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エーファ=フランシスカ・ロア・キングスブライド

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「あ、リヒトん!」

 街に戻ってフランシスカを探していた俺。
俺より先に俺の姿に気付いたフランシスカが声をあげた。
人混みをき分け、俺のもとに走ってくる。

「大丈夫? 怪我してない? ほんとに、ほんとに心配したんだから!」

 フランシスカは俺の頭から爪先まで細かく目を光らせて。
俺が怪我をしていない事を確認すると、安心してその場にへたり込んだ。

 本当に俺の事を心配してたみたいだ。
誰かに心配されるのもずいぶん久しい。
誰かに身を案じてもらうのってこんなにも嬉しいものだったのか。

 フランシスカを見てるとさっきまでの疲労感が嘘のように消えていく。

 でも俺の属性が闇だった事は早く口止めしないと。
というか魔物を生んで操っても見せたのにフランシスカは俺の事が怖くないんだろうか。
むべき呪われた属性。
聖騎士団でそうさげすまれてきた俺だけど、ようやく俺の事を受け入れてくれる人に出会えたのかも。

「でも良かった。生きてるって事はあの化物に挑まなかったんだよね。私、近くで1度見たけどあれは人間のかなう相手なんかじゃなかった。あの人が助けてくれなかったら死んでた」

「あの人?」

 俺はあれ? と思う。

「うん。真っ黒な服と真っ黒な剣を持った、顔の見えない人。声がくぐもっててよく聞こえなかったけど、男の人だったと思うな」

「…………心当たりは?」

「ないよ。ないない」

 フランシスカが首を左右に振った。
俺に気を使ってるような素振りもない。

 なるほど。
疑念が確証に変わった。
フランシスカは俺が闇の属性適正者だということも、あの時助けたのがそもそも俺だという事に気付いてない!

「はは」

思わず乾いた笑いが漏れる。

 それはそうか。
魔物を生んで使役する姿は自分で考えても恐ろしい。
自分を受け入れてくれるかもと期待してしまったがために少し落胆はした。
だが裏を返すとバレなかったからこそフランシスカは俺と変わらずに接してくれてるんだ。
ならむしろラッキーだろう。

「急に笑ってどうしたの?」

「いや、こっちの話」

 フランシスカは俺の様子を見て首をかしげる。
だがいで大きく目を見開いた。

「その剣!」

 エーファが俺の背負ってる剣を指差した。

 しまった。
俺は肩越しに自分のクレイモアを横目見た。
俺の額からどっと冷や汗が吹き出す。

 闇で黒く染まっていたとはいえ、さすがに剣の形でバレたか。
まずい。
闇の属性適正者だとバレた。
いいや、そもそも闇の適正者が現れた事はおおやけになってない。
俺の事を魔物だと言うかも知れない。

「聖十字のクレイモア!」

 だが俺の心配をよそに、フランシスカは俺のクレイモアの意匠いしょうを確認した。
納得したようにうなずく。

「リヒトん、────さんって名前知ってるよね?」

 エーファは聖騎士団の団長の1人の名前を口にした。
俺の故郷まで来て俺に王国騎士を目指せと言ったあの双剣使いの団長の名だ。

「てことはやっぱり……エーファ?」

「やっぱりリヒトんがそうだったんだ」

 フランシスカは──俺が探していたエーファはやれやれと肩をすくめる。

 そして俺はその名前を思い出した。
エーファという名前を聞いた時にどこかで聞いた気がしたが、それはとても有名な名前だった。

「もしかして……エーファ=フランシスカ・ロア・キングスブライド?!」

「しーっ。リヒトん、声が大きい!」

 フランシスカ──じゃなくてエーファ、いやエーファ様が両手で俺の口を慌てて塞いだ。
きょろきょろと視線を走らせる。

 周りはまだフェンリルの襲撃の余波で混乱していた。
その喧騒けんそうに紛れて俺の声は周囲の人には届かなかったらしい。

 俺は改めてエーファ様を見る。
エーファ=フランシスカ・ロア・キングスブライド。
王族であるキングスブライド家に連なる御方。
彼女は王位継承権を持つ第4王女様だ!

 俺はエーファ様がその手をよけると深々とこうべを垂れた。

「今までのご無礼、大変失礼いたしました」

 比例を詫びて顔をあげると、エーファ様は口を尖らせて俺を見ていた。
いでぷくっとその頬が膨らむ。

「あの……どうかされましたか?」

「…………」

 無言。

 ああ、まずい。
やっぱり怒ってるんだ。
俺みたいな平民が王女様にずいぶんと馴れ馴れしい口をきいてしまった。

 エーファ様は小さな子供のように頬を膨らませ、不満そうに俺を見ている。
おそらくにらんでる?
不満げな顔も、浮かべている表情やその仕草、幼さの残る顔立ちと相まってどこか可愛い。

「リヒトん」

「はい、なんでしょうか」

「リヒトん?」

「はい、なんでしょう」

「リーヒトんっ」

「…………?」


 困惑する俺を見てエーファ様はため息を漏らした。
日頃からつかえている従者なら名前を呼ばれるだけで何を求めてらっしゃるのか分かるのかも知れないが、俺は誰かにつかえるという経験がない。
エーファ様の意図をみ取る事ができない。

「リヒトよ」

 エーファ様の声音こわねが突然変わった。
大人びた落ち着いた声。

 その口調を前に俺は思わず身構える。

 だがそれはすぐに一変。

「はい、私に対して敬語禁止。かしずくの禁止。普通の女の子として接しなさい。これは王女殿下の命令であーる」

 エーファ様はそう言うと、にこりと笑った。

「普通にフランシスカでいいよ。ううん、特別にフランって愛称で呼ぶことを許可します! はい、リヒトん、繰り返して。フ」

「え?」

「フ!」

「フ」

「ラ」

「ラ」

「ン!」

「ン」

「フラン!」

「フラン」

「よくできました!」

 エーファ様がぴょんぴょんと子供のように跳ねた。

「エーファ様?」

「フランだよ。フ、ラ、ン」

「フラン……様?」

「その敬称いらない」

「フラン」

「正解!」

 フランさ──フランがぱちぱちと拍手する。

 どうやらフランは王女であるがために対等に接してくれる相手いなくて、そんな状態を窮屈に感じていたらしい。
そんな折にこの街で俺と出会って居心地が良かったんだとか。

 どうして王女様みずからが護衛も連れずに。
そしてなんで俺が王国騎士になるのを手助けしてくれるのかはまだ分からない。

 だが俺はフランとその辺の話をする前に一度別れた。
足早に向かうのは街の外れにあるさびれた宿屋。
俺は借りていた部屋の扉を開ける。

 その部屋の中央に位置する粗末なベッド。
その中心にはフェンリルの闇から生まれた2体の人型の魔物が寄り添って眠っていた。
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