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観測者の片割れと光の剣士
しおりを挟むヘルの討伐から10日あけて。
俺達はロキを追って、その領地へと赴いていた。
そこは山あいにある緑の豊かな土地で、国を一周する山脈に向かい合うように立つ山のてっぺんに領主であるロキの屋敷がある。
馬車に揺られ、俺とフランは周りの景色を眺めていた。
同行するハティとスコルは日除けの下でぐーぐー、すーすーと眠ってる。
「見てみてリヒトん、おっきい川が流れてるよ」
フランが馬車から身を乗り出して指差した先には森に挟まれた川。
その川を辿って先へと視線を向けると、ロキの屋敷がある山と、その中腹にある街の外壁が目に入った。
そしてこの川を下っていくと山脈にぶつかり、その先にゴブリン退治を依頼してきた村がある。
この川を使って何者かがゴブリンに生きた女の人を提供していた。
立地的におそらくロキがその件にも絡んでるのは間違いない。
フランの長い灰色の髪がそよ風に揺れ、光を反射して紫色にきらきらと光っていた。
振り返ったフランの青い瞳と目が合う。
「どしたの? リヒトん」
フランは俺に気付くと、あどけない顔でにこりと笑った。
だけどフランは俺がヘルヘイムに行って戻るまでの間に数回、東の街で襲撃を受けていた。
誘拐未遂と殺害未遂。
そのどれもは護衛につけていたハティによって未遂になっている。
本当は俺を心配させないようフランに口止めされてたみたいだけど、ハティがあっさり口を滑らせて知ることになった。
フェンリルの襲撃。
ゴブリンによる誘拐。
姉であるリーネ=ヒルデガルド第一王女によるさらに誘拐。
そして今回。
明るく笑う彼女は何度も恐ろしい目に遭ってる。
おそらく俺と出会う前にも。
夜の俺の姿である魔物の王ナハトを恐れないでいてくれるただ一人の人間。
フランのために俺ができるのはこうやって一緒に行動するだけ。
ヘルヘイムから戻った直後も、父さんと母さんを救えなかった悲しさからまっすぐナハトとして彼女のもとに向かった。
フランは訪れた俺の手を握ってくれて。
俺は多くを語らなかったし、交わした言葉は多くなかったけど。
そばにいると少しだけ気持ちが楽になった。
────“なるほど。リヒトは嬢ちゃんに惚れてんだな”。
「……っ!」
ふと、そのあとアイゼンに言われた言葉を思い出した。
「そ、そんなんじゃ」
思わず記憶の中のアイゼンに言った。
「?」
俺の独り言に首をかしげたフラン。
フランはきょとんとした顔で俺を未だに見つめてる。
顔が熱くなったのを感じた。
フランはかなり可愛い顔をしていた。
明るくて優しくて、可愛い女の子。
そんな女の子と行動を共にして、他の人には受け入れてもらえない姿をただ一人受け入れてくれて。
そんなの、好きにならない方がおかしい。
“やっぱ若造だな”。
しどろもどろになった俺にアイゼンはそう言ってけらけらと笑った。
同時に黒い蒸気がボ、ボ、ボ、ボと。
笑い声に合わせて装甲の隙間から噴き出していた。
「…………フランてさ」
────好きな人いる? なんて。
危うく訊いてしまいそうになった。
いやいないや。
訊いてどうする。
俺はあくまで特別扱いをしない友人枠。
そんな質問をすれば俺がフランの事をそういう意味で気になってるのがバレるかも知れないし、もし好きな人がいるって答えられたら俺はどんな顔をすればいいか分からない。
「あの街、行くの初めて?」
「うん。だから凄い楽しみ! 行ったことのない街を。1人の女の子として。そしてリヒトんやハティちゃんとスコルちゃんと一緒に見て回れるんだもん! ……あ、ちゃんとギルドのクエストのことは忘れてないからね!」
慌てて付け加えて。
フランはまた嬉しそうに笑う。
細い三日月が空高く昇った頃に。
俺は街を抜け出し、ロキの屋敷へと向かって山肌を登っていた。
街へはすんかりと入ることができたけど、そこからロキの屋敷へは道が閉ざされていて。
守衛に訊くと最近ロキは公務以外では屋敷にこもり、部外者の立ち入りを固く禁じてるのだとか。
昔は急な来客にも快く応じていたのにと、長く屋敷に仕える守衛が不思議がっていた。
ギルドで受けたクエストを利用してうまく会うことはできないかと思ったけど、そう上手くもいかないらしい。
閉ざされた道以外は険しい崖になってるけど、闇による身体強化を用いれば苦もなかった。
崖を登り終え、遠目に見える屋敷を睨む。
「ここがあいつのお屋敷か」
夜になってから合流したアイゼンが言った。
今のアイゼンの姿は完全にゴーレム種。
人目に触れる場所ではもう姿を見せられないし、そこで一緒に行動するなんてもってのほかだった。
闇夜に忍ぶ闇の影が2つ。
だけど今夜は招かれざる客が多い夜らしい。
「見つけた」
少し自慢げな子供の声。
「うん。でかした」
そしてそれに答える青年の声。
俺は素早く闇で顔を覆い隠した。
闇の仮面越しに声の方向へと振り返る。
そこには軽装な出で立ちの青年と、黒い羽が編み込まれたマントが目立つ少年の姿。
青年がわしゃわしゃと少年の頭を撫でた。
もみくちゃにされた少年は真顔に見えたが、わずかに口許がへにゃりと歪んでいて。
少し紅潮した頬と頭を撫でる青年の手を見上げる瞳は嬉しそうだ。
「やっぱりムニンよりおいらのが凄いな」
少年が言った。
「フギンは凄いけど、ムニンだって凄いぞ」
「ぶー、闇を操る魔物の剣士を見つけたのはおいらだぞ」
フギンと呼ばれた黒髪の少年は青年の言葉に不満そう。
この2人は何者なんだ。
俺を、探してた?
「てめぇら何者だ」
アイゼンが2人に訊ねた。
「うわ、魔物が喋った」
フギンが呟いた。
「おっと、これは失礼」
青年が軽く会釈する。
「最近魔物を統制する魔物の存在を耳にしてな」
白髪の青年が腰の剣を抜いて。
「これでも昔は聖騎士をやっていた。魔物の脅威は見過ごせない」
次いでその刃に光が纏う。
闇を照らす煌々とした輝き。
まさかこいつ、光の属性適正者か……!
「ちょっと試させてもらうぜ」
そう言って青年が剣を構える。
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