていく。

「……え、この子誰? リヒトん」

 フランがいた。
少し顔を赤らめ、ムニンから視線を逸らす。

 見た目10歳前後でハティとスコルよりも幼く見えるムニンだけど、フランはそういうのに耐性がないらしい。
子供と言えども異性の裸。
とても困った顔でちらちらと俺を見る。

「ムニン、ストップ。女の子の前だから服着ようか」

 俺はハティとスコルに向かっていくムニンを背後から抱き上げて。

「え、ちょっと!」

 ジタバタと暴れるムニンを連れて物陰へ。
そこで俺の着替えを着せる。

 ぶかぶかなのは仕方ない。

 服を着たムニンを見て落ち着きを取り戻したフラン。
いでその頭を撫で始める。

「ムニンくんて言うの? 私はフラン、仲良くしてね」

「ちょっと、こんなのと仲良くしなくていいわよ」

 フランにハティが言った。

 その後もなんとかムニンとハティをいさめる。
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