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捕らえた!
しおりを挟むマシューはその後何度も妖精王を捕らえたが、転移魔法発動のコンマ何秒かの間に逃げられている。
とジェーンが実況していた。
「逃げるの上手いわねぇ」
ジェーンは見えている訳ではないが魔力の動き等で察知しているそうだ。
「リチャードさんがいたら、発動までの時間を短縮出来てましたか? 」
「それも出来るでしょうけど、相手の動きを鈍らせていたかもね。けどまぁ、マシュー君なら一人で出来ちゃうでしょう。なんならもうやっているかもしれないわね」
それでも妖精王は逃げ続けている。
相手もマシューの動きを予測して行動しているのだろう。
ヴァージニア達はマシューと妖精王の攻防にハラハラしているが、とうめいはそうではない。
「……! ……! 」
「とうめい、いっぱい食べたねぇ」
「! 」
とうめいのおかげで、ヴァージニア達の周囲から草がなくなっていた。
草刈り機いらずだ。
これには妖精女王も驚きを隠せない。
「とうめいは妖精界の草も食べたんですよ 」
「まあ! そうだったのですね」
とうめいは妖精女王を包み込んだままだ。
彼女はまだ顔色が良くないので、支えたままでいるべきと判断したようだ。
それでも食べるのをやめないなんて、さぞかし美味しい草なのだろう。
「食べ尽くしそうな勢いで食べていたそうですよ」
ヴァージニアの言葉に妖精女王は短く声を上げて驚いていた。
「! 」
「こことどっちが好み? 」
「……? 」
とうめいはどちらも美味しかったので選べないようだ。
「美味しい物を沢山食べられてよかったわねぇ」
「……! ……! 」
ジェーンがとうめいを撫でると、とうめいが身振り手振りして何かを訴えだした。
「なんて言ってるのかしらね? 」
ジェーンは当たり前のようにヴァージニアに翻訳を求めるような視線を向けた。
それを見た妖精女王もヴァージニアを見つめる。
この二人の圧に勝てる人間はいるのだろうか。
「ええーっとですねぇ、とっても満足しているとかですかね? 」
「……! 」
とうめいは体にバツマークを浮かべた。
そしてもっとよく見ろと怒っている。
「えー、体をブルブルさせてるから身もだえるほど美味しいとか? 」
「……」
「ううーん、正気かって言ってるのは分かるんだけど……」
「! 」
「それが分かるのに何故分からないって言ってるのも理解出来るよ」
ヴァージニアはとうめいに呆れられてしまったのだった。
それから一時間ほど経過したが、マシューはまだ妖精王を連れ戻せていない。
ヴァージニアは今のうちに避難した方が良かったのではと思い、ジェーンに言ってみた。
「ヴァージニアがいなくなったらマシュー君が何をするか分からないわよ? 」
ジェーンはずいっとヴァージニアに近づき、声を潜めて言った。
防音の魔法も使用しているようだ。
「とおっしゃいますと? 」
「やあねえ、自分だって彼が猫かぶってるって気付いているでしょうに」
「え、子どもっぽい振る舞いをしているだけじゃないのですか? 」
「違うわよ。貴女がいなくなったら結構荒っぽいことすると思うわよ。小っちゃい時も子ども特有の容赦のなさがあったけど、もしかしたら元々そういう性格なのかも」
ジェーンは子育てや数多くの人を教育してきた。
そんな彼女が言うのなら、そうなのかもしれない。
しかしヴァージニアは否定したかった。
「正義感は強いと思いますけど、乱暴なことはしないと思います」
「悪人に対しては分からないでしょう」
「そうですけど……」
マシューは悪い奴が大嫌いだ。
ヴァージニアは彼との会話を思い出すと、言い返す勢いが弱くなってしまう。
「今、世界中を逃げている妖精王を意識だけだけど追っかけているんだから、彼も世界中の様子も見ていると思うわ。とんでもない有様を目にして怒らないと思う? 」
「地上はそんなに酷いことになってるのですか? 」
ヴァージニアには妖精女王やジェーンのように現在地以外の場所を探る術はない。
「ええ、残念ながら大きな力を持つ者が加勢しても、全てに行き届くわけではないのです。彼らも手を尽くしてくれていると思うのですが……」
「今は押され気味だけど、人間側もやられっぱなしじゃないわよ」
ジェーンはフフンと笑った。
どうやら防音の魔法も解除したようだ。
「そうですね。先ほどから何か大がかりな術式を発動させようとしてますね」
「アンデッド対策よね、きっと。そうなると日没前にはやりたいけど間に合うかしら? 」
もう空は橙色になっており影が長くなってきている。
