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その情緒、まるで暴れ馬

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 フランを狙う彼女の姉リーネ=ヒルデガルド王女。
なぜか俺を追っていた光属性適正者の青年。
そしておそらくロキにも。

 俺とフランが居場所のバレている東の街をこのまま拠点にし続けるのはやはりリスクがある。
わりと馴染んだ街だし、離れるのは少しさびしいけど。
それにここを離れるとなると、アンさんの情緒が心配……というかもはや怖い。
どれほど落ち込んでしまうだろうか。

 俺は今後この街を離れる事を視野に入れる事をフランに告げた。
もちろん、伝えたのはリーネ=ヒルデガルド王女の事だけで青年やロキの事は言わない。

「そっか。リヒトんに心配はかけられないし、ハティちゃんとスコルちゃんに迷惑かけ続けるわけにもいかないもんね」

 フランがしぶしぶ納得。
こくこくと数回うなずいた。

「…………でもそれ」

 フランがハッと顔を上げて。

「アンさんに、なんて言おう!」

 アンさんの様子を想像したのか、その顔が一気に深刻みを帯びた。
青ざめてすら見える。

 やはりアンさんに別れを告げるのは怖い。
永遠の別れじゃないとはいえ、未だに固定の担当も俺しかいないのに。

 それでも早めに言っといた方がいい。
まだ確定じゃないけどそうなるかも、くらいのニュアンスでワンクッションおいておこう、と。
俺とフランを意を決してギルド支部へと、向かう。

 ああ、どんな魔物に挑んだ時より足が重い……。

 いつにも増して重く感じる重厚な扉を押し開けた。
カウンターにいたアンさんはすぐにこちらに気付いて。
まぶしい笑顔を浮かべる。

 見たところ今はミスをしてなさそう。
機嫌良さげ。
その分反動の急降下が余計に。

「怖い」

「ど、どどどどど、どうする? リヒトん。また今度でも?」

 フランが俺の服の裾を掴んだ。
くいくいと袖を引く。

 でも撤退する猶予ゆうよはなかった。

「リヒトさん、フランさん、今日はどういったご用件でしょうか」

 フランさんがこちらに駆け寄り、にこりと微笑んでいた。

「……あはは」

「?」

 小首をかしげるアンさん。
だけどいで目を大きく見開いた。
くもる表情。
ふるふると震え出す。

「まさか。……そう。そう、ですよね」

 悲痛な面持ちで何か言い出す。
間違いなくネガティブスイッチがオン。

「いつもと気分を変えて着けた黄色のタイが似合ってないんですよね!」

 見ると制服の胸元に覗くタイが黄色。
いつもと色が違うけどそれどころじゃなくて気付いてない。

「いや、似合ってますよ黄色」

「うん。可愛いと思うよ!」

 間髪入れずに俺とフランがフォロー。

「ほんとですかぁ? ありがとうございます。んー、でもタイの色じゃないとするとなんでしょう」

 変にかんぐられて気を落とされるのも厄介。
端的に。
でもマイルドに。
俺はアンさんに言う。

「実は」

「お別れを」

「お別、れ……?」

 え、お別れ!?

「お別れ!?」

 困惑するアンさん。
フランの言葉に驚く俺。
フラン自身も自分の言葉にびっくりしてしまってる。

 チラッと俺を横目見た青い瞳には謝罪の念がこもってる。
ごめんリヒトん、と目が言っていた。

 フランも俺と同じで面倒な事になる前に伝えようとして。
そしてマイルドにする余裕がなかったみたい。

語弊ごへいがある」

 すぐに俺は訂正。

「実は俺達、この街を離れるかも知れなくて」

 ガッシャーン! と盛大な音を立ててアンさんの手から花瓶かびんが────

「え、なんで花瓶かびんが」

「少し葉っぱがしおれてたんでお水あげようと思って…………」

 ええ……。
俺達を見るなり花瓶かびん持ったまま来てたのか。
フランも俺と同じ顔をしてる。

「あ、でもかもしれないって事はまだ確定じゃないんですよね」

 アンさんの顔に安堵あんど
胸の前で手を合わせる。

「何かあったんですか?」

「ちょっとわけありで」

 フランがエーファ=フランシスカ・ロア・キングスブライドであることをアンさんは知らない。
第1王女の姉に狙われてるから身を隠したいなんて言うわけにもいかなかった。

「わけ? いえ、詮索せんさくは良くないですよね。リヒトさんとフランさんにも事情があるでしょうし」

 アンさんは落とした花瓶かびんの破片を拾い集める。


 破片を集めながらアンさんの表情は瞬く間にころころと変わった。
少しずつ涙ぐんでいく。

 俺は破片を拾うアンさんを手伝って。

 その時。
普段は胸ポケットに押し込んでいた、首から下げた名札が滑り出た。
アンさんのフルネームを初めて目にする。

「アングルボザ?」

 思ったよりもいかつい名前。
可愛くないからとフルネームを口にしたくない気持ちも分かる。

「見ましたね、私の名前」

 アンさんが、言った。
だけどその声音こわねは初めて聞くとても冷たいもの。

 顔を上げると間近にアンさんの顔。

「隠してたのに」

 アンさんの顔がさらに迫る。
その顔は完全に怒っていた。
凄まじい威圧感。
そのプレッシャーの大きさはニーズヘッグにも負けてないかもと錯覚さっかくさせられるほど。

 アンさんは怒りに震えて。
だけど次の瞬間にはぼろぼろと泣き出してしまった。

「────ちょっと、なんで泣いてるの?」

「な、泣かせちゃったの? お姉さん泣かないで」

 声に振り返ると、そこにはハティとスコルの姿があった。

 2人に気付くとアンさんは手で泣き顔を隠した。
名札を慌てて胸ポケットに押し込む。

「どうして2人が」

 俺がくと、ハティは顔を背けた。
どこかばつが悪そうに見えて。

 だけどちょうど良かった。
子供好きなアンさんはハティとスコルを気に入ってる。
2人に機嫌を直してもらおう。

 俺はフランと2人を残して1度部屋へ戻る。
ムニンの事が気になった。

 ガコン、と。
ドアを外して部屋へと戻った俺。

「お帰りなさい」

 そこには何故か一糸まとわぬムニンの姿。

「な」

そしてその胸から下がなかった。
今は光の糸のようなものが寄り集まって人型のシルエットをおぼろげに描いている。

「一体何が」

「あの狼女に喰われた。空間ごと喰らう能力でパクり」

 見るとその頬にも編み込まれた光の糸。
どうやら欠損した身体を再生させているらしい。

 狼女……ハティのことか。
ハティはムニンを嫌ってたし、あちら側って呼んでいて。
そして今のこの姿はどう見ても人間ではない。
だから襲ってもいいって事にはならないけど。

「色々聞かせてもらえるか」

「うん。おれもお前と話がしたかった」

 ムニンがそう言ってにやりと笑った。 
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