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妖精女王救出!
しおりを挟む「彼らがここに近づいているようですよ」
妖精女王は長時間拘束されているからか、顔色が良くない。
目の前の魔水晶に映し出される世界の惨状も見ているので尚更であろう。
「想定の範囲内だ」
妖精王は振り返らずに魔水晶を見たまま言った。
「火の鳥殿と炎竜殿が動き出した時には焦っていたようですけど」
「フン。人間以外の屍や骨も大量にあるから、いずれ奴らの手にも負えなくなる」
現在妖精王は夜になった地域をメインにアンデッドを送り込んでいる。
当然ながら火の鳥と炎竜もそれに気付いて、その区域を中心に飛行していた。
「他の奴らも動き出したようだが、まさかお前の仕業か? 」
妖精王は睨むように妖精女王に視線を向けた。
「さあどうでしょう」
「お前なら周囲と遮断された空間からでも、念話が可能なんじゃないか? 」
妖精王は妖精女王の疲労具合からこう推測したようだ。
事実、妖精女王は世界中の龍をはじめとする、大きな力を持つ者達に助力を求めていた。
彼らも火の鳥や炎竜が活発に動いているのに気付いていたので、すぐに承諾してアンデッド討伐に向かった。
「それが出来るならもっと早い段階で居場所を伝えて脱出していますよ」
「現在地を探るのに時間がかかったんじゃないか? 」
妖精王の言う通り、妖精女王は空の上に町があるなんて知らなかった。
当初彼女は山頂にいると思っていた。
しかしこれほど標高がある山を知らなかったので、すぐにその考えはやめていた。
「ククッ、この馬鹿げた場所の存在を知らなかったんだろう」
「馬鹿げた場所? 」
妖精女王は整った眉を寄せた。
「ここは昔、人間と神々が共存するために作られた場所だ。だが、千年前の出来事で計画が頓挫した。まあ、あの出来事の後も何年かは住んでいたらしいがな」
千年前の出来事とは、人間の歴史でいう勇者と魔王の戦いである。
「私達と人間達の距離が近かった時代の計画……」
「人間共は星の悲鳴など聞こえていなかったはずだが、あいつらの計画を阻止しようとした。フッ、愚かな種族だと思っていたが目的は違えど多少は役に立ったな」
地上では各種族が協力してアンデッドと戦っていた。
疲労もあったが、皆が対応してきているので心にゆとりが出来はじめていた。
龍達の協力のおかげか、人々に活気が出てきており負の感情から生じる瘴気が少なくなってきている。
しかし彼らに頼ってばかりではいけない。
人間達も負けじと王立魔導研究所ではアンデッド討伐のための術式を作成していた。
「これを世界中で発動させたらアンデッドはもう出現しなくなります。少なくとも数日の間は持つはずです」
局長のヘンリエッタが言うと周囲にいる研究員達が頷いた。
「ですがこれを寸分違わず書くのは困難を極めます」
元々高度な術式が出来る人は多くない上に、今回のは特殊であるため完璧に書ける人は各国で数人いたら良い方だろう。
日数を掛ければ出来る人もいるが、急を要するので頭数から外さねばならない。
ちなみにこの国ですぐに再現出来るのはリチャードとキャサリンぐらいである。
「そこで、この術式は国を丸ごと覆うくらい巨大化させるんだ」
元局長である老爺がニッと皺を深くして笑った。
「ヒューバートさん出来ますね? 」
「……大きくするのは可能ですが、国を覆えるほどのサイズはやったことないですね。それよりも複製すれば良いのではないでしょうか? それならば私以外でも出来ますし……って、巨大化も私でなくても良いのでは? 」
突然重要な役目をふられ、ヒューバートは血色が悪くなり心臓も煩くなっている。
「複製は劣化して効力が弱まりますので論外です」
ヘンリエッタが真顔で一歩、ヒューバートに近づいたので、彼は圧を感じて後退した。
「う、……ですが術式の巨大化は私以外の皆さんも出来ますよね? 」
「私は貴方ほど綺麗に出来る人を知りません」
ヘンリエッタが真顔のまま言うので、ヒューバートは誉められているように感じず、むしろ脅されているような気がしていた。
「一ミリでもそれ以下でも歪んではならないんだよ。君は均等に巨大化出来るそうじゃないか」
「ええそうですけど……」
ヒューバートは大役を任されそうで胃が痛い。
これ以上傷めないためになんとしてでも断りたいが、どうも無理そうだ。
というのも他の研究員達も期待を込めた目で彼を見つめているからだ。