いやすでに紫色が多くなってきている。
ヴァージニアは住んでいる場所と現在地では時差があるのではと思い、鞄から腕時計を取り出して時間を確認すると、まだ日没前の時刻だったので、どうやら空の町と大した時差はなさそうだった。
「夜になった国々を中心に襲撃していますものね」
「そうなのですか? 」
「そうよ。夜が来る恐怖を味合わせるためかしら? それとも効率重視? やはり夜の方が魔力消費が少ないし、アンデッドの動きもいいから? 」
「アンデッドの温存とか……」
いくら無限のようにアンデッドを作り出せても、近年は火葬の国が多くなってきている。
そのため新しい遺体や遺骨は手に入れにくい。
「それだと長期戦狙いってことかしらね。疲れたってだけでも悪い気が流れ出すもの。そちらの方がエネルギーを回収しやすいのかも」
「そしてその集めた力で星の活動を活発化させると……。彼は、オベロンは星が苦しんでいると言っていました。だから自由にさせたいのだと」
「星の声が聞こえたってこと? 接触感応かしら? 」
「分かりませんが、彼はそう言っていました」
妖精王が様々な悪意をばらまいたのは、星を自由にさせるためだそうだ。
もっとやり方があるだろうにと、ヴァージニアは眉を顰めた。
マシューはそろそろだろうかとタイミングを見計らっていた。
実を言うと彼は妖精王を弱らせて捕まえるために、半分わざと逃走させていた。
弱らせてしまえば連れ戻した際に戦闘になっても危険度が下がるし、ヴァージニア達にも危害が及ばない。
(もうすぐだな)
マシューは妖精王をある場所に追い詰めようとしていた。
その場所とは協力者がいてマシューが名付けた魔物がいるところだ。
そこには人間はいないので、万が一何か起きても被害を最小限に抑えられる。
(よし、バレてない)
マシューは魔物を介して協力者に説明しており、妖精王をとある箇所に転移魔法するように誘導してもらう。
(地竜さんが土で人形を作ればそれに魔力が宿る。妖精王はそれを避けるはずだから、それを利用する)
マシューはこれをサンドスライムのジョリジョリを介して地竜に頼んだ。
ヴァージニアが水に声を転移魔法させるのを真似たのだ。
この方法なら魔力消費が少なくて済むので、妖精王を追いながらでも可能だった。
(多分だが、アンデッド対策の術式発動は夜になった国、いや、陸地面積が一番多い時だろう。陸半球って言葉があるぐらいだから、海側ではなく陸側が夜になった時だ)
海にはアンデッドが出現していないのをマシューは見て知っている。
散々妖精王が世界中を逃げ回るので、意識しなくても自然と視界に入っていた。
(何故発動時間が夜なのか理由は分からない。うーん、術式の効力を見るためとか? 準備完了するのがその時間とか? )
夜になるとアンデッドが増加するので効果を確認しやすいからか、ただ単に各国の術式作成完了の時刻なのか。
(いずれにしろ術式を発動させたときが妖精王を捕らえるチャンスだ)
いくら妖精王でも動揺したら隙を見せるし、人間が何かしたら警戒もするだろう。
そうすれば大陸や他の島々から離れた無人島に行くのではないか。
もちろんそうなるように予め無人島の存在を意識させておき、妖精王には地竜がいる島へ逃げて貰う。
そこでさらに地竜の気配を島中にさせておけば、そこを避けるだろう。
(そして島の火口に転移魔法させる)
火口にはすでにマシューが遠隔でトラップを作成済みだ。
紋章魔法やリチャードがやっていた術式を応用したのだ。
(妖精王は僕から逃げるのに必死らしく、アンデッド達に次の指示を出せていない。それともアンデッド化出来ていないのか? )
人間界にアンデッドを送り込もうにも、もういないのではないか。
早々に龍達が人間に協力したため、本来想定していた人数より多く襲撃させざるを得なくなり、補填要員がいなくなったのだ。
そして補充しようにもアンデッド化が追いついていないのだろう。
(準備不足? いや、いくつも想定外のことが起きたからか)
マシューは考えながらも妖精王を前後左右に加え上下からも捕らえようとし続けている。
ここで僅かに逃げ道を作って逃げる方向を調整し、確実に無人島へ行くように導く。
妖精王は最初のうちはそれに引っかからずに回避していたが、今は体力と精神力を消耗しているからかマシューが作った隙間に逃げざるを得なくなって来ている。
後は術式が発動するまで時間稼ぎをするだけだ。
そしてその時がやって来た。
「よし、捕らえた! 」
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