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俺はその剣技を知っている

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 元聖騎士?
そして試す?

 俺は青年の顔を注視。
精悍せいかんな顔つき。
歳は俺より少し上……アイゼンくらいに見えて。
だけどその顔に覚えはない。

 聖堂都市のとは別の聖騎士団にいたのか。
それもそう。
そもそも光の属性適正者はヴィルヘルム様とリーンハルトしか俺は知らない。

「リヒ────」

『黙って』

「…………」

 アイゼンが俺の名前を堂々と口にしようとしたの止めた。

 魔物への命令権がアイゼンにも発生していた。
使いたくはないけど今のは仕方ない。

『いいよ』

「ナハト、ここは俺に任せて先に行け」

 ちゃんと今度は俺の夜の名前。
そしてそうしたいけど問題がある。

『でもアサルトアーマードが戦ったら屋敷の人間にバレる』

 ボルトが起動するのも炎と蒸気を噴き出すのも。
どれもかなり大きな音だ。

「時間を稼ぐぐらいならこの装甲と素の腕力だけで十分だ」

 アイゼンがそう言って拳を握った。

 確かにアイゼンの身体は硬質なゴーレム種の中でも突出した強度。
並の攻撃なら傷もつかない。
でも相手は光の属性適正者だ。

『光は闇を中和する。1擊や2擊なら無傷でも、闇の濃度を下げられて弱体化した部位はかなり脆くなる』

「お前の十字斬と似てるな」

 あれは元々ヴィルヘルム様の必殺技を模した技。
特性が似てるのは当然だ。
違うのは中和に自身の光も消耗するのと、奪った闇で威力を高められる点。

 光は闇によって操作を乱されることもる。
対魔物では闇の属性の方が使い勝手は上だ。

 俺は闇をまとわせたクレイモアを抜いた。
大剣に偽装した真っ黒な刃を青年に向ける。

『俺達に人間と敵対する意思はない』

「そのつもりはなくても人間にあだなす事もある。その意志とそれを貫くだけの力があるかどうか、その剣で語ってみせろ、よ!」

 青年が駆け出した。
滑らかな光の軌跡を描いて。
だけどその足さばきは鋭く、1歩踏み出すごとに鋭さを増す。

 振るわれる光の刃。

 俺は闇の大剣で光の斬擊を受け止めた。
その剣閃をなぞるように。
ボロり、とクレイモアに纏わせた闇が一筋がれ落ちて。
そこからさらに闇が崩れ落ち、クレイモアの剣身けんしんの一部が露呈ろていする。

 俺は闇の大剣で青年の剣を弾き返した。
渾身の力で振り抜き、青年ごと吹き飛ばす。

 青年は空中で身をひるがえした。
剣の切っ先を地面に突き立てて勢いを殺して。
着地と同時に地を蹴って再び向かってくる。

 地を這うような低い姿勢。
左右にステップを織り交ぜて。
描く光の軌跡が稲妻のように折れ曲がる。

 大きく折れ曲がった光が俺の背後へと周り込もうとするのを追って俺は旋回。
だけどそこに、青年の姿はなかった。

「後ろだ!」

 アイゼンの声。
同時に風切り。

 俺は振り向き様に大剣を振るった。
迫る青年の剣を弾く。

 光で俺の注意を引いて、最後に光が大きく折れ曲がった時に光だけを走らせたのか。
そして自分は夜闇に紛れ、光を追った俺の背を狙ったんだ。

 青年は再び剣に光を灯した。
俺は振り下ろされる刃を受け止めようと。
だけど見上げた青年の剣とは別に、光。

 いで腹部を襲う衝撃。

『蹴り!?』

 俺は思わず叫んだ。
剣に多くの光をまとわせたままで威力はそれほどない。
だけど身体にまとわせていた闇の一部ががれ落ちた。

 全体の光量自体がおそらくそれほど多くない。
リーンハルトの方が光の絶対量は上。
この青年はあいつみたいに目立った大技を使うこともなく。
だけど恐ろしく戦い慣れてる。

 途中から俺は闇による周辺把握を発動。
視覚に惑わされることなく青年の動きを捉える。
だけどこれがなかったら光の剣の攻撃の全てを防げてない。
剣術に体術を織り交ぜ、フェイントも上手い。
間違いなくかなりの手練れ。

 俺は青年を殺してしまわないよう配慮はしてる。
闇の濃度もここは高くない。
明らかに俺が不利な勝負なのは前提として。
それでもこの青年は油断ならない。

「ナハト!」

 アイゼンが叫んだ。
拳を振りかぶり、俺に加勢しようと跳躍。

 青年はアイゼンを横目見た。
その瞳がギラリと光る。

 剣にまとう輝かしい光。
その光が剣身けんしんに。
刃先に。
そして切っ先へと集中。
圧縮された光が真白ましろの刃となった。

 青年は剣を両手で握り締め、上段で構えた。

 まっすぐ天へと伸びる剣も。
その剣の握りから筋肉の弛緩しかん強張こわばり。
その全て。
俺はその構えに覚えがあった。
今この男が放とうとしている技を。
俺はその剣技を、知っている。

『まずい……!』

 俺は闇を圧縮。
大剣に偽装していた闇の密度を高め、暗黒のクレイモアを振りかぶった。

 俺と青年の剣は全くの同時。
振り下ろしと横ぎ。
ぎと振り上げ。
白と黒の剣閃が、全く真逆の軌道を描いて。
光と闇の十字が交わる。

『『黒き十字を抱きて眠れダーク・グレイブ』……!!』

 俺の放つ暗黒の十字を迎え撃って。

「────『御手が刻みし勝利の聖印グランドクロス』」

 刻まれた光の十字が辺りを白く染め上げる。






「逃げられたか」

 俺は剣を鞘に納めた。
真っ白な前髪をかき上げる。

「どこに逃げたか、おいらならすぐにれるぞ!」

 フギンが言った。
自慢げに胸を張る。

 フギンならすぐにあの2体──いや、2人を見つけるだろうが。

「いや。光を大きく消耗したし、今夜はここまでだな」

 俺はわしゃわしゃとフギンの頭を撫でてやった。

「ムニンもどこまで辿って・・・いったか分からないし、まずはムニンを探そう。存外ムニンの方もあいつに行き着いてるかも知らんしな」

「えー」

 不満げなフギンを尻目に俺は伸びをした。
肩を回す。

「じゃあ、おんぶ」

 フギンが両手を広げる。

「じゃあ、の意味が分かんないし。それにおんぶは腰が……」

「腰?」

「ああ、この身体なら大丈夫なのか」

  俺は自分の右手を見た。
全盛期の頃の肉体へと戻された俺の手は、見慣れた傷とシワまみれの手じゃない。
つやと張りのある若者の手だ。

「……あいつ、強くなってたな。対魔物ならもう俺より強いだろ、あれ」

 あいつの闇の十字と俺が放った光の十字の威力はほぼ同等。
だけどあいつは周囲の闇に比例して力を増す。
場所が場所なら間違いなく完敗してた。

「行くぞ、フギン」

「えー、おんぶは?」

 俺が屈むのを、ずっと両手を広げて待っていたフギン。
フギンは不満そうな顔で、とことこと俺の後ろを追ってくる。

「待ってって。ヴィルヘルムぅ」

 肩越しに振り返ると膨れっ面のフギンの顔。
まるで子供のような姿と態度にいつも騙されそうになる。

 けどこいつは人間じゃない・・・・・・

「“あまねく闇に終焉を”」

 元聖堂都市聖騎士団総団長ヴィルヘルムの成れの果ての俺は、その言葉を呟いた。
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