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暗躍の気配と救済の牙

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 圧倒的な力の差を見せつけられて。
マザー・ゴブリンは歯をきしませたかと思うと、力なくうなだれた。
下腹部から伸びるいくつもの腕がだらりと垂れ下がる。

「よくやった。ロードナイト」

 俺がゴブリン・ロードナイトに言うと、彼(?)は深々とお辞儀をした。
いで地面に突き刺さったゴブリンキングの王笏おうしゃく戦斧せんぷの融合した武器を引き抜いて。
自身の身の丈以上のそれをかかげて、ブルー・ゴブリン達に勝利を告げる。

 沸き上がる歓声。
ブルー・ゴブリン達は小躍こおどりをして喜んだ。

 そして思い出したように何体かが走り出して。
先ほど運んでいた木箱を担ぎ、ロードナイトの前へと持ってくる。

 それは横1メートル、縦2メートルほどの長方形の木箱だった。
ブルーゴブリン達は手斧ておのて箱を乱暴に叩き割り、中身を引きずり出す。

 箱の中身は、人間だった。
若い女性。

 俺は素早く視線を切った。
まだ岸辺からこちらにかけていくつも木箱が並び、隅の方には大量の箱の残骸が積み上がっている。

「あれ全てに人が……? じゃあその人達は────」

 俺は手枷てかせへと鎖で繋がる岩壁を見た。
よくよく見ればそこには赤黒い染みが幾重いくえにもこびりついている。

 一体何が起こって、そしてそれが何度となく繰り返された事を俺は察した。
思わず感情が高ぶり、周囲の闇が俺の怒りに同調して波打つ。

 下品な笑みを浮かべて女性を差し出すゴブリンを前に、ロードナイトも怒りをあらわにした。
戦斧せんぷの柄を強く地面に叩きつける。

 ゴブリンの野蛮やばんな本能を抑えるために与えた騎士の性質が性格に上手く作用しているようだ。

「でも一体誰が」

 木箱は洞窟を流れる川の上流から流されてきたみたいだ。
その箱の作りや雰囲気は他のゴブリンなんかの魔物の仕業と言うより、人間の手で作られたものに見える。

「人をさらい、ゴブリン達に手引きしていた人間がいるのか」

 マザー・ゴブリンへと姿を変えた女性の中から膨れ上がった黒いスライム質。
それと同じものが現れたギルド試験。
そこで俺の直感が告げた何か関わりのある貴族の男。

 魔物事件の裏側で、もっと別な何かが暗躍あんやくしている。

「魔物の側からも調べた方が良さそうだな。ロードナイト、ゴブリン達を連れて君は1度姿を隠してくれ。ほとぼりが冷めたら他の野良のらのゴブリン達の勢力を吸収しつつ、魔物に襲われる人達を助けろ。そして何か手がかりがないか探ってくれ」

 ロードナイトは俺の指示を受けて再びお辞儀。
そして素早くブルー・ゴブリン達を指揮して統率とうそつをとった。
箱の残骸を使って船を作らせ、ロードナイトとゴブリン達は川を下る。

 俺はゴブリン達を見送ると、お姉さんの作った岩の壁に視線を向けた。
戦闘の余波で壁はボロボロ。
いくつも亀裂が走っていて。
そして隅に空いた小さな穴から、ぎゅうぎゅうになりながら飛び出す赤い影。