彼は逃げられないと観念して交渉することにした。
「全研究員一丸となって貴方を支援します」
「給料は……」
「ええ、賞与を出します」
「長期休暇もいただけます? 出来れば有給で……」
「許可します」
「失敗しても懲罰対象になりません? 」
「なりませんし、させません」
「ハァ……、局長がそこまでおっしゃるのなら、やってみますよ」
ここで漸く皆が笑った。
対するヒューバートの顔色は悪いままだった。
世界中でアンデッド討伐のための術式を準備中のころ、綿竜は焼け野原の上を飛行していた。
もちろん、いつものように雲の下を飛んでいる。
「むむ、家まで燃えちゃってますよ。炎の方々はやりすぎではないですかね? それだけ余裕がないってことでもあるのでしょうけど」
綿竜は攻撃は苦手だが自慢の体毛のおかげで防御力が高い。
しかし綿竜は自分に出来るのは防寒ぐらいだと思っている。
「人間さんは毛が少なくてすぐに凍えちゃうそうですから、私の毛を分けてあげましょう」
綿竜は体から毛を放出して地上に降らせた。
この毛を見た人間達は、大昔、綿竜が人間に体毛を分け与えていたのをニュースで知っていたので大層喜んだ。
この綿竜の毛のおかげで人々が凍えずに済んだのはもちろん、再度アンデッド襲撃があった時に攻撃を防いだ。
人間達は綿竜に何重にも感謝するのだった。
「私にはこれくらいしか出来ませんので、ここで失礼しますね」
綿竜は他の地域にもモコモコを配るために飛んで行った。
石ころ達はリチャードに見つめられていた。
しかし見つめられていると言っても彼らは特に何もしていない。
やったとしてもオルトロスの背中をもそもそと移動するぐらいだ。
その石ころ達を背に乗せているオルトロス達は、彼らが何をしたいのか分からず困っている。
「ガフッ」
「ガフゥ」
オルトロスはため息交じりに文句を言っている。
「まあまあ、すぐに分かりますよ」
「フンッ」
怪しいものだとオルトロスは鼻息で返事した。
こんなことなら自分達もマシューの髪の毛を貰って首に巻けば良かったと後悔していた。
マシューが腕を振り下ろすと空間に裂け目が出来た。
まるで空中に写真か絵を貼り付けたかのように、裂け目から違う風景が見える。
そこから妖精女王の羽の端が見えるので、彼の狙い通り女王の近くを切り裂けたようだ。
彼は迷わず手を中に入れ、妖精女王を引っ張り出した。
「……! 」
とうめいは草を食べるのを止め、妖精女王をマシューから受け取り包み込んだ。
それと同時に一緒に受け止めようとしたヴァージニアは巻き込まれて下敷きになった。
ジェーンは彼女達をまとめて抱えて空間の裂け目から離れた。
「女王様ご無事ですか? 」
「ええ、貴女はジェーンさんですね。噂はかねがね耳にしておりますよ」
ジェーンは広場のステージに続く出入り口付近で妖精女王達を降ろした。
ヴァージニアはジェーンによってとうめいから引き剥がされながら、妖精女王にも知られているなんて流石ジェーンだなと思っていた。
「待て! 逃げるのか! 」
マシューの声で皆が裂け目に視線を移すと、すでに裂け目は閉じかかっており線のようになっていた。
しかし彼が両手をねじ込んで再び開けようとしている。
「ほら、マシュー君、手だけじゃなく全身に力を入れなさい」
「ふんぬーっ! 」
まさにこじ開けるとはこのことだろう。
少しずつだが線が太くなって来ている。
「仕方ないわね、強化魔法をかけてあげるわ」
「ふぬぬぬぬ……」
「では私も」
妖精女王とジェーンの魔法のおかげで、どんどん線から裂け目に戻りつつある。
ヴァージニアは強化魔法を彼女らに任せ、マシューの応援に専念した。
「……! 」
「とうめいも応援してるの? ん? 」
とうめいは体の一部を細く伸ばして隙間に入れていた。
「ちょ、とうめい危ないよ。戻して戻して」
「……、……」
もし妖精王に見つかって凍らされたらどうなることか。
ヴァージニアに注意されてもとうめいは止めない。
一体とうめいは何をしているのだろうか。
「……」
とうめいはかなり真剣なようだ。
顔がなくてもヴァージニアには何となく分かる。
「……もしかして、食べ物を探してる? ないと思うよ」
「…………」
とうめいは伸ばした体の一部を引っ込めた。
ヴァージニアの予測通り、食べ物を探していたらしい。
(重要な場面で何してるの……)
ヴァージニアはただただ呆れるしかなかった。
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