「ハティ!」

 赤い狼の姿のハティが現れた。
ぶるぶると体を振り、土や小石を払う。

 ハティは期待に満ちた眼差しを右へ左へ。
だけどここにいるのが俺とマザー・ゴブリンだけと気付くと肩を落とした。
ギュルギュルとお腹が鳴る。

 ハティは少女の姿に変身すると、不満そうに俺を見上げた。

「ちょっと! お腹いっぱい、好きなだけ喰えるって言われたから走ってきたのにゴブリン全然いないじゃない!」

 ぐるるるる、と少女の声で獣のようにうなるハティ。

「ハティに頼みがあるんだけど」

 俺はマザー・ゴブリンを指して言う。

「あの人の闇だけを食べられる?」

「あいつの……? え、何あれ人間? 魔物?」

 ハティはマザー・ゴブリンの匂いをふんふんとぐと、怪訝けげんな顔をした。

『私ノ闇ダケヲ?』

 マザー・ゴブリンが──彼女がいた。

「このハティは闇だけを喰らう力がある。その力なら魔物になったあなたを人間に戻せるかもしれない。だからあなたにはここに残ってもらったんだ」

『デキルノ? ソンナコトガ』

「あたしは保証はできないわよ。闇との融合具合によってはベースだった人間ごと食べちゃうかも」

『構ワナイワ。魔物トシテ生キテモ、マタ私ハキット負ケテ今度コソ殺サレル。ナラ死ヌカ、人ニ戻レルカ。ソレデイイワ』

「そ」

 ハティは再び狼の姿になると、マザーゴブリンの肩を優しく噛んだ。
いで大きく口を開け、パクリと閉じる。

 マザーゴブリンの姿が、き消えた。
そこには髪を失い、両腕を断たれて。
それでも人間へと戻った彼女の姿だけが残る。

 女の人はいち早く自分の変化に気付いた。

「ああ。戻れたのね……!」

 歓喜の声。
だけど自分の両腕の先がないのを見るとほんの少し顔を曇らせる。

 自業自得だからか文句は言わない。
むしろ腕と一緒に自分からあるものが消えたのに気付いて少しだけ微笑ほほえむ。

 女の人が見つめた先には切断された自分の腕。
その手首には罪人の証だという刻印がある。

「…………」

 俺は女の人がどんな罪を犯したのかはかなかった。
その罪はつぐない終わってるかも知れないし、まだかもしれない。
ただこれから正しく生きてくれることだけを願う。

 彼女だって今回の事件で命の危機にひんして、さらには魔物にまで身体を変えられた。
どんな理由があれ命と人としての尊厳を踏みにじられていいわけがない。
その点で俺にとって彼女はやはり加害者ではなく被害者だ。

 俺は今回の事を裏で仕組んだ黒幕に怒りをつのらせる。

「あれ、そういえば」

 スコルは? とこうと思って。
だけど壁の向こうから情けない声が響く。

「ふぇーん、ハティちゃーん」

「ちょっとスコル。あんた何やってんのよ」

「狭くて通れないよ! ハティちゃん」

 壁越しにスコルとハティが言葉を交わす。

「スコル、少し下がってて」

 俺はスコルに声をかけると闇をまとったクレイモアを一閃。
岩の壁を斬り裂いた。
裂け目からスコルが顔を覗かせる。

「……? また何やってるのよスコル」

「だってハティちゃん。わたし達、また裸だよ?」

「んな!」

 気付いてなかったのか、ハティはスコルに指摘されて顔を真っ赤に染めた。
キッと俺をにらむ。

「バカアホまぬけ変態、バカアホまぬけ変態、バカアホまぬけ変態、バカ…………」

 自分の尻尾を抱き寄せて前を隠しつつ、延々と俺を罵倒ばとうするが相変わらず語彙ごいがない。

「ハティちゃん。この間考えた、薄らとんかちが抜けてるよ……!」 

 スコルが小声で言った。
それにハッとするハティ。
スコルが両手の拳をぎゅっと胸の前で握ると、ハティが得意気に俺に言う。

「バカアホまぬけ変態、薄らとんかち!」

 …………俺ってもしかして、自分が思ってる以上に2人から嫌われてる?

 得意気に笑うハティと、俺とハティを交互に見てにこにこしてるスコル。

 2人が楽しそうなら別にいいけどさ……。
それでも少しだけ悲しくなって、その気持ちをごまかすように苦笑する。
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